第6話 プロジェクト終盤
5月の約束のキャンプでは1年越しの星空を楽しんだが、6月は本番リリースに向けて多少なりともばたばたが続いていてまだキャンプ予定は立っていなかった。
それでも行くだけの時間は確保できそうではあったが、いつものように行こうと維花が言い出さないのだ。忙しいせいだとも考えられたが、同時に立夏は職場での維花に違和感を感じていた。
ぱっと見には変化がないように見えるが、小さなミスを何度か目にする。仕事の上で立夏がわかる程維花がミスを繰り返すのは今までになく、疲労が溜まっているのかとも思ったが家での維花に変わった様子はない。
今の作業環境に変化があっただろうかと、先月と今月の違いを立夏なりに検証してみるが明らかな違いには思い当たるものはない。テストが落ち着いたため6月から何人かは自社に戻ったが、それでも滞りなく本番リリースに向けての作業は進んでいる。
リハーサルも大きな問題はなく完了し、後は本番を迎えるだけの状態だった。
「維花さん、何かあったんですか?」
堪えきれずに立夏はソファーで膝を立てながらテレビを見ている維花に尋ねる。そう言えば、最近維花は家で酒を呑んでいないことに今更ながらに気づく。
毎日晩酌をするタイプではないが、週に一、二回は平均的に飲んでいた。それが6月に入ってからは立夏が記憶している限りでは0だ。
「立夏ちゃんに怒られるようなことしてないはずだよ?……多分」
いつものように軽口で笑う維花の隣に立夏は黙って腰を下ろす。
「会社での維花さん、最近なんか元気がなさそうに見えます」
「……そっかぁ。わかっちゃうんだ」
目を逸らして宛てなく視線を泳がせた維花は苦笑を漏らす。それはやはり何かあることを示していた。
「何があったんですか?」
「何かあったというわけじゃないよ。ちょっと気持ちが沈んでるだけ」
「それは原因があるってことですよね? リリースに向けて大きな問題はないと思ってますけど、何かあったんですか?」
個人的な問題だと維花は呟く。
「わたしが弱いだけの話だよ」
「そんなことないです。私にできることはないかもしれませんけど、話すだけでも話してくれませんか?」
少し俯いて考えてから維花は口を開く。
「前に、髪を切った時のこと話したの覚えてる?」
「客先の課長にセクハラされてたってやつですよね?」
「そう。6月に人事異動があったじゃない? 新しくやってきた部長補佐がその時の課長なんだ。嫌なやつでも出世はするみたい」
それは客先の人事異動の話で、やりとりをしている担当者レベルでも交代した人はいたが、上層部のことは流石に立夏は知らなかった。ただ維花はPMとして当然顧客の役職者と接することはある。
「何かされたわけじゃないよ。ただ、トラウマなのかな。めちゃくちゃプレッシャーなんだ。何かあれば、またネチネチ嫌味を言われるかと思うと逃げ出したくなる」
「そうならないように頑張ります、私」
立夏には維花を守れるほどの力はなく唯一出せた言葉はそれだけで、維花を引き寄せ温もりを伝えあう。
「ありがとう。わたしが弱すぎなんだよね」
「維花さんは繊細なだけですよ。大丈夫です。きっとリリースは上手く行きます」
維花に根拠のない呪いを掛けたもののそれは気休めでしかないことがわかっていたため、立夏は本番リリースまであと10日というところで、維花の不在時を狙ってプロジェクトメンバーに一つの相談をしていた。
自分には大したことはできない。それでも、何かをしたくて行動することに決めた。
その結果、本番リリースまでの間にリリース手順の最終確認と、強化試験が加わることになったが、維花のために少しでもトラブル回避の確率が高まるのであればと立夏が厭うことはなかった。
そして、2年続いたプロジェクトは本番リリースを迎えることになる。
6月末の土日をかけて本番リリースは行われ、立夏にとってもこれほど大規模なシステム切り替えは初めての経験で、緊張したものの何とか無事システムは稼働を始める。
とは言っても100%思い通りに動くシステムなどなく、小さな問題は発生していたが、システム停止や業務が止まるほどの大きな問題はなくリリース日は予定の時間で解散となった。
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