第4話 切替テスト

ゴールデンウィークの5/2から5/5の4日間を使ってシステムリリースに向けた切替テストの計画があり、順調に進めば早く終わるかもしれないと言われていたが、小さなトラブルがあり、再テストは必要という判断で結局がっつり4日とも仕事になっていた。


「差し入れ持って来たよー」


後半戦に差し掛かった5/4の昼を過ぎたタイミングで、人の少ないフロアに響いた女性の声に出勤者全員がその方向に視線を向ける。


藍理あいり、どうしたの急に」


まず立ち上がったのは維花で、その女性は以前維花とランチをしていた存在であることに立夏は気づく。


あいり が姓であるとは思えず、やはり親しい間柄なのだということに戸惑いを感じて、立夏は無意識下でその女性を注視してしまう。それに気づいたのかその女性から手招きをされ、無視するわけにも行かず立ち上がって女性の元に近づいた。


「これ、みんなに配ってあげて」


「ありがとうございます」


誰かは分からない。でも、差し入れを断る理由もなく大きめの紙袋を二つ受け取る。一方で維花はその女性と早々に休憩コーナーの方に行ってしまい後を追うこともできなかった。


差し入れのプリンを全員に配り、最期に維花の席にもそれを置く。ふと、維花の席の隣に座る佐納にあの人物のことを聞けばわかるかもしれないと思ったが、答を得ても納得できない気がしたため聞くことは諦める。


立夏のもやもやを解消できるのは維花しかいないことを知っていた。





「あの人誰なんですか?」


きりのいい所までやろうとその日の作業が終わったのは20時を既に回った時間だった。維花と一緒に帰る道すがら総菜を買って家に帰り手短に夕食を済ませ、交代で風呂に入る。


維花が風呂から出るのを待って、立夏は喉の奥に溜めていた言葉をようやく出す。


「あの人って?」


突然の立夏の代名詞つきの質問に、維花は何のことを指すかが結びつかなかったらしく首を傾げる。


「昼間に差し入れを持って来られた方です」


「藍理のこと? 藍理はコンサルで、今のプロジェクトのそもそもの立ち上げ時のコンサルをやっていたの。真面目だからどうなってるか気になるって時々様子を見に来てるよ」


それは佐納に聞いても得られた答えだろう。だが、立夏が知りたいのはそんなことではない。


「仲良さそうですけど、どういう間柄なんですか? あいりって姓じゃないですよね?」


「同期だよ? 藍理は名前で姓は三坂みつさか。藍理転職しちゃったから、立夏ちゃんは知らないか。うん、そうだ。藍理が転職したの立夏ちゃんが入社する前だった気がする。前に同期と飲みに行くって言ったことあったでしょう? あの時も藍理と行ってたの」


確かに同じくらいの年代だとは思っていたが、まさかの同期という答えに、名前呼びも合点が行ってしまう。立夏も仲の良い同期は名前で呼んでいる。


「今も仲いいんですね」


「今のプロジェクトでたまたま会う機会が増えたからね。藍理が辞める前まで、ほら服を選んで貰っていたって言ってた同期が藍理なんだ。よく一緒に遊びに行ったりもしてたけど、辞めてからは距離は遠くなっていたんだけどね。忙しいって飲みに誘ってもよく断られたな」


立夏がなんとなく以前の維花に雰囲気が似ていると感じたのはどうやら気のせいではなかったようだ。でも、そこまで面倒を見てくれる同期がいるだろうか。


「えっと……藍理さんとは何もなかったですよね?」


「藍理と? 何もって?」


意図がわからない維花につきあっていなかったのか、とストレートな言葉に変換する。


「そんなこと気にしてたんだ。可愛いな、立夏ちゃん。藍理は女性しか愛せない人、それを知ったのはわりと最近だけど、わたしと藍理はそういう意味では全然何もないよ。その時は一応わたしにも彼氏いたしね」


ほっとする半面、維花はどうであれ、藍理はそうだったのだろうかとの憶測が立つ。少し依存度高めの友人関係、転職してからの急変、それは藍理が維花を好きで、告白できずに諦めたことの証拠のようにも思えた。



罪作りな人だしな、この人。




「もう一つ聞いていいですか? 維花さんって、私以外につきあった女性いるんですか?」


「いない。これは誓って言えるから。立夏ちゃん以外の女性を恋愛対象に思ったこと一度もないから」


嘘のようには思えなかった。でも……


「維花さん私との初めての時、手慣れていませんでした?」


立夏の責めにもう……と維花は赤面する。ここまで照れる維花は珍しい。


「相談してたの藍理に」



この人は無邪気な分、鬼かもしれない。




「藍理さんに聞いたということですか?」


「藍理にはそんなの親友に教えられるわけないって言われて、正確には藍理のパートナーのなつきちゃんに教えてもらったかな」


藍理にパートナーがいることは立夏にとっては明るい情報で、過去はどうであれ、これで少し現在に安堵はできる。


「維花さんって目的があると手段選ばないですよね」

「だって立夏ちゃんを傷つけたくないし、そういうのはかっこつけたいよ。年上として」


それにしても普通は聞かないだろうと思うが、聞いてしまうのが維花らしさとは言えた。


「私のためにいろいろ考えてくれたのは嬉しいです。でも、これからは他の人に聞くじゃなくて、できれば二人で考えて行くにしてください」


でなければ知らない内に被害が広がっていくかもしれないと維花に釘を刺す。


「わかった。そうする。もう立夏ちゃんに隠すものなんてないしね。でも、昼間藍理にあの子が維花のパートナーかってすごい冷やかされちゃった。わざと立夏ちゃんに差し入れ渡したんだよ、藍理」


立夏は手近にいた女性だから選ばれたのかと思っていたが、向こうは立夏のことを知っていたということだ。維花が相談していたので当然かもしれないが、知らない間に自分たちの関係を知っている存在がいたことに羞恥はある。


「……私に相談なしに話しちゃったことは?」


我に返り維花はごめんと、両手の平を合わせ立夏を拝むように頭を下げる。


「全然考え無しだった。嫌だよね。ごめんなさい」


「維花さんがそれだけ藍理さんとそのパートナーさんを信頼されているということは分かっています。でも、世間には色んな見方をする人がいて、そういう人たちに今の生活を壊されたくないので、これからはもうちょっと慎重に、せめて相談してからにして欲しいです」


「わかった。気をつけます」


謝りながらも維花は立夏を自らに引き寄せ、機嫌直してくれる? と耳元で囁く。


「そんなに怒ってませんから」


「よかった。じゃあ、ベッド行ってしよ」


「明日仕事なのに?」


「だって立夏ちゃんに愛を示さないと寝られない」


しょうがない人だなと思いながら立夏は行きましょうと返事を返した。

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