第3話 始まりのキャンプ場

三月に入り、一年前と同じキャンプ場に行こうと維花から提案があり、二つ返事でその日を待った。


一緒に暮らし始めてから立夏もキャンプの前準備や後片付けを手伝うようになり、今までそんな大変な作業を維花が一人でしてくれていたことに素直に感謝が出た。


「維花さん、あの時ってどういう気持ちでキャンプに誘ってくれたんですか?」


いつものように維花の運転する車の助手席で、立夏は一年前のことを尋ねる。


「女子会で立夏ちゃんをキャンプに誘った時は、下心はなかったよ? たまには二人でもいいかもって気分だっただけで。でも、その後立夏ちゃんと一緒に仕事をする内に立夏ちゃんが気になって仕方なかったから、それを確かめる意味で誘ったかな」


「私はその罠にまんまと填まったってことですか」


「そうだね。大丈夫、その時はまだ襲ったりしない自信はあったから」


「説得力ないです、それ」


そうかなぁと説得力のない人は一人で呟く。


「でも、下心とかそういうの除いても立夏ちゃんとのキャンプは楽しかったよ? プライベートの立夏ちゃんを知れたのも嬉しかったし、キャンプって余計なものが最低限まで絞り込まれてるから、すごく近くにいられる感じが嬉しかったな」


「それはありますね。キャンプって自然と火と人だけってイメージあります」


「そうそう。今まで自然に溶け込むのがキャンプの良さだと思っていたんだけど、立夏ちゃんとキャンプに行き始めて、人と溶け合うのも気持ちがいいんだなって思うようになった。体的なのとは別で、心がね」


維花とつきあい始めて、女性は初めてなのに立夏にはあまり戸惑いがなかった。その理由を立夏はようやく分かった気がした。


キャンプを通して維花と心を寄せ合い、多分近づき合っていたからこそ、その先に迷いがなかったのだろう、と。


「あのキャンプの後で、すごく自覚したよ。立夏ちゃんが気になって仕方がないんだって。でも、立夏ちゃんには打ち明けないでおこうとも思っていたんだ。ゴールデンウィークのキャンプに誘うのもだいぶ迷ったしね」


「誘ってくれて良かったです」


誘われていなければ維花と立夏はただの先輩後輩のままだっただろう。でも、それに立夏は後悔を感じていなかった。


「立夏ちゃん可愛い。ぎゅーってしていっぱいちゅうしたい」


「だ、駄目です。運転中じゃないですか」


説得に応じてはくれたものの、車は高速道路で次のSAに入り、停まるなり維花に引き寄せられ、キスも山ほどされてしまった。


いい年して、と思わないところがないわけではないが、求められる心地よさは社会人になると貴重で手放しがたいものでつい甘やかしてしまうのだ。




目的地に到着後、すっかりキャンプ慣れした立夏は、維花に指示を受けなくても何をしていくかを考えて動けるようになり、手際よく二人で荷物を運びテントの設営までを済ませる。


「この一年で立夏ちゃんもすっかりキャンパーになったよね?」


「維花さんが行きたがるから副次的な意味でのキャンパーですけどね。維花さんがいないキャンプには行こうと思いませんし」


「嬉しい。大丈夫ずっと一緒に行こう」


維花は止める気はなさそうだからつき合うしかないかと立夏も肯きを返す。


「でも、ゴールデンウィークは切り替えテストだから、今年の立夏ちゃんの誕生日は仕事になりそう」


それは全体スケジュールをなんとなく見ていた立夏も気づいていたことだった。


システム開発において、ゴールデンウィークは普段できないことができる絶好のタイミングで、システムのリリースやシステム停止をしてのメンテナンス、普段できないテストを行うことはよくあった。


「今年は仕方ないなって思ってます。でも、維花さんも私も出勤だし、別にいいですよ」


「ありがとう。家ではお祝いしようね」


それで十分ですと、笑みを返すと維花がいつもの調子で抱きついてくる。


「順調に終わればゴールデンウィーク後に交代で休もうって言ってるから、そこで行こうか?」


「そうですね。今年こそちゃんと星を見にいきましょう」


それは去年見に行こうとしたものの、維花の飲酒運転を阻止するために諦めた場所だった。


「あの湖でもいいんじゃない? 立夏ちゃんが告白してくれた場所なんだし」


「駄目です。今の維花さんは、ぎゅーやちゅーだけで止まらないって知ってますから」


キャンプではキスまでで肌を直接触れ合わせることはしないが、暗黙のルールになっている。

立夏が許可さえすれば維花はチャレンジしてしまいそうだが、事後を考えるとなかなか厳しく、最近では連休の場合は1日をキャンプ、もう1日はホテルでというプランを立てることもあった。


一緒に住んでいるくせにではあるのだが、外に出て刺激を受けるとやはり盛り上がってしまうのは止められないのだ。


「確かに止まらない自信ある。でも、あそこシャワーブースあるから大丈夫じゃない?」


「駄目です。絶対駄目」


夜で人が滅多に足を向けないだろう場所ではあるが、だからと言って立夏にとって外というハードルは果てしなく高い。


「残念」


「しようとしたら別れますからね」


「それ酷くない?」


「しようとしてましたよね? もう……」


「ごめんね、年上なのに分別なくて」


恋人の甘い声に背筋をぞくっと駆け上がるものがあり、立夏も維花のことを責めきれないなと自覚する。


「私は維花さんほどオープンな性格じゃないので、できれば考慮して頂けると嬉しいです」


「知ってる。知ってるけど、立夏ちゃん大好きなんだもん」


絡み酒になってきたと、隣に座る維花に身を寄せ、背後から回した手を維花の頭に乗せる。


「私もです」

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