第2話 維花の過去
誰なんだろう。
その女性は打ち合わせの場では一度も見たことがないためプロジェクト関係者でないことは、流石に立夏でも分かった。他に確認できたことと言えばその女性が掛けている入館証のストラップの色くらいだった。
その色は常駐先の会社の社員を示す色ではなく、外部からの入館許可者であることを示している。だが、フロアを見渡した範囲ではその姿は見つけられず、ふらりと現れる謎の女性のままだった。
ただ、会社での維花は感情を抑えて淡々としていることが多く、過去の男性へのトラウマからそうなったのだと思っていたが、ロングヘアの女性に対してはそうではなかった。
あれ? 維花さんってそもそもどっちの人かって聞いてなかった。
女性しか愛せない人かどうか。
気になってはいたものの聞く必要性もなかったため、今まで立夏はそれを放置していた。というか、忘れていた。維花の誕生日の件といい、立夏は詰めが甘いことを自覚はしているが、不安がなければ見過ごしてしまうのは性格だろう。
今更だが思い返すと、立夏とつきあい始めてからの維花は、女性が初めてには思えないほどその関係性に戸惑いがなく、キスやセックスにも積極的だった。
つまり、過去にも同様の経験があったと考えるのが普通だろう。
今は立夏を愛してくれていることにはある程度自信は持っている。一緒に暮らし始めて二ヶ月が経ったが、維花は毎日キスを求めてくるし、ベッドでも女性的な事情でそれぞれの都合さえ悪くなければ、触れ合う日も多い。時間が合う時は一緒に出勤して、通勤電車でこっそり手を繋いでいたりもする。
仮に維花が女性しか愛せない人であれば、
1.女性には誰であっても優しい
2.謎の美女は現在、もしくは、過去に維花と何かあった相手である
の二つを仮定したとする。
維花が他の女性に接している所はあまり見たことはないが、それでも年齢的にも近そうな二人ということもあり仮定2が正解な気がしてしまう。
聞くべきかどうか悩んでいる内にタイミングを逃してしまい、もやもやを抱えたまま立夏はテストをこなす日々が続いた。
「金曜日飲みに行くことになったから、帰りは遅くなると思う」
「仕事の飲み会ですか?」
当日急遽飲み会になってというのは今までに何度かあったが、予めスケジュールされた飲み会は忘年会以来だった。
「同期って言ってももう転職しちゃった子だけど、久々に飲もうって誘われてね。相手は女性だから心配しないでいいよ」
そのフォローはあまり意味がないものだったが、立夏も同期と飲みに行くことはあり、止める理由もなかった。
「転職しても連絡取り合ってるんですね」
「取ったり取らなかったりだよ。たまたまタイミングが合ったから行こうってなってね、ごめん」
「謝らなくてもいいんじゃないですか?」
「折角の立夏ちゃんとのいちゃいちゃ時間が減るでしょう?」
「大丈夫です。維花さんはいちゃいちゃしすぎですから、ちょっとくらいそれぞれのプライベート時間があっていいんじゃないですか?」
立夏ちゃん、わたしのこと鬱陶しかった?と潤んだ目で見つめられ、面倒な方に転んだなと立夏は仕方なくフォローを入れる。
「そんなことないですよ」
顔を近づけ、維花の唇に触れるだけのキスを贈る。すぐに離れようとした立夏を維花の腰に回った両腕が引き留める。
「今は朝じゃないんだから」
時間がない朝でも、外でもないので手を抜くなと言うことらしいと分かり、立夏は再び維花の唇に自らのものを寄せる。
もう幾度したかわからない維花とのキス。立夏の今までの恋人とのキスはくっつけ合うだけのものでしかなく、維花とつきあい始めて互いの思いを混ぜ合うキスを知った。
抱き締め合い、唇を重ね、舌を絡めて求め合う。
「立夏ちゃんから久々にしてくれた。嬉しい」
そうだったかと立夏は記憶を辿るが、確かに一緒に住み始めてからはとにかく維花からの誘いが多くて、立夏から求める前に充足してしまうのだ。
「維花さん、たまには退いてみるとか、そういう駆け引きしなさそうですよね」
「わたしも立夏ちゃんが好きで、立夏ちゃんもわたしが好きなんだから、必要ないんじゃない?」
勝てそうにないな、この人にはと思う立夏の頭からは、維花が過去に他の女性と何かあったかどうかなど、興味から消えようとしていた。
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