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海里
第1話 客先
長く続いたプロジェクトも終盤を迎え、導入先の会社に構築された環境でテストを実施するため、
年末から同棲を始めた恋人の
一緒に生活を初めて、やっと立夏と一緒に出勤ができると年明けからずっとにやにやしていた維花だったが、仕事始めの前日になって部門長から朝一で客先に年初の挨拶に行くから早く出勤しろという指示が下り、いやいや立夏よりも20分早く家を出た。
たっぷり行ってらっしゃいのキスをして、維花のメイクが落ちないかとはらはらしたが、何とか納得してもらい無事送り出す。
昨晩もしたのに、と思うがそれとこれとは別腹だと強く維花に押し切られると押し負けてしまうのが立夏だった。何であれ維花に触れられるのはやはり嬉しいと感じてしまうのだ。
客先での作業はサブシステムを結合した上でのテストが中心で、どこのチームかは関係なく全体でテストシナリオを消化し、問題を潰して行くことが目標だった。
日々の定例進捗では、維花が仕切ってのテスト進捗状況の確認が行われ、立夏と同期の
「テストの消化件数がなかなか上がらないのはバグが問題ですか? それともテストケースの問題ですか?」
「後者です。一部のシナリオの品質が悪くテストが流れないことが判明したので、今見直しをかけています」
維花の問いにテスト推進担当者が状況を回答する。
「いつまでにシナリオの見直しは完了予定ですか?」
「今日中にシナリオの修正とレビューまでを完了させて、明日からはテストが実施できる状態に戻します」
「わかりました。他に気になることがある人はいますか?」
「基盤チームです。今、定期的にデータベースの高負荷が起こっています。トランザクションが解放されていないように見えるので、調査継続中です」
「それはちょっと気になるね。何かの処理で負荷を掛けているではないのよね?」
「チーム全体に確認しましたが、それらしい処理はしていないとのことでした。再起動でいったん落ち着きますが、再発しているので、高負荷時は原因追及のため多少時間を頂きたいです」
「了解です。テストの手を止めることになりますが、それは仕方ないのでやってください。放置しておくと後々爆発するので、今やりましょう」
的確に指示をしている維花の姿に、立夏は業務内容を気にするどころではなく、維花の格好良さに夢中だった。
毎朝、会社に行きたくないとごねる人とは思えないが、それは立夏にだけ見せてくれる姿で他には誰も見せたくないという独占欲はある。
ようやく立夏の番になると、顧客チームのバグ改修状況を報告し、会議での任務を終える。質問されても答えられるだろうかと毎度びくびくしてしまう所があったが、今日は問題はなかったと胸を撫で下ろす。
プライベートでは立夏に激甘だが、仕事では特別扱いをしない維花の姿勢は少し寂しさもあるが、尊敬できる部分でもあった。
開発フェーズでは100名ほどいたチームメンバーがこの局面になると半分以下に規模を縮小し、更に主要メンバーだけが客先に常駐していることから見た目のメンバー数は格段に減っていた。
そのため、立夏でもすぐに目が届く距離に維花の席はあったものの、相変わらず維花は調整事に忙しいようで自席には座っていないことが多い。
そんな中、維花が見知らぬ女性とよく立ち話をしていることに立夏は気づく。
年は30代の中くらいで、明るめのカラーにまっすぐに伸びたロングの髪が印象に残った。
@kanou 今日はお昼一緒に食べに行きませんか?
珍しく席に座っていた維花に会社のチャットで立夏は声を掛ける。
@kuninaka ごめん、今日は先約があるんだ。また今度行こう。
急な誘いだったため仕方がないと諦めがついたものの、昼休憩終了間際に廊下で維花の姿を見かけ、そしてその隣には午前中に立夏が気にしていた女性の姿があった。
二人とも財布を手にしていて、明らかに食事に行って来た帰りであることがわかる。思わず立夏は扉の影に身を隠しその様を見守ってしまった。
維花は会社ではあまり見せない笑顔でその女性と接している。維花と同じくスーツ姿の女性は温和な雰囲気で同性の立夏から見ても魅力的で、男性なら誰もが鼻の下を伸ばしそうな美人だった。
なんとなく昔の髪の長い頃の維花を思わせる所があり、どういう関係かと立夏の妄想は膨らむばかりだった。
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