一緒にお風呂?

「これからお風呂に行きましょう」


「は? お風呂?」


 桜咲は、当惑する俺の右手を掴むと、すたすたと風呂場へと向かう。


 トイレの隣にある部屋に入ると、すぐそこに洗面台があり、床に置かれた茶色のカゴには服の着替えが用意してあった。


「さ、服を脱いでください」


 桜咲は、服を脱ぐよう指示してきた。

 風呂に入る。まぁ、そこまではいい。一日通して掻いた汗は流してスッキリしたいからな。だが問題なのは、桜咲が俺の前から離れようとしない点だ。


「えっと、じゃあ出てってもらっていいか?」


「いえ、風下くんが逃げ出す可能性があるので、見張らせてもらいます」


「逃げ出すって、ここからじゃ逃げ出しようがないだろ」


「壁を壊す可能性があります」


「化け物か俺は」


 年季の入ったボロボロの壁ならワンチャン壊せるかもしれないが、白く綺麗な壁だ。

 壁を壊す前に、俺の身体が壊れてしまうだろう。


「ちょ、桜咲⁉ なんでお前が服脱いでんだよっ」


 俺が服を脱ぐのに躊躇っている中、そんな俺をあざ笑うかのように桜咲は制服を脱ぎ始める。まだブレザーを脱いだだけだが、すでにスカートへと手を伸ばそうとしている。


「私もお風呂に入るからです。でないと、風下くんを見張れませんから」


「で、でもそれはまずいって! 女の子だろ。ちょっとは気にしろって。俺、逃げたりしないから、誓うからさ。だから今からでも考え直して──!」


 目元を手の甲で抑えて、視界を遮断する。

 しかし、そんな俺の努力もむなしく、桜咲は制服を次々脱いでいく。


 衣擦れの音が、嫌でも耳の中に入ってくる。

 視覚を封じているせいか、聴覚がいつもより機能を果たしていた。この艶めかしさは、健全な男子高校生には刺激が強すぎる。


 いよいよ俺の理性も限界を迎えはじめ、天使よりも悪魔の声が耳に届くようになってきた。


 俺は、手の甲を少しだけずらして、わずかに視界を開かせる。と、恐る恐る、桜咲へと目を向けた。


「──え」


 しかし、そこに居たは俺の予想を裏切る姿の桜咲だった。


「どうかしましたか?」


「いや、別に。なんか変な勘違いしてたみたいだ」


「そうですか。その割には、残念そうな表情をしていますね」


「そんなことはない。断じてないから。むしろ安心した。そう、安心したんだ。残念なんてこれっぽっちも思ってない」


 スクール水着姿の桜咲。事前に制服の下に着用していたのだろう。だから、制服を脱ぐことにも、抵抗がなかったのか。


 てか、桜咲って結構スタイルいいな。でも、胸はほとんど無……って、なに考えてんだ俺。最低だな。


 心内で反省していると、桜咲が服を脱ぐよう促してくる。


「風下くんも早く脱いでください。でないと、お風呂に入れません」


「いや、俺、水着とか来てないし」


「私は気にしないので大丈夫です」


「俺が気にするんだよっ!」


 そりゃ、女に比べて、男の裸に価値はないに等しいが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。特に、異性相手となれば、いろんな意味で委縮してしまう。


「じゃあ、私も水着を脱ぎます」


「なんでそうなるんだよ。一番ダメなやつだろそれ!」


 男女で、お互い裸で入るとか、それはもう……完全にアウトなやつである。


「文句が多いですね風下くん」


「文句ってか、常識をぶつけてるだけだけどな」


「ではわかりました。三分間扉の外に出ているので、その間に服を脱いでください。下半身はそこにあるタオルで隠せます」


「それを先に言え」


 下半身問題があっさり解決した。タオルを巻けるのであれば、問題はない……まぁ大アリだけど、一緒にお風呂に入る時点で、どうかしているけど。


 桜咲は扉の外に出る。三分では、壁を壊すことができないと見越してのことだろう。何分もらったところで、壁を壊すことはできないのだが。

 ともあれ、うだうだしている時間もないので俺はさっそく制服を脱ぎ始める。


 制服を空のカゴの中にしまい、白のタオルを下半身に巻き付ける。一応これで重要な場所は隠せている。はずだ。


「もう入っていいぞ」


 俺が扉の外にめがけて声をかける。が、しかし、桜咲が入ってくる気配がない。

 これはどういうことだろうか。確かに、まだ三分は経ってないが。


 まさか、逃げ出すチャンスだったりするのか? 


 もはや逃げる気力はないのだが、チャンスがあるなら見過ごすわけにいかない。俺はそっと扉を開ける。と、桜咲と目が合った。


「……」

「……」


 沈黙が流れる。


 しばらく、二人して身体を硬直させる中、桜咲の顔だけがみるみる赤く染まっていく。

 感情の起伏がほとんどないから、実はロボットなんじゃないかとか密かに思っていたが、誤解だった。ちゃんと女の子だったらしい。


 俺はあさってに視線を逸らすと、そーっと扉を閉める。


 ちなみに何を見たかといえば、水着の中に手を突っ込み、必死に中心に寄せて胸の谷間を作っているところだった。

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