運命の相手?
「私の目は、普通の人には見えないモノが見えるんです。私の左手の小指と、風下くんの左手の小指を繋ぐ赤い糸が、私には見えています」
「えっと、あんまこういうこと言いたくないんだが、‥‥‥頭大丈夫か?」
「大丈夫です。そもそも頭が悪かったら、進学校に入学してません」
「いや、そういうことを言ってるわけじゃねーんだけど。まぁいいや、とにかくこの拘束を解いてくれないか?」
オカルト女だと思ったが、そんなヤワな話ではなかった。ただのやばい人だった。
俺は動揺を悟らせないように、冷静を繕いながら、拘束の解除を求める。しかし、桜咲は、首を横に振って応じようとしない。
俺は露骨なまでに嘆息すると、少しだけ威圧的に切り出した。
「俺が家に帰らないと、親が心配すると思うぞ。大ごとにはしたくないだろ?」
「なら、電話してください」
「で、電話っていいのかよ? クラスメイトに監禁されてるから助けて! とか言うかもしれないだろ」
「それならそれで構いませんが」
何考えているのか、サッパリわからない。
もし俺が電話して、助けを求めたら桜咲は困るはずだ。
なのに、桜咲は電話することを許可してくる。俺は視線をあさってに逸らすと。
「親は今、出張中なんだよ。だから、その、連絡するとガチで大ごとになりかねないというか」
「それなら安心ですね。風下くんが家に帰らなくても、心配する人はいないのですから」
「……何考えてるんだよ。頭おかしいのか?」
「私が考えていることは、風下くんの命を救うことです。どうかこのまま学校にいてください。私が必ず、守ってあげます」
俺の両頬を包み込むように触ると、ジィッと目を見つめてくる。
初めて間近で、桜咲の顔を見たが、不覚にもドキッとしてしまった。
桜咲って、こんな可愛かったのか。普段目立たないし、前髪がえらく伸びているから、顔をきちんと見る機会がなかった。下手すれば、校内一位を名乗り出しそうなくらい、容姿端麗だった。
監禁まがいなことされているのに、何浮ついたことを考えているのだろうか。俺は。
「なぁ、俺が今、全力で叫べば、誰かしらの耳には届くと思うぞ。今すぐ、この拘束を解いてくれれば、全部水に流すからさ、考え直さないか?」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、この部屋は防音で出来てます」
「防音って、ただの部室だろ? 防音設備があるわけ……」
「信用ならないなら、どうぞ大声をあげてもらって構いません」
「いや、それは──」
さすがに、本気で大声を出す気はない。
俺は大ごとにはしたくないのだ。学校くらい平穏に過ごしたい。
「じゃ、じゃあそうだ。トイレはどうするんだよ? このまま、垂れ流ししろっていうのか?」
「トイレはそこにあります」
「そこって……まじかよ」
桜咲は、左の奥のほうにある扉を開ける。と、そこにはトイレが設置されてあった。簡易的なトイレではなく、しっかりとしたトイレだ。ウォシュレットまでついている。
ここ、部室だよな? なんでトイレがあるんだ?
大体、部室って一部屋じゃないのか? あたりを見れば、ほかにも扉が存在することに気が付いた。いや、よく考えたら、ここが占い研究部の部室というのも怪しい。
俺はずっと目を閉じていたから、ここが部室棟である保証はなかった。
「こちらにはお風呂が用意されていて、ここに冷蔵庫があるので、食事にも困りません。あと、こっちの扉の先には、ベッドが用意してあります」
ここからだと、ベッドのある部屋は見えないが、ベッドまで用意されているらしい。
これはもはや、部室ではなく自宅ではないのか?
とはいえ、一つだけ、確信をもっていえるのは、ここが校内であるという点だ。
校舎間の行き来はあったが、外には出ていない。外に出れば、砂利の音や足の感覚でわかる。だから、ここが校内であるのは間違いなかった。
しかし、学校の中でこれだけ施設が充実しているのは、不可解だった。
「この部屋で過ごすことに不足はないって言いたいんだろうけどさ。この拘束状態じゃ、この設備が整った部屋も意味がないだろ」
何はともあれ、この部屋が生活するのに問題のない環境だったとして、手足を拘束された俺の前では意味をなさない。トイレもできないし、ベッドで眠ることだってできない。
「風下くんが死相が消えるまでのこの部屋で生活することを約束してくれるのであれば、拘束は解きます」
「え、ああ、じゃあわかった。約束するよ。だから拘束を解いてくれ!」
まさか、こんな簡単に拘束を解いてくれることになるとは思わなかった。考えが甘いな、桜咲。
先に言っておくが、俺は約束を守る気などさらさらない。
拘束を解いてもらったあと、隙を見てすぐにでも逃げ出す所存だ。
俺が密かに企む中、何も知らない桜咲はせっせと俺の拘束を解く。両手両足が自由になった感覚に、感銘を受けたところで、さっそく切り出すことにした。
「なぁ桜咲、あれなんだ?」
「……?」
俺の指さした方向に、桜咲は振り返る。その瞬間をついて、部屋のドアノブに手をかけた──その時だった。
視界が反転した。
目の前の光景が、真っ逆さま。自分でも何言ってるのかさっぱりだが、それが事実だった。しかし、俺の頭を整理するより先に、強い衝撃が身体をほと走る。
床に俺が身体を横たわっていることに気が付いたのは、それから数秒後のことだった。
「早速約束を破りましたね」
「さ、桜咲……?」
上から俺を見下ろす桜咲。無表情で冷徹な眼差しが、俺の身体をチクチクと刺してくる。
俺が当惑する中、種明かしをするように桜咲は訥々と告げる。
「私、柔道経験があります。そんな簡単に逃げられるとは思わないでください」
「そ、そういうことは先に言ってくれ……」
どうやら、考えが甘かったのは俺のほうだったらしい。
床に打ち付けられた痛みに悶えながら、そう思った。
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