死相が見えるクラスメイトに、監禁されています!

ヨルノソラ/朝陽千早

死相が見えるクラスメイトに監禁されました

風下かぜしたくん、あなたの顔に死相が見えます」


 年が明けて二週間ほど経ったある日のこと。

 日直の仕事を終え、帰り支度をしていた時のことだった。


 教室に居残っていたクラスメイト──桜咲麗奈さくらざきれいなが俺の元にやってくるなり、奇妙なことを口にしてきた。


 教室には俺と桜咲の二人きり。言う相手を間違えたってことはないだろう。第一、風下は俺の苗字だ。


 俺は何度かまぶたをパチクリさせると、戸惑い気味に訊ねる。


「死相って、俺そんな死にそうな顔してるか?」


「はい。早ければ今日中に死ぬかと」


 桜咲は、臆することなく告げる。冗談を言っている雰囲気はなく、割と本気な表情だった。


「え、えっと、あんまそういうこと言わない方がいいぞ。人によっちゃ普通にキレられるから」


「冗談ではありません。私の目には風下くんの死相が、色濃く見えています」


 桜咲は前のめりになりながら、助言してくる。

 俺はのけぞるような体勢になって、冷や汗を額に浮かべた。


 まさか、うちのクラスにこんなオカルト女がいたとはな‥‥‥。


 もう一年近く経つというのに知らなかった。


 おそらく、重度の厨二病患者なのだろう。


 死相なんて、いかにも厨二病が好きそうな単語だ。


 ‥‥‥まぁいいか。俺もかつては厨二病を患っていた者の一人。今日は特に予定もないし、少しくらい付き合ってやるとしよう。


「‥‥‥じゃあ、どうすればいいんだ? 助かる方法はないのか?」


「一つだけあります」


「そうか、ならよかった。助かる方法、教えてくれないか?」


「死相が消えるまで、学校から絶対に出ないでください」


「え?」


「学校から出るなと言いました。学校から出なければ安心安全です」


 真面目な顔で、淡々と口にする桜咲。


 俺に持病はないし、普通に健康体だと思う。

 仮に死ぬとしたら、事故に遭うってパターンが有力だろう。


 つまり、学校にいれば事故に遭う可能性はないということか? 理科室や家庭科室等を除けば、死ぬような事故はそうそう起きないだろうが。


「‥‥‥なるほど、理には叶ってるな」


「はい、なので死相が消えるまでは学校にいることをお勧めします」


「でも、トチ狂ったやつが学校に襲撃してくるかもしれないだろ? 他殺ってパターンは?」


「それはありえません。その場合は、私にも死相が出るはずなので」


「どういうこと?」


「私も学校から出るつもりはありません。風下くんの死相が消えるまで付き合います」


 俺は目をパチクリさせると、キョトンとした表情を浮かべる。


「い、いやいや桜咲が付き合う必要ないだろ。それに俺、普通に家に帰るつもりだし」


「確実に死にますが、いいんですか?」


 小首を傾げて、俺を見つめる桜咲。


 そう真面目な顔して言われると、少しゾッとする。だが俺は現実主義者だ。オカルトは一ミリも信じていない。


「いや、なんつーかその、ハッキリ言って死相とか信じられないんだよ。悪いけど。それに、もし学校居残って、教師とか警備の人に見つかって怒られたくねーし」


「それならご安心を。我が占い研究部の部室なら見つかる危険はありません。鍵を閉め、カーテンを掛ければ完全な個室の出来上がりです」


 部室があれば発見される可能性は格段に下がるだろう。

 桜咲の言う通り、カーテンを閉めて光を遮断し、鍵を閉めて密室を作れば、安心安全だ。


 これなら、学校で一晩明かすのも、容易いかもしれない。


「でも、いくらなんでも学校に泊まるってのは度がすぎてないか‥‥‥。その、こんなこと言うとアレだけど、もう少しお気軽に死相を消す方法はないのか? 大ごとにならないやつなら、全然付き合うからさ」


 だが、死相が出ているなんて非科学的な根拠のない理由で、学校に泊まる訳にはいかない。


 元々、こっちは厨二病患者の戯言にちょっと付き合う程度のつもりなのだ。あまり大ごとにされては困る。


「‥‥‥わかりました」


「お、わかってくれたか」


「はい。では、瞑目してください。私がいいと言うまで絶対に目を開けないでください」


「目を閉じればいいの?」


「はい。それで問題ありません」


 俺は言われた通り目を閉じる。

 すると、少し冷たい手が、包み込むように俺の両手を掴んできた。


「‥‥‥っ」


「私がいいと言うまで、瞑目しているよう言ったはずですが」


「あ、わ、悪い。ちょっとビックリしてさ」


「次からは気を付けてください。私が許可を出すまで目を開けてはいけませんからね。では、こちらへ。今から死相を解きにいきます」


「わ‥‥‥わかった」


 女子と手を繋いでいる状況に戸惑いながらも、俺は桜咲に手を引かれるまま足を進めていく。


 こんな場面、誰かに見られたら、当分は笑い者にされそうだ。とはいえ、放課後で結構時間も経っているせいか、人とすれ違う気配はない。


 ゆっくりとしたペースで五分ほど歩くと、ガラガラと扉が開く音がした。


「少し待っていて下さい。まだ目を開けたらダメです」


「お、おう」


 目を開けちゃダメな理由は不鮮明だが、俺は律儀に瞑目状態を続ける。


「準備が整いました。こちらに座って下さい」


「‥‥‥座るって、あ、これか? これに座ればいいの?」


「はい。座ったら両手は後ろに。両膝はくっつけて下さい」


「こんな感じか?」


 言われた通り、両手を背もたれの後ろに回して、両足をビシッと密着させる。


「問題ありません」


「じゃあもう目あけていいか?」


「あと少し待ってください」


「‥‥‥な、なんか、手錠みたいなのがくっつけられてる気がするんだけど、気のせいだよね?」


「気のせいです。それより、あまり動かないでください」


「あぁ‥‥‥ならいいんだけど」


 ガチャガチャと金属音が響く室内。俺は不審に思いながらも、じっと身体を静止させる。


 それから一分ほどして、桜咲は声をあげた。


「もう大丈夫ですよ。目を開けても」


「お、おう」


 長い間目を閉じていたせいで、視界がぼやける。

 しょぼしょぼする目を擦りたいが‥‥‥──両手の自由が効かない。


 慌てて、自分の身の回りを確認する。と両足に鎖が巻かれていることに気がついた。

 腰のあたりにはベルトで、身体と椅子が固定されている。


「‥‥‥お、おい。なんだよこれ!」


 身動きを取ろうとジタバタしてみるが、椅子の足が床に固定されていて思うようにいかない。


「拘束です。風下くんが死相について懐疑的なので、強硬手段に出ました」


「強硬手段って‥‥‥」


「はい、これなら学校から出られませんから」


「しょ、正気かよ?」


 そりゃ、本気で死ぬのであればリスク覚悟で学校に居残るべきだろうけど。


 ‥‥‥参ったな。軽はずみに厨二病の戯言に付き合うんじゃなかった。


「風下くんに死なれると困ります。なので、死相が消えるまでは私と一緒に学校で寝泊まりしてください」


「‥‥‥困る? 俺が死ぬと桜咲になにか問題が生じるのか?」


 俺は引っ掛かりを覚えて、疑問をそのまま口にした。


 俺が死んだところで桜咲が困る要素が思い当たらないからだ。一年近くクラスメイトをやってきているが、桜咲と会話したのは指で折って数えられる程度。しかも、業務連絡だけだ。


 クラス替えすれば、忘れるような相手が死んだところで何が困るというのか。


「当然です。だって私と風下くんは、運命の赤い糸で結ばれているのですから」


「‥‥‥‥‥‥???」


 無表情のまま、じっと俺を見つめて告げる桜咲。

 俺はしばらく、頭上に浮かんだ疑問符を払拭できなかった。

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