第197話
太陽が真上に昇った頃に、俺達もまたゲート島へと戻ってきた。
昼休憩と収納一杯に入ったドラゴン素材の受け渡しのために戻ったが、いざ昼飯を食べようと敷物の上にポルカの弁当やら、その他に持ってきていた料理やらを広げた時に、ヴァイスが近くにいた信徒を都合が良いとばかりに呼び寄せた。
「グリーンドラゴンの羽毛素材は、私の装具にも使いたいので、全てを卸すことがなきよう、お願いします。……ええ、あぁ、その他は全て提供してくださるとのことでしたので、はい、そうです。お好きになさってくださって結構ですよ」
そうして、火、風、土、雷のドラゴン4体分の素材の受け渡しを、ヴァイスが信徒へ念入りに指示を出しつつ行ってくれていた。俺とポルカは傍らで座り込み、弁当を食べながら、その様子を横目に見ていた。
「これはね。ビリビリして焼いたの。頑張った。オーエン、美味し?」
『和と洋と言うか、この異と異の融合は革命的な味を生み出してるよ』
「タコサン? オーエンが好きって聞いたからチョコを掛けてみたの」
『うん。ありがと。でもね、タコサンウインナーは蛸じゃないんだよ』
「へーえー……あ、間違い? チガウからーあんまり美味しくない?」
『ウウン? おいーしいよ? けど、チョコ味以外も食べてみたいな』
「うんっ。分かったっ。今度はチョコ以外のも作ってみる。チガウの」
別に用意された食事を頬張るポルカは、そう言いながら手元の料理の作り方を気にしていた。今度はいったいどんな料理を作って食べさせてくれるのか、俺はそこが気になるところだが、しかし、今は嬉しそうにしてくれてよかったと思った。
俺は残ったチョコ料理を、口一杯に頬張り咀嚼して、喉奥へと滑らせて、また搔き込んで、食道へと押し込んで、チョコの甘味が口一杯に広がるのを味わって、吐く息も吸う空気も甘い香りを感じながら、弁当箱の蓋を閉じた。
そうして、ポルカの弁当を食べ終えた俺が、茶を飲んで
「遅くなってしまってー……あぁ、申し訳ありません」
『いや、いいよ。こっちこそ、先に食べててゴメンね』
「いいえ、お気になさらず。むしろ、有難い位でした」
俺の前の弁当箱を横目に見たヴァイスは、穏やかそうな顔つきのままに微笑んだ。
「ポルカまだ食べてるから、一緒に食べよう」
「私、お昼は軽食なので、丁度よかったです」
「お口、小っちゃいから? 食べるの遅い?」
「ふふ、そうかもしれません。……頂きます」
二人がやり取りしている間、俺はしばらく空を眺めていた。
すると、小さく切られたサンドイッチを食べ始めたヴァイスを見たポルカが、あれも美味しいこれも美味しいと言って勧めだしたかと思えば、遠慮するヴァイスの前に取り分けた皿を押し付けていた。
受け取るしかなかったヴァイスは、サンドイッチを交換しても多いからと、俺の方にもサンドイッチ二切れと塩気の強い食事を回してきた。それを二人のペースに合わせながら、微笑ましい会話に相槌を打ちながら、ゆっくりと摘まんでいた。
まるでピクニックにでも来ているようだった。ゆるやかな時間は心地良く、懐かしい気持ちになった。少し体を休め過ぎたのか、立ち上がる時には少し気だるく思えた。だけど、その気だるさが、なんだか、とてもいいものだと思えた。
『んっー……ん~ッ! っはぁ……』
寝不足によるものだろうが、睡魔を晴らすために背伸びすると、俺を見たヴァイスがくすりと笑っていた。その笑いは、これから狩りに行くというのに珍しいこともあったもんだと、言うようだった。
『っし! こっからも、ガンッガン行くぞー!』
肺に息を入れ込み腹に力を入れて、血流の巡る感覚に甘んじることなく、むしろ押し出して激しく加速させるようにして、全身に力を滾らせ気合を入れ直した俺は、二人を引っ張っていく勢いで駆け出した。
『レッツゴーウっ!』
そうして、余りある勢いのまま、俺達は次の洞へと向かった。
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『……あれが、ブルードラゴンか』
水の洞の中心部、大きく広がった地底湖のような泉から、羽を持たない青い鱗のドラゴンが現れた。それは、これまでのドラゴンと同じように、属性に合った形状と言えばいいか、水中で生活するのに適した身体を持っているようだった。
「――見ててねッ!」
雷電を纏ったポルカが、泉の方へと向かっていく。
手出し無用と言われた俺とヴァイスは、ポルカのその姿を後方に控えながら、ただ輝きに目を細めて見ていた。
「ッ、……大丈夫、でしょうか?」
『大丈夫。……俺はそう信じてる』
心配の声を上げるヴァイスと、俺が言った大丈夫の意味は違う。
もちろん手放しに言っているつもりはない。危なくなれば俺が是が非でも救い出すつもりだ。何も問題はないと高を括っている訳でもない。俺が発したその言葉は、信頼から来るものだ。
「ハァーァアアアアッ!」
雷鳴轟く中、ポルカの声が混じる。
ポルカは泉の外側の岩場を飛び移りながら、雷魔法による攻撃を打ち放っている。しかし、ドラゴンも馬鹿ではない。水の防壁を盾に、水中に隠れ潜み、波を上げて塞いでいる。
そうしながらも、ポルカを水中に引き摺り込まんと狙っているようだった。
雷と水、その相性だけ見れば良いはずだ。攻撃が直接当たりさえすれば、鱗に阻まれようとも大きなダメージを与えられるだろう。だが、ドラゴンもそれを分かっているから、そう簡単には攻撃を許してくれないようだ。
雷鳴が轟くばかり、電流が大量の水に阻まれて散ってしまっている。
流石に水生生物だ。水の扱いが上手い。渦を作り出したり、波を荒立てたりするだけでなく、その大きな尾びれを用いているのか、水の操作を易々とやってのけている。ポルカが苦手だと言うだけのことはある。
近接攻撃を許されず、魔法攻撃も許されず、攻め手を許すばかりだ。
「――っもう! ……そっちがその気なら!」
痺れを切らしたポルカは、苛立ち混じりの声を上げながら、泉へと向かって飛びこんだ。岩場を飛び回っていても埒が明かないと思ったのだろう。相手に有利な環境下で直接勝負に出るつもりだ。
しかし、自らを餌として打って出たが、一向に魚が食い付く気配を見せない。
そればかりか、水流を操って弄ばれてしまっている。ドラゴンは、ポルカが溺れるまで、一定の距離を保ちながらいたぶるつもりなのだろう。ポルカが、幾ら近づこうとしても水流に勢いよく押し流される。
「――ゥッ、グ、……うぷっ、ぷはっあ、はぁはあっ」
水の中でブレス攻撃をまともに食らってしまったのだろうか。押し出されたポルカが岩場にブチ当てられていた。苦悶に顔を歪めているのは、痛みによるものと呼吸が出来ぬ苦しさが相まってのものだろう。
「ポルカッ! 水場から出なさいなッ!」
窮地に陥ったポルカを見たヴァイスが叫ぶ。
「――ッ!? オーエン様っ……」
俺は、今にも手助けをしそうなヴァイスの行く手を魔槍で阻んだ。
すると、ヴァイスは魔槍を前に手を揉むような仕草を見せたかと思えば、目を閉じて深く呼吸し、冷静になるように努めていた。ヴァイスがそうしたのも信頼からだろうが、しかしながら、逸る感情の全てを飲み込めずにいるようだった。
「グッ、ゴボッ……ゲボッ、……ハァッ、ハァッ」
ポルカは、大量に飲み込んだ水を無理矢理に吐き出しながら耐えていた。
この状況で打てる手建ては限られている。何をどうして、何をもって、眼前のドラゴンを攻略せんとしているかを、今まさに考えているはずだ。ショートソードと雷魔法で、どう打ち勝つか。ここからが、ポルカの真価を発揮させる場面だろう。
「……ィ、……ラ、……イラ、……イライライラッ、イラァーッ!!」
ポルカが怒りを露にした瞬間、全身から雷電が迸った。
『来た来た来たッ! ヴァイス! 風を送って空気を逃がしてくれ!』
「はっ、はい! すぐに! ……風よ掃えッ、【ウィンドブルーム】」
ヴァイスの風が水蒸気を巻き取り、外へと向けて逃がす。
その頃には、既にポルカの姿は見えなくなっていた。しかし、そこの真下にいるだろう場所からの輝きが、洞の壁を明々と照らしている。そして、徐々に、水が泡を浮かび上がらせて沸き立ち、その波紋が広がっていた。
『――ィイッ!? ……スッ、ゲェ。……これ、イエロードラゴンより、ヤバいんじゃないか?』
俺は目を疑った。だが、確かに今、雷が水面から打ち上がった。その光景を目の当たりにしてもまだ、そんなことがあるのだろうかと、疑ってしまいたくなるほどの雷撃だった。そんな驚きの最中だった。
俺の眩んだ目にも、分かる程の輝きが、水中から上がってきた。
『――ッ、……っ、……』
それは、それは、美しかった。言葉を失うほどに衝撃的な姿だった。その姿はまるで泉の精霊かのようだった。いつの間に換装したのか、その煌びやかな何かを頭から纏ったポルカが、水面に浮かび上がったドラゴンの背に乗っていた。
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