第198話
「……ねぇ、オーエン。……倒したよ。……けど、もう、ヘトヘト……」
俺が呆気に取られていると、ポルカが傾けた髪とベールのようなものの隙間から瞳を覗かせながら、こちらの方へと手を差し伸ばした。
俺はその手に誘われるように、透明の足場を咄嗟に伸ばし、ポルカの元まで泉を渡った。そうして、俯いたままのポルカの手を取ると、水を吸って重くなった髪と共にベールを跳ね上げた。
『――うわっ?! っぷへ、……びちゃびちゃだ』
ポルカは、そんな俺の姿を見て、
「にへへー……ごめんごめんー」
と、くたびれた笑顔を向けた。いつもぱっちり二重の真ん丸な瞳で、こちらの瞳の奥の奥まで覗いているかのようにして見てくるというのに、相当に疲れているんだろう、瞼が半分落ちたままだ。
それだからポルカは、立ち上がることをせずに俺の手を引いたのだろう。
『……っ、運ぶから、じっとしててね』
「……うん。……連れてってーぇ……」
ドラゴンの背から、ゆっくりとポルカを抱えて、泉の外まで運ぶ。俺は、その少しの間にも、ポルカが身に纏っているものが、気になって仕方なかった。だから、じっくりと、その装具を眺めてしまっていた。
それは鎖帷子と鎖で出来た金属製のドレスだった。
ミスリル鉱石を糸のようにしてより合わせた部分と鎖の部分に分かれて構成されているようだった。幾つもの宝石のような玉が所々に散りばめられて煌びやかに輝いている。それが人魚の尾ひれのように下の方まで続いている。
おそらく、この装具は雷魔法を補助するためのものだろう。
考えられるとすれば、パーティー時に雷魔法を仲間に向かわせないようにする目的と、標的にのみ雷魔法を集中させるための目的があるものだろうと推測できる。しかし、それだけでなく、この玉は魔珠だろう。ならば、増幅効果もあるはずだ。
『……はぁーなるほどなー……へぇー』
「……あ、あのー、……オーエン様?」
『……凄いな。……ん? どしたの?』
「そこらで、留めておいた方がー……」
「ォ、オーエン。……恥ずかしい、よ」
顔を背けるポルカの頬が赤く染まっていた。そうして気付いたのが、自らの愚かしさだった。装具に夢中になるあまり、横に寝かせたポルカのドレスの一部を、めくったり持ち上げたりして眺めてしまっていた。
『――ガッ、ヤバッ、ちっ、違うんだポルカッ! ゴメンナサイ! そっ、そのっ、装具が気になり過ぎてゴメンナサイやり過ぎてしまってましたスミマセン!』
咄嗟に目を瞑り、手を横に振り、そして最後には、直角に身体を折り曲げて謝罪した。もちろんポルカに対しての謝罪の気持ちが大半ではあるが、後半部分はもしかしたらビビの隣で見ている可能性のあるカノンへの釈明と謝罪だ。
『……っく、……ッ?』
何も起きない。目潰しの光が放たれた様子もないし、ポルカからビンタされることもなかった。つまり、俺は、許されたということだった。
『ご、ごめんねポルカ』
「うん、い、いいよ?」
『…………っ、……ァ』
なんだかとても気まずい。そんな空気が流れている気がした。
『あ、あー! そっーだ! 回収しなきゃね! アブネーワスレルトコダッター。……ア、ポルカは休んでていいからっ! じゃ、ちょっとイッテキマース!』
俺は、気まずい空気から逃れるために、この場を離れることにした。
そうして、敢えてヴァイスをポルカの付き添いにして、俺は独り言多めに解体作業を熟した。その間も、二人が話している内容を、聞かないように、聞こえていないように、振舞うことに徹していた。
だけど、俺は甘かったようだ。
二人の元へ戻ると、何故だろうか、俺がポルカを背負って、次の洞へと向かうことに決まっていた。一度、ゲート島へ戻ろうという俺の意見も、黒牢に入っていてもらうという意見も、何故だろうか、まるで通らなかった。
「……ふふふーんっ、オーエン懐かしいねー?」
『出会った日のこと? ……逆だったじゃんか』
「そーだねー。……でも、いいの。……ふふん」
ポルカが、ご機嫌だ。それはいいとして、ヴァイスの張り付けた笑顔が気になる。確実にこれは、悪だくみを働いている時の笑顔だ。絶対に一波乱起こそうとしているはずだ。そうだろうヴァイス。俺は分かっているぞ。
しかし、そうと分かってはいるが、俺は抗えない。
このポルカを背負って運ぶことも、そのたくらみの布石だろうと分かっている。そのはずなのに、こんなに嬉しそうにするポルカを無碍に出来なかった。だから、俺はただ背負うだけだと、己に言い聞かせながら先を急いでいる。
「……でも、あの時、オーエン怒ってたけど、ポルカはああして良かったなぁ、って思うよ?」
『そうだな。……俺もー、そう思う。……じゃないと皆と攻略してなかったかも知れないしな』
「んー? そんなことないよ。きっと一緒に探検してた。そういうふうに、ポルカは思うよ?」
そのポルカの言葉を、俺は背中で受け止め、そして、頷き返した。
探検者として上を目指していればこそ、確かにあの時出会わなかったとしても、こうして一緒に探検していたかも知れない。そして、今みたいに≪アルゴナビス≫の一員となってくれていたんだろう。
でも、そうなっていたら、こうして、おんぶすることは無かったはずだ。
そう思えば、縁とは良く分からないものだ。今でこそ恵まれているとは思うが、当時はそんなことを考える余裕はなかった。だから、こうしていられるのも、一期一会の縁であり、それに合縁奇縁の巡り合わせでもあったということなのだろう。
「……もう間もなくです」
敢えて静かに控えるようにしていたはずのヴァイスが口を開いた。どうやら、あの場所が次の目的地であるホワイトドラゴンの住まう洞のようだ。
『やっぱ代り映えしないのな』
見た目は、何処の洞も同じだ。大きな入り口が、ぽっかり空いているだけの、ただの洞窟にしか見えない。
「……ーッ、フンー……ポルカ降りるね? ありがとオーエン」
首筋にほのかな暖かさを残し、ポルカが俺の背から下りた。それを隣で見ていたヴァイスが、俺達の一歩前に進み出た。
「オーエン様。今度は私めにお任せいただけませんか?」
『別にいいけどー……、命だけは、賭けてくれるなよ?』
「分かっております。もうそのようなことは致しません」
そう言ったヴァイスは、真剣な表情を向けた。その言葉の通り、あの頃とはまるで違った覚悟を、瞳に宿しているようだった。しかし、その表情も、すぐにいつも通りの柔和なものへと戻った。
「……実は、私も新しい装具を隠しておりました。ふふっ、未完成ですけどねっ?」
微笑んだヴァイスが取り出したのは、薄緑色の羽毛で出来たマント、いや、ストール、もしくは、ポンチョと呼ばれるものだろうか。頭から被って袖に手を通すことのできる何かだ。振袖みたいでもある。
「ほら、如何でしょうか。似合いますか?」
『……あぁ、うん、とても、似合ってるよ』
その形状が何というものかは、俺にはよく分からないが、似合っていると思った。いつも見る質素な白いローブの上から羽織るだけで、大分と印象が変わるもんだと関心もした。まるで森にでも住んでいそうな精霊みたいになっていた。
『へぇー……、なるほどなー……』
その装具に、グリーンドラゴンの羽毛を用いて作られていることだけは分かった。まだ未完成だと言っていたが、胸と腰の部分には同様の羽毛が見当たらない。その部分だけ空いているのは、素材が足りないからだろうか。
それでも、風に乗って、飛んで行ってしまいそうな見た目だ。
くるくると回って見せるヴァイスが両手を広げると、その装具も翼のように広がった。軽くひらひらとはためかせるだけで、風がこちらへと送られてきていた。ポルカの装具のように、風魔法を増幅させる効果でもあるのだろうか。
「ふふっ、ファッションショーはこれくらいにいて、じゃあ、行きましょうか」
ヴァイスはそれだけを言い残し、先へと一人で歩いて行ってしまった。
俺としては、その装具がどういうものかを詳しく見せて貰いたいと思っていたのだが、お預けをくらってしまったようだ。しかし、ヴァイスも人が悪い。俺がそう思うことを知っているはずなのに。
『……ぁ、……くっそ。……やりやがったな』
こちらへ首だけを向けたヴァイスが、ふふと笑いながら、後でと唇だけで言った。
カノンと違った意味でだが、ヴァイスも人心掌握に長けている。俺が気になっていることを分かった上で、敢えてそうしやがったんだ。悔しいが、その通りだ。それに、なんだよ。その仕草をする必要があったのかよ。
自分が、良い女だと分かっているところも、なんだかムカつく。
ついて行かなきゃならない状況なのに、後をついていくのも癪だと思わせる振る舞いをするところもだ。俺よりも遥かに賢いから、いつも手玉に取られてしまう。時折、補佐されているのか、遊ばれているのかさえ、分からなくなる。
「……ねぇ、オーエン。行かないの?」
『ぐ、ぐ……ぐぬぬ、行く。今、行く』
「うーん? オーエンも、気合十分?」
『十分。……うぉお行ってやらぁあ!』
そうして、俺達は誘われるままに、洞の暗闇に消えたヴァイスの後を追った。
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