第196話


 後どれくらい、まだ着かないのか。


 俺は、洞に向かう間、そんなことばかりを繰り返し考えていた。それほどまでに楽しみになっていた。沸き立つ感情を抑えるのが難しかった。久しぶりに二人と共に狩りをするからだろう。


 だから、レッドドラゴンが再出現していることの証、洞の明かりが灯っていることを確認するや否や、簡単な作戦内容を伝えるだけで、真っ直ぐに洞の入口へと、飛び込んで行ってしまったんだろうと思う。


『――作戦はッ、命を大事に!』


 後に続く二人へと、それだけを伝えて【スロウ】と【ファスト】を発動させた。


 一度、魔法を発動させてしまえば、もう会話も儘ならない。聞くには聞けるし、伝えるには伝えられるが、時間が掛かり過ぎてしまう。これからは、ハンドサインや視線でのやり取りで二人の意思を受け取るしかない。


 洞内部の温度が高まっている。


 奥へと進めば進むだけ、熱気が外側へと流れ出ているのが、肌を撫でる感覚で分かった。洞は一見、洞窟のような見た目をしているが、ドラゴンの巣は盆地のようになっており、飛び立つために上部は空いているそうだ。


 まずは巣まで辿り着いてすぐに、横に逸れながらヘイトを買う。


 これが俺の役割だろう。通路に向けてブレスを吐かれる訳にはいかない。魔槍での吸収が追い付けば、真正面から向かって行くことも出来るが、万が一のことを考えてケアしておかなければならない。


 もうすぐだ。そこに赤色のドラゴンがいるはずだ。


 巣のある広場に通路から抜けると、想像通りのドラゴンがいた。寝そべったドラゴンは、首を上げるところだった。おそらく、侵入者の気配を察知しての行動だろう。しかし、予想は出来なかったみたいだ。俺の、この速度のことまでは――


『――遅いッ!』


 サイドステップからの壁蹴り跳躍。側面からドラゴンへと向かった。そうして、放たれた魔槍の斬撃が、ドラゴンの首元に傷を入れた。その手応えは確かなものだった。しかし、一刀両断とまではいかず、肉に食い込むくらいのものだった。


『ッおぉお?! 硬いッ、硬いぞコイツ!』


 跳躍後の加重を流しつつ、回転、続けざまに四撃打ち込んだところで、爪と炎が迫る。だが、今度は上へと飛んで避けながら、炎の出所に魔槍を向け、【ネクスト】でのブレスをかき消した。


 おそらく、これは攻撃ではない。驚いたことによる反射行動だろう。


 まだ俺の姿を捉えてもいなさそうだった。そう判断した俺は、上に飛んだ勢いが死ぬのを待つことをせず、【ポーズ】を用いてドラゴンの周辺に、透明の板を複数枚作り出し、足場となる檻を作成する。


 そして、壁を蹴って、蹴って、蹴って、蹴って、蹴って……


『解体解体解体解体解体解体――ッ!』


 蹴りまくり、切り刻みまくった。


 上下左右後ろ前に表裏、関節の隙間へと魔槍を叩き込み、上鱗と下鱗の継ぎ目に刃を走らせ、印を付けた場所を容赦なく、何度も攻撃を重ね、鱗を剥ぎ、肉を裂き、骨を折り、腱を断ち、少しずつ、深く深く深く、向こう側へと刃が抜けるまで続けた。


 ドラゴンが、痛みと恐怖に暴れ回ろうとも、俺が止まることは無かった。


 右の翼、左前肢、右後肢、右前肢、左の翼、左後肢、尻尾、左前肢切断部から左後肢にかけて左腹部開腹、右後肢切断部から右前肢にかけて右腹部開腹といった順に、落とし、捌いて、最後に首を、血みどろの池の中に沈めた。


 そうして、大まかに解体を終えた頃、二人が追いついた。


「えぇー! もう終わっちゃってるー!」

「……オ、オーエン様、……これ、は?」

『意外といけちゃったから。……だから』


 二人を待たずしてやりきってしまった、と言うように俺は素材へと変貌を遂げたドラゴンに視線を落とした。


「すっごーい。あ、ポルカも手伝うねー!」

「あ、ぇえ、何と、言ったらよいやら……」


 ヴァイスは、相当驚いたみたいだった。ドラゴンを見てから俺を見て、それから魔槍を見て、フルバーストを使った形跡もないと確認し、残された証拠を手掛かりにして、状況を把握しようと精一杯になっていた。


『ふはっ、よしよしっ……』


 ヴァイスを驚かせることに成功した。そう思った俺は、満足感に包まれたことで自然と喜んでしまっていた。だが、ヴァイスはそれどころではない様子だ。俺が悪戯心を持ってそうしたことに気付いていない。


 解体分別の手伝いを行ってくれているポルカも、俺がそうしてニヤケているのを見ても、狩りが楽しくて良い素材が得られたことを喜んでいるのだろう、というふうに取ってくれているみたいだった。


 そうして、三人で皮と筋と骨と、魔石と臓物と肉と、血を分けて回収を済ませる間、ヴァイスはスケジューリングに頭を悩ませていた。ドラゴン一匹に掛かる時間の内訳、移動と戦闘と解体の殆どが予想よりも短縮されてしまっていたからだ。


 それだからだろう。ヴァイスは当初予定になかったはずの狩り後の宴会を組み込もうとまでしていた。このままでは、俺が満足しきらないと思ってもいるようだった。口には出さなかったが、危険地域へ赴くことさえ考慮していそうな雰囲気だった。


 俺は、素直に喜ぶポルカも、戸惑うヴァイスの反応も、嬉しかった。


 生まれ変わったから、まだ肉体が元通りではないから、そういった配慮からダンジョン内で共にいる時間が減ってしまっていたからでもある。一時的な弱体化だと分かっていても、実際のところ悔しくもあったし、辛くもあった。


 憐れみの目を向けられることは無かった。だが、仕方がないこととは言え、気を遣われ続け、禁止令を出されたりして、まるで子供扱いや初心者扱いされているような気分にまで勝手になって、気を揉んでしまうことだってあった。


 少しは後悔もした。でも、今になって思うが、完全体を手に入れて、総合的には強くなっている実感は、ある。だから、強くてニューゲームとまではいかなかったが、生まれ変わったことによって満足もしている。


 その姿を見てもらえたことが嬉しかった。


 また一緒に、いつかまた、そのうちにでも、オーエンなら、次の機会には、一年後くらいには、そんな言葉を聞くたびに、内心、突き刺さることもあったが、言葉を掛けてくれる仲間たちに一刻も早く報いたいと思っていた。


 戻ってきた俺の姿を見せたかった。それもこれまで以上の力を付けた俺の姿をだ。そうして、皆が気付かぬうちに、追い抜いてやったと言えるまでに力を付けて、鼻を明かしてやりたかった。


 そんな俺の姿を見る、俺のことをあまり良く知らない人達には、神子だから特別なんだと思われてもいいが、皆だけには知って貰いたかった。神子ではない部分のことを、俺という一人の人格のことを、証明したかった。


 それは、俺が俺であるということの、自負でもある。


 俺は特別だけど特別じゃない。俺以外では不可能、俺じゃないと、俺であったからこそ、と言ってもらえる位には努力していたつもりだ。奢りが過ぎると言われるかもしれないから、誰にも言うつもりはないが、常に、心に思っていたことだ。


 なにも認めて貰いたいという我欲が、そう思わせていた訳じゃない。この感情は、下手糞ながらに、自己肯定を続けたことによって生まれ、そして変化し続けている成れの果ての感情だ。


 そうじゃないと、俺がいるなら大丈夫、俺が諦めていないなら安心だ、俺が生きている限りは問題ない、といった絶対的な安心感を与えられないだろう。それは他の者ではならない。俺以外の誰でもなく、俺でないといけないからだ。


 それが神子たる俺の使命でもある。


 苦しかろうが何だろうが、成すべきことのためには、全く平気な面をしていなければならない。頑張ったからなんだ。認めて貰えるわけじゃない。何がために成そうとしているのかを考えれば、それさえどうだっていい。


 皆もそうしているはずだから、ちょっと位、少し位、これ位、そういった考えを握りつぶして来た。だけど、どれだけ頑張っていても、人前に立てばそんなことは関係ない。全てでもなく、一部分だけだとしても、努力を見てもらえる訳じゃない。


 俺こそが、結果が全ての戦いを起こそうとしているのだから、そりゃそうだろう。低層で遊んでいると捉えられる訳には行かない。繁栄を齎すと誓った限り、俺も結果を出し続けなければならなかった。


 それが俺の戦いだ。


 まずは認めてもらうことがスタートラインだった。しかし、まだ完全に認められているとは言えない。だから、民衆が、探検者が、英雄達が認める、俺の仲間達を、まずは俺自身が認めさせることが、本当のスタートラインだ。


 そこからが本当の再スタートが始まる。一部隊50名からなる小隊が、数日掛けて回るエレメントドラゴン等を、たった3人だけで、それも半日足らずで、素材を回収して帰ってきたという姿を見せれば、証明には十分だろう。


 神子オーエン、≪アルゴナビス≫のオーエン、≪カノープス≫のオーエン、魔槍使いオーエン、なんだって好きに呼べばいい。その名が俺を表すことになり、俺がその名を表すことになる。


 そうして、皆が、オーエン・スディの生き方を知ることになるんだ。


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