第195話


「オーエン様っ、目のお加減は如何ですか?」

『……んー、あー、大分マシになったかも?』

「そうですか。では、そろそろ参りますか?」

『うん。そうしよう。早く、狩りがしたいし』


 そう言って立ち上がると、ポルカとヴァイスも立ち上がった。


 二人が俺を待つ間に緩めていた胸当ての紐を締め直しているのを横に感じ取りながら、しかし、視界に入れぬように瞬きを繰り返して調子を探る振りをして、準備が整うのを待った。


 そうして、準備が整った頃合いを見計らって、


『じゃ、御守よろしく! 、もし何かあったら頼むね!』


 と、俺は、二人と目を合わせた。


 そして、今もまだ視界を共有しているビビへと向けて内側に手を振った。


 三人は、このエリアで俺がどれだけやれるかを確認するための付き添いだ。しばらく一人で狩って見て何も問題が無さそうなら、ポルカとヴァイスにも狩りに参加してもらう。そうして、大量の経験値と収穫物を持ち帰るつもりだ。


『ょおーっし! はじめっから飛ばしていこうか!』


 俺はそう言って、意識を狩りへと切り替えた。そうして、二人を背後に伴いながら島端まで駆けて、勢いそのままに空へと飛んだ。


『ィヤッハー!!』


 この、風に包まれる感覚が心地良い。落ちているだけなのに、まるで飛んでいるような感覚を味わえるのが良い。広い空の中、ちっぽけな俺、頭を真っ白にして、真っ逆さまにダイブするのが、俺は好きだ。


『ァーーーーーー……』


 【スロウ】も【ファスト】も使っていないから、感覚がダイレクトに伝わる。悠長に、呆けながら、空を堪能しつつ、落下できるのも、また最高の気分だ。ヴァイスが近寄ろうとするドラゴンを払ってくれるから出来ることだ。


「【フェザーウィンド】」


 柔らかで優しい風に包まれた。


 地上まであと少しのところ、ヴァイスの魔法が落下速度を緩めてくれていた。


『……っと、サンキューヴァイス!』


 無地着地だ。ほんの一瞬のことだったが、とても楽しかった。高揚状態になっているのが自分でも分かる程だった。


『見えてるの全部狩るから――』


 俺は二人にそう伝えるだけ伝えてから【スロウ】【ファスト】を発動させた。


 緩慢とした感覚の中で、二人が頷いていたことを確認した後は、大口を開けて何かしらを吐き掛けんといているドラゴンに向かって走った。


 喉の奥から明るくなり、そして、ゆるりと炎が這い出してくるのが見える。


 地竜と呼ばれるタイプのドラゴンだ。とは言え、羽を持たず、胴回りが太い、ただ炎を吹くトカゲだ。訓練兵の間では、鱗が堅いと言われているが、魔槍の刃を阻むことは出来ないことを、俺は知っている。


『――ッシ!』


 大口を裂き、頭、諸共、上顎を跳ね飛ばす。たったそれだけでお終いだ。振り返り見るまでもない。その後は、気付く間もなく絶命を決定づけられたドラゴンの喉奥から炎が吹き上がり、己が死を知らせる狼煙を上げることとなっているだろう。


 次――


 魔力を推進力に変える。すると、踏み込む度に速度が増していく。そうするだけで、緩慢とした感覚の中でも、退屈に思うことが無い位の速度に至る。今の俺は、誰にも追いつかれることがない。そう思うまでの、敏捷力を手に入れた。


 次――――


 もはや、獲物をただ捕りに行くという感覚だ。追っているという感覚もなければ、狙っているという感覚でさえない。すぐそこまで行って、すれ違い様に魔槍を振りぬき、通り抜けるだけだ。


 次――――――


 たったそれだけのこと。倒すことに喜びを感じるというよりは、また別の基準で喜びを見出すことでしか、狩りに楽しみを見出せなくなっていた。それでも、強くなれることが、俺は嬉しかった。


『――ッふぅ、終わりっ!』


 魔法を解除すると、ドラゴンの死体の一部が落ちる音が辺りから聞こえて来た。


「……オーエンまた速くなってる」

「もう私達じゃ追い付けませんね」

『まぁー速さが売りだからさー?』


 それ以外は、高々、知れている。


『それにー……』


 魔槍ありき、俺の魔法に似たようなことは他の魔法でも出来る。そう続けようとしたが、しかし、二人の目を見れば、次の言葉を続けるべきではないことが分かった。


『……まぁ、いいや。なんでもない』


 魔法の殲滅力だけで言えば、二人の方が一度に多くのモンスターを倒せるはずだ。だが、二人が言わんとしているのは、そういうことではないということだ。


「……それにしても魔石化までの時間を待つのが勿体なく思えますね」

「最終エリアなのにねー。んーならーズンズン奥までいっちゃうー?」

『そー……だなー。……二人も戦いたいだろうし、そうするかー……』


 そうして俺達は、話し込みながら魔石化を待ち、回収を手早く済ませた終えた後、エリアの一つ外側の地域へと向かうことにした。


 途中、足の速い走竜と競争してみたり、上空の飛竜を打ち落としてみたり、細々とした戦闘はあったが、苦戦することもなく歩を進めた。


 外側に行けば行くほど、強力なドラゴンが出て来るようになるが、内側と呼ばれる地域では俺達の相手にはならなかった。


『ボスが出なくなったから楽になったけどさ。……っぱ、物足りないよな』


 そう俺が零したことが切っ掛けだった。


「じゃあ、エレメントドラゴン巡りするー?」


 何の気なしに呟いたことで、ポルカの口から面白そうな言葉が返ってきた。


 そのドラゴンのことは、今まで話に聞くだけだった。攻略部隊に属していた時にも出会うことがなかった存在だ。だから、だろう。俺はその言葉を聞いた瞬間、期待を寄せてしまった。


 中円地域と外円地域の境目、等間隔に7つ存在するという洞をねぐらとしているドラゴンは、倒しても同じ場所に再出現するということで、現在は装備素材として重宝されてもいる。


 俺達だけで倒せるのなら、都合の良い相手だ。


「今日は護衛がおりませんよ? ……数名なら、すぐにでも呼び寄せられますが」

『んー……見立てによるかな。サシじゃなく、俺達だけでも勝てるレベルなの?』

「魔槍のアレなら余裕だよ? でもー、使わないならー、んー、ギリ? かもー」

『ギリ? そんなに強いの? ……あー、いつも小隊で回ってるんだっけか……』

「そうですね。元攻略部隊が三割と、その他、叩き上げのベテラン勢の隊ですね」


 そう聞いて、俺の答えは、簡単に出てしまった。


『つまり、危なくなったらブッ放せば大丈夫ってことか。……なら、行こう』


 俺の答えを伝えると、ヴァイスが道先を示した。ポルカは調子の可笑しい鼻歌混じりに、嬉しそうに後を付いて来た。そして、ビビからも、共に横で見ているのか分からないが、カノンからも連絡はなかった。


 誰一人として反対の声を上がらなかった。命に保険は掛けられないと言うが、多少危険があること位は今に始まったことじゃないからだろう。これは奢り高ぶりでも何でもない。なにせ俺には魔槍がある。その力を皆が知っているからでもあるだろう。


 それに、俺達にとっては危険を冒してまで挑戦する明確な理由がある。かつて地上の一部地域を占領し、畏怖の対象として存在していたはずのドラゴンを、易々と葬り去った侵略者共に打ち勝つためには、必要なプロセスでもある。


 ドラゴンに負けているようでは、いつまで経っても奪還作戦に移れない。だからこそ、挑戦と成長をするしかない。ダミとヨモから聞いた戦力差は過去のもので、今の俺達が測ることのできる物差しは、ドラゴン以外にはないからだ。


「ここから一番近いのは、レッドドラゴンですね」

『じゃあ、そっからー……右回りでいってくかー』

「恐れ入りますが、全部、回るおつもりですか?」

『え? うん。そのつもりだったけどー、ダメ?』

「ダメではー……分かりました。想定、致します」


 俺としては、全部回れたら良いと簡単に考えただけだ。しかし、ヴァイスは、俺が望む通りになるようなスケジューリングを真剣に考え始めた。


 火、風、土、雷、水、光、闇の7属性を回るとなれば相当時間が掛かることは俺も理解している。小隊が回る際のスケジュールは、一体辺り2、3時間掛けるらしいことは聞いている。単純計算でも21時間だ。


 だから小隊でも、食事や休憩を含めて一日2,3体の討伐ペースで回れれば十分とされている。それを上回るつもりなのだということをヴァイスは暗に汲み取ってくれたようだった。


「……昼までに、2体討伐できれば、……ううん、それじゃあ日を跨いでしまう」


 一体辺り2時間ペースで考えていたのだろうか。ヴァイスは移動時間や体力や魔力のこと、昼食のタイミングなども考慮して悩んでいた。俺の補佐を担当するように申し出ているせいもあってか、共に行動する時はこうやっていつも気を回してくれる。


 それだから俺は、


『ま、とりあえず一体、倒してからでもいいよ?』


 と、声を掛けることにした。


 その方が時間配分を決めやすいからだ。久しぶりに狩りを一緒にするのだから、各々の実力も把握しきれていない部分があって計算し辛いだろう。そうしてからでも遅くないはずだ。後で相談しながら、進めて行けばいいことだ。


「はい。でしたら、討伐後にまた、試算を出すように致しますね」

『うん。ありがとう。じゃー移動に時間かかるし、先を急ごう!』


 俺は、礼を言いつつも、その裏では試算さえも覆してやろうという悪戯心が、俺の胸の内で沸々と湧いてきていた。


 その良からぬ考えが過ったせいで、行く先を見ているだけで、自然と口角が上がってしまっていた。先を急ぐために駆け出してからは、ヴァイスを驚かせ、困らせてやろうという、邪な思いで一杯になっていた。

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