第193話
「――シェナッ!?」
あぁ、シェナ。良く頑張ったね。
「――アンカァアアア!」
凄いよ。アンカー。お疲れ様。
「――ベリル!? ベリルゥウ!?」
それで良いんだよベリル。良く頑張ってたよ。
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一人、また一人と、倒れていく。
そうして、一度、崩れ出してから、加速度的に連鎖していった。
「オ゛ォーエ゛ンンンッ!! もう゛ッ、無゛理゛だッ、アア゛!!」
ゴーティの心からの叫び声が響き渡った。
これ以上は本当に無理そうだということを、知らせるには十分なほどの叫びだ。かれこれ3時間ほどだろうか、よく耐え抜いたと思う。ゴーティ、アンゼリカさん、シンの三人だけになってもまだ、ここまで踏ん張り続けていたことが驚きだ。
この壮絶な戦いで得たものは多いだろう。
『――黒牢内へ退避ッ!』
俺はそう指示を出しながら、上空の足場から飛び降りた。
空中で【スロウ】【ファスト】の魔法を発動させ、三名の元へ着地すると同時、攻め込まんとしている蟻の群れ目掛けて魔槍を振り抜いた。
退避までの時間稼ぎを行うために、一振り二振りと横薙ぎ、円を描くように周り、黒牢の扉周辺に一線を引くようにして領域の確保に努めた。
そうして、皆の退避が完了次第、俺は鍵を引き抜いた。
『……んじゃー、こっから、頑張りますか』
そう意気込みを零した後、俺は空中へと足場を伸ばし、その場を離脱した。
幾つか、足場を渡って、離れてから、【スロウ】と【ファスト】を解除した。そうして振り返って見てみれば、蟻の群れが、まるで口惜しいと言わんばかりに、重なり合い押し合いながら、小山のようになっているのが見えた。
その光景をしばらく見ていると、蟻の小山はすぐに瓦解し、散り散りになった。
どうやら追って来る気は無いらしく、蟻達は諦めたようだった。それでもまだ俺は蟻の様子を見ていた。隊列が幾重にも伸び、あらゆる方面へと続いていく様を観察した。すると、どうだろう。やはり、俺達が予想していた通りの行動を取り始めた。
まさしく、あれが異常とも言える繁殖力の原因だろう。
一列は、回収出来ずに放置されていた魔石を、せっせと運んでいた。それも全て巣の中へと向かう列の蟻が運んでいるようだ。他の列は、外に伸びる列と、周辺警戒に当たるための列だろうか。
おそらくは、あの外側の列は獲物を狩りに出たのだろう。
多分、魔石回収しているのは、仲間を弔うためのものではないだろう。結果的に見れば、外側に伸びる列と同様の効果を齎すための行動のはずだ。つまり、繁殖のための糧とするつもりなのだろう。
全ての原因は、女王蟻だろうな。
外から持ち込んだ獲物を糧に繁殖するのは当然として、数が減ろうとも魔石を糧にして繁殖のエネルギーに回すというのが特性だろう。だから、こんなにも大規模な巣が成り立ってしまっているんだ。
『ハイパワーレベリングには、もってこいだな……』
獲物が消えることなく生まれ続け、見つけるための移動の必要も無いというのは、探検者にとって最高の狩場であると言える。多少、減らし過ぎようとも、糧さえあれば増え続けるのだから、こんな美味い狩場は無いだろう。
『……懐かしい。……MMOを思い出すな』
まさか本当に、こんな状態でレベリングできるとは思いもしていなかったが、この狩場を利用し続ければ91階層へ辿り着くまでの時間を短縮できるはずだ。そうとなれば、少しばかりは貢献してやらないといけないな。
皆が休んでいる間に一仕事、獲物の供給を手伝ってやろう。
俺は、そう意気込んでから、再び【スロウ】と【ファスト】を発動させた。後は、モンスターを狩って狩って狩りまくって、蟻への手見上げを持って行ってと、何回か往復することにしよう。
でもまずは、得物確保がてら、安全地帯に戻ろうか。
そうして、皆に休むように伝えなくちゃな。
それから、どうするかを、考えよう。
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「――弓の陣ッ! 展開せよッ!」
蟻の巣を前にしたベリルが、剣を掲げながら指揮を執る。
弓の陣形は、その形の通り、前衛中衛が半円状に並び、後衛が横一列に並ぶ配置だ。大量の数のモンスターが前方から迫る状況において、それぞれの役割を余すことなく発揮できる陣形配置だろう。
現状において、最も有効的だと言える。
囲い込まれにくいように、巣から離れた位置に陣取っている点も含め、申し分ない采配だと思う。初挑戦時の経験から学んだベリルが、自ら導き出した答えがこれだ。過度なレベリングによる成長は、肉体のみならず、沢山の成長を齎してくれた。
「引き付けーッ、…………よしッ、――放てぇッ!」
ベリルの剣が振り下ろされると同時、押し寄せる蟻の群れに向かって、後衛の大規模魔法攻撃が放たれた。それは、群れの前方だけを敢えて残し、後続と分断させることを狙った攻撃だった。
「中衛隊ッ! ――崩せッ!」
中衛隊は、数を間引く役割だ。魔法攻撃を放ち、足並みを崩すのが第一優先目的だ。そのため威力も範囲も抑えられている。倒しきれずとも足を遅れさせるだけでもいいからだ。そうすれば、前衛の負担が減る。
「前衛隊ッ! 一波ッ、――迎えッ!」
その合図と共に、前衛隊が一斉に前へと出て、蟻を迎え討つ。間を抜けられないように、中衛隊もサポートに向かっている。だが、その波はさざなみ程度だ。そのほとんどを前衛隊だけで処理出来るまでに蟻の群れは減っていた。
そうして、前衛隊中衛隊が、元の位置に戻る頃には、
「後衛隊ッ、――放てぇッ!」
再び、後衛隊の魔法攻撃が、奥側の蟻の群れに降り注ぐ。後衛隊は、魔法を放った後すぐに補充を開始する。それが終わると、魔法発動の準備に取り掛かる。そうして、次の魔法が放たれるという繰り返しだ。
もはや、初日みたいに、蟻の群れに呑まれることはないだろう。
この三日間の狩りで、そう思えるほどに皆は成長していた。レベリングによって、地力が上がったお陰でもあるが、それだけの理由でこう成れた訳じゃない。死と寄り添ったことで、得られたものがあったからこそ、こう成ったんだ。
想い、望み、染まり、己を知った。
そうして、誰一人として諦めることなく、強くなることを望んだ結果だ。不安を乗り越え、怯えを払い、苦痛に耐え、罪を許し、自らを癒し、全てを見つめ直したからこそ、今の皆があるんだ。
≪ベリルズ≫は、心付いた。
真っ直ぐ立つには、真っ直ぐに伸びる必要がある。曲がっていると気付けないままでいたのならば、いずれ折れてしまっていたことだろう。真面目であることは美学だけど、真面目であることが真っ直ぐだとは限らないということ知って貰えたはずだ。
≪ゴーティス≫が、帰ってきた。
大きな背中には、大きい理由がある。小さく折り曲げられた背中にも理由がある。胸を脹れずにいるままだとすれば、そのまま地面に伏してしまっていたことだろう。その背中を支えるのは一本の芯だ。そう言っていた昔を思い出したはずだろう。
≪ゼルズパーティ≫は、自ら選んだ。
誰かを支えるためには、自らが立っている必要がある。立っていないのだとすれば、それは寄り掛かってしまうことになる。そうなれば、共倒れになってしまっていたことだろう。我が為は誰が為だ。そのことを分かってもらえたはずだろう。
アンゼリカさんとフォティアさんの二人が、本気になった。
生きる人には、生きる理由がある。誰も一人っきりではない。何ものにも代え難いのは、誰しも同じことだ。それは二人にとっても、俺にとってもだ。だから、生きていて欲しいと願う。それを生きる理由として、最後の時まで生きていて欲しい。
皆、強くなってくれて、ありがとう。
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