第192話
「――私が居る限りッ、誰一人として死なせないわ!!!」
アンゼリカさんが、そう言い放ってから、もう一時間は過ぎた。
≪ベリルズ≫が休んでいる間、陣形維持を約束した通り、代わる代わる交代しての休憩や補充の指示まで、一人で取り纏めながら指揮を執り続けている。凄いのは当然だ。しかし、何が凄いかって言えば、その対応力のことが上げられるだろう。
武器は、大弓と矢だけだぞ。なんでそんなことが出来る。
普通、風魔法が使えるからと言っても、無理があるはずだ。それだと言うのに、ポジションを入れ替われば、どこであろうがその役割を熟してしまう。時には格闘を用い、矢を短剣のように使い、風魔法で払いのけ、と何でもありだ。
「ゼルッ! 放電後、休憩しなさい!」
「りょーうかいッ! いっくゼェエ!」
「ゴーティ! もう出れるかしらッ?」
「3割ってとこだが、やるしかねぇな」
「なら、私の位置へ! リナは前へ!」
リーダーシップを発揮し始めたアンゼリカさんに異を唱える者はない。
自らが負担を背負う姿勢もそうだが、何より的確な指示によって、この現状が成り立っているからだろう。適材適所の人員配置が陣の基本だが、それ以上のことをいとも簡単にやってのけている。
アンゼリカさんの人を見抜く目が、皆を動かしている。
一見、前衛後衛、バラバラな人員配置だ。しかし、普段、前衛を担当していない者でも、適性を見極め対応しきれると判断したうえで割り振っている。それも性格を考慮しつつ調子を見つつ行えているのだから、アンゼリカさんは凄いんだ。
「フォティ! 伸びた壁を崩せるかしら?」
「あたぼーよ! その出番を待ってたさ!」
「シュナ! そこからフォローをしてっ!」
「ハッ、ハイ! ……ハイッいつでもっ!」
その目は、控えている者にまで届いている。この指示は間違いなく、休憩や補充のため陣の中央に配置されたフォティとシュナの補給具合まで鑑みて出されたものだろう。その指示を聞いた二人は、座ったままの状態で、蟻が築いた壁を破壊した。
火力計算も、バッチリか。どこまでも計算されている。
フォティの火砲で脆くなったところを、シュナの爆発弾で崩しきった。どちらか一人では崩し切ることができないと分かっていたのだろう。さらに言えば、補充さえしてしまえば固定砲台と化す二人を敢えて用いたのも流石と言える。
これで上からマグマを浴びせ掛けられることが無くなった。
蟻達は防御壁、兼、櫓の役割を失った。つまり、しばらくの間は、前衛で対処しきれる時間を稼いだということだ。もし壁を立てられて、後衛の蟻達が攻撃参加するような事態となれば、休憩や補充などしていられなかったはずだ。
「オーエン君ッ! 矢の補充をしたいわ!」
だから、手助けしてくれ。と、言っている訳では無いな。
『了解! 黒牢の鍵を投げるから使ってー!』
「助かるわ! シェナッ! 矢をお願いッ!」
「ハイ! 右に回して……よっと、とと……」
盾の陣中央に開かれた黒牢の扉の中へとシェナが消えていった。そして、すぐにシェナが緑色の縦長の肩掛けポーチを抱えて戻ってきた。
「アンゼさーん投げまーす! いきますー!」
そういって放り投げられたポーチを、アンゼリカさんが受け取ると、礼を言いながら背負っていたポーチと換装し、またシェナの方へと投げ返した。
「ッ、ッ、ッ、ッ、ッ……」
それから、アンゼリカさんの息が洩れる音が連続していた。矢を受け取ってからというものの、三本の矢を同時に、連続で打ち続けているからだ。
「ツッ、ツッ、ツッ、ツッ……」
あの白枝の強弓を引いているせいか、アンゼリカさんは汗だくだ。息も荒くなってきている。指先から弦が放れる度に、血が飛んでいる。
「ッツ、ッフ、ッツ、ッウ……」
身体の軸がブレ出した。もう正確には狙えていないだろう。というよりも、前へ飛ばせるのならば何でもいいといったような感じだ。それも仕方ないか。前衛のバランスが偏ってしまっているからな。
それに、まだ交代できないから、だろうな。
アンゼリカさんは、そう考えているはずだ。頑張るしかないという状態に陥っている。皆、体力も魔力もギリギリだ。交代していても、相当消耗している。だから、少しでも回復の時間を捻出しようとしている。
ここで狩りを始めて二時間は経っている。
それだけの間、アンゼリカさんは休むこともなく戦い続けている。多分、蟻の数が減ってきている現状、包囲網が薄くなっていることを希望にして立っているはずだ。終わりまでの計算が出来ているからこそ、今の頑張ることを選んだのだろう。
でも、未だ補充はあるんだ。
遠く向こうを見れば、巣穴へと食糧を運ぶ蟻の姿も見える。巣穴にはまだまだ沢山の蟻達がいて、そして、今もまだ増え続けているはずだ。皆には言っていないが、この蟻の繁殖スピードは異常だ、という報告があったんだ。
だから、まだ続くだろう。
皆の体力と魔力が満タン状態であれば、今この地上に出ている分の蟻くらいなら殲滅もできただろう。でも、そう出来ないように、予め消耗してもらった。終わらせられないように敢えて俺が仕向けたんだ。
つまり、本番は、これからなんだ。
「ッ、ごめんなさいっ、……少し、休んでもいいかしら?」
「行くゼッ、ベリル! アンゼリカさんを休ませようッ!」
「あぁ、すまない! 働きを、返そう。……変わります!」
「ハァ、ッ、ありっがとう。……指、揮も、返すわね……」
ベリルとゼルが最前線へと向かった。アンゼリカさんは、後ろに下がりつつ幾つもの種類のポーションを飲みながら陣の中央へと戻った。
今の陣形は、盾の陣とは言えない陣形になっている。上から見れば、雪の結晶のような形になっているのが良く分かる。遠距離攻撃主体の者と、休憩や補充をしている者を中心として纏まり、そこから前衛中衛が突出している形状だ。
突き出した6か所を担当する者の負担は計り知れないだろう。
一人頭60度と、360重度を6人で割れば、抑える範囲も少なく、簡単のように思うが、担当箇所から離れられない陣形のため、余計に負担が掛かっているはずだ。隣り合った者同士がズレてしまえば、陣を崩されてしまう恐れがあるから気も遣う。
本来、盾の陣は、人数が揃っているのが前提の陣形だ。
だから、継続戦闘には向かない。人数が揃っていないと、中衛の負担も大きく入れ替えも難しくなる。数的有利を取れないのならば、すぐさま別陣形に移行すべき陣形だ。しかし、高負担を強いるための陣形としては、現状が最適だと思う。
俺が離脱を封じたのは、それが狙いだった。
そう分かっていて、手詰まり状態に陥れた。盾の陣形は、不意に囲まれてしまった際の警戒態勢としても、一撃突破の準備陣形としても用いる。基本通りならば、剣か槍の陣形に変更するはずだっただろう。
留まることを強いられなければ、こうはなっていなかっただろう。
「……く、っはぁ、はぁ、……槍術、だけじゃ、間に、合わ、ないっ」
「シン! リ、リナもキツイんだけどッ、くッ、もう! ベリル!!」
「……ぐ、ソナっ! 出てくれるか! シンと、交代だっ、頼むっ!」
「了解ッ、……今、行きますっ。……ッ、ゥウウ、……ハァアアッ!」
「……ソナっ、ありがと……すぐ、戻るから、お願いね……はぁはぁ」
「任っ、せてッ! ……ここはッ、僕が、……僕が、抑えるからッ!」
何処を見ても、皆が皆、疲労困憊と言った様子だ。己が自らを奮わせるための叫びが方々から聞こえて来る。しかし、状況は相変わらず、悪いままだ。前衛が押され始め、中衛との距離が縮まり、陣形の範囲が狭まって来ている。
「……ッ、くはぁ、……キッ、ツイな。……うっ、プ、……はっぁ」
「ゴホッ、ウ……でも、魔力酔いが収まるのを、待ってられません」
「分かってるよ。アタシらが、へばっちまったら、前衛はお終いだ」
「ゴボ、……ップ、……ウッ、……ハァ、ハァ、あぁ、気持ち悪ぃ」
フォティアさんにシェナ、それにメラルドの顔色が悪い。陣内に控える後衛は、度重なる魔力補給によって、グロッキー状態に陥ってしまっている。攻撃するにしても、魔力を使用する以外の攻撃方法が無いことが原因だ。
そろそろ頃合いだろうか。それともまだ耐えられるか。
限界まで後どれくらいだろう。見方によれば、既に限界を向かえていると言える状態だが、本当の本当に全部出し尽くすまでの状態に持っていってもらいたい。自分が生きているのか死んでいるのかも分からないほどの状態にだ。
そうして、最後の一人になるまで、頑張ってほしいんだ。
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