第191話
あの場において盾の陣をしくことは、まさに背水の陣をしくということだ。四面楚歌であり、孤立無援でもある状態では厳しい。全員一丸となって六面八臂の活躍を見せなければ、あの窮地からは脱することが難しいだろう。
まるで角砂糖に集らんとする蟻の群れだ。
蟻からすれば、物量で押せる状況だ。正攻法で少しずつ崩していけばいいだけだ。しかし、どうだろうか。後詰めにも余念がない。兵隊蟻だろう戦闘特化の顎を持つ蟻が囲い込む外で、腹だけ赤い蟻は口から溶岩を吐き出し、何やら作っている。
練って、盛り上げ、固めている。
それは退路を断つための壁か、攻撃から身を守るための壁か、はたまた攻撃のための足場づくりか。軍隊さながらの隊列が、ぶつかることもなく交差して、獲物である皆の元に迫りつつ、その岩壁を着実に積み上げていた。
「各位ッ、大きく弾き飛ばしながら耐えるんだッ!」
「ッ、分かってる! それでもッ切りが無いゼッ!」
「大丈夫だッ! 一個体の強さは差ほど強くない!」
「くっ、魔力切れだ! アタシは補充に入るよッ!」
「この数をッ! 耐え続けんのは無理があんぞッ!」
焦っているのだろう。皆の声量が大きくなっている。状況整理もおぼつかず、混乱が混乱を呼び、大声を発して報告してはいるが、その声が連鎖し続けて拡大し、不必要なまでの緊張を生み出している。
「このままじゃッ、マズいゼッ!」
「諦めるな! 持ちこたえろッ!」
「――チッ、オ゛ォーエンッ!!」
状況が悪いと察したゴーティが俺の名を呼んだ。
「何してるッ!! オーエン!!」
救援を求めていることは重々承知だ。俺は敢えて無視している。
「ぐっ、なぁ!! オーエン!!」
厳しいのは分かっている。だけど、まだ戦えるだろう。
「ッだぁア!! くッそぉお!!」
ゴーティは、俺が助けにくる気がないことを悟った途端、また意識を前に向けた。そして、がむしゃらに群れを切り崩しにかかった。剣をやたら滅多に振り回して奮戦の姿勢を見せ始めた。
皆の意識も、元通りに戻ってくれてよかった。
ゴーティが叫んだ時、皆からも期待されていることが伝わってきた。絶えず百以上もの蟻の群れに囲まれている恐怖心から、俺に助けを求めたのだろうが、まだそんなもんじゃ助けに行く訳にはいかないからな。
「皆ッ聞けぇ!! これはッ、オーエン団長からの試練だッ!! ならばッ、我らの意地を見せる時だ≪ベリルズ≫ッ!! ゥォオオオオオオオオッ!!!」
おいおい。大丈夫かベリル。もちろんその考えで間違ってはいないが、良いように捉えて猛るにしても、その調子じゃこの先長くは保たないだろう。ほら、気付いていない。アマリンが心配しているぞ。
「オーエン団長ォッ!! 見ていてくださいッ!! 我が勇姿をォオ!!」
しかし、言うだけはある。さながら勇者のように見える。
やはりベリルは、武器に魔力を乗せるのが上手い。一流の探検者であれば、その剣に宿った輝きを見れば、鍔迫り合いを避けるほどだろう。レオンとの鍛錬によって習得した伸縮する魔力の刃が蟻の群れを蹴散らしていく。
「――行きっ、ますッ!」
アマリンは、悩んだ挙句、ベリルの意を汲むことにしたのか。
ベリルに習って、出し惜しみすることなく、後に続くつもりだろう。アマリンが、短槍に蓄えた魔力を一気に放出した。すると、蟻の群れの中程まで纏めて貫いた。いつも謙遜ばかりしているが、突破力だけで見れば≪ベリルズ≫の中で一番だ。
「どぉッ、りゃぁあー!」
ヘリオの大剣が、蟻達を寄せ付けさせない。
魔力による肉体強化のお陰で、身の丈ほどのある大剣を振り回せているが、ただ力任せに振っているように見えて、それだけじゃない。剣の腹をあてて蟻を弾き飛ばし、後方まで被害を拡大させている。大得物特有の上手いやり方だ。
「ハイ、ヤッ、トウッ!」
モルガナは、相変わらず素早いな。
前衛三人の間を縫うように飛び回り、両手の短剣を蟻の甲殻の隙間に突き刺しては離れてを繰り返す一撃離脱戦法が活きている。魔力放出による高速歩法ブーストステップも上手くなったもんだ。
「ララララララララッ!」
メラルドは、トリガーハッピー状態か。
しかし、流石に魔力総量が多いとは言っても見境なさ過ぎるだろう。やたら滅多に打ち過ぎだ。グインツ並みのばら撒き加減だ。師であり、二丁の魔法銃の製作者でもあるから、似て然るべきなのだろうか。
「ンーーッ! ハイッ!」
シェナが、一番心配だ。
その身体には不釣り合いにも見える大きな狙撃銃から魔法弾を放っている内は、まだ大丈夫だろう。物体に魔力を込めると一定時間後に爆発するという特異な魔法性質を持つせいで窮地に立たされると危険な行動に出かねないからよく見ておかないと。
「ゴーッ!! ≪ベリルズ≫ッ!! ゴーッ!! ≪ベリルズ≫ッ!!」
リーダーのベリルを中心にして、≪ベリルズ≫は活躍を見せている。
全体の討伐数だけ見れば、今のところは≪ベリルズ≫が一番貢献しているだろう。しかし、包囲網は崩れない。幾ら沢山の蟻を倒せども、巣から一番近い場所で戦っているせいで、すぐに脆くなった箇所が補われ塞がれてしまう。
あそこが、一番美味しい場所で、一番楽しい場所だな。
指揮官としては、いささか不安が残るところだが、強くなるには一番効率の良い場所だ。正直、羨ましく思う。俺も参加したい。だけど、そうすれば、折角作った皆の成長機会が失われる。だから、まだ我慢するしかない。
遅かれ早かれ、いずれ、機会は巡ってくる。
俺は、その時を待つだけだ。あの調子は、長く続かない。士気が落ちる度に上げて、また落ちて、それでも踏ん張って、どこまでやれるかを、見せてもらってからでいい。それまで、じっと腰を据えて待っていよう。
「思い出せッ! あの頃をッ! 思い出せッ! あの日をッ!」
ベリルお得意の鼓舞だ。苦しかったあの頃と、救われたあの日を思い出し、どれだけ苦しくとも心に火を灯し続けろという意味の掛け声だ。俺は、その掛け声を聞く度に、ベリル達と初めて出会った時のことを思い出してしまう。
泣けない子供達だった頃のことだ。
しかし、その頃から思えば、≪ベリルズ≫も本当に強くなったな。全員が属性魔法を使えなくとも、俺達と同じように探検者となることを夢見て、探検者となってからも、ずっと俺達の背中を追い続けてくれている。
「ぐっう、……ぅおおおおッ! ゴーゥ!! ≪ベリルズ≫ッ!!!」
弱音を吐かず、常にひたむきなのは、≪ベリルズ≫の良さでもある。
だけど、時折、狂気を感じさせる。自らの弱さを許さないという危うさを持っているように思う。それが憧れの眼差しを向けられているだけならいいが、時折、目が眩んで他のことが見えなくなってしまっているのかも、と思わせられることがある。
俺はそんなベリル達を見ていると不安になる。
俺が死ねと言えば、ほんとうに死を選びそうで不安だ。そう言われているものと勝手に勘違いして、死ぬまで戦いそうで心配になる。命を賭す必要が無くても、差し出すことを望んでいるようで恐ろしい。
ほら、やっぱり、そうだろう。
だから俺は、これまで≪ベリルズ≫に、前を任せることをしてこなかった。俺といるせいで、常に危うい雰囲気を纏っていたからだ。≪ゼルズ≫に前を任せていた時でさえ、張り切り過ぎてしまう。
俺が望んだ理想の姿であろうとする。
求めていないことでさえ、こうあるべきだと考え、易々と行動に移してしまう。昔、御伽噺や英雄譚を聞かせたからだろうか。探検者としての在り方を教えたからだろうか。こうあるべきだとそう見せてしまったからだろうか。
「決して膝を折るなッ! ……はぁっ、はぁっ」
「……了、解ッ! くっ、うう、ぅぁああ!!」
「だらッ、しゃああああ!! ックォらぁあ!」
「まだッ、マダッ、……イケるッ、イケるわ!」
「チッ、クショウッ! 寄、るんじゃねーよ!」
「……ぬ、うう……グッ、ハァ、ハァ、ハ……」
底が見えかけている。トップギアでの戦闘を長く続け過ぎたせいだ。
ここに来るまでの疲労や消費具合から見れば、よくやっていた方だと思うが、それでも無茶をし過ぎた。一体一体の戦闘力はそれ程じゃないモンスターだ。交代しながらやっていれば、もっと多くのモンスターを倒せたはずだ。
もはや頃合いだろうが、まだ終わらせない。
『これは狩りだッ! 俺が良いと言うまで続けてもらうッ! だからッ、一点突破による戦線離脱は無しだッ! その時が来るまで戦えッ! 離脱の判断は俺がするッ!』
足元の皆に向けて、そう指示を出すと、皆は驚きつつも、苦し気な声で返事を返してきた。中には反発の声や、提言の声もあったが、それら全てを無視して、話を聞くつもりはないという姿勢を取った。
そうして眺めていれば、≪ベリルズ≫が、再び、前へと向かって行った。
大きく肩で息をするほどなのに、全力全身の力を振り絞り、前へと立ち向かっていった。魔力残量も乏しく、残された体力も僅かだろうが、気力だけで動いているような印象だ。まだ後少しは立っていられても、すぐに戦えなくなるだろう。
もしそうなった時、他の皆は、どうするのだろうか。
「≪ベリルズ≫一旦ッ、下がれぇいッ!」
「俺達が広がって、カバーするゼェエ!」
「援護はッ、アタシらに任せときなァ!」
「まっ、まだッ、戦えるッ、まだッだ!」
このままじゃ、死人が出るぞ。そう思った時だった。盾の陣中央から飛び出したアンゼリカさんが、ベリルの元へ走っていく姿が見えた。そうして、アンゼリカさんはベリルの首根っこを掴んで、
「――戻りなさいッ!!!!」
と、一言、大声を発した。
そして、そのままベリルを盾の陣の方に投げ飛ばしてしまった。
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