第190話


 俺達は、鬱憤を晴らすように狩り回った。


 時折、頭っから水を浴びるだけで、休むこともなく戦闘を続けた。フォティアさんは自らの炎魔法を用いて、義手義足の魔力消費を抑えつつ、放熱ケアをしていたのだが、それでも魔力補充無しでは長く狩りを続けられなかった。


 おおよそ、1時間くらいだろう。


「……ぁあー。もう終わりかーっ。からっけつになっちまったよ」

『まぁ、火に耐性あるモンスターが多いから消耗は激しいよねー』

「だろー? 坊や! ってことだからさ、補充したらもっかい!」

『駄目。約束は約束だから。でも、そろそろ移動するつもりだよ』


 俺はそう言って、駄々を捏ねだしそうだったフォティアさんを納得させた。すると、フォティアさんは次の狩場に意識が向いたのか、義手義足と車椅子の魔力補充を急ぎながら期待の声を上げていた。


 それもそのはず。次の狩場こそが当初予定していた本命の狩場だからだ。


 この狩場は、ウォーミングアップがてらに選んだ場所だ。ゲートからもそれ程離れておらず、足場も悪くなく、見通しも効く。強力なモンスターが出にくく、数も呼び寄せようが高々知れている場所だ。


 だから、俺達が少し駆け回ったせいで、寄るモンスターの数が激減している。


 辺りに群れが見当たらない。ここら一帯を狩り尽くしてしまっていた。皆も、数が減ってきているのを察し、モンスターが寄らぬ間に交代で休息を取っていたようだ。それだから俺達が皆の元へ戻ると、すぐに移動できる旨の報告があったのだろう。


 継続戦闘訓練の賜物だ。


 俺は、消耗と回復のバランスを敢えて偏らせていた。皆にとって、このエリアのモンスターは歯応えがあったはずだ。しかし、その意図を理解してくれていたから、激しい消耗を強いられることを当然として動きつつ備えていてくれたようだ。


 能力半減状態からが本番だ。


 終わりの見えない戦いに備える。それこそ探検者としての心構えの一つでもある。さらには行く先の戦においても、その能力が求められることになる。死地では、死に安らぎを求めるか、苦しんでも生を勝ち取るかの選択を迫られることがあるからだ。


 皆を、絶対に死なせたりはしない。


 だが、自らの死を感じてもらう。限界の向こう側、すぐそこに現れる死神の息遣いを、肌で感じられるほどの距離感で味わってもらう。そこで死神の手を払い退け、抗い続ける力強さを手に入れてもらう。そうじゃないと戦場には立たせられない。


 死を前にしても尚、死なぬ強さを得てもらう。


 次の狩場は、そのための狩場だ。もう無理だ。限界だ。そう思ってもらうための狩場に向かう。そうして、なんとしてでも生きてもらう。自らの死を、仲間の死を前にして、何を想い、何を感じ、何を望んでいるのかを知ってもらう。


『……じゃあ、行こうか』


 俺は、そう言って行く先へと身体を向けた。


 隊列を組む際の、後ろから聞こえて来る声から察するに、この場にいる誰も、これから数日の間、戦い続けることになるとは思っていないだろう。予定しているのは3日間だが、それも状況によって変えるつもりだ。


 長く、苦しく、厳しい戦いだ。


 それが只の探検と同じならば、このエリアでも十分にやっていけるだろうが、そんな生ぬるいレベリングはしない。幾ら一級品の装具に身を包まれていようとも、己が自らが強くなければ、この先の戦いでは生き残ることが難しくなるからだ。


 与えられるだけでは、駄目だ。


 もし窮地に陥ったとして、死の間際に何かに頼らざるを得ないのなら、それは自分自身であるべきだと俺は思う。だから、武器や防具を使う自らを鍛えぬいてもらいたい。そうすることで、選べる手段を増やしてほしい。


 生きるということは、死ぬことよりも難しいことだから。


『……もうそろそろだよ。……ほら、あの山が目的地だ』


 俺は、溶岩が冷えて固まっただろう岩の山を指さして皆に伝えた。


 すると、皆はそれぞれに返事をした。ベリルズの士気は高く、ゼルズも自信に満ち、ゴーティスは真剣そのもの、アンゼリカさんとフォティアさんは狩場への到着を待ち侘びているようだった。


 あれは、つい先日発見されたばかりの、モンスターの巣穴だ。


 先日の報告によれば、一つだけ開いた穴から蟻に似たモンスターが大量に溢れ出てしまった為に、調査部隊が内部探査を断念せざるを得なかったようだが、今のところは見張りだろうか、周辺各地に疎らに数匹いる程度だ。


 巣穴は巨大で、最低でも数百の群れが確認されている。


 呼び出されていったカノンが、そう言っていたから間違いないだろう。地上に見える巣の部分だけでもかなり数が期待できそうだが、地中深くまで巣が広がっているらしいから、どれくらい内部に潜んでいるか正確な数は、分からないんだったか。


 おそらく巣の最奥には、女王蟻のようなモンスターがいるんだろう。


 もしそうなら、十中八九、特殊個体のモンスターのはずだ。エリアの一角に巣を作るモンスターは数多くいるが、この規模の巣となれば名持ち相当だろう。そのレベルの影響力を齎す存在が控えているはずだ。


 この周辺での、モンスターとの遭遇率が低すぎることからも、そう考えられる。


『――停止。あれが目的の場所だ。あれが巣で、あそこに見えるデカイのが、あの巣のモンスター。あれがどれくらい巣穴から溢れ出て来るか分からないけど、一匹の戦闘力は周辺モンスター程度と知れているそうだ』


 そう、俺が巣穴を前にしたまま情報を伝えると、皆は戦闘態勢を取った。


『≪ベリルズ≫を前に、後は各々に任せる』

「了ー解。……さ、坊や、早く始めようぜ」

『オッケー。じゃ、巣を叩きにいってくれ』

「≪ベリルズ≫展開ッ。……3,2,1ッ」


 矢の陣形をとった≪ベリルズ≫の6名が合図と共に駆けだした。ベリルを先頭に、左右にアマリンとヘリオで三角形の矢じりを作り、その後方にモルガナ、少し離れた位置にメラルドとシェナが羽となり、巣穴へ向けて強襲をかける。


 ≪ベリルズ≫は優秀だ。真面目過ぎるほど、基本に忠実だ。


 ≪ベリルズ≫の後ろに≪ゼルズパーティ≫と≪ゴーティス≫が両側に展開しつつ、最後にフォティアさんとアンゼリカさんが続いた。そうして俺以外の全員が、駆けながら周辺の蟻を排除しつつ、安全の確保と陣形配置の確保を迅速に済ませた。


 アンゼリカさんは視野が広い。常にフォローできるように動いている。


 俺は、そんなことを考えながら、一人空中に作り出した足場を上り、皆の状況を俯瞰して見られる位置に陣取った。そうして、俺の出番が来るまでの間、様子を見ることに決めこんだ。


「――増援警戒ッ!」


 巣穴の手前側で身構えていたベリルが叫んだ。巣の奥から蟻が押し寄せる気配を感じ取ったからだろう。ベリルはすぐさま、自らのパーティーの陣形を組み直し、後方の皆へ支援要求を行った。


 勤勉なベリルの対応力は、教えられた通りに発揮されている。


「狙え! 巣穴は的だッ! 溢れ出て来ても広げさせるな!」


 立派なリーダーだ。定石通りに事を運ばせれば、難なくやり遂げて見せる。


 だが、考え方が一方的だ。先入観で頭が固まってしまっている。自らの手の内にある知識から、取れる手段の選択は素早いのだが、予想外のことに対処するとなれば、手の内の中から取れる手段を探してしまう癖が目立つ。


 このままじゃ、いずれどこかで死んでしまうだろう。


 あれでは前に陣取り過ぎだ。ここから見える巣穴は一つ限りだが、裏手を見た訳でもなく、さらに言えば岩山の上部の警戒に難が出る。そして、他の出入り口が増えるかも知れないということまで考えが回っていないような位置取りだ。


 目的は狩りだ。殲滅や内部探索ではない。


 いつでも引ける位置に陣を張れば十分だった。おそらくベリルの考えでは、数に押されようとも後ろに引けばいいと考えているのだろうが、あの場所じゃそう易々とは引かせてもらえないだろう。


「ベリルー! こっちから! 横からも出て来たゼ!!」

「おいおい! こっちもだ! 足元の穴からきやがる!」

「岩山の上! さらに巣の奥側からも出て来ています!」

「アンタ達ッ! 取り囲まれるよ! すぐに密集しな!」


 続々と溢れ出る蟻の群れを前にして、皆は警戒の色を強めたようだ。


 だけど、巣穴の前に陣取った≪ベリルズ≫は、それどころじゃない。押し返そうにも数が多く、蟻の波に呑まれないことで精一杯だ。しかし、今ベリルの頭の中では、俺に前を任されたということもあって、必死に全体の陣形を考えているだろう。


 もし、全員が集まって盾の陣形を敷くとするならば、それは悪手だ。


「――陣形指示ッ! 各位、中間地点にて集合!! 盾の陣を展開する!!」


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