第189話
狩場に辿り着くまでの間、ずっとうるさかった≪ゴーティス≫だったが、いざ狩場に着いてからも、また別の意味でうるさくしていた。
「――ダァアアアアアアアアアアア!?」
「――ォオオオオオオオオオオオオ?!」
「――ナァアアアアアアアアアアア!!」
≪ゴーティス≫の悲鳴が、それぞれ三方から聞こえて来る。
しかし、誰一人、本当の窮地に陥っている様子はない。大袈裟に喚いているだけだ。こう悲鳴が度々あがるが、もし万が一のことが起こりそうなら俺が助けに行くと、前もって皆に言っているから手助けしようとする者は居ない。
そのお陰で、三人が必死になって頑張れている。
でも、これじゃあ駄目だ。まだまだ甘い。自分で自分の限界を決めてしまっているような点が行動の隅々に見受けられる。それが気に食わないし鼻につく。見ているだけでもムカついてくる。
『うるせー!! 髭親父の悲鳴なんか聞きたくないんだよー!!』
「殴んぞボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
「シバくぞアホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「どつくぞクソガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
『うるせー!! 出来るくせにやらないだけだろバカヤロー!!』
何と言われようとも、手を抜かせるつもりはない。もう無理だ、もう出来ない、と言えるうちはやってもらう。もう歳だから、凡庸だから、といった言い訳は聞き飽きた。俺はもう、諦めの言葉を口にするあんな寂しげな表情を見たくない。
『ホームで待ってる息子に嘘の御伽噺でも聞かせるつもりかー!? おめぇの父さんは凄いんだぞって胸張って言えるくらいに強くなれよクソ親父共ぉおーッ!!! そんでッ、家族のためにも絶ッ対ッ、死ぬなバカヤロォオオオーッ!!!!』
俺は三人に向けて思いのたけをぶちまけた。その叫びを聞いた三人は、悔しそう異な表情を浮かべながら歯を食いしばった。しかし、先ほどとは打って変わって、文句を返して来なかった。
そして黙々と、必死の形相でモンスターを狩り始めた。
三人は、俺が担当するはずだった分の獲物まで担当しているから、かなりの負担になっていることは間違いない。これまで自分たちが抱えきれないと思った途端、隣へと誘導したりしていたが、その全てを請け負う覚悟を決めたようだった。
生き残るために、持てる能力を全力投入していた。
三人は、資質から生まれた考え方を、才能の方向性を見事に変えた。その逃げ足を早駆けに、雲隠れを不意打ちに、回復力を反撃に用いるまでに変化させながら、必死に食らい付かんとしていた。
軽装を活かし、盾を起点にし、武器を持つ拳を利用するまでになっていた。
腰だめに構えた剣を勢いそのまま、体当たりのように突き刺す様は勇ましく、岩の盾で擬態し、周辺の風景に溶け込んでから不意打ちを見舞う様は強かで、振り上げたメイスから足先まで血濡れになりながらも、打ち込み続ける様は雄々しく見えた。
それはまさしく、俺が見たかった姿だった。
その生に執着する姿は、かっこよかった。いつもの草臥れたような雰囲気からは想像できぬほどの姿だった。この三人の姿を子供らが見れば、それは間違いなく、憧れを抱いてしまうことだろう。
『……渋いおっさんが必死に頑張る姿は、ほんと、ズルイよな……』
俺はその三人の後ろ姿を見て、背中を追いかけていた時のことを思い出していた。ダンジョンとはこうで、探検者とはどうだと、ふんぞり返りながら語り聞かせてくれていたあの頃の、泥臭く、汗臭く、酒臭い三人が好きだった。
『……ふふんっ。……これなら、大丈夫だ』
俺は人知れず満足した後、他のメンバーの様子を見ることにした。
どうやら≪ゼルズパーティ≫と≪ベリルズ≫は順調なようだ。様子を伺う余裕もあるようだし、モンスターが寄ってくるのを待つ余裕もあるみたいだ。魔石回収も出来ているのか。なら、問題なさそうだ。
アンゼリカさんとフォティアさんは、……両極端だな。
「ゥウーリウリウリウリィ!! ヒヒッ! ハーッハハ!!」
『……ねぇ、フォティアさん? 魔力残量のこと考えてる?』
「ハンッ、散らばってる魔石をさッ、拾やぁーいいだろが?」
『いや、まぁ、そうだけど……それでも、ブッパ過ぎでしょ』
歯止めが効かないと言えばいいか、箍が外れたと言えばいいか、フォティアさんは快楽の只中にいるように見える。モンスターを火砲で打ち抜くのはいいが、余分な魔力を込めているせいで、左義手からも左義足のどちらからも白煙が上がっている。
「……ッ、波ァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
『アァあ!? なにやって! あれは流石に遠すぎるでしょ!!』
「ッドーーン!! ほれみなっ! ブッ倒しただろー? 坊や!」
『違う! 燃費の問題だって! ドヤ顔してる場合じゃないよ!』
俺がそう言って義手義足の魔力残量を示すメモリを指さすと、フォティアさんは
渋々ながらも従うといったような素振りを見せた。そして、オーバーヒート状態の義手義足に水を掛け、魔力の補充を始めた。
フォティアさんは派手好きのせいか、不必要に魔力を込める癖が目立つ。
元々、その義手義足は、グインツの魔導書を元に作られているから、燃費が良いものとは言えない。それに、そもそも高出力モードで思うがままにブッ放して使うようには造られてもいない。完全に使用方法を誤っている。
そのこと自体、フォティアさんも知っているはずだろう。
燃料となる魔石の補充も余計に必要となるばかりか、幾ら炎系魔法を得意としていて、熱に対して耐性があろうとも、いつかその身まで焦がして消し炭になってしまうんじゃないかという不安を見ていて感じる。
もしかすると、その身に残る火傷跡を、上塗りするつもりなのだろうか。
フォティアさんは昔のことと口では言うが、家族を失った痛みを今も抱え続けているのだろう。そう言えば、俺達や孤児院の子供らを見る目も、はだけさせた火傷跡を摩る様も、いつもどこか寂し気に思えた。
それは、いつまでも消せやしない傷だろう。
場所が場所だけに、もしあの時と、そう考え続けてしまうのかも知れない。それで、自分自身が許せないのかも知れない。だから、肉が焼ける痛みを罰として受け入れ、自らを罰するようなことを、自然と求めてしまっているのかも知れない。
『ねぇフォティアさん。冷却と充填具合はどう?』
「ぁあ、まぁーこんだけ冷やしゃーもう十分だろ」
『……なら、コルセットをしっかり絞めて欲しい』
俺がそう言うと、フォティアさんは驚いたような顔をこちらへと向けた。
『俺が車椅子押して群れの中に突っ込むから、フォティアさんは補給する時間が無いものとして、炎魔法と火砲をバランス良く使い分けながら対処して』
「……おぉ! いいねぇ! 坊やは優しいねぇー!」
『そんで、補給が必要になるか、オーバーヒートさせたらゲームオーバーってことで、またこの場所まで戻って来るから。……そしたら、お終いね?』
「ンぇー? ……まぁ、いいよ。……分かったよ!」
フォティアさんは、緩めていたコルセットのベルトを手に取ると、いそいそと身体を傾けながら、背もたれと身体が合わさるようにコルセットを絞め直した。そして、準備が整ったタイミングで右の肘置きを二度叩き、威勢の良い音を鳴らした。
『はい。良さそうだね。【ファスト】は使わずに行くけど、俺のことを気にせずブーストとジャンプそれにホバリングは適材適所で勝手に使ってね?!』
「りょーかい! ……分かってるよ! コイツも切れたら終いだろ?」
『っそ。……んじゃ飛ばしていくから思う存分にモンスターをブッ倒してよ! 指示も任せたからねフォティアさん! レッディー……ゴォーウッ!!』
「ヒィヤッハー! イケイケイケー!! かっ飛ばせー坊やぁー!!」
車椅子に乗ったフォティアさんが楽し気に笑う。
俺からは顔が見えないが、きっと喜んでくれているだろうことが、その声から伝わってくる。ガタガタと揺れることさえも楽しんでいるのか、車体ごと身体が浮いて跳ねる度に、もっと飛ばせと言いながら笑い声を上げていた。
このチャリオットと名付けられた四輪の車椅子が笑顔を取り戻してくれた。
頑丈な竜骨を車体、グリップ力の高い竜革のタイヤ、段差も登れるように取り付けられた独立懸架式サスペンションの齎す弾みが、本来殺伐としているはずの狩場に笑い声を響き渡らせていた。
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