第185話
『……なんで俺だけ、……船に乗せてくんないんだよ……』
51階層からの、海と街エリアの秘部である海。その謎多き未知の領域への探検を夢見ていた者は多いだろう。俺もその内の一人であることは間違いない。しかし、昨日までは楽しみで仕方なかったが、今は残念な気持ちでいっぱいだ。
エリアの大半を占める大海原を行く、大型帆船の数々を眺めているのが辛い。
空いた時間をフルに使ってレベルアップに勤しんでいたと言うのに、海竜討伐戦自体のお預けを食らってしまった。海岸近くで行われていた造船作業を横目に見ながら、俺もあの船に乗って海竜と戦うんだと楽しみに思っていたのに……
『……あーあーあーあー、……あれじゃ、俺の出番なんて……ないよなぁ』
打ち上がる水柱。巻き上がる竜巻。海に浮かぶ氷の大地。海竜とのバトルは大迫力の展開を迎えていた。遠目から見ても、こちら側が優勢と分かる。いや、それどころか、覆されることなどないほどに押しているように見える。
踏破部隊に加え、一線級の人員が割かれているのだから、当然と言えば当然だ。
さらに言えば、オーバーに生息する鉱石を餌とする亀蛙、もといアダマンガエルと命名された魔獣から取れたアダマント鉱石を用いた武器と、空島エリアのドラゴン素材を用いた防具に身を包んでいる部隊だから尚の事だ。
あの弓も、あの杖も、あの武器の柄も、みんなみんな白い。
霧と谷の迷路エリアから持ち帰った繁栄の箱から出た苗木やらを、毎日欠かさず朝と晩に【ネクスト】を掛けて成長促進させ、株を増やしてはまた成長させてを繰り返して作られた武装も、あの様子じゃ存分に役立っているみたいだ。
俺も貢献した。それだと言うのに居残りだ。
もどかしい。居残りの俺は、もしもの時のために海外付近の陣地で、じっとしていないといけない。後ろの陸地では、≪アルゴナビス≫の有志達がモンスターを寄せ付けないように戦ってくれているが、そちらにも参加はさせてもらえない。
『……海水浴もダメだなんてさぁ、……あんまりだよね』
「もぉーっ、兄さんっ! いつまでもイジけないのっ!」
『……だってさ。……だって。……楽しみにしてたのに』
「踏破できる位にって条件付けたのは兄さん達でしょ?」
そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。シン達も、その縛りがあるせいで参加できない。しかし、踏破済みの俺は免れると思っていた。生まれ変わりたての俺の参加を、カノンが止めるように拡大解釈されるとは考えてなかった俺の落ち度だ。
「エン兄ぃ。俺達も参加できるならしたい気持ちは一緒だゼー?」
「うんうん。僕らも兄さん達と一緒に戦えるのが楽しみだもんね」
「リナは濡れたくないから、今回は別に参加しないで良かったわ」
『……はあ。……でも、まぁ、そうだよなぁ。……あ、終わり?』
シン達と話している間にも、巨大な海竜が動かなくなっていた。討伐完了の合図からしてみても、もう終わってしまったみたいだ。浮かんできた海竜の背に飛び乗る人の姿が見えるということは、解体作業が始まったということだ。
『……うし。もう離れても、問題ないだろ。俺達も行こう』
「ヘ? どこ行くんだよエン兄ぃ。そっちはゲートだゼ?」
『海はまた今度でいい。手っ取り早く、強くなりにいこう』
「ええっ? カノン姉さん達をここで待たなくていいの?」
『いい。まだ忙しいだろし。……そう言うことだからっ!』
近くに居た信徒に、軽く手を上げて伝言を頼んだ。
そうして俺と≪ゼルズパーティ≫は、71層からの霧と谷の迷路エリアに向かった。
『……ぃよぉーしッ到着! ……準備はいいー?』
迷路の突き当りにある広場に辿り着くや否や、シン達に狩り開始の合図を送った。
すると、ゼルは両手の手甲を合わせるように打ち鳴らし、リナは肩に掛けていた羽織り布を手に取り、シンは錫杖を腰だめにして構え、ソナは自ら結晶で造り上げた武器、竜の顎を大きく開いた。
ここ最近のレベリングは、こうして始まる。
『じゃあ、笛鳴らすから! っすー……ッ――』
肺の中にたんまり蓄えた空気を、モンスター呼びの笛に力いっぱい吹き込む。すると汽笛のような音が響き渡る。そうして数秒待てば、すぐにでも近くにいるモンスター達がこぞって集まってくる。
「――砂陣展開完了!」
「同じく、充填完了!」
リナとシンからの報告だ。リナの砂が広場を薄っすら埋め尽くし、シンは広場中の霧を一纏めにして自らの周辺に漂わせた。その光景を見れば、報告などせずとも一目瞭然であるが、報告を怠らない姿勢は、いつ見ても素晴らしいと思える。
「僕も、バラ撒いたよ!」
「オッケー準備万端! 来い来い来い! 行くゼ行くゼ! オラオラオラー!」
ソナは自らのアイテムポーチから取り出した結晶を辺りへと振り撒き、ゼルは通路前面で今か今かと滾らせながら、手甲に紫電を走らせていた。そうしている間にも、 モンスターの物音が、通路側からは足音、崖の上からは鳴き声が近づいて来ていた。
「ゴー! ゼルズッ!!」
通路に満たされた霧の中から、キマイラが飛び出してきた。その瞬間、ゼルが掛け声と共にキマイラ目掛けて飛び掛かった。
「ゴーだッ! ゼェエエエエィッ!!」
ゼルは、キマイラの懐に潜り込み、下からの強烈なアッパーを加えた。その瞬間、紫電が迸った。すると、手甲に内蔵された金属の杭が、モンスターの顎を穿ち、辺りに血しぶきをまき散らした。
「崖から来るのは任せて!」
崖上から忍び寄ろうとするスニークリザードに気付いたシンがそちらへ錫杖を向けた。そして、錫杖から放たれた高圧洗浄機のような水流が、崖に張り付いたままのスニークリザードの身体を、赤い水飛沫をあげながら横切らせた。
「そこっ! こっちも! ふふん! リナが気付かないと思ったのかしら?」
砂陣に足を踏み入れたモンスターが次々と砂に呑まれていく。そして、次の間には水気を帯びた赤砂がモンスターの死体と共に崩れ落ちる。偏り集まった砂山も結晶の棘も、リナが羽織り布を振るえば砂が巻き上がり、また隙間のない砂陣が整う。
「ハァァアアアッッ!! ヤアッー!」
ソナが掛け声をあげる度に轟音が響く。竜の顎の、下顎の取っ手だけを掴んで振り下ろされる上顎の重い一撃によって鳴り響いている音だ。その鋭く研ぎ澄まされた牙が振り下ろされる度、モンスターの肉体を切り裂き、骨諸共に噛み砕いている。
『……みんな、強くなってるぞ。……大丈夫だ』
武器に振り回されていたソナも、かなり強くなった。
今でも一見、重い武器を振り回しているのか、身体が振り回されているのか、そういうように見えるが、レオン直々の鍛錬によって扱いの難しい武器を完全に我がものとしたソナは、タンク役ではなく攻守どちらともに立ち回れるまでに成長した。
4人パーティと少ない人数だが、申し分ない戦力として育っている。
子供の頃からの馴染みある4人だからか、連携もかなりの練度で取れている。弱点を補い合い、長所を伸ばし合っている。ゼルがリーダーとして支えとなり、シンが指揮を執り、リナがサポートし、ソナがバランサーとなることで成り立っている。
『これなら、いけるかもな……』
まだレベリング途中で、肉体的には至らないだろうが、≪ベリルズ≫も引っ張っていけば、この先の上層エリアでも難なくレベリングが進められそうだ。後少しの成長と、ゼルズに自信が付くのと、お許しさえでれば……
『……ま、実力で示せばいいか。……ゼールーズー! まーかーせーるーぞー!』
奮戦中の≪ゼルズパーティ≫へと呼び掛ける。すると、各々から溌溂とした返事が返ってきた。ゼル達の声を受けた後の俺は、螺旋階段状に造り上げた足場を渡って登り、遥か上空を目指した。
そして、霧を抜け、岸壁を足元に、霧と雲の狭間に辿り着いた。
燦燦と照る太陽に当てられた雲が輝いて見える。青空は広く、雲以外の障害物もない。それ以外、視界の先に見えるのは、空を舞うモンスターの姿だけだ。好き勝手に暴れまわるには打って付けの場所だ。
『ぉお、結構いるな。……んじゃ、さっそく。……ッ――――!!』
笛の音が響き渡る。すると、空に舞うモンスターが笛の音に反応した。上下左右360度のパノラマでの戦闘は、どこからでもモンスターが集まってくる。それに加え、雲の中からは勿論、太陽の光の中からも、視界外の足元からもだ。
『……さぁ、やるぞ』
ろくに構えも取れぬような狭い足場の上で、俺は向かって来たモンスターへと魔槍を指し示すように掲げた。それは、これからゼルズが合図を鳴らすまでの間に、狩って狩って狩って狩りまくってやる、という意気込みの表れだった。
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