第184話


『……ィィイイッ――――ヤッホォオオオオウッ!!』


 最ッ高だ。


 腕を振るう度に、身体も魔槍も喜んでいるのが伝わってくる。


 目に付いたモンスターの群れに飛び込み、次の獲物目掛けて駆ける。そして、また飛び込んでを繰り返し、連鎖させていくこの感覚が狂おしいほど好きだ。


 今の俺は水を得た魚だ。血液が音を立てて循環する感覚が気持ちいい。打倒していく度に、少しずつ身体が満たされていく。ひび割れるような痛みもなく、成長の実感だけが沁みていく。


『良いぞッ! ハハッ、まだまだッ! 頼むッ! もっと来てくれぇえッ!!』


 51階層からの海と街エリアは、物音を少し派手目に立ててやれば、海からも街からもモンスターが溢れ出してくるのが、また良い。この調子で行けば、生まれ直しの分の遅れも、すぐに取り返してやれるぞ。


『よしっ! もっともっと! 次々ッ! って、――あれ?』


 辺りを見回して見るが、纏まった群れが近くに見当たらない。もうここら一帯のモンスターを打倒してしまったのか。しばらく待てば、集まるだろうが、待っている時間が勿体ない。ならば、このまま街の中に突っ込んでいって、片っ端から――


「――兄さんッ! ストップって言ってるでしょぉーッ!」


 シンの声だ。その叫び声が聞こえた直後、俺の足がびたりと止まった。


『……あ』


 まずい。すっかり忘れていた。調子に乗ってしまっていた。久しぶりの狩猟日だから歯止めが効かなくなって、無我夢中になってしまっていた。


 背筋に伝うこれは、冷や汗か、はたまた、海からの風が滴る汗を冷やしているだけなのか、今の俺にはこの冷たい感覚の正体の見立てがつかなかった。


「兄ぃさんっ! 約束したでしょ?」


 こちらへと駆け寄って来るや否や、シンは腰に手を当てながらにそう言った。このポーズは、孤児院の子供達を叱る時の分かりやすい態度と同じ仕草だ。つまり、そういうことだ。


『ハイ。ゴメンナサイ』


 このポージングを決めているシンには素直に謝るしかない。それに反論の余地もない。100%中100%、俺が悪いから仕方ない。


「あーあー、エン兄ぃ、まーた怒られてるゼー」

「エン兄ぃに言っても、ドワーフに酒だから仕方ないわよっ」


 シンの後ろから、ゼルとリナが呆れ顔を見せてながらやってきた。まだ16歳と15歳だというのに、なんという落ち着き様だ。まるで達観しているみたいだ。二人がどこか大人びて見える。


「やっぱり兄さんは凄いや! 僕はカッコいいと思うよ!」


 ソナは優しい。いつも俺の味方をしてくれる。成人を迎えてから、頼りがいが増しただけでなく、包容力までもが増したように思う。よし、いいぞソナ。その調子で、けむに巻いてくれ。


「傷一つ負うことなく、何十体のモンスターをなぎ倒してくんだからさー?」

「ソナは兄さんに甘いの! ……もう、……ほんと兄さんは、カノン姉さんの忠告通りなんだから……、どうせ止めるのは無理だって聞いてたけど、これほどだとは思いませんでした!」


 あぁ、終わる。シンが腕を組んでそっぽ向いてしまった。子供たちにおやつ抜きを言い渡す時のポーズだ。早くなんとかしないとレベリングが打ち切られてしまうかも知れない。これは相当にマズイぞ。


『――楽しくて! つい! そのー、≪ゼルズパーティ≫と一緒だから、つい安心しきって、調子乗っちゃったんですゴメンナサイ』

「……安、心……ふぅん? ……そう、かな」

『ほ、ほらっ、シン達みんな強くなったじゃん? このエリアもワンパーティだけで楽々攻略できちゃうくらいにさ……?』


 あ、満更でもなさそうだ。これはイケるかも知れない。言い訳みたいになってしまったが、本心からの言葉だから、それが効いたのかもしれない。


『それに久しぶりの狩猟日だったし、ついつい舞い上がっちゃってさ?』

「……≪ベリルズ≫と行ってからまだ3日しか経ってないんですけど?」

『そ、それはそうだけど……、ここ3か月は思うようにダンジョンに入れなくなるくらい忙しかったじゃん? だから、楽しくて仕方ないんだよねー……?』


 会議に次ぐ会議、それに講習会やら何やらと大忙しで、寝る暇も削る毎日が続いていた。カノンとの結婚式も簡易的なものとは言え、ホームの皆の協力がなければ出来なかったくらいだ。


 それを傍で見ているシンだから、多少なりとも気持ちは分かってくれるだろう。


「……だから、って言っても、ちょっと飛ばし過ぎでしょ?」

『あぁ、うん。……ゴメン。……生まれ変わったせいで、身体は一からレベリング必要だしさ? ……早く皆にも追いつきたくて焦っちゃってたかも』


 そう言って様子を見ていれば、シンは仕方がないと言ったように、ため息を吐きながら腕組みを解いた。


「……分かった。けど。危なくならない程度にしてくださいね?」

『うんうん! 分かった! そうするから街に乗り込んでいい?』

「回収が先ーって、もう皆で終わらせてくれたのね。ありがとう」

『ありがとッ! じゃあ、次のエリアまでぶっ飛ばして行こう!』


 そう言い終えてすぐ、俺は【ファスト】と【スロウ】を発動させた。


 そして、これまで以上の魔力を注ぎ込んでから、一気に駆け出した。


「ッ――」


 シンが何やら伝えようとしていたようだが、既に駆け出してしまった。


 その声が届くよりも、俺の方が速いせいで、何を言おうとしていたのか聞き取れなかった。周辺に異変も、危険も無い。それは確認済みだ。恐らく、気を付けるようにとか、そういったようなことを言わんとしたのだろう。


 だが、油断はしてないし、用心を怠ってもいない。


 揺るぎない自信があるからこそ、単独駆けをしている。このエリアで慎重になり過ぎても成果は上げられないし、非効率だと思うせいでもある。魔石集めも兼ねての狩猟なら数を熟した方が実りあるものとなって、そっちの方が良いだろう。


 それに、護衛も控えているから問題ないだろう。


 教会の暗部だった部隊が用心護衛をしてくれているし、今もどこからか俺達の周辺で、影に潜みながら行動を共にしているはずだ。あのヴァイスさんのお墨付きだから、俺もこうして伸び伸びとやれているって訳だ。感謝しかない。


『この高いと思ってた壁も、もうアッサリだなぁ……』


 【ポーズ】を使って透明の足場を用意すれば、十数メートルの街壁もなんのその、簡単に乗り越えられてしまう。それにスピードが上がっているお陰で楽々だ。もし見張りに見つかったとしても邪魔されることはない。


 攻略速度も段違いだ。


 新しい身体になってからというもののヤケに調子が良い。レベルと呼称している成長度合いは振り出しに戻ってしまっているが、モンスターを倒せばすぐに成長を実感できるようになった。以前とは比べ物にならないほど吸収と反映速度が早い。


 バージョンアップしている。


 痺れも成長痛もない。魔力の通りも良く、滞る事がなくなったから、一度に過剰供給しないでもない限り、魔力が通る時の痛みも感じることがなくなった。今では魔法に注ぎ込む魔力量の調整も容易くなり、かなり使い勝手が良くなった。


 完全体を手に入れたと言える。


 替えの身体を失ったことで【ストップ】が使えなくなったが、それを考慮しても申し分ないスペックだと思える。未だ髭は生えてこないのは残念だが、この身体において不全だと思う機能はない。これも女神様が配慮してくれたのかも知れないな。


 魔槍との相性も、抜群だ。


 魔力のやり取りは勿論。俺が魔力を込めれば込めた分、余った魔力を放出してくれるように意思疎通も自然と図れるようになった。こうして振るえば振るうだけ、突けば突くだけ、応えてくれるから楽しくて仕方ない。


 だから、もっと、もっと、もっと。


 向かって来い。一か月後に控えた海竜討伐戦に参加するためにも、俺は強くならなければならない。この海と街エリアに住むと言われている海竜を打倒し、己が自ら探検エリア拡張のために貢献したい。


 だから、早く、速く、疾く。


 強くなりたい。一秒でも早く。限りある時間の中で、許される時間を費やし、少しの時間も無駄にすることなく、万全と胸を脹れるくらいに強くなるんだ。そのためには、多少無理をしてでも突っ走る。


 だから、一杯、沢山、大量に。


 掛かって来てくれ。かつて、この世に生息していたモンスターの形骸達。その姿を模して造られ、魂なき存在として動く、ダンジョン生まれの俺の同胞。いずれ再び、この世に種を芽吹かせたければ、今は俺の糧として犠牲になってくれ。

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