第182話


『皆さんにッ、……見て、知って、判断していただきたいことがあります』


 俺が、そう切り出したのを合図に、ビビが大型の鏡を展開させた。


 第一声を発した調子は悪くない。言葉に詰まることはなかった。しかし、緊張感から、口の中がカラカラになっていた。


『ンン、そのために、まずは、今から地上世界の真実を見ていただきます。……これから流れる映像は、大人でも目を背けたくなるようなものですので、その注意と、子供達の目に触れないように、ご協力をお願いいたします』


 これから、そこに映し出されるのは、地上世界で見た光景だ。地上世界の現状を聞いてもらってはいるが、実際の現状を見てもらう。それが理解するには、最も手っ取り早い方法だからだ。


 俺は壁面に映し出されたゲート広場の状況を見つつ、民衆が備えるまでの間に、水晶石を取り出し、喉を潤しながら準備が整うのを待った。


 そして、頃合いを見計らい、話を続ける。


『……私が、この世に遣わされたのは、繁栄を齎す以外にも理由があります。……それは、女神様を、この世界を、皆さんを、救うためなのです』


 これこそが、今回の目的だ。この発表は、民衆からの理解と協力を得るために盛大に執り行われていると言ってもいい。


『……これが、私達、踏破部隊が目にした光景です。……まずは知っていただくためにも、こちらの映像をご覧ください……』


 そう言って手を前へ差し出すと、映像が流れだした。雄大で、区切りない、平たい大地。大陸の中央部分を囲うようにして造られた巨大な壁と、大山を削り出し穴を空けて造られた城を目にした民衆は、息を潜めるように声を上げていた。


 それ以外はダンジョンの草原エリアで見る光景にも似た景色だが、そこが地上世界だと言うのは、空の向こうを見ても、海の向こうを見ても、ダンジョンで見られるような魔力の揺らぎが見られないのだから、一目瞭然のことだろう。


 この映像は、俺が【ズーム】を用いて見た光景だ。


『地上には、侵略者である巨躯の人種と、……私達の同胞が存在します』


 映し出された悪夢のような光景。そこが地獄だと言われても信じてしまうほどのものだ。しかし、侵略者から逃げ惑う同胞を見る民衆の反応は様々だ。


 地下世界の住民とは、姿形がまるで違うせいだ。


『巨人に追われている彼らは、かつて、皆さんの先祖と共に暮らしていた子孫達です。彼らは侵略者によって交雑を強いられ、無理に数を増やすように管理され、奴隷以下の家畜や愛玩動物のように扱われています』


 驚愕の事実だろう。しかし、それが真実だとして、にわかには信じ難いと言ったような反応が見受けられる。民衆からしてみれば悪気が無くとも、本質的には地上と地下で住む世界が違うという風に、私達と別世界の生き物と認識しているからだろう。


『……彼らが今も尚、犠牲になっています。きっと彼らの祖先もそうだったはずです。……もしかすると、犠牲が無くては、今の私達はなかったかも知れません』


 これが現状だ。未だ反応は薄い。目を背け、俯き、顔を青褪めさせている者はいるが、しかし、俺達が求め、待っているのは、その反応じゃない。


 この光景を見て、知った今、民衆は何を思っているのだろう。この事実を知るまでは、俺同様、無知が故に心を痛めることもなかっただろうが、今より未来はそうもいかないはずだ。


 民衆は今、この光景を見て、何をすべきかが分からぬまま、迷い、戸惑っている。


 こうなることは予想通りだ。だからこそ、俺は祀り上げられた。そして俺も齎された立場を利用する。皆の心に訴えかけるために。


『――私はッ、彼ら地上の民も救いたいッ!』


 声に力を込めた。


 怒りも悲しみも乗ろうが、願いと祈りを込めるように声を張り上げた。


『言葉を交わし、文化があるッ! 感情はもちろんッ、心を持っているッ! そんな彼らはッ、いずれ私達が救いに来ることを今も尚、待っているッ! もうッ、900年以上の長い間ッ、ずっと待っていたッ!』


 腹から、胸を通り、奥底に抑え込んでいた感情が込み上げてくる。


 民衆へと訴えかけている合間にも、手は自然と握られ、これでもか、という位に力が入っているのが自分でも分かった。全身全霊というに相応しいほどに、身体が叫び声を上げているような感覚だった。


『……ッ、……すみません。……少し、熱く、……なり過ぎてしまいました』


 想いの全てをブチまけてしまいたい衝動に駆られた。しかし、ふと視界に映った仲間たちの表情を見て、己が熱に絆されていたこと、冷静さを欠いていることに気付き、踏みとどまることができた。


 伝えたいのなら。


 そう、お偉方達から、教わったことを思い出せた。分かってもらいたいのならば、それ相応の態度である必要がある。感情的になり過ぎれば恐怖心を抱き、押し付ければ反発を生み、強引に進めれば無関心であろうとすることも思い出した。


『……ンン、私にとっては地上の民を救うことも使命であります。……しかし、皆さんに強制することはしたくありません。できれば、協力して欲しい。……と、いう気持ちなのです』


 俺の気持ちを表す言葉を探し、紡いでいく。


 時折、考えに身体が連られて下を向いてしまうが、その都度、視線を引き上げて前を向くようにした。伝わるように、伝えられるように、伝えようと目を向けた。


『……だから、知っていただきたい。彼らを。……これから、皆さんに紹介します。……私達が地上で出会った、二人を――』


 言い終えると同時、手を横へと差し伸ばした。


 すると、信徒のローブを纏ったダミとヨモが、祭壇へと上がった。そして二人は、俺の隣に立つと、涙を滴らせたまま、民衆へと向けて深々とお辞儀をした。


「ウゥ、ダッ、……ダミとッ、言いまス!」

「……ヨ、ヨモ、ゥウ、ヨモッ、でスっ!」


 二人を見る民衆は、戸惑っていた。


 二人は、そんなこともお構いなく、涙ながらに感謝の言葉を口にし、女神様や俺達に何度も何度もお辞儀を繰り返した。しかし、感極まっているせいか、しばらく様子を見ていても止める気配が無かった。


『……ダミ、ヨモ、手を繋ごうか』


 俺がそう言って手を差し伸ばすと、ダミは何度も頷いてから手を取った。そして、ダミがヨモの手を取ると、俺達は三人一緒に前を向いた。


『二人は、こちらの食事を何でも美味しいと言ってくれます。花を愛で、音楽を親しみ、子供達と笑い合える生活を気に入ってくれています。勤勉であると共に、勤労の精神を持ち、そして何より、私達と同じく慈愛の心を理解しています……』


 数日間、二人と過ごしてみたが、価値観や考え方に多少の違いはあれど、根本的には俺達と同じで変わらなかった。間違いなく理解し合える仲となれるという確信が俺にはあった。そのことを民衆へと伝えたい。


 地上で過ごす同胞の身を案じ、自分達だけが庇護下にあることに罪悪感を覚え、せめて摂生に努めようとする姿勢を見せ、一日でも早く救いの日が齎されるようにと睡眠時間を削るまでに励んでいる二人のためにもだ。


『……二人は、俺達の仲間です。今は地上の情報を提供してくれています。そして、今後の地上奪還作戦の準備はもちろん、実行する際にも命を捧げてでも同行すると言ってくれています』


 俺が視線を送ると、二人は繋いでいた手を離し、胸元から大事そうに≪カノープス≫のクランタグを取り出し、民衆へと掲げて見せた。そして、しばらくした後に、大事そうにタグを胸元に仕舞うと、二人で手を繋ぎ直し、誇らしげに胸を張った。


 そんな二人の姿を見た俺は、改めて勇気を貰えたような気がした。


『……現状、危険はありません。踏破部隊が地上へ辿り着いたことにも気付かれていません。しかし、今より何年後か、何十年後かも分かりませんが、いずれ地上を支配している侵略者の魔の手が、このダンジョン内へと差し向けられるはずです』


 そうならずとも、放って置けば、いずれ星の命は吸い尽くされてしまう。


『……俺達は、そうなる前に部隊を設け、地上を取り返しにいきます。……何故、この時代にそうするのかは、今この時代が絶好の好機だと思っているからです。……だから、この場を設け、皆さんに協力のお願いをさせていただいたのです』


 勝てるかどうかも分からない。それどころか、数も力量も計り知れない。


『……突然の申し出、きっと驚かれていることでしょう。……それに、信じられない気持ちがあることも十分に承知しております。……しかし、分かっていただきたい。ただ、それだけのことなのです』


 例え協力が得られずとも、反発があろうとも、事は起きてしまう。


『……皆さんは、すぐに答えを出す必要はありません。……私達の行動を見てから決めていただければ幸いです。……ですが、これだけは皆さんに約束します。……奪還作戦の際、何があろうとも、侵略者共をこの地に踏み入らせない、ことを……』


 そのためならば犠牲を払う覚悟もある。準備が整うまで実行に移すこともない。


『……ですので、……認めて頂きたい。……本日ッ、私を筆頭としたッ、地上奪還部隊を結成することをッ! そして、地上奪還へ向けての準備と、協力者を募ることを許していただきたいんですッ!』


 その対価は、この世界の繁栄だ。未だ存在しない理想と幻想が、差し当っての交渉材料となってしまう。


『……部隊名はッ、≪アルゴナビス≫ッ! ……部隊参加希望者は、ギルド、兵団、教会において申請をッ、しかし、実際の隊列に加わることが出来るのは、ダンジョン踏破者のみですッ。……それまでは、予備隊連盟に籍を置くことになります!』


 静かな祭壇の広間に、俺の声が響き渡る。


 が、しかし、祭壇の広間に、反響の余韻だけが残された。どうやら民衆の反応が芳しくないようだ。何処を見ても目立った動きはなく、壁から声が返って来ることもなかった。


 俺は、その静けさの前に、立ち竦んでしまいそうだった。

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