第181話


 ついに、始まった。


 この映像は、今まさに三派閥が共同管理している映像転写の魔道具によって中継され、アンダー、ミドル、オーバーのゲート広場と繋がっている。白の祭壇の壁には各広場が映し出され、現在の民衆の様子が伺えた。


 連日、放送がなされているせいか、目立った混乱はないようだ。


 法律改正とゲートの規制が発表されてから、毎日同じ時間に放送がなされている。そして昨日、大々的な発表があるとの前振りがあったお陰で、昨日よりも民衆の注目度が高くなっている。


 まずは国王から国民へ。


 これまで隠し続けて来た地下世界成り立ちから、現状の地下世界と白の祭壇で眠る女神様の説明の手筈となっている。白の祭壇が映し出されるのは今回が初めてだ。映像を指さし、何やら話し込むように顔を合わせる民衆の姿が見て取れた。


 これまで王は民が為に尽くしてきた。


 それが役割だった。要らぬ恐れを生まぬために情報規制をしていたことも、愚王と呼ばれようともアンダーに城壁を築き、パレードを隠れ蓑に避難訓練を行っていた先王のことも、どれも簡素な説明ではあったが、滞りなく説明と謝罪がなされた。


 反応は悪くない様子だ。


 今まで国王に不満を持っていた者も居ただろうが、批判の声を上げようにも驚き勝って何も言えないでいるのか、これまでの考えが根本的に覆されてしまったのか、広場が騒いでいるようには見えなかった。


 次は、探検者ギルド長の出番だ。


 国王から引き継いだ探検者ギルド長は、朗らかに話し出した。冗談を交えつつ、固くなった民衆をほぐす話しぶりだ。そうかと思えば、突然、最高階層がどんなエリアか知っているかと民衆に問い掛けた。


 しかし、答えを待つことは無かった。


 探検者ギルド長は、先日ダンジョンが踏破されたことを一息に明かした。そして、オーバーから霧の迷路、火山エリアからドラゴンが舞う空島エリアのことを、夢見る少年のように民衆へと語った。


 探検者ギルド長は、歓声が止むのを待たず、捲し立てた。


 民衆に不安を感じさせないように、元探検者である自身のことを引き合いに出して悔しがるようにしながらも、今後考えられる探検者としての利を前面に押し出すかのような演説を行って見せた。


 広場の熱気は、ピークに達した。


 今回放送の経緯でもあると前置き、そして、踏破部隊の面々が紹介されていく。所属とパーティ名、個人名が順々に叫ばれると、映像転写の魔道具が向けられる。手を振ったり、力瘤を作って見せたり、笑顔を振り撒いたりと皆、思い思いに振舞った。


 ≪オーエンズパーティ≫の紹介は、最後だ。


 手柄を横取りするみたいだと思っていた俺に、ウエストさん達は強ち間違いでもないから気にするなと言ってくれた。率いたのは俺だが、お前たちが居なければ踏破出来てなかっただろうとも言ってくれた。


 今笑えているのは、皆のお陰だ。


 そうでなければ、胸を脹れてはいなかっただろう。俺達だけじゃなく、遠征に参加した全員のためにも、そうする必要性があることも教えてもらったから、俺は今の姿を見届けてもらおうと思えた。


 皆が頭上へと、踏破の証であるタグを一斉に掲げた。


 拍手が鳴りやむまでの間、ずっとそうしていた。それから踏破の証がついた首紐を、胸元に飾った。皆の顔を見ると、誰しもが頷いて勇気を与えてくれた。もうすぐにでも来る、俺の出番を応援してくれているようだった。


 次は、司教の出番だ。


 騒ぐ民衆へと向け、まだ終わりではないと告げた。そして、司教が手を広げたのを合図に、その場に居る者達が膝をついた。転生者である俺達を除いてだ。これから、神の使徒である転生者と、転生者、兼、神子である俺の紹介がなされる。


 神の存在証明がなされたことで、説得力が増しているはずだ。


 転生者とは、この世に繁栄を齎すために女神様によって遣わされた。そう俺達のことが紹介されると、映像転写の魔道具が向けられた。多少、俺達が知る転生者とは違った解釈ではあるが、おおよそ別世界の知識を持つといった説明があった。


 真偽証明は、国王、司教、ギルド長が認めることで簡単に済ませた。


 だからといって、民衆からすれば今後何がどうなるのか、ちんぷんかんぷんのはずだ。しかし、ここでも知識を用いて、より良い生活が送れるように協力すると表立って宣誓することで、何をするか明言せずとも、民衆の理解は得られたようだった。


 権力の集中化は避けられている。


 俺達の所属は教会になる。トップがすげ変わるというよりは、最上位に持ち上げられることとなった。民衆へは、国王とギルドの上には立たず協力関係を継続、街の管理は、これまで通りと言い切ったのが、分かりやすかったのかも知れない。


 今後、飢えとは無縁になる。


 この謳い文句が、貧民層を沸かせた。一番の反響を得たと言っても過言ではないだろう。これまでダンジョンに挑戦する者が減らぬように、管理と調整を行って来たらしいが、そんなことはもう必要なくなる。


 その理由の全てを公には出来なくとも、飢えを取り払うように持ち掛けた。


 孤児院を管理していた教会も、物流を管理していた探検者と商人ギルドも、備蓄防衛を管理していた兵団も、賛同してくれた。三組織で協議を行い、見通し、見直し、最低でも民衆が飢えて死なぬように取り計らってもらう。


 今後は労働力の活用と、防衛力の強化をしていく必要があるからだ。


 これからのことを考えれば、人手は幾らあっても足りない。物価が下がることになるようだが、それも一時的なものらしい。上を目指す探検者がいる限り、デフレとは無縁みたいだ。人材と装備、そのどちらも強化もしなければならないからだそうだ。


 変化は、それだけじゃない。


 従来の魔法と魔道具だけでなく、科学と機械の知識を融合させ、概念に進化を齎す。そうなれば教育機関も一新することになる。学生に学者、兵士に探検者、求む者全てに学びの機会が与えられるようになる。


 鉱石の精錬から武具の発達もだ。


 技術を独占せず、伝導する。そして効率化を進め、産業に革命を起こす。農具から何から、料理一つにしても、薬の生成方法にしても、俺達が知る限りの知識を広く伝え、共有し、発展の助けとする。


 ダンジョンの地図やモンスターの情報に金を払う必要もなくなる。


 生存第一。帰って来てくれるだけで十分だ。そうすれば、いずれ強くなれる。ゆくゆくは、各フロアのゲート周辺に防衛隊と救援隊と物資輸送部隊を配置する。物資を持って帰り易くなれば、それだけで経済も循環するし、戦力も整うはずだ。


 それには適材適所の人材配置が最優先だ。


 まずは俺達が担当部門の指導教育責任者を務めることになる。そして、後継者に任せられるまで育て、知識を行き渡らせ、得意不得意、好き嫌いの前に、やれるを増やす。いずれ、子供でも大人でもやれること、やりたいことを選べる社会にしたい。


 これから激動の時代が訪れる。


 管理者は変わらないが、様変わりすることになるはずだ。急激な変化に混乱が生じ、戸惑う者が現れるかも知れないが、協力し合ってより良い社会を目指す。そうして数年後には皆が豊かになったと口を揃える状態に整えたい。


 そんな俺達の想いが、代表の三者によって、代弁されていた。


 こうまで一丸となったのは、先人らがダンジョンに逃れてから初めてのことだろうと、王と司教とギルド長が口を揃えた。そして、これからの強固な協力関係を約束し、三者が歩み寄り、手を取り合った。


 もうすぐ俺の出番だ。


 地上映像を見てもらってから、ダミとヨモの紹介をする。それから、協力のお願いをする。踏破者と関係者、推薦もしくは紹介があった者のみで、ダンジョンが見つからないような作戦を立てて決行すると約束する。


 言うべきことは、全部覚えている。


 問題ない。頭の中でも順序通り進められている。予行練習しておいてよかったと思う。それでも緊張感のせいか、手足の表面が冷たく、内面が熱いという変な感覚に見舞われているが、俺が望んだことを成すには必要なことだから、精一杯頑張ろう。


 舞台は、整った。後は、やるだけだ。


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