第178話


 最後に、ただいま、と呟いた。


 映像が止まったのは、ダンジョンコアの中の女神様の腕に抱かれた、まだ赤ん坊だった頃の俺が、地面から産まれるようにして、アンダー貧民層をとぼとぼ歩く母さんの少し前の道端に転送され、拾われたところだった。


 それから、すぐに教会側の意思説明があった。


 教会は俺達と同じく、地上世界の奪還を目指していた。そのための協力は惜しまないと言われたどころか、女神の子である俺が信徒を率いるための席を用意しているとも言われた。


 俺は、神子としての立場を求められているようだった。


 どうするかの答えはすぐに出せずにいたが、頭の片隅では、それだからこの事を知っていたヴァイスさんの振る舞いがおかしかったのだと改めて考えていた。それと同時、あの時のヴァイスさんの心中を察することとなった。


 そうしている内にも、話は進んで行った。


 これまで行って来た行為、多くの工作や準備などの大まかな説明もあった。ビビが転生者であると知り、神子である俺の正体を告げられ、それが真実だと確証に至ってからのこと、教会としての行動を掻い摘んで話してくれた。


 それは、まさか、と思うようなことばかりだった。


 一番驚かされたのは、あのレザーマスクがヴァイスさんだった知らされたことだ。護衛、兼、密偵と調査などを行っていたらしいが、ログさんが襲われた時に運悪く巻き込まれ、敵対関係になり掛けたというのが、あの日の真相だそうだ。


 あの独特な匂いは、今でも思い出せる。


 悪趣味なレザーマスクは、教会の習わしによるものだそうで、顔を隠すには人面を使うのが最も良いとされているからだそうだ。ヴァイスさんは、遠征部隊で共に行動する間も携帯していたが、染み付いた匂いを誤魔化すために苦労していたようだ。


 あの恐怖は、蓋を開けば取り越し苦労だった。


 もっと早くに教えてくれていればと思った。しかし、そういう訳にもいかなかったということだ。お陰で強くなることが出来たと笑うながらも皮肉めいて言うと、ヴァイスさんは困ったような顔を向けて謝罪の言葉を口にしていた。


 その他にも教会の、恐ろしいとも思える風習を教えられた。


 聞けば、教会はカルトめいているが、神に仇成す教えを流す者の、罪人の証である肉体の一部、舌や耳、顔の皮から掌などを防腐処理し、混乱の歴史を忘れぬために罪状と内容と共に教会の神殿に展示しているらしい。


 全ては、地下世界の安寧のため、だそうだ。


 過去には、争い歴史があるからだ。法執行機関を共同運営していることはもちろん、暗殺でも何でも利用して、要らぬ争いごとが起こらぬようにするため、地下世界の民が存続する意図があったことを聞かされた。


 つまり、各グループの上層部は、地上世界の存在を知っていたということだ。


 地上世界の秘匿や情報操作を長い年月を掛けてしていた理由は、地上世界を目の当りにした現在では想像に易い。ダンジョンを上った先に地獄が存在し、いつの日か悪魔にも似た奴等が迫り来る可能性があると知れば、それも仕方のないことだと思う。


 それを聞けば、踏破時の対応が早かったのも頷けた。


 ビビが俺達の行動を随時把握していたお陰で、すぐさま対応出来たらしい。そのための協議も、革新派である教会と、保守派である国王と、中立であるギルドで、常日頃より行われていたそうだ。


 いくつかの疑問点の解消された。


 今後は、苦手意識の強い政治的な話しにも、首を突っ込まなければならない。そう思いは擦れど、もはや、只中にいることは理解している。何故、俺達だけが連れられたのか、というのも政治的な理由がそうさせていたからだ。


 俺達は、いわばジャンヌダルクだ。


 矛先の行方を定め、何がための戦かと示すために利用もされる。既に工作活動は行われており、ダンジョンから帰還した時の目隠しもそうだが、踏破されたことが未だ発表されていないのは俺達を祀り上げるための工作行為だったようだ。


 ≪オーエンズパーティ≫が主導で攻略、踏破したと発表する。


 更には女神の信徒、転生者としての前世の記憶持ちであるということも公にされる。それは個人としても、探検者としても、いい気はしない。だが、そうであったとしても利用した方が、地上奪還への道が拓けることは確かだった。


 しかし、その場では、答えを出せなかった。


 今しばらくの猶予が必要だった。攻略組への説明、納得してくれるかどうかさえ分からないが、話をする必要もある。それに俺達の家族にも、発表するよりも前に、俺たち自身が向き合う必要があったからだ。


 そして、その後、各首脳陣を説得する必要がある。


 それには教会側の計略を利用するしかない。計略と言えば聞こえは悪いが、神のお導き、運命の時、そんなような言葉を並べ立てて、この機会を利用するために俺達が会議に参加させられる手筈を用意してくれていた。


 国王とギルド側は、まだ知らない。


 ダンジョンが攻略が成されただけでも、大ごとだ。両陣営、並びに、関連組織の長達は、そのための会議をしていると思っているらしい。然るべき対応の後に発表とするということで、国王とギルド側へとの協議がなされている状態だ。


 必要な法案を協議しつつ、教会側が時間稼ぎしていたようだ。


 一先ず、俺達に映像を見せるための時間を設け、そして行動に移すための時間稼ぎだったようだ。何も決まってはいないはずだが、何をするにしても当の俺達が記憶を忘れてしまっていては元も子もないからという理由で、行動計画が進められていた。


 司祭に言わせれば、必然ということらしい。


 渦中なればこそ、外は見えないということだろうか。それを聞いて、泳いでいるのか、流されているのかも、分からないような感覚に陥ったが、先んじて記憶を取り戻したビビが上手い具合にやってくれていたようだ。


 それを運命と言い換えてしまえば、余計な事は考えなくて済むのだろう。


 俺達が記憶を取り戻しさえすれば、地上世界奪還へ向けて動き出すことは明白だ。何かにつけて難しく考える必要も無いだろう。もはや意志も、向かう先も、定まっている。ここまで来られたのなら、後は往くだけだ。


 望む結末を迎えに行く。


 俺達が各々、得意とするところで活躍すればいいだけだ。不得意とするところは、助けを借りればいい。政治経済、その他諸々の小難しい話もそうだ。協力者に加え、後ろ盾も得られた。全てを造り変える必要は無いのだから、きっとやれるさ。


 これまでも予想外のことばかりだった。


 記憶の欠損も、その一つだ。足りずとも辿り着けた。不必要な記憶を消去した理由を知り、必要な記憶を失ってでも臨んだ理由も知れた。忘れてしまっていても、大事なことは魂に刻まれていた。


 だから、きっと上手くいく。


 もう少し、いや、まだしばらく掛かってしまうけど、待っていて欲しい。必ず成し遂げてみせると改めて誓う。そして、いつかまた、自然豊かで美しかった頃のこの世界を取り戻して、時間が許す限り飛び回るんだ。


 そのために、腹を割って話そう。


 まずは攻略部隊、もとい、踏破部隊の皆とだ。殴られるくらいの覚悟はしておこう。もう近くまで来ているのだろうか。伝令が大監獄の牢にいる攻略部隊の皆と各クランの関係者を呼びに向かってから、しばらく経っていた。


 扉は、まだ開かない。


 突然話があると呼び出したダミとヨモは、状況が理解出来ずに驚いていた。広間に大きな絨毯が何枚も敷かれ、軽食と茶の用意が進められる間、俺達と同様、落ち着かない雰囲気で過ごしていた。


 軽食も、茶も、枷も、皆が揃ってからと申し出た。


 俺は気を落ち着かせるために、何からどう話して、上手く伝えられるかを何度も頭の中で考えていた。それに話し合いの後の会議を終えた後、母さんやログさん、ホームの皆に話す時のこともだ。


 母さんは、どんな顔をして、どう言うだろう。


 多分、泣かせてしまうだろうな。でも、きっと私の子供だと言ってくれるはずだ。あの母さんを知っていれば、不安に思うこともない。俺が過ちを犯したとしても、見放してもくれないだろう。


 久しぶりの再会は、楽しみだ。


 成長した姿を見てもらおう。そして、転生者だと、これまで黙っていたのを詫びよう。全員に分かってもらえるまで話をする。だから今日は話詰めになるだろう。子供たちの顔を見るのは明日の深夜になりそうだ。


 猶予は三日。


 とりあえずは、それまで頑張ろう。話し合いの他にも、これからしばらく休む暇もないだろう。だけど、三日後の攻略発表のお披露目まで突っ走ろう。それからも、忙しい日が続くだろうけど、きっと大丈夫だ。


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