第175話
侵略された星と生命を守るために、女神様はダンジョンコアと融合し、転生者である俺達を呼び寄せた。そんなことを聞くまでは、空想上の、夢物語の、俺には関係ないだろう話と、心のどこかで思うようにしていた。
あの不思議な感覚を知っていても、尚、期待しないようにしていた。
異世界転生に焦がれた想いが齎す勘違いでも、空想を思い描き願望をかけた妄想でも、夢物語に
異世界転生したと気づいてから、思い描いたものとは違うストーリーだ。
考えても良く分からない話だ。世界とか、真理とか。でも、少しだけ、がっかりしたかも知れない。人間の脳みそ一つで理解出来ようもないほどの何かがあるのだと大きく期待してしまっていたせいだろう。だけど、こんなもの、なのだろう。
それにしても、あっさりしていたな。
結末なんてものを知るには、魔王との激闘の末に真相を聞かされるような光景をぼんやりと思い描いていたが、実際は自らの手で真相に辿り着くどころか、まるで物語の中盤で話のネタバレをされてしまったかのような気持ちだ。
そのくせ、ごちゃごちゃし過ぎている。
難しいことも、面倒なことも、関りを持たないようにと決めていたのに、ある程度の距離を保とうにも、きっと悠々自適とはいかなくなるんだろうな。スローライフなんてものとは縁遠い人生を送ることになるはずだ。
恋や愛だとか、家庭や仕事だとか、当たり前には望めないな。
現状でも十分に得られているが、しかし、これ以上は高望みになってしまう。そうも考えていたはずが、現状を手放す覚悟を求められてしまった。最後までやり遂げると決めたのならば、それは致し方ないことなのかもしれない。
「……どぉーするぅー?」
幾度目の問いかけだろうか。話の整理を理由に、返答を待ってもらうように言ってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。ビビは、止めてしまってもいいと言いたげに首を傾げていた。
「まぁー、忠告した通りぃ、過去を知るってことはぁ、大なり小なりショックなことがあるしさぁー? ビビの口から適当に伝えてもいいんだけどねぇー?」
そうは言うが、口伝えだけでは、伝えきれぬことがあるはずだ。以前の俺が、今の俺が、未来の俺が、成そうとする試みは、嘘じゃない。それさえ、嘘じゃなければ、多少恐ろしく思えたとしても、怯えてはいられないだろう。
『……今までの話が、嘘じゃないんなら、……見る以外の選択肢はない』
俺は、以前の俺が善人であることを願いながら、首を傾げたままのビビへと目を合わせ頷いた。すると、ビビは口角の片側だけを上げて笑った。
「ッ、ナイスーゥ! んじゃー、さっそく始めちゃおーぅ!」
ビビは、自らの過去含め、俺達の過去をも知っている。それだからだろうか、俺の過去を見る決断をした際に、面白いものが見れるといったような喜び方をしていたような気がした。
それはまるで、自身が見終えた映画を他者に見せ、どんな反応をするのかを期待混じりに覗き、その人の横顔を見ることを楽しみにする人の表情だった。
つまり、その表情が意味するところは、何かしらの衝撃的な光景や、期待を裏切る展開が待ち受けていることに違いないと言い表しているのと同義だった。
「オーエン。キミがナニを考え、ナゼそうしたのか、それを知るための重要な過去を繋げ合わせた映像が1部、そこで休憩を挟んでから、この異世界へとやってくるまでが2部、前後合わせての1作をっ、……お見せしまーすぅ!」
ビビがそう言って指を打ち鳴らすと、俺達の前に大きな鏡が現れた。その鏡は、これまでよりも一回りも二回りも大きかった。劇場のものよりは小さいにしても、スクリーンとしては立派なものだった。
「ビビによって編集された動画の視聴、最後までお付き合いくださいませぇーっ!」
そして、ビビが映画の舞台挨拶よろしく、深々とお辞儀して見せると、大きなスクリーンに映像が流れ始めた。
『……っ』
真っ暗だったスクリーンに、ぱっと女性の笑顔が映し出された。一人称視点で映し出されたこの映像は、過去の俺の視界に映ったもののようだ。
『……ァ』
その女性は、こちらへと向かって、名を呼んでいた。そして、手を伸ばすと、何度も頭を撫でるように手を動かしていた。
『……お、母……さ――ッ?!』
その女性が母であると思い出した瞬間、針で突き刺されたか、電流が迸ったかのような痛みが、頭の天辺から首筋に至るまでに生じた。
自然と顔が歪んだ。咄嗟に痛みを堪えようとするが、頭を手で抑えようにも、頭痛の余韻はすぐには消えてくれなかった。しかし、後方で控える皆には、このことを気付かれないだろう位には、我慢し切れたようだった。
「……へぇー、あれがオーエンの前世の両親かぁー、優しそうな両親やなぁ……」
レオンが零した通り、過去の俺を抱きかかえる母と、その後ろから覗き込む父は、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。俺は頭痛に耐えるのに精いっぱいで、吐息交じりの、愛想のない返事をすることしかできなかった。
「あ、場面が変わった……アレ? あ、また変わった。……ンンンー? マヂッ?! 気のせいー? 勘違いー? って、思ってたけどコレってー……そゆことだよね?」
次々と場面が移り変わっていった。その度に驚きつつ声を上げていたヨウの声も、そのことに気づいてからは、次第に気不味い雰囲気を醸す、くぐもったものとなっていた。
『――ギ、ッ――……』
場面の移り変わる度に、時が経過していることを理解した。そして、記憶の扉が一枚一枚開かれていく度に、頭上へと落雷が降り注ぐ。
『ンン゛……ハァ、……ハァ』
母の隣に立つ男の顔が、場面と共に変わっていた。名が呼ばれたのは最初だけだった。呼び方が、君からちゃんへ、そして、お前からソレへと、隣に立つ男の顔が変わる度に、違っていた。
『ァ゛ア゛……グ、ッ、フゥ――……』
視界の端に七色の光が散っていた。それでもスクリーンに映し出される過去の映像から、目を離せないでいた。
泣き叫ぶことも許されず、懇願さえも忌々しいと罵られ、じっと痛みと恐怖に耐え続けている毎日、愛を知らず、愛とは何かも分からぬまま、未知なる愛に飢えた子供が、そこに映っていた。
「ッ、……オイ、なんやねんこれ……」
「これは、あまりにも、……であるな」
「ヒッ、ワタッ、ココ、ちょっと……」
「ボクもキツイかも。……辛すぎるよ」
スクリーンの映像は、どの場面でもボヤけ、そして、揺れていた。その光景を食らい付くように眺めていれば、突然、俺の視界が塞がれた。カノンが、俺に映像を見せないように肩を抱き寄せたようだった。
「……“エン”、……“エン”」
映像から漏れる音、その隙間から、カノンの声が聞こえた。何を呼び掛けていいものやら分からないでいるのか、ただ俺の、僕の、この世界の、自分の名前を、心配そうに呼んでくれていた。
「ビビッ! もう“止めて”ちょうだい!」
カノンが声を荒らげた。もう視界も耳も塞がれていたが、その声は確かに聞こえた。だけど、抱き寄せられながらに、視界を塞がれていても、瞼の裏側では過去の映像が流れ続けていた。
『――――ァ゛ァッ!!』
頭が弾け飛びそうな程の痛みが押し寄せた。すると、途端に、僕がどういった人間だったかを思い出していた。
『……ア゛、……ソウダ、……ズズッ、……そう、だった』
記憶を取り戻した最中、以前の僕と、以後の俺の記憶が混濁していた。
呼吸を繰り返す度に、鼻の奥から滴ったであろう生暖かな液体が、舌の根に鉄の味を落とし、喉の奥から鼻腔へと生々しい香りを返していた。
その味と匂いが、思い出したくもない最後の記憶を呼び覚ました。
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