第170話


 俺達は一人ずつ、武器を手渡し、装具を手渡した。


 担当者は装備を受け取ると、名札付きの魔法の小袋へと収納していく。そうしている合間にも、両脇に立った兵士が武装解除した者の両手足に拘束具、ミスリル製の手錠と足枷、それらが鎖で繋がっているものを取り付けていった。


 然るべきところまでの約束。俺達の移送が済めば解除してもらえるらしいが、拘束されなかったのは、ヴァイスさん、デイヴィッドさん、アテネアさんだけだ。その3名以外は、教会に属している信徒だろうと俺達探検者と等しく拘束された。


 俺が黒牢の鍵、その中に残したままのダミとヨモの心配をしている内にも移送が始まった。歩き出してすぐ、傍を歩くヴァイスさんが、俺の様子を察したのか、黒牢の鍵のことは何の心配いらないと言った。


 俺達を出迎えたのは、背中と布と、高壁だけだった。


 久しぶりのアンダーの風景は異様だった。そこに懐かしい景色も人の顔もなかった。俺達がゲートで転送された次の時、目に入ったのは規制線もとい目隠し布を持つ憲兵と、ゲート周辺に立ち並ぶ憲兵と、その向こう側に伸びる高壁だけだった。


 アンダー王貴街のゲート広場には、緊迫した空気感が広がっていた。俺達を迎える歓声の声はなく、それどころか、立ち入らぬようにと叫ぶ憲兵らの怒号にも似たような声が聞こえていた。


 大勢の人がゲートに乗ったままで、自分がどこを向いているのかも分からなかった。ゲートの模様から方角を探ろうと足元を見ても、同じことだった。そうしている内にも、目隠し布の囲いが細長くなり、俺達が進むべき道が作られた。


 通りすがりに見えた案内板には、闘技場と書かれていた。


 俺達は何処へと連れて行くかも知らせられぬまま、闘技場へと続く道を進んだ。そして、闘技場の門から場中を通り、奥側の門まで通り抜けた先、鉄の大監獄とよばれている高層建造物のすぐそこまで連れられた。


 法を犯した者達が住む大監獄は、黒く艶めいているものとして知られている。この世界の建造物は、石膏のような白い土壁が基礎として用いられる。それだから、一目見ただけでそこが何処かが分かった。


 ひと際目立つ建物。増築を重ねた高層マンションのような見た目だが、要塞の様な造りでもある大監獄は、鋼鉄に覆われるようにして出来ている。そこへと足を踏み入れなければならないと知った時、流石に落ち着いてもいられなかった。


 しばらくの拘束、その後、必ず解放される。


 その約束は守られるのだろうか。女神の名において、そう記された契約書に目を通したが、易々とは信じられなかった。しかし、疑いながらも、その契約書にサインする以外の手立ては俺達に残されていなかった。


 通信魔道具を預けてしまっている現状、アンダーに帰ってきていることは誰の身内にも伝わっていない。頼みの綱となるのは、ヴァイスさん、デイヴィッドさん、アテネアさんだけだった。


 俺達は不安を抱えたまま、厳重に閉ざされた扉を幾つも通り、格子が立ち並ぶ道を抜けた。そして、クランやパーティごとに、男女別、数名単位で分けられ、トイレと通気孔しかない部屋へと押し込められた。


 一部を除く、踏破隊の全員が牢へと入れられた。


 しかし、俺達と、ヴァイスさん、デイヴィッドさん、アテネアさんは、また別の用事があるらしかった。その場では何も教えてくれやしなかったが、白の大広間から連れられた部隊長に促されるがまま、ただ来た道を引き返した。


 出口近くまで来た頃、憲兵用の通路へと通され、駐車場の様な場所へと連れられた。そして、そこに用意されていた魔動車、馬無しの荷車というよりかは、見た目も立派な護送仕様の魔動車に乗り込んだ。


 俺達が乗り込むとすぐ魔動車は動き出した。それから少しして、ようやくどこへと何をしに向かっているのかが伝えられた。行先は、アンダー王貴族層の東側、中央から三つ並びになっている王城と教会とギルド本部を越えた先の最東端らしい。


 目的地は首脳会議がなされる場所だそうだ。


 今現在も、王含めた各所属長らが集い、首脳会議が執り行われているようだ。地上世界の状況を伝えるために、俺達もその会議に参加することになるのかと思えば、それはどうやら違うらしい。


 現状の目的として場所は同じだが、一先ず会議に参加することはなく、それよりも優先すべきことがあるようだった。ヴァイスさんは、それを済ませてからでないと何も話が進まないとさえ言っていた。


 結局、目的について明かされたのはその程度だ。会議は三日三晩でも続くだろうと他人事のように、ヴァイスさん、デイヴィッドさん、アテネアさんの3人が語るくらいで、目的に関わらないだろう会話が続いた。


 身の安全は保障されている。


 目的とは別に、それだけはハッキリと伝えられた。俺達含め、家族にも仲間にも危害が加えられることなどもなく、間違いが起こることなど決してないとまで言っていた。もし万が一が起こるのならば、教会が全力を尽くしてくれるようだ。


 そうまで言い切ったヴァイスさんは、まるで待ち遠しいというようにソワソワ落ち着かない様子で、時折しみじみとした表情を浮かべては感慨深げにし、俺と目が合えばハッとした表情になって気持ちを落ち着かせることに専念する素振りを見せた。


 人動車が止まってからも、ずっとその調子だった。活性化の影響で広がったはずの居住スペース、その拡張区画であるはずの壁際に、まるで張り付いているみたいな建造物の入口へと、俺達を案内するときになってもどこか楽し気にしていた。


 ずっと、ずっと、ずっと、我慢していたらしい。


 やっとこの場所へ案内することが出来たとヴァイスさんは言っていた。しかし、そう言われても、目の前の民家が連なっているようにしか見えない建造物を見れば見るほどに、ここが目的地なのだろうかと疑いたくなった。


 俺達はヴァイスさんに早く早くと急かされながら、重要な場所とも思えぬ建造物、

似たような造りの民家が並ぶうちの一つに誘われた。中へ入って見れば、隣同士が扉で繋がっており、中の造りも同じようなものだった。


 中を見ても、ただ民家だった。首脳会議が行われるような場所とは思えなかった。しかし、案内されるがままに、幾つかの扉を通って壁に沿うように進み、壁に向かっているだろう方向へと進んだ時になって、ようやく理解が追い付いた。


 この場所は、何かが隠されている。


 それに気づいたのは、洞窟のような通路に差し掛かった時だった。本来なら層の壁があるはずなのにも関わらず、その壁に行きつくことがなかった。外から見た時に何でもない場所のように見えたのは、どうやらカモフラージュだったらしい。


 そう思えば、この層の不思議な立地に納得もいった。仲が良いとは言えぬ3勢力の、王城や教会、ギルド本部などの大型建造物が東西南北に分かれていないのは、考えられたうえで、敢えてそうしていたようだ。


 東側に寄り集まっていた理由は、互いに牽制し合うためのものではなく、ここに隠されている何かを守るためだと悟った。つまり、ダンジョンにおける最重要機関。それを失えば、全てが崩れてしまう心臓部のようなものがあるのだろうと考えた。


 ダンジョン最深部にある物と言えば、それ以外には考えられなかった。


 城でも教会でも本部でもないところで首脳会議が執り行われるのも、この場所がダンジョンの最奥部であるからだろう。その考えに至った時、俺達の前に試練の間でも見た、地上世界へと続くものと同じ、女神の姿が刻まれた扉が現れた。


 開けられた扉の先には、大広間があった。その場所は地上世界に続く白の広間に似ていた。違うところと言えば、奥側から棚が並べられ、まるで避難所かシェルターか、倉庫みたく武器や装備、食糧などが揃えられているという点だ。


 改築された神殿の広間の最奥、真正面に見える扉へと歩みを進めていると、後から建造されただろう壁に覆われた区画の一つをヴァイスさんが指さした。どうやら、その場所で首脳会議が行らわれているらしい。


 俺達は会議室を、横目に進んだ。


 途中、一目見ただけで一般階級でないと分かる鎧を纏った騎士や、高位であろう信徒からの視線を浴びながらも、そこが目指していた目的地であり、この世界の終着点であると分かる扉へと向かった。


 手枷足枷を嵌められている状態の俺達を見る者は多かった。しかし、俺達が来ることを知らされていたのか、話が通っているにしても不思議な事に、誰にも止められることも、声を掛けられることもなかった。


 それは最奥の扉の前で立つ門番でさえも同じだった。俺達がそこへと近付けば、扉の左右へと分かれた。そして、俺達の歩みを止めることのないタイミングで扉を開けると、お辞儀と共に扉の向こう側へ進むように促された。


 開け放たれた扉の向こうは、祭壇を思わせるような場所だった。


 玉座が置かれていそうな目立つ場所に、大きな球体が浮かんでいた。その球体の手前側には、こちらを招くようにして見る幾人もの人の姿があった。その内の一人の少女は、俺達と同じように拘束されていた。


 その少女は、俺と目が合うと、


「きゃーっ、来た来たー! やっと来たー! 早く早くー!」


 両隣に立った者に抑えつけられるのも厭わず、鎖をじゃらつかせながら飛び跳ね、喜びの感情を露にした。その少女は、そのままの調子で、こちらへと来るようにと手を振っていた。


「待ってたよーん! 転生者しょくーん! こっちきてー! キャハハハーッ」


 俺は、その一言を聞いた瞬間、俺達だけが呼ばれた理由を察した。


 何故だろうか、無邪気に笑う少女は、俺達が転生者だと知っていた。だから、他でもない俺達だけが呼ばれたのだろう。そう気付いた俺は、驚きによって止まってしまった足を、今一度、少女らが待つ方へと進めることにした。

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