第171話


 白い祭壇の間には、少女の笑い声が反響していた。


 転生者と呼ばれた俺達は、祭壇の前で待つ者達の元へ歩み行く間、誰一人としてその呼び声に答えることはせず、ただ足音と枷の音を鳴らした。


 ようこそ、おいでくださいました。


 そう言って俺達が歓迎される横で、少女は悪戯に笑っていた。悪戯に笑う少女の背丈は、両隣に立つ兵士と信徒の腰にも満たない。しかしながら、その少女は何処か大人びた、まるで子供とは思えない雰囲気を醸し出していた。


 司祭のヴァイン様、助祭のビアー様、それと御付きの人が2人。


 ヴァイスさんの父親でもあるビアー助祭が紹介と挨拶を行う傍らで、その少女は薄茶色の目を片方だけ閉じて見せたり、肩まで届く茶色の髪を揺らしながら小さく手を振ったり、落ち着きのない子供みたく、じっとしてはいなかった。


 部隊長のアレクさん、副隊長のアルジーさん、部隊補佐のランスさん。


 続いて紹介されたのは、四季隊とも呼ばれる4隊の内の1つ、クラブ隊の上位三名だった。黒色の、棍棒の印を見せて挨拶した3人は、形は違えど同じ黒色の、剣の印を持つデイヴィッドさんとアテネアさんとだけは、気軽な挨拶を交わしていた。


 小人族のビビ。


 ビアー助祭がそう彼女のことを紹介すると、歳は俺の3つ上だとビビが口を挟んだ。俺が異様に思えたのは、その見た目が相まってのものだったようだ。どこから連れられたのか、高貴とも高位とも取れる装いも、そう思えた一因だろう。


 今度は、こちらの番か。


 ヴァイスさんが俺達のことを紹介し始めた。ご存知の通り、と言って紹介を始めたことに対して俺が反応を示すと、その様子を前で見ていたビビが面白おかしいと言うように小さく笑った。


 その笑いは、既知であるが故に齎されたものだろう。


 無知である俺はそう察した。ヴァイスさんの言葉が気がかりに思えたが、よくよく考えてみれば当然のことだった。ビビに悪気があるようには思えなかった。どちらかと言えば、楽しんでいるようで、堪えられず反応したみたいだった。


 どうやら俺達は、知られ過ぎているようだ。


 一人一人の名が呼ばれるのに合わせて、そこに立つ人達へと向けて軽い会釈をもって挨拶をしたが、向こうの紹介と挨拶と違ったのは、俺達のことを知れる情報が一切含まれることのないものだった。


 顔と名を照らし合わせられているような感覚だった。


 来歴も何もかも、知られているような気がした。向こうは俺達が思っている以上に俺達のことを知っている状態、しかし、こちらは向こうの情報をほとんど知らないという奇妙な状態のように感じられた。


 早々に、この違和感を解消したい。


 そう思いはしたが、そうするためには本題に移る必要がある。しかし、ここが何処で、貴方たちは何故俺達を呼んだのか、それに何故転生者を知っていて、何故俺達が転生者と知っているか、と、知りたいことが多過ぎる。


 まずは、何から聞くべきか。


 互いに挨拶を終えた後も、他愛のない会話が続けられていた。俺としては、話もそこそこに切り出したくはあったが、マナーや礼儀を逸することの危険性を考え、それに何も用意してはいないが、交渉や駆け引きのための材料を見繕っていた。


 しかし、そんな時だった。


 考えを巡らせていた俺の視界に、あるものが映った。


 それは、考えること自体を一瞬で吹き飛ばしてしまうようなものだった。


『……なんだ、は……』


 考えるよりも前に、言葉が衝いて出てしまった。


 俺はあまりの衝撃的な光景に、我慢することも出来ず、話を遮ることも厭わずに、気付けばソレを一点に見つめながら声を上げていた。


 奥の球体、恐らくはダンジョンコアだろうと推察していた物体の中に、思いも寄らぬものが見えたせいだ。


 初めは、変わったもの、イメージしていたものとは少し違うと思うくらいのもので、特別気に留めることをしていなかった。


 その球体は、中が水で満たされているかのようで、ふよふよと帯か布のようなものが、舞っているように見えていた。


 俺は取っ散らかった思考を纏めながら、その白布が揺れ動く様を、前に立つ者らを通して、ぼんやりと眺めていた。


 すると、あの瞬間、その白い布の隙間から人体の一部が見えた。それは見間違いなどではなかった。あの時、俺は間違いなく、微笑む人の口元を見た。


 そのせいで、俺の頭が真っ白になってしまった。


「あぁ、申し訳ない。後程、ご挨拶を、と思っておったのですが――」

「――あー! ちょっと待って待ってぇ! 分かりにくいからビビから説明する!」


 俺の反応を見たビアー助祭らが、その球体の方へ振り返り、案内するように手の差し伸ばしたところで、ビビが割って入った。


「そっちのが早いし、いいでしょ? ビビ達、同じ異世界転生者同士の方がさぁ?」


 混乱しているのが自分でもわかった。あの球体が何なのかを早く知りたいと思う反面、新たに湧いて出た興味にも思考がかき乱されてしまう。


『……異世界転生者、……同士?』


 俺は混乱する思考を整理するために呟き返した。しかし、俺の反応を見たビビは、ビアー助祭からの許可を貰うや否や、


「あーまだまだ! 焦んないで! いいから黙って聞いて! じゃないと話が終わんないよ? 1からぜーんぶ! 話すことあるんだからさぁ!?」


 と、鎖で繋がれた両手を広げられるだけ広げて言った。そして、俺達が頷くのを確認するまで、一人一人の顔を見て黙って話を聞くように目配せをした。


「……はいっ。と、り、あーえーずー、アレはダンジョンコアで、ビビ達は同じ転生者。……いい? だけど、焦んないでよね。順番に、ぜーんぶ話したげるからさぁ? こっから長ーい話になるけど、なるだけ簡単に説明するからさぁー?」


 そう言うとビビは、俺達へとしたり顔を向けた。その表情から察するに、どうやらビビは、俺達が求める情報の全てを持っているようだ。そうだとすれば、進行を任せるがいいだろう。そう思った俺は、ビビへと頷き返すことにした。


 そうした方が、スムーズに話が進むだろうと思ったからだ。ダンジョンコアやら転生者やらの話を、訳も分からぬまま小出しに聞かされるよりは、1から話してくれた方が整理も付きやすいだろう。


 俺達としても、そうしてくれた方が有難い。ボス討伐、地上世界、ダミとヨモ、ヴァイスさんの件、それに連れられてくるまでのことを含めると、今朝から状況が目まぐるしく変化するばかりか、あまりの事態に混乱の続きだったせいもある。


 もはや自分たちだけ考えでは、この入り組んだ状況の先に待つ答えには、決して辿り着けないと、心のどこかで悟っていた。だからこそ、無駄な力を抜いて流されるがまま、導かれるがままに委ねることにした。


「良いみたいねぇー? ういーっ、じゃっ、これ見てぇー?」


 ビビは、その小さな身体に魔力を滾らせると、


「【コラボレイターズ……ミラー】」


 ユニークアビリティらしき名称を呟きながら、指を打ち鳴らした。


 すると、どこからか横長の鏡が現れた。それは割れて砕けたガラス片が、逆再生されるかのように集まり、形を成した魔法の鏡だった。


「ジャジャーンっ! これがビビの魔法ねぇー?」


 鏡の横から顔を覗かせたビビは、小さな手でくるりと魔力の鏡を半回転させて、俺達の方へと向けた。


『――ッ?!』


 その鏡に映っていたものは、俺達の姿ではなく、俺達が見慣れた光景だった。


 俺達のホームの一室で遊ぶ母と弟と、孤児院の子供達の姿が映し出されていた。そして鏡からは映像だけでなく、騒がしい子供達の声が聞こえて来ていた。


 そのことに驚きを隠せぬまま、まるでホームビデオを見ているかのような映像を、食い入るように眺めていると、ビビは新たな鏡を一つ二つと宙へ浮かべた。


 そして先ほどと同様に、鏡をこちらへ向けた。新たな鏡には、ログさんや常連客が語らう映像と、ダンジョンで励む≪ベリルズパーティ≫の姿が映し出されていた。


「LIVE映像だよーんっ! これがビビの能力ーぅ!」


 自らの能力を披露した後のビビは、なにやら意味ありげに、含みを持った笑みを浮かべていた。


 映像を見せられた時は脅されているのかと思ったが、どうやら違うようだ。どちらかと言えば、試されているのだろう。その笑みは、なぞなぞやクイズの答え合わせを待ちながらに楽しんでいる時の、子供達の表情に似ていた。

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