第169話


「……どう思う?」


 俺は嘘だとは思えなかった。


「どうだろーな……」


 黒牢の扉を閉ざすと、皆がそれぞれの意見を口にし始めた。


 信じられない、信じたくない、嘘だと思いたい、そういった自らの願望を含めた意見がそこかしこから飛んでくる。この状況では、カノンによる審議の判定も、あまり意味をなしていないように思えた。


 ダミとヨモから聞いた話が、あまりにも受け入れ難いものだったからだろう。


 真偽の精査をするためと、話を聞いてみてどうするかという意見合わせのために、二人との会話に一旦の区切りを付けることとなったが、この様子ではすぐに話が纏まることはなさそうだった。


 俺達は所詮一部隊。何を決めたところで、どうすることも出来ないからだ。


 ドラゴンを易々と倒してしまう巨人らは、転送門と呼ばれる巨人らが故郷と行き来する為のゲートを塀の内部に備えている。どれほどの数が押し寄せるかも知れぬというのに、一部隊だけでは全ての巨人らに対処することなど到底不可能だろう。


 下手に打って出て見つかれば、ダンジョニアにまで被害が及ぶ。


 そうなれば、地上世界の二の舞になるだろう。個人的な感情で言えば、地上世界の住人らの力になりたい。それが、この世界全体のためになるとしても、勝手に行動に移して良い理由にはならない。


 タイムリミットは、まだ残されているはずだ。


 巨人らの街には、この星の生命力の源ともされる力を吸い取り続ける杭が撃ち込まれているそうだが、全てを枯れさせるほどのものでもないと言う話だった。この星を好きに利用している現状、その話には信頼をおいても良いはずだ。


 少なくとも、数十年、あわよくば、数百年は保つはずだ。


 俺達が生きている間に星の生命力が枯渇することは無いだろう。近年は星の生命力が吹き返しているお陰で、以前よりは星自体が豊かになりつつあるとも言っていた。自然、魔獣、モンスター、人間の数が増えているのが、その証拠だそうだ。


 そうだとして、どうなるのか、どうするべきか、どうしたいのか。


 そんなような問答が繰り返されていた。もはや部隊としてではなく個人としての意見が交わされていた。まるで自問自答するかのように他者の意見を確かめ合う声が聞こえて来ていた。


 誰も答えが分からないからだ。


 ここで誰かが地上世界の者達を助けようと叫び声を上げたとしても、すんなりと賛同する者は殆どいないだろう。ここに居る者達含め、ダンジョニアの住民、地上世界の者達、その全ての命を賭すことになるからだ。


「……オーエンは、どない思うねん?」


 レオンからの、その問いに対して、


『助けたい』


 俺はそう答えることしか出来なかった。それは只の願望でしかない。助けるではなく、助けたいとしか言えなかった。すると、


「……せや、な……」


 レオンも、≪オーエンズパーティ≫も、物憂げに頷いた。


 出来ることならばそうしたいと、皆が皆思ってはいるだろうことが、その表情から汲み取れた。しかしながら、聞こえてくる意見は生易しいものではなかった。


 聞かなかったことにして、目を瞑り、見捨てれば、何年持つのか。


 ある意味では現実的な意見が出始めていた。ダンジョニアに被害が及ばなければ良いという意見もある。然るべきところへと報告だけ済ませ、次世代に差送りして体制を整えるといった意見も聞こえて来ていた。


『……俺達、……だけ、……っ』


 どうしようもない。分かりきっていることだ。


 俺達だけで助けようとも言い出せなかった。必ず協力が必要だと分かりきっているからだ。高々数人のパーティだけで、数千から数万にもなる相手に適うわけがないと分かっているからだ。 


 責任の問題では済まない。そのせいで、俺は二の足を踏んでしまっていた。


 腰を下ろし、俯き考え、問いに対して返答するだけだった。


 しかし、そうしていると、


「オーエン様。お心のままにご決断ください。私共は付き従います」


 ヴァイスさんの声が聞こえた。俺が顔を上げ、前を見れば、そこにはヴァイスさん共々、跪いて首を垂れる信徒達の姿があった。


『……はぁ……、またか。……ぃや、有難いけど、……無理でしょ。……俺達より数が多いって言っても、浮島エリアで戦える人がどれだけいるのさ? そこが最低限求められる戦力になるのに……』


 俺がそう言っても、ヴァイスさんは微笑んだままだった。


「私共は女神様と同じように、貴方様を信じております」

『……何、言ってるの? 全然、意味わかんないよ……』

「ふふ、まずは、然るべき場を設けさせていただきます」


 ヴァイスさんはそれだけを言うと、首を傾げる俺を余所に立ち上がり、ゲートの方へと向き直った。そして、


「先ほど連絡がありました。あぁ、カノンさんでも察せない暗号での連絡です。通信魔道具がリーンリーンリーンと三度鳴りましたので、もうそろそろかと……ほら、参りました」


 ゲートを振り返り見れば、そこには、


『え? 誰が……って、信徒、と、……兵団?』


 高位の信徒であろう者達の集団と、女神の旗を掲げた兵団の姿があった。


『……あの人、達、知ってるぞ……』


 よくよく見てみれば異様な光景だった。信徒幹部に加え、兵団幹部の名だたる者達が揃っていた。直接、目にしたことが無くとも、ダンジョニア国民であれば誰しもが知る人達の姿が目に付いた。


『……は? ぇ、いや、まさか、……これから?』

「流石に、そこまで生き急いではおりませんよ?」

『……ぁあ、そりゃ……え、じゃあ、なんで……』


 俺は疑問に思いながら、迷いなくこちらへと向かってくる両団体を見ていた。


 最高戦力とは言えずとも、戦力となり得るだろう名だたる者達が、武装状態で駆け付けた理由を考えていた。しかし、ヴァイスさん曰く、これから地上世界へ打って出るためではないらしい。


 だとすれば、そうでないのならば、何故やってきたのだろうか。


 俺はその理由を、先のヴァイスさんが言ったことを思い返しながら考えていた。そうしていると、その両団体は、女神様のシンボルが描かれた所属を表す旗を前に、足並みを揃えて俺達が集う場所までやって来た。


 そして、両団体は、俺達を取り囲むように展開した。


 その途端、俺達の部隊に何事かと動揺が走った。困惑していないのは、この状況を理解しているヴァイスさん達位なものだろう。俺達の部隊の信徒以外の全員が突き付けられた槍や剣を前にして困惑の色を見せていた。


「――動くなッ!」


 誰も武器を取り出してもいない。


 少し腰を落とし、身構えた程度の動きを見せただけだった。それだというのに、俺達を取り囲んだ者達は、あまりにも過敏に反応した。いつでも応戦できると言わんばかりに、威圧感を剥き出しにしている。


 言葉を発することも許されぬ雰囲気だった。


 緊迫した状況の中で、固唾を飲んで周囲の様子を伺っていると、部隊長であろう紋章付きの鎧を着た一人の兵士が、俺達を取り囲む輪から一歩前へと進み出た。その手には金色の、装飾が成された細長い棒状の物が握られていた。


「我々は、ダンジョン踏破隊を拘束せよとの命において馳せ参じた。これはカード・アンダー・グラウンディア王、女神教ミード司教、総合ギルド組合長ブーツ氏からなる連盟書状である」


 その人の口から聞こえて来た言葉に、俺は耳と目を同時に疑った。しかし、それが確かなものだと理解させるための証明がそこにはあった。紐解かれた書状には、間違いなく三名のサインが入っていた。


 三大連盟と呼ばれている、ダンジョニアを管理する団体の、長達の名だ。


 三団体は、協力と牽制の上で成り立っており、力が偏らぬように均衡を保ってきている。民と社会、法と秩序、金と権力、どれにおいてもパワーバランスが偏らぬように管理組織を定め、相合的な運営を務めているはずだ。


 その三団体が協力し合い、連盟書状を発行した。


 普段一つに纏まらぬことでバランスを保っているはずの三団体が、今回は完全に協力しているようだった。書状を見せられたところで、三団体が協力した思惑や意図は分からないが、どちらにせよ敵に回せばお終いだということだった。


「抵抗せずに従って頂きたい。……ぁあ、勘違いしてもらいたくはないのだが、話し合いの席に着くための呼び出しと捉えてもらって構わない。手荒な真似を……、というより、できることなら穏便に済ませたい。我々としても踏破者を相手にしたくもない。それが本心である。大人しくしてくれた方が有難いのだが、……如何か?」


 物腰は柔らかな印象だが、毅然としている。


 しかし、相変わらず、その雰囲気や様子は変わらない。前に立ったその人含め、俺達を取り囲む者達は、依然として臨戦態勢を取っている。それどころか、命を散らす覚悟を決めているだろうことが伺えた。


 そのくせに、その人は返答を待たずして、剣を収めた。


 そして、空いた手を甲冑の隙間に差し込むと、


「……?」


 何かを取り出して、こちらへ書状と同じように見せて来た。


『……っ』


 それは小さな肖像画だった。


 その絵には、その人の家族だろう人達が描かれていた。その人と女性と、10歳ほどの少年と、3歳にも満たないだろう少女が、こちらを向いて微笑んでいた。


 家族がいるから死にたくないという意志表示か、それとも、俺達に家族を思い出させるために取り出したのか、はたまた、脅しのために取り出したのだろうか。


 その人が、どういった意図で絵を見せたのかは分からないが、絵を見る前と後では俺達の部隊周辺に漂う空気感が変わってしまっていた。


 本気で抵抗するつもりだった者はいなかったと思うが、場合によって現状を切り抜けるための想像を働かせていただろう者達にとっても、その絵は効果覿面だった。


 俺自身、絵を見せられたことで、ふっと身体の力が抜けたような気もした。ズルいとも思えやしない有効的な手段だった。


「……助かるよ」


 取り込まれるか、取り出されるか、それとも取り込むか。 


 俺は話し合いの席を設けると言われたはいいが、この先どうなってしまうのだろうなどと考えながら、武装解除の要請に応じることにした。


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