第137話


『ぐっ、……ふぅー……、……上は、どうなってるんだろうな』

「うむ。もうそろそろ見えてくる頃だろうよ。……こちらもな」

『あ゛ぁー……苦しい。……ちょっと休憩! ふはぁーあ……』


 黒牢の床は冷たくて心地良い。仰向けに身を投げ出して飲むスポーツドリングもまた格別だ。まるで身体をすり抜けて落ちていっているかのように身体に染み渡っていく。


「……ふむ。……なかなか、良いかも知れぬ」


 どうやらグインツの武具開発も上手くいっているらしい。横になって眺めていても、何をしているかなんてのは、俺には分からないが見ているだけでも面白い。


「見よ! ホバーボードの完成である!」

『おぉ! 遂にっ、完成したんだっ?!』


 立ち上がったグインツが、上半身を隠すほどの大きさの、オーバル型の真っ黒い盾を基に作り上げた魔道具の完成品を掲げて胸を張る。それを見る俺の胸には感慨深いものが込み上げていた。


『凄い! 天才! カッコいい!』

「で、あろう! で、あろうっ!」


 グインツはこの数日間、ずっと、魔槍と魔剣の融合を義務付けられてしまった俺に付き合い、魔力回復の手助けをしてくれつつ、道具も設備も満足にいかぬ黒牢の中で開発に勤しんでいた。


 そうして、ようやく、苦労に苦労を重ねた結果、新たな魔道具が完成したのだ。それを見ていただけの俺でも嬉しいに決まっている。グインツが跳ねて喜ぶ気持ちが痛いくらいに分かる。


 しかし、どうだろう。実際に使えるものになったのだろうか。


 ベヒモスからのドロップ品ではあるが、盾としては軽すぎて使い物にならなかったものに、出力機関が4つと、足を掛けるところなどの部品を取り付けて、改良したものらしいが、


「ここを踏んッ――あッ、べぇへッ?!」


 新たに完成した魔道具ホバーボードに乗ったグインツは、その勢いに身体が付いていかず、まるでスケートボードに初めて乗った人のように後ろにズッコケた。


『ッ、――アブなッ?!』


 主を失い、出力も収まったはずのホバーボードが、壁や床に当たって跳ね返って暴れまわる。


『あっ、……ぁあ、……良かった』


 しかし、それも積み上げた物資に突っ込んでくれたお陰で、大きな被害を出すことなく収まってくれたようだ。


「……しゅ、出力は、問題なさそうで、……あるな?」


 大盾は風魔法を動力として用いていると言っていたが、出力も何も、暴れ馬過ぎて、作った当人でさえ乗りこなせそうには見えない。


『……ドン、マイ』

「まぁ、よかろう」

『え? 使うの?』

「我は無理だがの」

『……あ、あぁ!』


 つまり、自分では使えそうには無いが、レオンなら使いこなしてしまうだろうと言うことだ。確かにレオンの特性であれば癖があろうが何だろうが使えてしまう。その言葉を聞いて、俺は納得した。


「ちょうど昔、背中に盾をしょっておったし、……の?」

『あぁ、うん。そだね。レオンならバッチリだと思うよ』

「ふむぅ。やはり、元の研究を進めるしかないのである」

『そ、そうだね。きっと出来るよ。あっちのが似合うし』

「そう思うであるか! 我もそう思っておったのである」


 あからさまに残念そうにしていたグインツだったが、俺がそう言えばすぐに立ち直ってしまったようだ。そして、思い直したらすぐに別の魔道具の研究に勤しむために、魔法の袋からパーツやら何やらを取り出していた。


「お、そう言えば、追加の連絡はまだ来ておらぬのか?」

『あー、教会の人たちも不当だってことで、頑張ってくれてるけど、まだ掛かるみたいだね。……1週間? ……は、経ったから、もうそろそろだと思うんだけど』


 後続部隊の皆が無事とは言え、グインツも心配しているようだ。いつも一緒にいるというのに、ヴァイスさんに伝わる連絡を、俺が聞かされていないかの質問をされることが増えたように思う。


「いくら何でもやり過ぎである。人にも会えず連絡も取らせずなんてのは、の?」

『一応、反逆罪の咎人として拘束されちゃってるからなぁ。……攻略したいだけなのに。……まぁ、教会の調べでは、敢えて尋問に時間を掛けて、妨害する意図しか無いらしいし、万が一にも命に関わるようなことは無い、はず、だから、……さ?』


 あまり深く考えてストレスを溜めるのも良くないだろう、と言ったふうにグインツを見る。しかし、グインツは気に食わない様子で鼻を鳴らして不満気にした。


『……次のエリアに入ったらさ? 俺たちもランカー入りできるかもよ? 現英雄に名を連ねることにさ? そしたら、英雄様って呼ばれちゃうかも知んないー……』

「……ふむ。それも、そうであるな。……アンダーに戻ったら、ゲート広場で名乗りでもあげるのである。……英雄王! グッイーンツ! キャストーウィッテェ!」

『王は流石に付けちゃマズイよ。それこそまた反逆罪の濡れ衣とか、愚弄したとか何とか言って不敬罪に問われるかも知んないし、英雄グイーンツ、くらいにしとこ』

「ふむー。そうであるなー。英雄、グイーンツ。ふむー。で、あるなぁー」


 どうやら気が紛れてくれたようだ。それにしてものんきな会話だ。ここに押し込められるようになってから、こんな会話が増えたように思う。


 ダンジョン内では珍しく、久しぶりに感じることも少なくなってしまったが、そう出来ているのは皆のお陰だ。リラックス出来る時間があると言うのは有難い。


 初めは心配したが、新たに信徒部隊の人達が加わってくれたお陰もある。流石、教会を守る役目を担っている人達なだけあって、かなりの手練ればかりだ。


 今でも黒牢の外ではボスエリア近くを目指して、信徒部隊含め、皆が頑張ってくれているはずだが、進捗の方はどうだろうか。


『……っし、夜飯までには終わらせてやるぞ、っと!』


 魔槍に魔剣を与えるための意気込みと同時、勢いをつけて起き上がると、後ろの扉が開く音が聞こえた。


『……んん、え? あれ、後ろ?』

「エン。予定地点に“着いた”わよ」

『えっ?! マジ?! もう?!』

「ほー、では、設営で、あるか?」

「そう。“こっちに”来てくれる?」


 それだけ伝えるとカノンは扉を放った。両扉が開かれた先を見れば、野営地の形をした洞穴に繋がっていた。


『……何事も順調ってことか』


 カノンの様子からしても、こちらの方を見る部隊の皆の表情からしても、不測の事態に陥ったせいではないことが伺える。


 もとより大怪我を負う者が出るか、死人が出るかすれば、黒牢の扉が開かれる手はずになっているから、そんな事態が起こった可能性は考えにくいとは思っていたのだが、しかし、あまりにも早い進行に驚いてしまった。


「おう! ゲッソリしてんね隊長さんよ? こちとら不備なしだぜ!」


 俺が扉を抜けるとすぐに、報告する事が無いほど順調だったという声が上がった。それは昨日も、一昨日も、似たようなものであったが、今日は皆の表情に達成感の様なものが浮かんでいた。


『……了解。ありがとう。……それにしても凄いな。先週の頑張りがあって皆、成長したにしても、早すぎない? 俺、まだ……終わってー……ないんだけど……』

「でしたら、野営地の設備を整える間、貴方様は集中してくださいませね?」


 その声に振り返ってみれば、ヴァイスさんが残りの魔剣を持ってこちらへとやって来ていた。


『ハイ。ありがとうございます。もちろん。そのつもりです』

「でも、あまり大きいのは残ってはいないようですね?」

『ハイ。グインツのお陰もあって、小さいのが5本だけです』

「頑張ってくださったのですね? 私、嬉しく思います」

『イエ。とんでもないです。皆が協力してくれたお蔭様です』


 微笑んではいる。だから、大丈夫そう、だ。


「ヴァイス。あまりエンを“イジメないで”頂戴。怯えているわ」

「私は傍仕えとしての責務を果たすためにお願い申し上げているだけですよ?」

「っ、だから、その“傍仕え”ってのを止めなさいな。勝手よ?」


 あ、どうしよう。始まった。また始まってしまった。


「カノンさんの立場を侵すつもりはありません。が、与えられた使命ですので」

「貴方達が勝手に決めたことに、エンを“付き合わせないでよ”」

「オーエンさんが健やかに過ごせるようにお世話することの何がいけないの?」


 恐ろしい。何でこうなる。あれ以来、毎日こうだ。ここ一週間ずっとこれだ。


 訳が分からない内に、ヴァイスさんが傍仕えとしての教会から命じられている、と言い始めてから、何かがオカシクなってしまっている。俺もオカシクなりそうだ。


「あのね? “お世話は”必要ないのよ。ヴァイス?」

「いいえ。必要です。今後アンダーに戻ってからも」

「はぁ? 何言ってるの? “クランも違う”のに?」

「では、≪カノープス≫に加入することに致します」

「ハァ? 何で入ることが“前提に”なってるのよ?」


 マズイ。カノンが腕を組んだ。どうしよう。ダメだ。


 このままじゃもっと恐ろしいことになってしまう。


『……ふ、二人ともっ、――あ、ごめんなさい』


 無理だ。俺にはどうすることも出来ない。


 誰か、助けてほしい。


 お願い、だから。


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