第138話
言い争い。食い違い。互い違い。
ああ言えばこう言う。あべこべ。
白でもなく、黒でもなく、灰色。
カノンとヴァイスさんとの口喧嘩とも言えぬ話し合いは、最後にはいつもカノンが呆れて終わる。それもそうだろう。至極当然のことを言ってもヴァイスさんを相手にすれば話にならないのだから。
『……カノン? ごめんね。ありがとう。……チョコ、食べる?』
「ううん。要らない。今、食べたら、“胸焼けしそう”だもの……」
『そっか。……それに、もうちょっとしたら、……ご飯だしね?』
空気を吸いに外にも出れないのだから、息が詰まるような感覚を味わっているのだろう。黒牢に逃れたカノンを追って来てみたが、俺は邪魔になってしまっているのだろうか。今は一人になりたい気分なのかもしれない。
そうは思うが、俺が不甲斐無いせいでこうなってしまっているんだ。俺がなんとかする必要がある。それは分かっている。でも、どうしたら良いのか分からない。
「……エン? ……“嫌”?」
『ん、え? 何が……嫌?』
「んーん。“なんでもない”」
なんでもない訳がない。カノンが膝を抱えて背を丸めるときは、落ち込んでいるときのサインだ。
『俺がもっと、どうにか出来たら、いいんだけど、……んんー、……ごめんね』
情けないことだ。男としてもリーダーとしても。
「エンは“悪くない”じゃない。……ヴァイスも、理由を話さないけど、命令なんでしょ? そう考えたら仕方ないってのは、私も分かるわよ? ……でも、……ね」
カノンは顔を膝に埋めた。何かを言いたげだったが、それ以上のことを話す素振りを見せない。
『……う、うん? カノン?』
「はぁーあ……“バカみたい”」
『全然、そんなことないよ?』
「……エンが一番っ“バカ”ね」
『うん。俺も、そうだと思う』
「ほら、やっぱり……“バカ”」
顔をあげたカノンは、呆れながらにそう言った。しかし、伏せた時よりもカノンの表情は幾分か明るくなっているように見えた。
「もういいわ。さ、行きましょ?」
先に立ち上がったカノンが、俺へと手を差し伸べた。俺はその手を掴み立ち上がるとカノンは、
「私も、帰ったら“言うことがある”……から」
そう言って、俺の手を離すと、先に黒牢の扉を開けて出て行ってしまった。
『……な、何を、……言われる、んだ?』
俺は、一人立ち尽くしながらも、心当たりのあることを指折り数えた。
しかしながら、あまりにも思いつくもので、何をどう言われるのかを考えるだけで、俺の脈が上がっていった。
それから、しばらくそうしていたが、そうしていても、やるせない気持ちに拍車が掛かってしまうだけだと思い、俺は深く考えることを止めることにした。
そして、皆の元へ行こうと、顔を上げた時だった。
「オーエン様? もう、よろしいですか?」
『あぁ、ヴァイスさん。……はい。もう大丈夫です』
「では、失礼いたします」
ヴァイスさんが半分開いた扉から、顔を覗かせて様子を伺ったかと思えば、今度は内側へと入るや否や、扉を閉めて俺と向き合った。
『……え? なんですか?』
「あの、やはり今の状態はよろしくないと思いまして。……その、私もやり過ぎたと言うか、本当はそんなつもりもなかったのですが、オーエン様が嫌がったとしても、そうしていただく必要がありましたので、何と言いますか、そのー……柄にもない振る舞いを、と言うか、……つまり、私、カノンさんの真似をしちゃってました」
ふふ、と口元を押さえて笑うヴァイスさんが、突然何を言い出したのか、俺にはよく分からなかった。
「ですので、もう真似っ子はやめることにします。もう、成されたことですし」
『……え、えーと、どういうことですか。……傍仕えを止めるってことです?』
「いいえ。お傍には置いていただきますが、振る舞い方は改めるようにします」
『あー、ぇー……俺に言うことを聞かせるためだけに、そうしてたってこと?』
「はい。ですが、雰囲気を乱してしまうので、これ以上は流石にと思いまして」
『……はぁ、なるほど。普通に、行ってくれたら、考えたし、……聞いたのに』
「いいえ? あの様子じゃそうはなりませんでしたでしょ? 分かりますもの」
ヴァイスさんは、またしても、柔和な笑みを浮かべた。付き合いとしては、この部隊でも長い方だし、俺とフェンネルと共に行動することも多かったからか、まるでお見通しと言った風だった。
確かに、詳しい説明もないまま、お願いされていたとして、俺は受け入れることが出来ただろうか。どうだろう。突っぱねてしまっていたかも知れない。だから、ヴァイスさんは、俺に何としても成させるために、そうしたのか。
「……無礼な振る舞い、誠に申し訳ございませんでした」
『あぁ、いえ。……分かりました。頭を上げてください』
「カノンさん含め、皆様にも謝罪致しますのでご安心を」
『分かりました。……そうしてくれると、有難い、です』
ヴァイスさんが元通りになってくれるだけでも、俺としては有難いことだが、これで一件落着してくれるのだろうか。
そう考えれば、俺は俺で、部隊を率いる者としての振る舞いが出来ていなかったとも思う。威厳やら品格やらは、元々、持ち合わせていないことは承知だが、この一件で更に失ってしまった物も、あるようにも思えた。
崩れてしまったのならば、積み重ねるしかない。
『じゃあ、一緒に、謝りに行きましょうか』
「……何故、ですか?」
『不甲斐無いから。それに魔槍のお礼もしないとだし』
「……ふふ、そうですか?」
『うん。お披露目は、明日になるってのも伝えないと』
そうして俺たちは、2人揃って謝罪する為に、黒牢の扉から出ることにした。
黒牢から出ると、皆の視線が集まった。装具の手入れや、食事の仕度をしていた者達の手は止まり、寝転んでいた者が寝返りを打ち、談笑していた者達の笑い声が止まり、と俺たちの様子を伺っているような雰囲気で迎えられた。
俺は、ちょうど視線が集まっているのなら都合が良い、と思いながら、何も取り繕うこともせず、話があるから作業を進めながらでも聞いて欲しい、と言って皆に俺たちの話を聞いてもらうように声を掛けた。
すると、声を掛けるや、皆は、真面目な顔をして集まった。皆が気にしているだろうことは分かっていたが、これほどまでに心配を掛けていたことに、俺はこの時初めて気づかされることとなった。
これじゃリーダー失格だ、と自らを嘲笑ってしまう。これまで上下関係と言うよりは、友達に近いような関係作り、本当の意味で仲間となれるように努めてきたつもりだったのだが、一番分かっていなかったのは、俺だったようだ。
だから、不甲斐ない俺は、皆に頭を下げた。これまでのヴァイスさんとの騒動に関して、リーダーとして真にあるべき姿でなかった、ということを真面目に謝罪した。しかし、真面目に謝罪したはずが、笑い声が起こってしまっていた。
今に始まったことじゃないだとか、いつものことだとか、カノン嬢が増えただけのことだとか、そう言った言葉が聞こえて来た。フェンネルだけは、リーダー変われ、俺がしてやる、などとほざいてやがったが、他の皆は気にしていないようだった。
ヴァイスさんが謝罪も、俺との話がついているならそれでいい、部隊の行く末が変わっちまわない程度の痴話げんかならいい、後でちゃんと説明してくれるのならばいい、と言う言葉が聞こえて来る程度には受け入れてくれていたようだ。
俺、共々、ヴァイスさんも、仲間として、友として、人として、これまで皆と一緒に積み重ねてきた信頼が、まだ崩れていなかったことが分かる謝罪会見となった。横で見ていたカノンも何やら納得してくれていたようだ。
謝罪が済んだ後は、軽く雑談を挟んで、それから、皆に明日の予定を話すことにした。やはり、皆も、魔槍の成長が気になっていたらしい。俺としても、早く変化した魔槍の性能を試して見たく思っていたところだ。
もし、明日、魔槍を試して何も問題が無ければ、明後日はボスエリアに挑むことになるだろう。
姿形は変わりないが、黒から白へと成長した魔槍の変化が、進化と言えるのかは、その時初めて知ることになるかもしれない。
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