第136話


 洞穴の端、俺たちが協議していた場所の真反対にいたヴァイスさんに声を掛けた。


 そして、厚意を受け入れることと、部隊参加の採決が取れたことを伝えた。


 すると、そのことを聞いた信徒達は、大いに喜んでくれたようだった。


『……んん、……まぁ、……いい、か』

「まだ何か気になることでもございますか?」

『いや、……あ、そうだ。なんで魔剣なんですか? 魔槍の餌は鉱石で十分なのに』

「魔剣の糧は魔剣が一番だからです。古くから伝わっているのは、血や魔石、鉱石などと共に、複数の魔剣を壺に入れて数年寝かせると、真に強き魔剣だけが残るとされているのですよ」


 そう語るヴァイスさんは何も悪びれた様子もない。その製法というのは、俺でも知っている蟲毒の呪法と似たものだった。


「本来は数年掛かるとされている製法ですが、オーエンさ、……ん、なら、あっという間に終えてしまうと思ったので、この魔剣を使う方法を選んだのです」


 その理屈は、俺にも分かる。強くなる必要があって、効率よく武器強化が出来るとすれば、これ以上の手はないのだろう。しかしながら、俺は、この話を聞いてしまってから、この方法には手を出してはいけない気になってしまっていた。


『……俺は、以前に言ったと思いますが、魔剣には、意思があると感じています』

「分かっております。ですが、この魔剣も、魔槍も、望んでおいでだと思います」

『何ッ、で、そう、言い切れるんですか? 声が聞こえるとでも言うんですか?』

「その為に生まれたからです。女神様のお……これ以上は、控えることにします」

『ッ……また、それか。なら、俺にだけでも話して……くれ、ないん……ですね』

「申し訳ございません。不測の事態を招く恐れがございますのでまだ言えません」


 やっぱり変だ。何もかもが、オカシイ。ヴァイスさんも、信徒達も、オカシイ。


 罰でも何でも受けるし、必要であればこの身でさえも捧げると言ったような態度、その全てを受け入れるというような気持ちの悪さが鼻につく。


 そのくせ、譲歩の余地さえを見せない。疑われることも恐れずにいるばかりか、必ず分かってくれる時が来ると言うような確信が見え隠れしているのも変に思える。


 何故、魔剣に意思があるとも思っていなかった人達が、そう望んでいるのだと軽はずみに言えるんだ。何にも分かっちゃいない。絶対にオカシイ。


 二つの意思が掛け合わさるのか、弱肉強食なのか、それすらも分からないのに、そんな風に簡単に言ってしまえる神経が分からない。


 もし本当に意思があるのなら、それは死と同義のはずだろう。


『……やっぱり、出来な――』

「――なりませんッ! なんとしても、して頂きます!」

『……嫌だッ! 魔剣がッ、魔槍がッ、可哀想だろうがッ!』

「はぁ、……何をおっしゃるやら。その気持ちは貴方様のものでしょう? 分かるのですか? これらの気持ちが? 分からないはずです。でしたら、聞けばよろしいのでは? 本当にそう思っているのなら、試して見ればよろしいのではないですか?」


 これまで物静かだったはずのヴァイスさんが態度を変えてそう言うと、足元の魔剣を拾い上げ、こちらへと持ち手を向けて差し出した。そして、


「ッ、……貴方様は、甘いっ! 優し過ぎるのです! いいですか? この場の誰が持つ武器よりも、その魔槍は劣っているのです! ミスリル以下の切れ味で! 魔鋼鉄よりも軽い武器で! この先やっていけないと言うのが分かりませんかッ?」


 突然、水から湯へと変わったかのような剣幕で物申しながら、少しずつ、少しずつ、ずい、ずい、と近づいて来る。俺は魔槍のことを否定された怒りから、その考えは間違っているというふうに反論しようと口を開こうとしたのだが、しかし、


「口を閉じて! お黙りなさい! この際です。言わせてもらいます。貴方様の魔法があるからこれまでやってこれたのですよ? それは貴方も分かっていることでしょう。魔槍が優れているからではありません! 貴方の魔法があるからこそ、魔槍を武器として扱えているのです! 周りを見なさい! すぐに刃こぼれするわ、力を加え過ぎたら曲がるわの、代物にっ、命を預けている探検者がおりますかっ!?」


 気がつけば、壁が背中についていた。怒涛の物言いに気圧されたせいもあるが、魔剣の柄頭が口元へと押し付けれていたせいでもある。


 一方的にこう言われているが、俺だって何かを言い返したいとは思う。それについて考えてはいるが、しかし、俺はヴァイスさんの言うことに、反論の余地を見出せそうに無かった。


「つべこべ言わずに、なさい! それが貴方の命と皆の命を守るための手段となるのです! そうでしょうカノンさん?! 見ている方が心配になることでしょう?! 死を嘆いている貴方の、過敏になる気持ちも分かりますが、魔剣にはその優しさは無用なのです! 魔剣の本懐は別のところにあるのです! 分かりましたか?!」


 このやり取りを心配して傍に寄ってきていたはずの、ヴァイスさんの肩へ置こうとしていたカノンの手が下がった。俺が視線で助けを求めようにも、ヴァイスさんの言葉を聞いたカノンは、目を伏せるように下を向いてしまった。


 カノンの奥、皆の方へと目を向けても、殺意無きこのやり取りに割って入って来てくれる者は居そうになかった。しかし、一先ず、この状況を――


「――どこを! 見ているのですか! ちゃんとこちらを見て! 聞きなさい!」


 何故、いつの間に、どうして、立場が逆転してしまっているんだ。


「言葉も話せぬ魔剣や魔槍の気持ちが分かるのなら、私共の気持ちもきっと推し量ってくれることでしょうね? それともなんですか? このうるさい喉が邪魔ですか? 言葉が無い方がよろしいのなら、喉を裂いて御覧に入れましょうか? そうすれば分かってくださいますか? どうなのですか?! はっきりっ、……言いなさい!」


 やっぱりオカシイ。そうまでして、何がどうしても、俺にそうさせる気なのだろう。しかし、そう考えて見ても、言っていることは間違っていないと思えてしまう。


 俺がここまでやってこれたのは魔槍のお陰だ。しかし、この先の事を考えれば、魔槍の強化が必要なのは間違いない。これまで費やせるだけ費やしてはいたものの、それにも限度があり、注ぎ込めはしていなかった。


 それだから、硬い甲殻を持つモンスターは不得手としているままだし、欠ける度、折れる度、曲がる度、何度も【バック】を掛けて凌いできた。それが無ければ、もしかしたら……。


『っ……分かりました。……試してみます。……でも、魔剣と魔槍が望まなかった場合は、別の方法を考えさせてほしいです。……それで、いいー……で、す、よね?』


 顔色を見つつ、恐る恐る、伺いながら、そう伝えるとヴァイスさんは、


「はい。結構です」


 いつもみたく、お淑やかな、微笑みの表情を見せた。そうして、自らの首元に沿わせていた魔剣の一本を手渡して来た。


『……あ、はい、この子から……ですか。……じゃあ、もしどちらかが嫌だったらしなくていいからな。……意思を尊重する。強くなるための犠牲は不必要だ。……いいな? ……よし、じゃあ、やります。……んん゛、【ネクスト】――ン゛ッ?!』


 思わず声が出た。鳩尾に穴が空くような、横隔膜が無理矢理押し上げられてしまったかのような、そんな不快感が身体を貫いたからだ。


「ふふ、そうでしょう?」


 ヴァイスさんを見ると口元に手を当てて勝ち誇ったように笑っていた。


 ヴァイスさんは俺の顔を見て、魔剣と魔槍の選択に俺が驚いたものだと思っていたようだが、しかし、それは間違いだ。いや、確かに選んだことにも驚きはある。だが、俺が愕然と膝まづくかのようにしてしまっているのは、ただ単純に持っていかれた魔力があまりにも大きかったからだ。


「次は、まとめて参りましょう」

『……いや、ちょっと、待って』

「この上まだ何かありますか?」

『違う。魔力消費がデカ過ぎる』

「物は、少ないはずでしょう?」

『多分、時間が、掛かるせいだ』


 魔剣を両手に抱えたままのヴァイスさんは、俺が嘘を言って拒んでいないかを見極めているようだった。


『せめて、一本ずつ。……あと、悪い。グインツの助けが無きゃ、この量だと、一ヵ月は先延ばしになるかも知れない。……あっても、どれ位掛かるか分かったもんじゃない。……これは、マジで、言ってる。……嘘じゃないから、また相談させてくれ』


 また進行を先延ばしにする羽目になる。そう思い至ったから、真顔で見るヴァイスさんへと真剣に伝えた。


「……とりあえず、これを吸収してくださいませ」

『分かった。分かったから……ッ、っ、はぁ……』

「まだ、いけますでしょう? 次は、こちらのを」

『……く、っぐ、……っはぁ、はぁ、はぁ、っく』

「ちょっとヴァイス! 本当に“苦しそう”だわ!」


 たった3本。小ぶりの物を3本吸収させただけで、喉から込み上げてくる不快感に襲われた。この一瞬で、残された魔力は残り三割を切ってしまったはずだ。急激な魔力放出による反動が返ってきている。


 その俺の様子を見たカノンが、見兼ねた様子でヴァイスさんとの間に割って入ってくれたところで、ようやくヴァイスさんも俺が嘘を吐いていないと信じてくれたようだ。


「脂汗……どうやら、本当のようですね。……グインツさんよろしいでしょうか?」

「……う、うむ。……オーエンよ、今、楽に。……お、恐ろしいのであるな友よ?」

「なんですかグインツさん? あまり、良く聞こえませんでしたけれど、なんと?」

「ぃいやいや、苦しいのであるかぁー? と、囁いただけであるよ、な? 友よ?」

『う、うん。……でも、これ、思った以上に、キツイ。……だから、相談させてよ』


 休憩が必要となったからこそ、今度は全員で、この部隊の予定を改めなおす必要があった。それに≪カプノス≫や後続部隊の事の話も聞く必要があるだろう。


 後はヴァイスさんのこの豹変ぶりについても、色々と、話す必要があるはずだ。


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