第135話
後一日、待って欲しい。
そうヴァイスさんが言い出したのが切っ掛けだった。
理由を聞けば、援軍がもう間もなく駆けつけてくれるから、と言った。
ヴァイスさんは密かに通信石で教会との連絡を取っていたようだ。教会との連絡を取っていること自体は周知の事実ではあったが、俺にも部隊の皆にも内緒にして何かしらの計画を進めているとは聞かされていなかった。
詳しい事情の説明は、援軍が到着した時に話してくれるらしいのだが、掻い摘んで言えば、≪カプノス≫や後続部隊が遅れることになりそうだから、ということが原因でもあるようだ。
それと、気になったのは、貴方にとっても部隊にとっても必要なものが運ばれてくる、とヴァイスさんが言ったその言葉だろうか。
何が運ばれてくるかを聞いてみても濁されてしまった。俺や部隊に必要な物は戦力である援軍くらいしか思いつかなかった。補給品等々も必要であるが、今現状で言えば、なんとかやりくりしているし、すぐに必要になるとも思えなかった。
待つか待たざるかを決めるための協議は念のために行った。しかしながら、裏切りの可能性が低い女神教徒からの申し出だ。それに必要であれば拘束されることも、犠牲を払うことも厭わない、とまでの覚悟を見せられたならば許さざるを得なかった。
後一日、いや、予定では半日以内には辿り着くはずだろう、と聞かされた。
だから、俺たちは待つことにした。
そして、
「女神教司教ミード直轄信徒、以下30名。攻略部隊参加、及び、物資輸送の命によって馳せ参じました。我ら、信徒は、今この時よりオーエン殿のご意向に従うことと共に、貴方様への忠誠をお誓い致します」
ヴァイスさんが呼び寄せた信徒30名は、俺たちが巣籠していた穴倉に到着するや否や、掌を地面に首を垂れ、押し当て跪き、そう、言った。
俺は跪く信徒を前にして、一体全体何が起こっているのかが、理解できなかった。
この女神教司教ミード直轄信徒、慈愛の女神エイルを頂点とする組織の、最高幹部である司教の直属部隊であるということも、会ったばかりの俺に対して、主として付き従うというようなことを言ったことも、だ。
何がどうして。そう俺は怪訝に思い、ヴァイスさんを見ると、
「説明を」
一歩前へ、顔を伏せたままの信徒近付くと、微笑みもせずにそう命じた。
「はっ。ヴァイス様より……」
そうして語られたのは、女神様の望み、悲願のため、人類の、といったことを除けば、攻略する必要があるから付き従うといったものだった。
ヴァイスさんからは、身分を隠していたことと、それにまだ隠し事があることを言われた。しかし、この場では全てを詳らかにすることは出来ないらしい。
また、アンダーに戻った時に如何なる罰でも受け入れるから今だけは見逃して欲しい、と頼まれる奇妙な展開になってしまった。
一つだけ分かったのは、ヴァイスさんは女神教の助祭であるビアーという人のご息女で、女神教の
それだから、様という敬称が付けられているみたいだ。
信徒を引き連れて来た部隊長とヴァイスさんから、そう説明があった。
俺はその説明を聞いている間、ヴァイスさんが命じたもう一つの必要になる物と言っていた物資輸送の指令は何なのだろうかと考えていた。そうしていると、
「……依頼した供物を、ここに……」
「ご命令通り、各家々から集め――」
「――慎みなさい。出すだけで結構」
「はっ。失礼致しました。では……」
信徒部隊の隊長が指示すると、後ろから担ぎ袋を背負った信徒が一人前へと出て来た。そして、袋をひっくり返すようにして中身を取り出した。
がちゃがら、かんきん、こんからかん。
魔法の担ぎ袋から、ぶちまけられたものは、短剣や剣などの武器だった。それが何本も何本も甲高い音を響かせながら、小山みたく積み上げられていった。
武器にしては小ぶりな物ばかり。中には長剣ほどの物もあったがミスリルなどの鉱物で造られたものでもないようで、武器としてはイマイチなもののように思えた。
『……これ、は?』
これがどう必要になるのか。それを問うためにヴァイスさんへと投げかけてみた。
すると、ヴァイスさんは掌を武器の小山へ差し向けて、
「これら全て、魔剣でございます」
と、微笑みながら、そう言った。
『――魔剣ッ?! これ全部が?! 何十本もあるじゃないですか?!』
「はい。勝手ながら集めさせて頂きました。お納めて頂きたく存じます」
『……納め、……ッ、……なるほど。……これが必要なものってことか』
ヴァイスさんが見つめる先には、俺の魔槍があった。つまり、これら全ての魔剣を魔槍の餌として納めろ、ということを言っているらしい。
『ダガーサイズでも、それなりの価値があるらしいじゃないですか。そんな高価な物の数々を……、それに、家宝や家の象ちょう……と、……あぁ、だからか、だから、慎めと言ったのか……』
先ほどの、針を刺すような、ヴァイスさんの口振りの意味を理解してしまった。
恐らくこれは信徒達が持ち寄ったものなのだろう。だからヴァイスさんは余計な事を言う必要は無いと釘を刺したのだ。俺が嫌がるだろうことを察して。
『……大事な物のはず。それを――』
「――喜んで、献上された物です」
『でも、嫌々差し出した人もい――』
「――おりません。たった一人も」
『なんで、そうやって言い切れる?』
「命令ではなく協力を募りました」
凛とした表情で言い切ったヴァイスさんは、訝しむ俺の表情を見るや、埒が明かぬと見かねたのか、収集方法にも言及した。
その話は嘘か真実か、俺たちの部隊が苦戦している現状を報告し、必要になるだろうから要請したと言ったところから始まり、議会が開かれ、協力者を募り、奪った物や無理矢理捧げさせた物でもなく、ただ単純に集められた物だと言う説明だった。
俺は話を聞き終えても、尚、地面に膝をつき、掌を押し当て、頭を下げたままの信徒達を見て、その話が本当かどうかが信じられないでいた。すると、信徒の一人が、何やら話しても良いか、という許しを求めて来た。
俺が良いと答えると、その信徒は、嘘偽りなく真っ当な手段で集められたものであると申し開き、そうして、周りの者らも、何としてもお納めいただきたいなどと言うことを口々に言い始めた。
その信徒らの様子が、俺にはオカシク思えた。俺を見る眼差しも、言葉遣いも、敬い方さえも、何か違うような気がした。何故だろう。何故、貴方様なんて呼ぶのだろうか。それに、貴方様の為にならば、なんて言葉を使うのだろうか。
「今は理解する必要はございません。私共を、信じてくださいませ」
『……なん、……これも、今、言えなくて、戻ってからってこと?』
「左様でございます。訳あっての事、説明も難しいのでございます」
『……んん、……うん。……分かった。でも、ごめん、相談したい』
俺は何をするにも、部隊の皆の意見を求めるようにしていた。
信徒達には適当に寛いでもらうように言ってから、≪オーエンズパーティ≫≪エルフェン≫≪ボンカース≫≪トロイメライ≫で集まって話し合う。
魔剣については、もらえるもんはもらえだとか、武器強化になるなら良い話だとか、それについて異議は出なかった。カノンからも嘘を吐いている様子も、反応もなかったと言われた。
時間に関しても、俺が魔剣を吸収するまでの時間くらいなら、そう時間も掛からないだろうし、そもそも予定もズレにズレて待っている現状であるから、ということで反対する者も居なかった。
時間があるのならば、鍛錬を重ねたり、学んだり、休んだり、することは何だってあるということらしい。
今後、援軍に駆けつけてくれた信徒の部隊を、合わせて進むことの協議については、これまでヴァイスさん含め、部隊員としての信徒達と培って来た信頼や絆がものを言ったように思う。
『うん、分かった。……ヴァイスさん。お待たせしました』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます