第134話
『……い、き、てる……か?』
薄暗い洞窟のようなところで寝かされていた。誰かの笑い声に呼び覚まされたようだ。焚火を囲んでいる背中が揺れている。
恐らく俺が生きているということは無事にベヒモスを打倒したのだろう、とボヤけた頭で考え出したからこそ、俺はその質問を投げかけた。
俺は、その楽し気な笑い声が聞こえていることに、幾ばくかの安心感を持っていたのだが、しかし、
「……重症5人と、……チャッカ、チェルシー、ハーネスの3人が、死んじまった」
俺が一番聞きたくなかった報せが、そこに居た部隊の一人から返ってきてしまった。
覚悟していたとは言え、俺はその返答に対して、何と答えれば良いか分からず、起き上がりはしたものの、ただ俯くことしか出来なかった。
それから、ベヒモスとの戦いの詳細を、誰が死んで、誰が生きているのかの報告を聞いている時に、俺は誰の責任で、誰が悪いのかばかりを考えていた。
責められることがなかったのも、辛く、堪えた。
いっそのこと俺の強く当たってくれた方が良いとさえ思えたのだが、誰もそうしてはくれず、悪くないだとか、精一杯やった上での結果だとか、そういった励ましの言葉ばかりを掛けられた。
不甲斐無いとは思うな。そう言われもした。
運が悪くイレギュラーが起こっただけのこと、だそうだ。三日間、意識を失っていた俺意外の皆が皆、その事実だけを受け入れることにしているようだった。俺が寝ている間にも、皆は先を見るようにしたらしい。
それが違和感の正体だった。
手向けの言葉を送っていないのは、俺だけだった。既に葬儀も執り行われたようで、氷の棺桶に横たわる仲間が、黒牢の一角で安置されていた。俺は仲間の遺体を前にして、なんと言葉を発せばいいか、分からなかった。
謝罪の言葉すらも、口にはさせてもらえなかった。
ただ悲しかった。死の重みに押しつぶされそうになった。しかし、それでも、泣くのことは、俺には許されないような気がした。だから、唇を噛み締めて我慢した。言葉も、涙も、自傷行為も、許されない俺は、我慢することしか出来なかった。
責任を取りたくても取れない。代わりになるものなんて無かった。ただ能天気に、死んでしまった者が見たいと願った世界を代わりに見てくるという風にも誓えなかった。言葉を掛けるにしても、何と言えばいいか、随分と迷った。
今まで、ありがとう。そして、さようなら。
間違っているのかも知れない。正しくないのかも知れない。だけども、その想いを伝えることしかできなった。迷いに迷った挙句、安らかな眠りを祈ることもせずに、俺はその言葉を手向けのものとして選んだ。
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それから、1週間。
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俺は、立ち直れずにいた。
忘れることも、気楽に考えることも出来なかった。いつどこで何が起こって、誰が死んでしまうのだろうと恐れてしまっていた。部隊再編、計画の見直し、何をしている時も考えていた。
崖にあけた穴で、巣籠を続けていても、恐れがなくなることはなかった。
俺が留まることを選んだのは、恐れからであることは間違いない。しかし、恐れに背を向けている訳ではなかった。ダンジョンにいる限り、何をどうしても、死は常に身近に寄り添うものだと理解しているからだ。
これは呪いなのだろうか。ただ生活するだけでは物足りないんだ。
死人が出てしまっても、ダンジョンの魅力に惑わされてしまっているからか、誰一人として引き返そうと言い出す者は居なかった。そればかりか、誰に問うたとて、目指す先は変わらず同じだった。
行先は同じだ。上か死か、その二つしかない。
恐ろしくともダンジョンからは離れられない。死を想う傍らで上へと視線を向けてしまうほどに、頭から足先に至るまでどっぷり浸かってしまっている。それが、この部隊全員の共通認識だった。
決断までの猶予である一週間を、その意思確認のために費やした。
何度、問おうとも同じだ。帰るにしてもベヒモスとの戦いで崩落させたトンネルを通る必要がある。トンネルを通らなくても帰れはするが、かなり遠回りになってしまうから、再構築されるまでの間、見定めるための、留まるための理由にした。
結局のところ、全てを乗り越えるしかないらしい。
俺は、俺たちは、もっと強くなる必要があると意識を改めた。ただ通り抜けるだけならば問題ないと思っていたからこそ、死人を出してしまう事態となった。イレギュラーが起こったとしても、乗り越えられるだけの力を得る必要があった。
恐怖と向き合い、進むための力を。
命の為ならば、もう隠す必要もないだろう。怪我を癒し、≪カプノス≫からの連絡を待ち、予定を立てて、また上を目指すべく鍛錬を積みつつ、生きる為の糧を得る。その間に現代人が知る知識と、魔法の知識を掛け合わせたものを広めることにした。
不必要な死をこれ以上出さぬために。
個の集合体が部隊である。個を失えば、部隊は変わってしまうのだ。あの時の、あの頃の、部隊では居られなくなった。変わることを強制されたのではなく、もう変わってしまっているのだ。
変化を受け入れるしかない。
変わることを受け入れ、さらに変えることにした。≪オーエンズパーティ≫と女神教徒のメンバーを分けて、≪エルフェン≫≪ボンカース≫≪トロイメライ≫の各パーティに組み込み、部隊を3分割にして、強くなることを求めた。
大いなる力に飲み込まれないように。
狩りと座学と訓練。新たに編成した3パーティのルーティンだ。皆、必死に残された時間に追われるかのように、毎日毎日、ボロボロになって、唸り声を上げ、汗水たらして、頑張ってくれていた。
名ばかりの限界に甘んじることなく。
このエリアで取り組む必要があった。安全でないと知っているからこそだ。そうでなければ、限界を押し上げられないと思ったからだ。俺たちは辛く厳しい環境の中で苦しさを共有した。
立ち直れはしない。でも、立ち向かうしかなかった。
背を押されるのを待つだけじゃなく、前へ一歩、自らの足で踏み出す力を付けるために、皆、この一週間、本気だった。多少の無茶は何のその、大怪我しても治るなら良し、指の一本くらい失ったとしても、まるで動じないほどに本気だった。
カノン、レオン、ココ、グインツ、ウィーツ、それにヨウもだ。
ヨウは毎日毎回、巣穴でガスっ欠になるまでギィ達を呼び出していた。巣穴に籠ったヨウは食った飯を吐きながら、寝るというより意識を飛ばして、呼び出した数十からなるギィ達の部隊は3パーティとは別に、日夜絶え間なく狩りを続けさせていた。
ココはわざと上空から呼び寄せた大量のモンスターに大魔法を放ち、魔力が尽きれば気を失わせていた。ウィーツはそんなココの真似をして同じように倒れ込んでしまうことが多かったようだ。
グインツは魔力供給だけでは成長たり得ないとし、自らも魔道具片手に暴れまわっていた。長い通路をうまく利用して誘き寄せたモンスターの群れに自慢の魔法を放って一網打尽に、戻って来てからは魔法教育に勤しみ、目の下の隈を濃くしていた。
レオンは駆け回り、肉体を酷使し、鍛錬を積み、研鑽し続けていた。そうしながらも、人間とモンスターの肉体の仕組み、関節など弱点部位、有効な攻撃方法に手段、技と知識を部隊の皆に授けてくれていた。
カノンは変わってしまった。中衛組の重要な役割を担っているのにも関わらず、前衛へと飛び出すようになってしまった。何を言おうとも、何を聞こうとも、両方熟すと言って、聞く耳を持たなくなってしまった。
俺はそんな皆を見て、部隊の皆を見て、誰よりも頑張らなければならないと思った。日に日に増える傷跡や生傷を見て喜べなくなった今では、それが俺の義務であるのだと感じていた。
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