第131話


「ココ! 【ウィンターズゲート】開門である!」


 これから何が始まるのかと見ていれば、作戦立案者であるグインツがココへ向かって指示を飛ばした。その指示のもと、ココは左右に両手を開いた。すると、厚みのある重々しい扉の中央が割れ、ゆっくりと向こう側に扉が開いていく。


 軋んだ音を響かせながら、扉が開くにつれて、視界も開いていく。そして、扉は大きな音を立てて門の左右側の隙間を埋めた。扉が開け放たれたことによって、これでヤツと部隊に隔たりは無くなった。


 壁も無く、直線状に大きな空間が繋がったのはいいが、扉が開いたことによる変化は無かった。いや、門自体、開いた事以外の変化は無い。しかしながら、まだ扉が壁にぶつかった揺れも収まらぬうちにも、皆は行動に移っていた。


「――てぇッーぃ!」


 グインツのその魔法を放てという合図を皮切りに皆が一斉に魔法を放った。


 どれもこれも至って普通の、普段と変わらない魔法だ。大魔法でも上位魔法でも無く、魔力消費を抑えた小規模単体向けの下級魔法の数々だ。それに水に土属性の魔法ばかりが横切って行く。


 正直、これで本当に大丈夫なのかと思ってしまった。しかし、横切っていく魔法を見送った矢先、愕きの変化を目の当たりにした。


『――ぉえッ?!』


 その変化に俺は目を疑った。子供でも放てるような水や土の下級魔法が、氷の門を抜けただけで氷属性の魔法へと変化したからだ。水玉に、土塊や石礫が一瞬にして凍り付いてしまった。


 しかも、それはただの氷への変化でもないようだ。魔法はいとも簡単にモンスターの元へ辿り着く前に重力反重力によって、叩き落されるか打ち上げられるか、してしまっていたのだが、驚きつつも行方を見守っていれば、壁面に衝突したところから氷結を広めているようだった。


 そう、俺がただの防壁だと思っていた巨大な門は氷属性付与魔法だったらしい。


『……なるほど。……合点がいった』


 魔法を放っている部隊の他に、防御を担っている部隊、さらに後方では決め手となる筈の魔法を準備している部隊がいることの理由が分かった気がした。


 そう、思い至って見れば、配置された面子的にもそういうことだろうという確信も得ることが出来た。そして俺に求められているであろうことも、作戦を聞かずとも理解出来た。


「オ――」

『任せて! あれは俺が止める!』


 グインツが言うよりも前に行動に移す。俺が今しなくてはいけないことは誰よりも早く攻撃を防御することだ。既に天井から剥がれ落ちたヤツは苦し紛れに魔法を打ち出して来ている。


 その中でも危険な攻撃を見極めて【ポーズ】で一時的に止めるのが俺の役割だ。速度は遅いが途轍もない力で周辺の物を引き寄せてしまう重力の玉に、重力によって圧縮した岩塊を無重力化して高速度にて打ち出す攻撃を止める必要がある。


 一度、止めさえすれば誰かしらが対処してくれる。もし【ポーズ】が解けてしまっても、もう一度止めてしまえば済む話だ。俺ならばその時間を稼ぐことが出来る。そう、グインツは考えているのではないだろうかと俺は考えた。


「うむ! 流石、我が盟友である! シュォー……」

『スッー……でも、あの轍をつけるような、攻撃だけは無理そうだ!』

「ここまでは届かぬはずであるよ! それに門も修復されるのである!」


 グインツの分析の通り、その攻撃だけは門の手前側で途絶えている。それに俺を狙った時、以来、打ってくる様子も気配も無いから、つまりはグインツの分析通りで、言う通りなのだろう。


「見よ! あ奴も呼吸している! つまりはッ! シュォー……無重力フィールド内でも活動は出来るというとこである! であるから、不利ではあるが近接――」

「グインツ! 今、“余計な事”は、言わないでちょうだい!」

「シュ、シュー……すまぬのである」


 恐らくカノンは、俺がそれを聞けば、そうしてしまうと思ったのだろう。だから、危険なことをしないようにグインツに釘を刺したのだ。そして同時に、俺にもだ。


 しかし、それは別として、ヤツの両方の鼻の穴から白息を吐き出しているという状態を見れば、酸素を取り込んでいることが分かる。そしてそれは、グインツの言う通り、俺達近接組でも近づいて戦うことが出来ることの証明にもなるのだろう。


 もし、辺り一帯、宇宙空間と同じような状況を作り出せるとしたら、相当に厄介だっただろう。近接組は手出しが出来ないどころか、空間にはいるだけで、肺から空気が抜け出し、身体中の水分が沸騰し始め、膨張を感じる間もなく、意識を失って死んでしまうだろう。


 ともあれ、そんなことをして無事なのであれば、初めから遠距離合戦など行う筈も無いはずだ。自らを含む、辺り一帯を宇宙空間化させて突っ込むだけで、アドバンテージが取れるからな。


 つまり、ヤツもそれ程便利な耐性持ちではないということだ。呼吸する必要があり、血が通っているのならば、自らを含む一帯を宇宙空間化はさせられない。ということは、宇宙空間化できる範囲は限定的のはず。


 そう考えれば、ウエストさんと戦う方が恐ろしく思える。


「中心に来たのである!」


 グインツは、こうしたかったのか。その声色からも好機到来という様子が受け取れる。ヤツがトンネルの中心付近に来るように仕向けたのだろう。氷魔法で直接ダメージを与えることが目的では無かったらしい。


 ヤツ周辺の壁は、手前から奥側まで氷漬けになっていた。それを嫌がってだろうが、ヤツはトンネルの中心付近の空間を上へ下へと、重力魔法を駆使して防壁と回避に専念しているようだった。


 首や背骨、腰の関節の可動域が広いのか、前足と後ろ脚が上向きと下向きになったりして、ぐちゃぐちゃに絞られているようにも見える。それから分かることは、恐らく、体勢や移動方向を、あの健脚で変えているから、なのだろう。


 それはそうと、グインツの次なる手は、どういったものなのだろうか。


「シュォー……皆の者! ゲートの正面から離れるのである!」


 次なる手を予想していると、突然、離れるようにとの声が掛かった。門を通して攻撃をしていた最中、それを止めてまでして、左右の門の陰に隠れるようにということだった。


 グインツを一瞥してみれば俺も同様らしい。ならば、攻撃の気配が無さそうなタイミング、皆が離れてから飛び退くことにした。


 そして、飛び退きがてら、先ほどから何やら騒がしくしていた後方を見ると、そこには大きな水球が浮かんでいたことに気付いた。

 

 プール一杯分であれば、優に満たせるだろう程の水球。一目見れば、数人がかりで生み出したものだということが分かるくらいの大きさだった。更にはその後方に≪エルフェン≫他、風魔法を得意とする者等が集っているのが見えた。


『……ぉぃぉぃ、……すげぇな』


 グインツの作戦を予想していたが、それは俺の想像以上のものだった。流石、派手好きのグインツといったところか。しかし、それが分かった今、まさに打って付けだとも思えた。


「ッてぇー!」


 グインツが腕を前に振り下ろすと、水球が激しく渦巻いた。


 そして、風魔法で押し込まれるようにして、水流が門の方へと一直線に飛んだ。


『――ッ?!』


 その光景は凄まじいものだった。半透明の氷門を通して見ても分かる程に。


 水流は門を通った瞬間、凍結した。それが次から次へと、後ろから前へと押し込まれていった。水から氷の変化によって質量が増えたことで体積も増える。だから、大きく膨らんだ水流は、一本の大きな槍、いや、ささくれだった杭のような形状に変化した。


 それは、城門を打ち破るが如き、氷の破城槌のようだ。いや、この場合で言えばトンネルの奥に吸い込まれていく地下鉄の特急電車の方が近いか。


 なんにせよ、暴風吹き荒れる嵐のような風で押し込まれたからだろう、その速度も途轍もないものとなっていた。勢い良く地面を滑りながら進む杭の地響きが身体を伝う。そして、次の間には、それ以上の衝撃がトンネル全体を震わせた。


『……ゥぉ、ぉぉあ!? だ、大丈夫コレ?!』


 思わず杭が滑り行った先ではなく、上を見上げてしまう程の衝撃だった。崩落の危険性を鑑みているのだろうが、それであっても恐ろしく思える程の威力。だから、トンネルの先のモンスターの事などは考えはせず、崩落の心配の方を優先してしまった。


「問題無いのである! それよりも、前を見よ! シュォー!」


 崩落の不安を余所にグインツは嬉々として前を指さしていた。その指さす先を天井と交互に覗いて見れば、先の方に、氷の杭とトンネル上部に挟まった氷漬けの馬の足が見えた。


『……やったよな? ……スー……』

「うむ。この目で捉えた故、間違いないのである」

『ぉお……、まぁ、そりゃそうだよな』

「なんだぁーあよ? 鎖でつないだってのに出番なしかよ」

「シュォー……ココ、魔法を解除して欲しいのである」

「シュ……あ、ハイ。分かりましタ。……解除っ。しま――ァひぃいー!?」

『ベヒモスの声だ。近くなってる。スー……さっきの揺れで怒らせたか?』

「……向かって来てる。けど、このまま行けば、私達の方が“早い”わ」

『なら、皆、急ごう! 一先ずは、トンネルを抜けよう』


 勝利の喜びも束の間、ベヒモスの咆哮によって掻き消されてしまった。


 しかしながら、危機感はあれど切羽詰まる程でもなかった。むしろ、どちらかと言えば安心感のほうが勝っていた。


 上位種であろう馬型モンスターと出くわした時に焦りはしたが、それも終わってみれば予想以上に早い決着となったからだ。


 後少し行けば、もう地上へと出られる。そしたら少し先の曲がり角へ入り、また少し行ってから安全に予定地を目指すことが出来るはずだ。


 まだ日が落ちるには早いが、休憩を十分に取ってから、進行を続けるかどうかを決めることにしよう。俺はそんなことを考えながら、地上の光を求めて駆けていた。


『出口!』


 俺達の部隊は何事も無く、新たなモンスターと出会うことも無く、出口まで辿り着けた。誰が見ても分かるというのに、その喜びからか、思わず声を上げてしまった。


『……霧が薄い。それに瘴気も無さそうだ』


 傾斜を一目散に駆けあがり、そして周辺の状況を確認してみれば、このエリアでは珍しい見通しの良い景色が広がっていた。次の曲がり角も、崖際に生えた草花も、普段では見られないようなものまでも視界に入った。


『よし。進もうか』


 そう部隊の皆に伝え、振り返って見れば、カノンの視線の先が上空を見ていた。そして驚いたような表情でカノンが何やら伝えようとしていた。


 その時だった。俺の背後、俺がさっきまで見ていた出口の先の方から、鈍い音が聞こえた。俺はその音に驚き、慌てながらも急いで振り返って見れば、視界の上から下へと落ちる物体が見えた。


 しかも、それが一つや二つだけでは無かった。続けざまにあちらこちらに落ちて来ていた。その奇妙な物体は地面にぶつかると黄色や緑色の液体を撒き散らした。そして、今さっきまでは何も無かったはずの景色があっという間にも変貌してしまった。


 上空から落下した謎の黒い塊。その軌道を辿ってみれば、ついさっきまで見ていた姿が浮かんでいた。それは葦毛の馬型モンスターだった。それが何体も。


 謎の物体が落ちたことで出来ただろう幾つもの霧の穴から、葦毛馬の群れがこちら覗くように、俺達の部隊を上空から見下ろしていた。





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