第130話


 先の天井で、上下逆さまになったままの、芦毛あしげの馬型モンスターは、気味の悪い見た目とそれを印象付ける無数の目を奇妙に動かしていた。そのモンスターが得意とする魔法は重力魔法だった。


 それはウエストさんが得意とする魔法だ。更には土魔法を起点とする戦術も同じだった。俺はそうと分かった時、ウエストさんに手合わせをしてもらっていて良かったと心底思った。


 身の回りに重力反転させたフィールドを作りだして足場を無くせば、近接しか攻撃手段を用いない者を容易に狩れる。さらに、力の弱い物なら加重させるだけで拘束も容易いとウエストさんは言っていた。


 それに、ただの初級の土魔法でも、重力魔法と合わせることで効果を何倍にも押し上げられるとも言っていた。飛ばすだけでも、打ち上げたり落とすだけでも、スパイク状の棘を生やしたりしてもいい。


 だからだろう。同系統であるヤツが、今まさに行っていることがそれだ。距離を保ちながら重力魔法を用いて回避や防御を行い、適当に遠距離攻撃で牽制して、フィールドを整え、その内部で戦おうとしている。


 カノンの不調。それもヤツのせいだ。音が聞こえないのではなく、遮断されていた。ヤツに取ってしてみればそのつもりもなかったのだろうが、恐らくは、先の衝撃と振動はフィールド内部から外側に伝導したものだろう。


 ともなれば、相性の良し悪しが露骨に出る。カノンの魔法も無重力で打ち消されるだろうし、風魔法も同じだ。雷と火は元より使えない。水、氷、土、光、闇のどれか。その内でも、攻撃力に期待できる魔法を有している者は少ない。


 近接が飛び込めば好き勝手されてしまう。せめて移動手段や防御手段を有していなければ何もさせてはもらえないだろう。部隊として戦うには狭すぎるが、トンネルとして見ればかなり広いのが厄介だ。


 実体を作り出す物や形を変える魔法を持っていたとしても、利用されるか邪魔になる可能性もあるから、下手に使用するのは控えた方がいいだろう。我武者羅な戦力投入も同じだろう。ならば、


『――双刃の陣!』


 俺は考えを巡らせた結果、双刃の陣形への転換指示を出すことにした。


 ハの字を逆にしたような鶴翼の陣の変形型。二振りの短刀の刃を模した陣形だ。本来は、前衛のすぐ後ろ側に後衛を配置し、持ち手部分に補助要員を置く。そして、右と左が交互に前方へと詰め寄る為の陣ではある。


『スーッ、前衛を内側に配置! 中後衛の配置はグインツに任せる! スッー、宇宙空間での戦闘を想定して、陣形の再編成と作戦の立案をしてくれ!』


 この状況下では前へとは進めない。だから、刃を内側に向ける。そしてそうした意図を汲み取ってくれるだろうグインツなら、適切な人員配置を先端から順に並べてくれるはずだと期待したから、俺はそう伝えた。


 俺が指示を出すと、部隊はすぐに行動に移る。慌しくも疎らに散り、そして新たな陣形が形成されていく。しかし、そうしている合間にも。前方からは馬型モンスターによる攻撃が飛んできている。


 だが、岩塊程度の、姿形がはっきりしているものであれば、俺一人でも十分に対処できた。視界にさえ捉えてしまえば動きは止められる。ともあれ、それも【ポーズ】で止めただけのこと。所詮は時間稼ぎにしかならない。


 奥の方から玉つきのように岩塊と岩塊がぶつかれば、止まっていた物が再び動き出してしまう。だが、それもまとめて停止させる。あまりに増え過ぎるとことではあるが、陣形再編成までの一時しのぎが出来れば良かった。


『配置に着いた者から、岩塊を打ち落とせ!』


 そう言葉を発してから少し経つと、次第に俺の頭の上を魔法の光が通り過ぎていき、そして目の前の岩塊を打ち砕いていく。砕け散る岩塊から察するに硬度もそれなりのようだ。


 決して硬すぎることは無い、ということが分かった。だとすると、魔力はそれほど込められていない。つまりは、飛ばしたり、操る方に魔力を割いているのだろう。飛んできているもののほとんどが再構成されることも注力されていることもない様子。


 大小さまざまな大きさ、礫混じりの岩塊はトンネルの壁や床、天井から狩り得たものだ。遠距離高攻撃力のスナイパータイプであれば、こうも簡単には打ち砕けないはずだ。フィールド展開型であるところからして見ても引き込むタイプ。


 これは間違いないと思っていいだろう。あの場所から詰めもせず、今も尚距離を隔てていることからも断定できる。だが、そうだとしても見極める必要がある。もしそれで高攻撃力の一撃を持たぬのならば遠距離合戦で絞め括ってしまいたい。


 時間は掛かるだろうがそれが安全だろう。時間は惜しいが先のことのもしもの心配よりも今を優先しよう。そうと決めたのならば、その為の準備を進めよう。フィールド展開型が嫌がることをすればいい。まずは、壁からだな。


『前方に胸壁きょうへき展開! 遠距離戦に切り替える!』


 俺は戦争映画でよく見る土嚢を積み上げた位の、胸の高さ程度の壁を土魔法で張るようにと指示を出してから、壁が立つまでは最前線で待つことにした。


 そして、しばらく【ポーズ】での牽制を続けていると、不意に前の視界が歪んだかのように見えた。いや、かのようにではなく、確かに見えたのだ。魔力が満ちた浮力空間が間違いなく歪んでいた。


 それは新たなる攻撃の一手だった。下に引き寄せられる力、重力を何倍にも増幅させた攻撃だ。俺とヤツとを繋ぐ直線状に、轍のような道ができ、それが迫って来ているのが見えた。


 その現象を認識することは出来たが、さすがに【ポーズ】では止められそうにはなかった。しかし、そうだとしても、気付いてから身体を傾けるのに少し、そして、完全に避け切るのにも十分な余裕があった。


『後方注意!』


 後ろへの警戒を促しつつ避ける。そして、通った後の道をちらりと辿って見たが、誰にも攻撃は当たっていないようだった。それと、射程範囲はそれほど長くはないようだということが知れた。


 俺としては十分に注意を払っていれば避けられる攻撃だ。攻撃性能を高めるために加重する範囲を狭くしたことも、余裕をもって避けられる一因になるだろう。だが、もし身体の上を通れば、どうなることか。


 最悪の場合、車輪が轢過するかのように押し潰されて、分断されてしまうかも知れない。良くても、通過した部分が骨ごと落ち窪み、地面へと押しつけられること必至だろう。だとすれば、あの攻撃だけは受けてはならないような気がする。


『全員、縦に並ぶと危険だ! それと、完全に視線は塞がないように!』


 独自の解釈ではあるが、いち早く、分析をしたことを伝える。それだけで死傷率が減らせるというのならば、思考力のフル回転位の労力は安いものだ。


 皆が余計なことを考えずに済むように、頭を空っぽにして直感だけで楽に戦える環境を作り出せることこそが望ましい。


 それを目指すのが俺の仕事だ。そうすれば皆が最上のポテンシャルを発揮できるはずだ。前の事にだけ集中して、得意とすることを十分な力で発揮してくれればいい。


「オーエン! 整ったのである! そっち側へ!」

『ナイス! なら、次は……攻撃だな!』


 グインツからの報告を受け、俺は陣形転換から僅か十秒そこらで整えたことに感心しながらも、後方の胸壁の内側まで下がることにした。


 そして、これまでは防戦に徹していたが、ここからは魔法合戦になるだろうと考えながら、俺は胸壁の内側へ飛び込んだ。


 すると、胸壁の内側、≪トロイメライ≫のパーティが控えている場所の、その足元を見れば、鎖が幾つか小分けに置かれているのが見えた。それを見た俺は、そこにいた、したり顔のウェリントンと目を見合わせる。


「へへっ、どーよ? いざとなったら、いつでも出んぜ」


 ウェリントンが鎖を遊ばせながら自慢げに言う。当人は前衛タイプで、あまり遠距離攻撃を得意とはしておらず、さらには雷魔法しか使えないと言っていたはずなのだが、まるでここが俺の出番だと言わんばかりの様子だった。


「シハー……向こうにゃ負けてらんねーからよぉ?」


 グインツ達の方を一瞥したウェリントンは、パイプで煙草を吸う見たく風晶石を唇の端で噛みながら頬を吊り上げた。彼の後ろを見れば、遠距離攻撃をあまり得意としない者や、火や風の魔法を得意とする者達が集まっていた。


 遠距離合戦に加われずとも、もしもの場合にはそれ等を用いて一泡吹かせてやろうということなのだろう。流石にこの場所で鎖に電気を通すことは流石にしないだろうが、しかし、釘を刺しておくべきか。そう思っていると、


「問題ねーよ。これもの作戦だからよ」


 表情を読み取ったか、心配性の俺の性格を理解して察してくれたか、いつもやるみたく雷魔法は使わないというようにウェリントンが言った。そうしてウェリントンは遊ばせていた鎖の片側を部隊メンバーへと放り投げた。


 その片側を受け取った部隊メンバーは腰のベルトに鎖を繋いだ。


『スッーなるほど。そういうことならもしもの時には任せるね』

「シハーッ、出番が在るか分かんねぇけど、任しときなぁよ!」

『うん。……スッー……グインツ! いつでもいいよ!』


 実際何をするかは聞かされていないが、向こう側に控えるグインツに任せておけば間違いないだろう。先ほど目を合わせた時に力強く頷いていたことからも自信を察し得られた。俺はそう思い、端を発した。


「うむ! 作戦行動開始である!」


 グインツの合図にあわせて魔法が放たれた。しかし、俺の想像していた光景とは違った。俺はてっきり魔法攻撃を一斉に浴びせかけるのかと思っていたが、グインツの考えた作戦はどうやら違うようだ。


 攻撃の初手がココである点は俺と同じだったが、何故この魔法を選択したのだろうか。見ていればその内にも、この氷魔法を選んだ理由が分かるはずだが、それにしても攻撃魔法とは思えない見た目だ。


 それが上位の魔法であるだろうことは分かる。しかし、何故真っ直ぐにヤツ目掛けて飛んで行かないのだろうか。その氷魔法が発動してすぐ、前方の地面が凍り付いた。そして、凍り付いた地面から二本の氷の柱は上へと伸びた。


 【ポーズ】で防御補助をしている合間に様子を眺めていれば、その氷の柱はトンネルの天井付近で直角に折れ曲がり、柱同士が繋がって四角い枠となった。そして、枠の内側に氷の膜が張られた。


『……氷の、……門? スゥー……防御魔法か?』


 俺は発動し終えた後の魔法を見てみても、何を始めようとするのか理解出来なかった。既に視界のほとんどが大きな氷の門で占められている。そのお陰もあってヤツからの攻撃もその門によって阻まれている。


 が、しかし、地面以外の上と左右の三方向は隙間が空いている。ヤツからの攻撃を防ぐための人員を配置してはいるようではあるが、このまま耐え忍ぶつもりだろうか。早くせねば後ろから、ベヒモスがやって来ると言うのに、どういうことだろう。


 グインツを見ても、焦っている様子もない。つまり、現状上手くいっているはずだ。攻撃人員となる者等も今か今かとその時を待っている。さらにはそれ以外の人員も何やら後ろの方でも魔法の用意を始めている。


 だから、これで問題無い、ということなのだろう。











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