第127話
裏切者でさえも貴重な戦力の内の一人。
そう告げてからというものの、部隊メンバーからは俺を見る目が少しばかり変化したように思う。ダンジョン狂いのレッテルは元より張り付けられていたのだが、今回の一件で周知の事実となってしまった。
まさか俺も、身内から病的だとか、思っていたよりも重症だったとか、そう言った言葉を聞くことになるとは思いもしなかったが、なにはともあれ、詰まるところオーエンらしいで済ませてくれたのは有難かった。
もしそうなって無ければ、裏切者が見つかるまではこの場から動けぬ状態になっていたかも知れなかった。裏切者と言っても敵ではない。そのことを説いて回ったのも意味があり、功を奏したのかも知れない。
敵対勢力同士、後ろ盾があるのはどちらも同じ。それに今の状況だと、どちらかと言えば裏切者の方が分が悪いだろう。俺達の誰かに害をなそうとすれば簡単に捕まえられる状況だし、殺しをすれば只の犯罪者に堕ちる。
そうなれば、法の裁きを受けられたとしても、後ろ盾からも見放される可能性も高いだろう。ましてや、ダンジョンから連れ帰ってもらえるかどうかも定かではなくなる状況で、裏切者だろうとそんな馬鹿な選択は取らないはずだ。
俺が軽く利用させてもらうと言えたのは、そういった理由からだ。その安心感が無いのであれば、今回のような提案をするはずもない。リーダーを任せられた時もそうだが、誰よりも死を恐れているのは俺自身だからだ。
命が掛かっている状態で、危険を冒すことを承知で、明日をも知れぬ環境だということを理解している。そんなものは承知していて当然だろう。俺含め全員が探検者としての覚悟はしているはずだ。その前提条件が、俺達にはある。
しかし、そうであったとしても俺は死を目の当たりにしたく無い。出来ることならば無い方がいい。それが無理な願いだということも知っているが、なるべく、出来るだけ、どうにかして、免れたいと考えている。
我儘で身勝手で自分本位。叶うのならば、初めの犠牲者は俺で在りたいとさえ思う。それまでは誰も死んでほしくないし、死なせたくもない。そういった考えも少なからずはあったんだろうな。
「……また、“考え事”?」
『ン? うん、まぁ、ちょっと……再確認してた』
「そ、もう部隊の準備は“済んだ”わよ」
顔を上げ、見渡せば、俺の目の前には部隊の面々が立ち並び、列を成していた。
少し思い耽ってしまい過ぎたか。そんなことをふと思いながら立ち上がる間にも、昨日、怪我を負った仲間の姿が目に入った。どうやら調子も悪くなく、元気そうにしている。
今朝の様子でも問題はないと分かってはいたが、こうして気合に満ちた面構えで立ってくれているのと、寝そべった状態で血の染みた包帯、瘡蓋に覆われた腕、桃色の傷跡を見せられた状態ではまるで違って見える。
ポーションと回復魔法様様だ。
『んん゛っ。えー、今日は当初の予定通り、次の野営地まで進む! あーそれと、まだオーバー駐留地に滞在している≪カプノス≫のメンバーから連絡はなかった。……まぁその内あるよ。多分。無くても戻ればいいだけだから気にし過ぎないように!』
今日の出立前の挨拶は、隣で笑う人が居なくて静かだ。俺が真面目にしようとも、この異様で可笑しな光景を見れば馬鹿にする気が無くとも笑ってしまうと、いつもウエストさんが言っていたっけ。
出来ることならば、規律正しく威厳ある雰囲気の、以前見た兵団の幹部が行っていた挨拶のようにしたいし、多少憧れもするが、なんにせよ俺の背が一番低いのだからこうするしか仕方ないと俺は受け入れている。
だから、いずれは、で、いいんだ。まだ子供の成りした俺をこうしてリーダーとして認めてくれているだけでも有難いことだし、先人の真似して肩ひじ張らずに挨拶をするように心掛けることの方に気を回したい。
だから、俺らしくでいい。見栄えを良くする為だけの台は要らない。そんなもの無くてもいい。そもそも俺の方から皆の顔を見て話したいと言ったから、こうしてくれている訳だし、これでいいんだ。
記念撮影をするみたいに背の低い順に並んで、前列は座ったまま、その後ろは片膝をついて、更に中列は中腰で、後列は立って、そうして皆が俺の挨拶を聞いてくれる。これが俺達部隊の形式だ。
『……ってことで、安全第一で、次のポイントを目指す。 以上!』
俺としては締め括りも上手くいったように思う。返ってきた力強い声がその証明だろう。
そうして出立前の挨拶を終えてから入り口に向かう。振り返り見れば隊列は向きを変えていた。俺はこの光景を見る度に、この部隊の先頭に立てることを俺は誇らしく思う。本当に、着いて来てくれる皆があってこその光景だ。
そう思えば尚の事、驕りが過ぎるかも知れないけれど、誰も死なせるわけにはいかないという思いに駆られる。その為にも誰よりも頑張らなければならない。今日の夜もまた上手い飯を皆と共に食う為に。
『……よっし、じゃあ行く――』
「おい! 目ん玉ついてんのかよ! 手ぇ上げてるだろーが!」
『もぉ、なんだよフェンネル。小便なら早く済まして来いよな』
「ちげーよ! 見えてただろ! それなのに無視しやがって!」
折角、気持ちを整えたのに。いざ、行かんとしたところで、またいつものだ。
『あーあー、分かった分かった。……で、なんだよ』
「オーエン隊長! 俺も、前衛に加えてください!」
『……駄目だって言ってるんじゃん。アブねーもん』
「危なくないです! ちゃんと言うこと聞けます!」
今日は、真面目に見せる手か。見れば髪まで撫でつけてやがる。
『お前は後衛と≪エルフェン≫の要だろ?』
「……そ、……それは、そう、だけど……」
『みーんな頼りにしてるんだからさ、な?』
「……ぐ、今日だけ! 今日だけだから!」
いつもならこれで済むのに、今日は食い下がるか。なら、
『アン姉ちゃん見てみろよ? 心配だってよ』
「……大丈夫だって! ホントにホントに!」
『違う。お前が傍に居ないと不安って意味!』
「そうね。不安で心配。傍に居て欲しいわよ」
「……ぇ、……ぐ、分かっ、た。……う、ん」
良し。これで良い。身内に甘いのはヤツも同じだ。これで今日一日はうるさく言われることがないはずだ。
「――次! でも、次は前に行かせてくれ!」
『今度な? 新しい陣形を試すにしても今じゃない方がいいだろ』
「そうやって先延ばしにするつもりだろ! 見え見えだ!」
『分かった。約束するから。だから、今遠征中は静かにしててくれ』
「ンンン……言ったな? 嘘ついたら許さないからな! 約束だ!」
思うところあるようだが、なんとか飲み込んでくれたようだ。そうして、フェンネルはもう取り繕うことは止めにしたのか、撫でつけていた髪の毛をくしゃくしゃにした。
「……破ったら、カノンさんに隠してる秘密――」
『――バッ、カ、がよぉッ!? 何言ってくれてんだボケ!?』
「あぁ!? うるせぇ! まだ言ってないだろアホ!」
『言ったも同じことだろうが! ったく、お前はホントに!』
「うるせー! 歳上には敬語使えッ! アホ! バカ! カス!」
『ついこの間16歳になったばっかで、半年しか違わねぇだろ!』
「ハァ!? 歳上には違いないですぅ! 数字も数えらんないのぉー?」
『……テメェ、ふさげやがって……、こっちが大人しくしてやって……ぇ?』
「“隊長さん”もうその辺でいいでしょ? じゃないと出るのが“明日に”なるわよ?」
肩の上に乗った白指が、静かに囁くその声が、血が昇った頭を急激に冷やした。
「フェンネル? “情報をくれて”ありがとう」
「……あ、……はい。……オーエン、……ゴメン、な」
「いいのよ。隠す方が“悪い”んですもの、ね?」
『ハイ。ソウデス。……後で、ちゃんと話します』
「そうね。“皆を待たせてまで”する話じゃないわよね」
『ハイ! イッ、ま、待たせてゴメンナサイ! さ、さっさと行こうか!』
俺の身体は力を入れずとも肩の上の白指によって反転した。早く行けと言わんばかりに。俺はうっかりとやらかしてしまっていたようだ。隊長らしくあれ、皆に迷惑を掛けるな、再三言われて来たことを失念してしまった。
フェンネルが突っかかって来るのは毎度のことだ。精神年齢が貴方の方が大人というのなら貴方が我慢なさいと言われていたんだった。また夜に反省会が開かれるんだろうか。いや、今日の夜は、それどころじゃないか。
部隊の皆はいつも笑って許してくれる。今も後ろで笑ってくれているのが、せめてもの救いだ。けれど、それとこれとは別の話だ。俺がしっかりとしなければならないんだ。
『……じゃ、じゃあ、気を取り直して、……みん、あっ?』
後ろに振り向こうと首を動かしただけで顔を抑えられてしまった。再び、力を込めようとも頬に指が食い込むだけだった。ならば、仕方ない。
『あ、……かへを、どけて、もらっへ、いいでふか?』
横目で、入り口の壁を退けてもらうように頼んだのだが、言葉が伝わっていなかったのか、間が空いてしまった。
しかし、何度か視線だけで壁を見つめていると、ようやく意図が伝わったのか、入り口を塞いでいた目の前の壁が崩れ去った。
『しゃあ、きあい、いれへ! いくじょ! ッおー!!』
そうして、情けない隊長が率いる一団は、ダンジョンの奥を目指して進む。
猛々しい足音を響かせながら。前だけを見て進んで行く。
しばらく、暗いトンネルの中を進むと、下へと降る道に差し掛かった。水の
しかし、耳触りの良い音に反して、その液体は有害である。触れただけでも皮膚が爛れ、気化したものを吸い込めば肺がやられる毒だ。日の当たる場所で見られるモンスターが、このトンネル内に寄り付かぬ原因でもある。
その代わりに、蛍光に光る特殊なモンスターが潜んでいる。明るい光に弱く、暗闇を好む者等の巣窟だ。暗闇を前に光晶石の明かりを掲げ、先を見てみるが、まるで見通しが効かない。
口に当てがった風晶石から噴き出る空気を二、三度、吸って確かめ、そしてまた歩みを進める。汚染された空気が漂うまでは、ゆっくりと静かに。粘り気のあるような、そんな湿った空気を肌に感じながらも、ただ進む。
危険地帯へと足を踏み入れば時間との勝負だ。モンスターとの衝突を考慮して行かねばならない。それに可燃性ガス、気化した毒が漂っている可能性もある。万が一の為にも、常に黒牢の鍵を握りしめて置かなければならないのはその為だ。
俺達の部隊が無事に次のポイントへと辿り着く為には、空気の残量が尽きる前にここを駆け抜けるしかない。
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