第126話


 俺達が野営地に辿り着いてから、早6時間を経過していた。


 何はともあれ、何にするにせよ一先ずは休息を取ることとして、他の部隊がやって来ることを待つことにしたのだが、未だ氷漬けの壁を叩く音は聞こえない。


 穴倉の入り口を、トンネルと同じように氷漬けの壁で塞いでいるから、俺達がこの場所にいることは見れば一目で分かる。つまりは、誰もこの場所まで辿り着いてさえいないということだ。


 不安に思うことはあれど、まさかウエストさん達がやられてしまうことなど無いだろうと、そう俺が高を括っていられるのも、オーバー駐留地に滞在しているはずの≪カプノス≫のメンバーとも連絡が取れていないからだった。


 そんな情報が掴めぬ中で、代わる代わる食事を取り、睡眠を取り、体力と魔力の回復に努めていた。俺達の部隊メンバーの間では不安から来る憶測が飛び回っていた。裏切りやら、事故やら、なにやらと、鬱々としたものばかり。この場にいる誰もが何か事情があったのだろうと前向きに考えられはしなかった。


「……で、どうすんだぃ?」


 長い沈黙を≪ボンカース≫のリーダー、マクラックが破った。


 もうそろそろ答えを出しても頃合いだろうという風な問い方だ。具体的に言えば、戻るか、待つか、どちらかの答えを求めているようだ。


 それまでは、皆が皆、カップの中を覗いたり、薪の炎を眺めたりとしていたが、マクラックが口火を切った途端、各リーダーの視線が俺の方へと寄せられた。いや、リーダーだけでもないか。


 各パーティリーダーの後ろに控えたメンバーも、俺が答えを出すのを待っていた。


 先ほどまで再三、自分はどう思うやら、こうした方が良いやらと互いに言い合い、主張していたメンバーでさえも今は黙って待っている。


 戻るか、待つかの二択にするにしても、待つのなら何日間待つのか、そう言った事を含めて答えを出さねばならないだろう。


 多数決を取るのも良い案だ。優柔不断だとか、頼りにならないだとか、部隊メンバーにそう思われる可能性もあるが、どちらを取ってみても似たような結果になるのであれば、そうするのも良いかも知れないと考えていた。


 しかしながら、この間にも俺はふと思った。そして、先へ進みつつ待つという選択肢が含まれていないことを考えていた。そう思い付いたのなら、抑え込むこと敵わず、己が性分のままに提案して見たくなった。


『……ねぇ? 戻れば事実を知れる。けどさ、もし、後続の部隊が捕縛されてたとしたら、どうだろう?』


 可能性の提示。皆の顔色を伺いつつ、話して見た。カノンが呆れた表情を見せる位は予想できた。まさに、その通りだった。しかし、その他の面々は、


「あぁン? 捕縛だーあ?」

「いや、兵団にっつうんなら……あり得っかもな」

「んだら、俺達も捕まっちまう。……って、ことか?」

『一応ね? その可能性もあるのかなぁー……って?』


 俺の言葉は聞こえただろうか。ざわめきによって掻き消されてしまったようにも思う。軽い気持ちで一石を投じたが、予想以上に波紋が広がってしまった。


「皆さん“落ち着いて”ください! エン! 貴方、何を考えてるのよ!?」


 これは憶測も憶測だ。とは言え、不安を掻き立てるように仕向けてしまったのもまた事実。カノンに咎められても仕方ない。そこは後で叱られるとして、提案するくらいなら取り返しもつくし、それにもし総意となれば罪も軽くなるはずだろう。


『そこで! 提案なんだけど。……先に進みながら待つってのはどうかな?』


 注目を集めるように声を出したつもりだが、皆は再び、顔を見合わせるような素振りを見せた。俺が余計な不安を煽ったせいで、今はそれどころじゃないと言うような雰囲気だ。


『元々、俺達のペースに合わせて付いて来てもらってた訳じゃない? 後続部隊が何事も無かったら追い付くだろうし、行くも帰るも道中のリスクはそれほど変わりないし、だったらボス前の野営予定地で待つのもありなんじゃないかなぁーって、さ?』


 畳み掛けると言うよりは、どちらかと染み入るように意識して語り掛けた。そうする方が自らの答えを導き出してくれる可能性が上がるからだ。俺が押し切ることをしないのは自身が無いからじゃない。自ら考え、自ら選んで欲しいからだった。


『さっき捕縛って言ったけどさ、それは最悪の場合と言うか、そうなっている可能性の話でさ。実際、そうなっていない可能性の方が高いと思うよ。それに兵団が持っていけても多分、尋問する位で済むと思う』


 余計な不安を煽った癖にどの口がそんな言っているんだ。その言葉がどこからか聞こえてきそうだ。俺は話している間に、そんなことを考えながらも、小噺を話すように微笑みながら語り掛ける。


『戻れば俺達もそうなるかも知れない。まぁ、そうなった場合でもやってることは探検と調査だし、知らぬ存ぜぬを通して乗り切れると思うけどね。それでまた俺達のペースに合わせて部隊全体がゆっくり進んでこのエリアを抜けることになる』


 ここまで言えば、察しの良い者は理解してくれたようだ。そして見えた筈だ。俺たち自身の実力不足を補う為に先を目指すという一筋の選択肢が。そうなれば探検者としての矜持がものを言うはず。


 皆、後続部隊が控えてくれているという安心感あれど、安全マージンがあるから此処に居る訳ではないと思っている。ならば、悔しくはないのか、頼りきりで良いのか、と言ったような自らの声が囁き掛けてくるだろう。


 俺はそこに賭けた。俺と同じように思う者達の集いだと信じたからこそ、敢えて不安を煽る様な真似をしてまで、俺が望むことを提案した。一人ならワガママだが、総意ならまた別の物になると考えた上での目論見だ。


 リーダーを任せられている人間がこんな思考で良いのかと思うが、しかし、切り拓く楽しみも知らぬままで済ませたくはないとも思う。俺は此処に来て思った。そして気付いた。誰かの辿った道の上を歩むよりも、まだ見ぬ未知を求めている、と。


 さりとて、それにどう応えるかは皆次第だ。そろそろ反対意見も出そろい、擦り合わせも済んだ頃合いだ。と、なれば、後は皆に任せることにしよう。


『……じゃあ、多数決を取ります! 先に進むのが良いと思う人!』


 俺の声に合わせ、勢いよく手を上げたのは5人だった。自信満々のレオン、探究心が求めるままのグインツ、希望に満ちたフェンネル、微笑んでいるヴァイスさん、それに勝気な性格がそうさせたのか、マクラックが手を上げていた。


 そして、その後から3人、4人とゆっくり手を上げる者達も居る。更に、考えが結論に達したのか、周囲の言葉に同調したのか、2人、3人と次第に上げられる手が増えて行った。


『……13、14、15、……過半数、超えた!』


 それが確かか、もう一度数えている合間にも上がる手は増え、三度数え終わった頃には合計23名が上げていた。俺は喜びの感情のまま、その時点でこれからのことを推し進めてしまっても良いと思った。


 しかし、皆にも言っておかなければならないこともあるから、そうもいかない。いや、先に進むと決まったからこそ、結果的にもこのタイミングで良かったのかも知れない。それを済ませぬ限りは、どちらに決まったとして何も出来ないからだ。


『……と言うことで、先に進むことになったけど、ここで皆に言わなきゃダメなことがある』


 そう切り出した時、皆の表情はまだ何かあるのかといったものへと変化していた。


『これも可能性の話なんだけど、この部隊に裏切者がいるかも知れない』


 裏切者、その言葉を言い放った途端、皆の表情が強張った。しかし、俺は疑心暗鬼を生む前にも言葉を注ぎ足すことを優先した。


『あ、居るって言っても内通者か、もしくは妨害工作員かなって思ってる』

「いやいや、軽く言ってっけどよー。それも立派な裏切者じゃねーかよ?」

『まぁ、そう。だけど、それで済んでるって言った方が良いかも知れない』


 ≪トロイメライ≫リーダー、ウェリントンとの会話で、皆の疑念が疑問に上書きされたようだった。


 出来ることならば要らぬ疑いを持たぬ方が良いのは当然、更には仲違いに発展することの無いようにしたい、というのが俺の思惑でもあるから、このやり取りでそうなってくれたことが有難かった。


 何にせよ。皆から話の続きを求められているのを感じている。具体的に言うべきか、濁して言うべきか、一瞬の迷いが生じはしたが、今更隠しても仕方ないことでもあるし、俺の考えを洗いざらい正直に話すことにした。


 それはつまり、今日起こったの出来事だ。ここ数か月間で一度も無かったイレギュラーな事態。スタンピートでもないはずなのに、次から次へと俺達の部隊の元へと集まったことだ。


 考えられるのは、騒音を発したか、香りを発したか、気流を乱すかのどれか、それとも俺達の知らぬ手段を用いて何かしらの妨害工作が行われた可能性。もしくは、ただの偶然か。そのどれかだ。


 しかし、その妨害工作が近辺で起こった場合、カノンやヴァイスさん、アンゼリカさん達がいて何も気付かない訳がない。それに裏切者が居たとして、自らに危険が及ぶ可能性の高いことを平然と行うだろうか。


 そんなこと出来るわけが無かった。ウエストさんや一軍のメンバーであっても無理だろう。幾ら実力に自信があろうとも、最悪の場合、一人で窮地を切り抜けねばならない。それが50階層そこらの下層であれば可能だろうが、このエリアでするにはリスクが高すぎる。


 その考えから導き出した答えは、俺達の部隊に裏切者が居たとしても、十中八九は内通者だろうというものだった。万が一、妨害工作員が居たとして、妨害をするにしても引き返すようにする程度の妨害に留めるだろうことを言っておいた。


 結局、今日起こったことについては分からないし、今度も発生する可能性があると締め括るしかなかったが、それらの話を事細かに説明し、質問が寄せられる度に付け加えて話した。


「おぅ。いいか? ……話は分かったけどよー。本当に大丈夫なのかよ?」


 裏切者が居ると言う前提で、話を進めて説明したのだが、やはり裏切者が居ると思った状態は不安なのだろう。ウェリントンは心配そうに聞いて来た。


『裏切者が居れば、だけどね。でもまぁ、協力者になって貰えばいいんだ』

「ォんん? 何言ってんだよ? 裏切者が協力する訳ねーだろーがよー?」

『うん。正直、裏切者が完全に俺達の仲間になるなんてことは無いと思う』

「あぁ? それじゃあ駄目じゃねーかよ。裏切者がいる状態じゃあよー?」

『流石に助けが来るかも分からない場所で無茶はしないんじゃないかな?』


 俺はそう言ってから、まだウェリントンを安心させられる明確な答えを出せていないことに気付いた。それにいるかどうかも分からない裏切者にも安心してもらう必要もあることを思い出した。


 裏切者だと名乗り出てくれれば有難いのだが、そんな簡単な話でもない。僅かな疑惑から、裏切者が居ると感じたヴァイスさんでも、前もって話しておいたカノンでさえも、まだその人物を見付けられてないのだから仕方ない。


 背後からの恐怖と、いつ見つかるかも分からない不安。それ等一切合切を一纏めにして解消してしまいたい。それが一時的なものであれど、今の俺達には必要な事だと思ったからこその妥協案であり、進むための解決案でもある。


『裏切り者でもさ、先に引っ張って行けば嫌でも戦力になるしかないじゃん?』


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