第125話


 走れば5分の距離を、またしても30分程、堪えながら進んだ。


 俺は進んでは引き返し、右往左往しながらも魔槍を振り回した。


 部隊は進んでは立ち止まって耐えて、また進んでを繰り返した。


 そうしてやっと、前方に大きなトンネルが見えた。それが見えた時、明るい光など差してもいないのに、視界が開けて見えるかのような冴え冴えしさを感じた。


『――ッ、もうすぐだ!』


 崖と崖を繋ぐ天井が着いたような大穴だ。あそこまで行けば一先ずは、上空からの昆虫型モンスターをいなし易くなる。警戒すべき方向も前後二方向へと定まる。それに野営予定地の近くでもあるから後続部隊との合流の可能性も上がるだろう。


 速く。すぐにでも。死者が出る前に飛び込みたい。そういった気持ちが溢れて来る。戦力としては落ちる一方なのだから、そう思っても仕方ないだろう。もう5名が黒牢の中に入ってしまった。これ以上減れば、部隊を保つことが難しくなる。


『焦るな! これまで通りに着実に進む!』


 焦りも出るだろう。もう、うんざりするほどの数を倒して来たのだから。


『トンネルからは出て来ていない! 前の交差路を抜ければ余裕が出来る!』


 そのはずだ。そう信じたい。それが唯一の兆しである。


『カノン! トンネル内部の確認を!』


 俺はモンスターが居ないことを願いながら叫んだ。これで内部までモンスターで溢れているのであれば絶望的な窮地に追いやられる。それこそ後続部隊を待つしかなくなってしまう。


「……少し、……“時間を”、……頂戴」


 まだ少し遠いからか、それとも騒音のせいか。カノンであれど時間が掛かってしまうようだ。進みたい気持ちで一杯ではあるが、今はこの地点で耐えることにした方が良いだろう。


『少しの間! 交差路のモンスターを受け止めるぞ!』


 部隊の皆の応答の声からも疲労感が伝わってくる。まだかまだかという思いの中、苦労しながらも、ずっと堪えながら進んできたせいだろう。前衛組は体力が、中衛組は魔力が、後衛組は精神力の消耗が激しい。


 それは分かっている。しかし、そうだからと言って、今、この陣形を崩す訳にはいかない。ポジション変更が可能な面子は交代できているようだが、そうでない者は突っ張り続けるしかない。


 尽きれば後ろへと引くしかない。それを補おうとすれば何処かに負担が掛かる。そんなことは皆が皆、分かりきっている話だ。だから苦しくとも、力を抑えつつも騙し騙し、出張り続けてくれている。


 ここが踏ん張りどころだ。俺が、そう自らを鼓舞して、一匹でも多くのモンスターを打ち払うように立ち回るしかない。その思いについて来てくれている仲間もいる。大丈夫だ。乗り越えられる。必ず辿り着くんだ。


『――ッらぁあァ!』


 一心不乱。解けた髪を振り乱しながらモンスターを打ち払う。掠る位の攻撃であれば、そのまま突き返すことを選んだ。際どくとも危うくとも、俺にはそれが出来る。避けている暇があれば一匹でも多く倒して、この場を切り抜けてしまいたかった。


「……内部状況、……“問題無し”」


 ようやく、待ち侘びたカノンの囁き声が俺の耳に届いた。その声を聞いた瞬間、これでやっと終わりが見えたかのような爽快感さえ覚えた。


『行くぞ! 突破する! ついて来てくれ!』


 交差路へと差し掛かる時が勝負だ。俺はそう思いながら、突破口を開く為に群れの中へと突き進んだ。後ろからはレオンとヴァイスさんが追従してくれていた。


 そして、俺達三人が荒らしまわる中、≪ボンカース≫と≪トロイメライ≫の前衛組の数人が加わり、部隊が進むための道を確保した。


『交差路の左右に! 魔法を放つ! 両翼展開の準備を!』


 俺の呼び声にココとウィーツが、それに魔法を得意とする部隊の仲間が反応した。そうして丸い盾の陣形が、尖った菱形のように変化した。


 その僅かな間にも、上空からのモンスターが襲い掛かる。陣形を変え、役割を分担した事で瞬間的な防御力が落ちたせいだ。しかし、その間、カノンと≪エルフェン≫が上空からのモンスターを打ち落としてくれていた。


 部隊の後ろ側にはギィ達の厚い壁が並んでいる。ヨウが足りない部分を補う為に配置してくれている。絶えず引かず、果敢にも攻め続けるているその様子からも見て分かる通り、後ろ側の心配もなさそうだ。


『一息に! 行くぞ!』


 仕掛けるのならば、勢いづいたこのタイミングしかないだろう。そうして部隊全体で押し込むようにして交差路の中央で陣取ることに成功した。そして、


『――放てッ!』


 声を上げた途端、一斉に魔法が放たれた。そして、そのすぐ後、交差路の左側と右側の一面が氷の世界へと変化した。これはココの広範囲殲滅型の氷魔法だ。それをウィーツの再現体と共に放ったのだろう。


 ちらと見れば、そこには霜柱と氷像が立ち並んでいた。再び、見返した時にも、動く物の姿は無かった。霧が凍り付いて舞っているくらいなものだろう。数十を超えるモンスターを一瞬にして氷漬けにしてしまっていた。


『よしッ、よしよしッ! ナイスだッ! 追加分も見えない!』


 これまでは常に、視界の中に何体ものモンスターの姿があった。しかし、魔法を放った後の光景は違っていた。明らかに数が減り、疎らに見えた。後は近場のモンスターを打ち払うだけで良いとさえ思えた。


『……進めッ! 俺だけ後ろ側へ回る!』


 殿を買って出ると言ってから、俺は部隊側面を駆け抜けて最後尾に着いた。


「ギィ! ギギ!」

「ギベベギィー!」

「ギヒー! ヒ!」


 そうして、モンスターに肉薄しているギィ達の間を縫って、部隊から近い所にいるモンスターを一匹ずつ、一匹ずつ、返り討ちにしていく。それから、ギィ達との連携を用いて前に出ては後ろへ下がりを繰り返した。


 急所を一突き、もしくは脚部に傷を入れるなどして、動きを鈍らせるだけで俺が殺し切れずとも、ギィ達が後はやってくれた。そうしている間に、頭の上から影が覆いかぶさっていた。その時になってようやく、俺達が大トンネルの内部に足を踏み入れることが出来たのだと気付いた。


『……入り口をォッ! 塞いでくれェッ!』


 満身創痍寸前だ。声を出すのにも少しの間がいるほどだった。そうと分かっていてもまだやれると思い込むようにしていた。もしここから何が起ころうとも、俺がどうにかしてやるという確証無き自信まで滾らせていたが、しかしながら、限界が近いと言うことは分かっていた。だからだろう。声に感情が乗ってしまっていた。


「【アースウォール】」

「【ウッデンケイジ】」

「【ウォーターベール】!」

「【ロックスゲート】ッ!」


 俺の目の前に、土の壁や木の檻、水の膜、それに岩の大門が現れた。俺の頭の高さを優に超えている。それが横並びになり、重なり合うように高く高く、トンネルの入り口を埋めていく。


「【アイシクルランス】ッ!」

「【フリーズウォール】ッ‼」

「【フリージングエア】ッ!!」


 歪に重なり合った入り口の蓋に氷が覆った。それはそれは堅牢な氷壁だった。俺はその氷壁から発する冷えた空気が肌を撫でた時、膝の力が抜けそうになった。だが、それでも魔槍を支えにして立ち縋った。


『……後少し、だ! 野営地まで、行く、ぞ!』


 絞り出した。もう問題無いだろうと思いたい気持ちだったが、それに甘えることはしなかった。本当なら、直ぐにでも座り込んでしまいたかった。もはや精神力だけで立っているようなものだ。


『……進め! 余裕があるのはッ、今だけかも知れないッ』


 もう少しだ。後その先の角を曲がって少し行けば、野営予定地だ。もうモンスターの姿は見えないのだから、前を行く部隊に着いて行けばいい。息を整えて、普段通りに、毅然とした態度で声を出せ。


「……ふふ、オーエンさんお疲れ様でした」

『ヴァイスさん? 何してるの……まだ終わりじゃないでしょ』


 暗がりの先はまだ何が潜んでいるかも分からない状態だ。それに考えにくいとは言え、今、閉じたばかりの防壁が崩されてしまう可能性だってある。


 それだというのにヴァイスさんは俺の方までやって来ていた。何を思ってそうしているのかは分からないが、なんにせよ微笑んでいられる状況でもないだろう。


 しまいには己が武器である二振りの、鎌のように曲がった形状の、確かカランビットと呼ばれるタイプのナイフまで鞘に納めてしまっていた。


「風を送りましたが、モンスターの気配は無さそうでしたので」

『……そ、そう? でも、まだ、着くまでは、油断できないよ』


 俺の視線から、思考を読んだのだろう。真っ当な理由があってそうしていたようだ。それにもし何かあれば、この人ならすぐにでも戦闘体制に移行できるはずだから、そういった理由もあるのだろう。


 しかし、それが本当であれ、俺はついそのことを認められず、油断できないという言葉を返してしまった。それに、そうでも言わなければ俺の方が、無理矢理に前へと進ませている足が止まってしまいそうだった。


「……それもそうですね。ですが、お隣を歩く位は許してくれますね?」


 そう言って俺の返事を待たずして、ヴァイスさんは隣を歩き出した。そして、歩き出してすぐ、こちらの方へと寄って来た。それも風魔法で空気を乱しながら。


「オーエンさんは死者を出さぬことに拘っているのですね」

『……そりゃあ、ね』

「……ふふ」


 カノンに聞かれることを嫌ったのか。何故、貴重な魔力を用いてまで風魔法を使ったのだろう。マイペースであることは以前より、時折そう感じることはあったが、それにしても危機感が無さ過ぎる。


「もうそろそろ、到着ですね」

『……うん、早く、休みたいよ』

「先ほど頼りにしてくださった時、私、嬉しく思いました」

『あぁ、……そう? ……なら、何で、……隠してるの?』

「ふふ、だって、嫌われますもの。と、思ってましたが、そうでもないのかも?」

『……うん? 強いからって、嫌うことないでしょ。此処に居る人等は、特にさ』


 いまいち会話が噛み合っていないような気がした。普段ならそんなことも無いはずなのに。しかし、それでも、今はそんな些細な事を気にしてはいられなかった。俺は、一言、二言、返すだけで精一杯だった。


『……で、この風の意味は?』

「あぁ、そうでした。つい、要らぬことを話してしまいましたね」


 ヴァイスさんはそう言った後、口に手を当てながら更に隣歩く距離を縮めながら近づいて来た。


「……この部隊に裏切者が居ます」

『……まぁ、うん。……それで、この風か』

「ふふ、やはり気付かれていたようですね」

『……薄々、……でも、……ね』


 俺はそう告げられて、ヴァイスさんに何と言えばいいか分からなかった。俺がまだ希望的観測を捨てきれていないからだろうか。 


「この話も余計でしたでしょうか?」

『いや、……そんなことはないですけど』

「どうしたいか、私は思し召しのままに従います」

『……うん? ありがとう、ございます』


 ヴァイスさんは俺の背中を押してくれているのか、それとも気遣ってくれているのか、そう言ったような様子だった。しかし、何故だろうか。この時ばかりは微笑みは失われていた。


「……あら、カノンさんが呼んでらっしゃいますね」


 途端、足元から巻き上がる風が散った。その時には部隊の皆の姿が野営地となるはずの穴倉のような場所へと消えて行っていた。そして風音が失せた後、俺の耳にようやくカノンの呼び声が届いた。


「エン? やっぱり“どの部隊の姿も無い”わ」


 カノンは、野営地の入り口から半身だけを覗かせて、そう言っていた。



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