第124話


 俺達の隊列は順調に進んでいた。モンスターとの戦闘を幾つか熟しながらも、それでいて滞りは無かったように思う。


 難所と呼ばれているモンスターの巣の近くを通り抜ける時も、十字路の両側からモンスターの群れに挟まれてしまっても、毒ガスの中での戦闘も上手く切り抜けられたと思う。


 順調に進む中、霧も薄くなり、後少しで野営を予定している場所に辿り着くだろうと考えていた矢先の事だった。特殊個体と呼ばれるモンスターに出くわしてしまった。それ自体は何のことは無いはずだったのに、まさかこんなことになるなんて考えが及ばなかった。


 地上生物を呼び寄せる特殊個体が何体も現れたかと思えば、四方八方からモンスターが雪崩れ込んで来た。それに霧の上の空を縄張りとする昆虫型モンスターまでも呼びやがるなんて、考えたところでどうしようも無いだろう。


『中遠組は盾の陣形を保持してくれ! 前衛は突出し過ぎずに凌げ!』


 俺は取り囲まれている状態の部隊の外側を駆け回りながら、モンスターを一匹でも多く倒すように奮闘しつつ指示を飛ばした。今の現状、後続部隊の到着を待つことがこの状況を打開する為の最短ルートになってしまっている。


 中遠組も前衛と更なるモンスターを呼び寄せることが無いように配慮しつつ魔法を使ってくれている。そうしながらも負傷者の保護や防衛を優先して陣形維持に努めてくれていた。


『レオン! 向こう側のデカイのと当たってくれ! こっちは任せろ!』


 緩慢とした感覚の中、直接的な指示を飛ばす時の、ゆるりと話さねばならないひと手間が煩わしい。普段ならカノンに投げっぱなすだけでいいから楽なのだが、この状態では甘えさせてはもらえない。


「任せときッ――しゃあおらぁ! そこッ、どかんかいッ!」

『フェンネル! 風で巻き上げるな! 出来れば切り刻め!』


 今度はフェンネルに向けて、無茶を承知のうえで言い放つ。しかしながら、負けず嫌いのフェンネルならやってくれるだろうと言う判断だ。


「くっそ、オーエン! 好き勝手言うんじゃねー! でもッ、やってやる!!」


 こういった時、役に立つどころか無類のしぶとさを発揮してくれる。命が掛かった時は素直に聞いてくれるから、行動においてまで反発されることもない。そういう風に俺はフェンネルに信頼を置いている。


『――そこの壁! 置きっぱなしは! 邪魔になる! その都度、張ってくれると助かる! 大丈夫だ! 怯えるな! 力を合わせるんだ!』


 四方八方からの攻撃に恐れをなしたのか、はたまた、いっそのこと壁を張ってその場しのぎのゆとりを持たせたいのか、場当たり的な魔法の使用が見え始めたことに焦りを感じていた。


 足元に散らばるモンスターの死骸だけでも邪魔になっているというのに、視界を塞いでしまえば更に状況判断に遅れが出てしまう。それに、まだ上を見れば崖の壁にへばりついたモンスターがいるし、前方に頑丈な土壁を置こうとも効果は薄く、得策では無いだろう。


 地上に降りて来たモンスターは前衛組が、崖の壁や上空のモンスターを中遠組が対処せねば、この状況を打破しきるのは難しいだろうという俺の判断は間違っていないはずだ。後は現状維持が出来ていれば問題ない。


 しかし、それにしても、遅い。どれくらいの時間を掛けただろう。彼是、30分位は戦闘しているように思う。後続の部隊が全滅しているとは考えにくいが、何故だろうか、一向に姿が見えない。


「ヤバババー! 追加きちゃったー!」


 叫び声に振り返ってみれば、ヨウがその方向を指し示していた。


『……なんで、だ』


 俺は、その群れたモンスターが現れた方向に違和感を覚えた。その方向は俺達が進んだ道だった。未だ霧は薄くかかっているにしても、まるで見えない訳でも無い。100メートルくらいならば、朧げに姿を捉えることが出来る。


『……後続部隊は、どうした』


 角から沸いて出たかのように見えるモンスターの群れ。その角の先には遅くとも後続部隊がいるはずだった。もし、近くに要るのならばそちらへと向かう筈なのに、モンスターは真っ直ぐこちらへと向かって来ている。


『ココッ! 追加分を頼む! やってくれ!』


 ココが負傷者に回復魔法を使用しているのは分かっているが、命に別状はないと聞いているから優先させてもらう。これ以上、負傷者の数が増えてしまうのは避けたい。あの群れが合流すれば、死人が出てしまう。


「ハッ、ハイ、氷漬けにしてみまス!」


 効果的な魔法の選別だ。もし殺し切れずとも、足を遅らせることが出来るだろう。それに後続部隊の進行の邪魔にもあまりならないはず。その結果が出るまでの様子を俺は見てはいられないが、ココであれば任せてしまって良いだろう。


『ウィーツ! ≪ボンカース≫のフォローを!』


 ≪ボンカース≫の近くにはレオンが居る。しかし、デカブツをやり切るまでの間にも、押し込まれかけていた。そのレオンが居ない隙間の穴埋めを任せるのならば、この男に任せるのが一番いい。


「オッケー! ついでに、あっちも必要だよねー! 任せてー!」


 やはりウィーツは飄々としているようでマメだ。状況に流されず、的確に要所を見極め、足りぬ部分の戦力を補ってくれている。それに何と言っても、再現体の選択が上手い。まるでパズルのピースを嵌めているかのようだ。


『大丈夫だ! 問題ない! 俺達なら乗り越えられるぞ!』


 一度、膝を折ってしまった者がそのまま尻もちをついてしまわぬように、率先して前向きな声を出し続ける。そうすれば必ず、立ち上がってくれる。これまで厳しい訓練にも耐えて来たから、そう思う。


 現状、誰が見ても戦力が削られていく一方だと言うことは目に見えて分かるはず。それに体力と魔力が減り続けているのを体感しても居るだろう。しかし、そうした中で、気力までも失ってしまえばお終いだ。


『ヨウ! ≪トロイメライ≫が上を狙えるように! ギィを送ってやってくれ!』


 戦況変化が著しい。目の前のモンスターを2、3匹打ち倒して振り返ればもう、盤面整理が必要なほどに入り乱れている。俺の発した声が相手に届くのにも時間を要す。それから動き出すのを待つまでの間、俺は【ポーズ】の壁で時間を作り出して援護に回る。


「りょーかーぃ! みんなー! ごごごーっ!」


 ヨウの足元から呼び寄せられたギィ達が≪トロイメライ≫の元へと駆けて行く。前からの襲撃に苦戦を強いられていた≪トロイメライ≫も、これで気兼ねなく崖上から降ってくるモンスターの対処が出来るようになるはずだ。


『いつまでッ! 沸いてッ! 来るんだよッ! ――ッらぁァ!』


 さりとて、この場所は道幅が広く、大きく立ち回るには動きやすいと言う利点もあるが、しかしながら、それが原因で取り囲まれる原因となってしまっている。狭ければ前と後ろと上空を抑えれば済む話だと言うのに広いが故の苦戦でもあるだろう。


 四方八方をカバーしなければならない分、力が分散してしまっている。現状、突き抜けられるだけの推進力も無い。このままではジリ貧だ。穴を突かれて崩され、そして、瓦解する恐れが高いだろう。


 絶えずモンスターが集う理由も分からない。それに終わりがまるで見えない。魔槍を突けど振るえど、次から次に現れる。モンスターが生み出され続けているのではないかと錯覚してしまう程だ。


『カノン! 索敵状況を!』

「……“同じ”よ……」

『ッ、……仕方ない』


 まだ続く。この状況が。カノンの報告を聞いてそう感じた。俺は自然と舌打ちをしてしまいそうになった。しかし、歯を食いしばって堪えた。嘆いても苛ついても、俺がどう感じようが同じだからだ。


 いや、それよりも、この感情が漏れ出さないようにしたかった。もしパーティの誰かに見られでもしたら不安を煽る要因にもなりかねない。そうすれば辟易とした感情が生まれ、諦めや絶望の匂いが漂うことになる。


 だから、俺は我慢した。俺だけは最後まで希望を持ち続ける必要があるからだ。苦しくとも前を向いて道を切り開く。それが俺に求められることだ。それに、そうしなければ、誰も俺なんかについて来てくれようとはしないだろうからな。


『カノン! 作戦を伝えてくれ! これから俺達は前へ進む! この先の大トンネルまでだ! ゆっくりでも時間を掛けてでも進む! そして後続部隊を待つと!』


 俺は思考の末、自らの勘に頼ることにした。思い付きや直感と言っても過言ではない。だがしかし、考えを改めてみても、やはりそうすべきだと思い至った。


『編成はこのままでいい! 進行方向、地上の敵はッ、俺が引き受ける! 上からのだけ何とかしてくれ! もし危なくなったらヴァイスさん! フォローしてくれ!』


 俺はそれだけ言い置いてから、進行先の方へとモンスターを薙ぎ払いながら進んだ。隙を狙って距離を取っていたモンスターが、一斉に襲い掛かって来たが、何のことは無い。


 超越してからの俺は、身体能力そのものが向上しただけでなく、魔法においても拡張性を得ている。筋力が増したお陰で素早くもなり力強くもなった。魔力を纏えるようになってからは魔法で出来ることも増えた。


 だから、俺一人でも前を行ける。それにヴァイスさんも後ろに控えていることだし、突出したところで問題無いだろうという安心感もある。元よりヴァイスさんの実力が高いことは知っていたが、まだあの人は余裕を残している筈だ。


 恐らくは、この部隊の中でも上から数えた方が早い程の実力を隠し持っている。俺がそう思うのはこれもまた直感ではあるが、いつもちらりと見ればカノンよりも先に目が合うことが多い。それに、どんな状況でさえ俺の様子を気に掛ける余裕がある。


 それが気になっていた。しかし、これまで敢えて触れることはせずにいた。それは要らぬ疑念を抱かせない為だ。でも、俺の直感は間違っていないと囁いている。だから、この状況、今回ばかりは頼りにさせてもらうことにする。


『進行ペースは俺に合わせず! 部隊側で調整してくれればいい!』


 部隊の様子を見る為に、魔槍を振り抜いた後の遠心力を用いて振り返って見れば、少しずつ部隊が前へと進んでいるのが伺えた。皆が協力し合って陣形維持も出来ている様子だった。


 俺は、これならば問題無いだろうと思い、視線を前に戻そうとした時、部隊前方に立ったヴァイスさんと目が合った。いつから視線を送られていたのか分からないが、彼女は静かに微笑んでいた。


 前を向いた後も、俺は、それだけが気になってしまっていた。

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