第94話


 フェンネルの報告により、部隊の進行が止まった。


 俺は【ズーム】を使用し、視界を拡大する。そして、隊列の合間を通すようにフェンネルが指さす方向を見れば、遠方にモンスターとの戦闘中であるパーティの姿が見えた。


『……マーク有り! えー……、ハンマー、を、握った拳!』

「おう、サンキュー。……問題無いな? おーし、進むぞー!」


 どうやら今回も一般クランに所属しているパーティのようだ。警戒を完全に解くことは無いが、近づいてこなければ問題ないという判断だ。そうと分かれば、ヘクト隊長の指示によって、部隊は再び動き出す。


「いやぁー、楽でいいわ」


 ヘクト隊長が口にした言葉の意味は、便利だと言うことだ。


 フェンネルが上空から索敵し、俺が所属判別する。たったそれだけのことでも部隊全体の負担が軽減するからだ。


 マークを偽装している可能性もゼロではない。だから、あのパーティが完全に無害だと判明する訳では無いにせよ。近づいて来る前の段階から認識し、所属有り無しの情報を得られるだけでも、その意味は大いにあるのだ。


 とは言え、そもそもこの規模の部隊が襲われることなど滅多にないだろう。現にこれまで沢山のパーティとすれ違って来たが、襲われたことも、襲われそうだったことも無い。これから先も襲われることなんてないとは思う。だが、そうだとしても警戒する必要はある。だから俺達の能力が、転ばぬ先の杖として利用されている。


『……それは、どーも』


 ヘクト隊長の言葉には嘘偽りなんて無い。それを分かってはいるが楽には喜べない。だって、そうだろ。この世界にも望遠鏡位、存在するのだから。俺の活躍で、このパーティに齎した物とは、望遠鏡を取り出すただの一瞬の手間を省いただけだ。


 この3年間で成長はした。それは俺の持つユニークアビリティの【遊戯者プレイヤー再生機能プレイヤー】も同様である。それ自体喜ばしいことなのだが、やはり俺のアビリティはユニークなだけあって、増えた魔法は一癖も二癖もある魔法ばかりだった。


 1年に1つずつのペースで、新しい3つの魔法を覚えた。


 1つ目は枠の中に両矢印のマークの【ズーム】だった。それが意味するところは拡大であり、視野に捉えた物を拡大できる魔法。つまりは視力が良くなる魔法だ。望遠鏡と違うのは、遠くでも近くでも、見えるというところだろうか。


 2つ目は左向きの三角が2つ並んだマークの【リワインド】だ。これは巻き戻しを意味する。この魔法を覚えた時は歓喜の余り、叫び声を上げたっけか。だけど、俺が思っていた魔法とは一味も二味も違うことに気付いたのは、そのすぐ後だった。


 【ファスト】と同じような自己対象型の魔法と言えばいいのだろうか。自身を基本とし、自身を介した対象物にも影響を齎すものだと、流れ込んで来た感覚から、そう教えられた。


 【リワインド】は、以前の状態へと戻る魔法だ。使い方も至って単純。発動させて、戻りたい状態まで発動させ続ければいい。そうすれば、相当量の魔力消費を代償に、肉体も、記憶も、全てが元に戻る。


 こう誰かに言えば、聞いた者はメリットしかないように思う魔法だろう。だけど、この魔法はそう安いもんじゃない。戻っている間はグインツの支援を受けられないし、それに他人を巻き込めば魔力がすぐに底をつく。そのせいで一度、魔力欠乏によって死に掛けたこともある。


 そうなってしまう理由の一つとして、恐らくだが魔法の対象が個人指定のせいだろう。指が千切れたとして、それを元通りに戻そうと【リワインド】を使用した場合、対象は個人のみとなる。つまり、指は千切れた時点から、別対処となってしまう。


 と、なれば【リワインド】によって元通りにしようとした場合、映像で見れば肉体は一瞬の内に元通りになる。だがしかし、千切れた指は落ちたままだ。だから、戻る最中にも、実際には欠損部位を生み出すような過程が生じているのだろう。だから、魔力消費が莫大なのだ。


 それだからか、使用直後はいつも戸惑ってしまう。突然、魔力の大半が消えるのだから仕方ない。とは言え、魔力消費は良いとしても、記憶が失ってしまうのがこの魔法の厄介なところだろう。使ったことは覚えていないし、戻る合間に得た経験値も失われているだろうし、状況も判断できなくなるから戦闘中には使えない。


 唯一、記憶が無くて良かったと思うところは、痛みを感じた記憶が失われる点だろうか。だがしかし、それも実際にはダメージを貰った分と、戻っている最中の2つ分の痛みを味わっているから、今思えばこそである。


 使った記憶は無いが、感覚だけが残るのが【リワインド】の特徴だ。一癖ある魔法ではあるが、メリットとデメリットを見比べてみてもプラスであることには変わりないだろう。


 お陰で肉体が欠損しようとも復元出来るようになったのだから、それだけ見ても、かなりの価値ある魔法だと言える。まだ僅か数分前と短い時間しか戻れないとしても、誰かを救うことができるようになっただけでも有難い。


 そう思えば、活躍できていない現状に対する不満や憤りを、幾分かは抑えられそうだ。ただ今は、その時で無いというだけだ。時と場合、それに馬鹿と鋏は使いよう、というところだろう。


 3つ目の使っちゃいけない新しい魔法も、そうなのだろう。


 黒塗りの四角形のマークの【ストップ】は停止を意味するはずだ。対象指定は【スロウ】と同じ、自己限定型である。


 この魔法を新しく覚えたところまでは良かった。頭の中に黒塗りの四角形のマークが映し出されると同時、流れ込んで来た感覚によって【ストップ】は使うべきではないと悟り、以来一度も使うことなく封印している。


 その感覚は、危機感と言うのが近いのだろうか。


 突然、一度押すと決して取り戻しの付かないボタンが現れたと思えば、既に俺の指先がそのボタンに触れている状態だと理解したような感覚だった。


 その感覚から推察するに、恐らく【ストップ】は、自殺専用の魔法だ。


 もしかするとそれ以外の使用方法があるのかも知れない。だが、例えそうだとしてもこればかりは使う気さえも起きない。一度限りの魔法と知っていて、取り戻しが付かないと分かっていて、それで試して見ようとは思わないだろう。


 だから俺は【ストップ】を使った事が無い。


 そしていずれ、その時が来るか、もしくは今際の際を迎える時で無い限りは、俺がこの魔法は使わない。本当の使用方法を知るのはその時まで取って置く。知らずに逝けるのであれば、それはそれでいい。


 他人が言うように俺も【遊戯者プレイヤー再生機能プレイヤー】の魔法の数々は便利だと自分自身でも思う。だがしかし、それ程気楽なものでもないのだ。


 保持している俺ですら、何故だかも分からない魔法ばかり。成長して、新しい魔法を覚える度、首を傾げることばかり。欠落した記憶のせいか、生み出したのか、与えられたのかも分からないままだ。


 行きつく先は何処へやら。それすらも想像しえないのが、俺の能力だ。


 俺自身、その唯一性を気に入ってはいる。そして他人も同様、その点を便利だと言っているのだろう。そうでも無ければ便利だとは言われないはずだ。


 俺からしてみれば、汎用性の高い風魔法が一番便利だと思うのと同じと言うだろう。攻守ともに優れ、捕縛や拘束も一時的とはいえ可能だし、更には空を飛べて、と何でもありだ。それだからパーティ人員としても求められる。


 次点は土魔法だろう。戦闘性も汎用性も高い。風魔法と双璧を成すと言ってもよい位だ。防壁を生み出す応用で、野営地の設営を簡単にしてしまえるのが有難い。


 その次は氷魔法だ。生み出せる性質は土魔法に似ているが、性質上どうしても攻撃よりになってしまう。野営地の設営も出来なくはないが、どうしても補佐的位置にしかならない。


 後の属性は一長一短だろうな。


 雷は対物に弱く、対人に強いが、その性質上真っ直ぐに飛ばすことも難しい為に並みのパーティでは嫌われる。火は攻撃性能が高い。だが、これも領域やパーティの相性によるところに依存しやすく、使いどころが難しい。


 水は攻撃性能が低いが、捕縛性能に長け、火や雷と比べれば防御に優れている。火と同様、領域やパーティの相性次第だろう。工夫次第で化けるとは思うが、氷属性まで備えていなければ対物、対人性能では少し劣る。


 後は光と闇魔法か。これは特異性によるところだろうな。単純な性質で見れば攪乱や錯覚、妨害に長けているのだが、区分として種別不明な魔法が含まれているから一概には判断できない。


 光とされている回復魔法もそうだし、闇とされている重力もそうだ。精神や肉体操作系も含まれているしで、区分分けの出来ない魔法がごちゃ混ぜだ。音魔法と似たような分類不明とされている系統の魔法が一番多い。


 これらの属性魔法から、もし何かを選べるとすれば俺は風魔法を選ぶだろう。


 持続力はそれほど無い。それに魔力依存であるからして、本人の能力によるところが大きいのが難点とも言われる。だけども、傍から見ていれば使い勝手も良く、一番便利だと思うのが、この属性だからだ。


 そんな妄想をしても意味の無いことだとは分かる。だが、考えれば考える程に、ユニークアビリティも、各種属性も、それぞれなのだと言うことを改めて整理出来る。それだからこそ、自然と考えしまうのだ。


 何かと比べるべきでは無いのだと思う。持っているだけで十分と思い、感謝すべきなのだろう。そうと分かってはいる。だが、例えそうだとしても、それで良いと、これで良かったと心のどこかで納得したいのだろう。だから、同じ考えに帰結しようとも、時折ふと考えてしまうのだ。


「隊長ー! 周辺にモンスターと探検者の姿は見えませーん!」


 上空で燥ぎ回っているフェンネルのヤツも弛まぬ努力を重ねている。素振りからは分からないが、ヤツもまた俺と同じように不安に思い、不満を抱えたり、悩んだこともあるのだろうか。


「おいオーエン! 後でどっちが速いか勝負だぞ!」

『……おう! 分かったから、静かに降りてこいよ』


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