第93話
「見てろよオーエン! いっくぞー【風の大鷲】!!」
上空で燥ぐフェンネルが両手を前に突き出すと、風で形作られた大鷲が現れた。そして、その大鷲は遥か先のモンスターの群れへと、翼を羽ばたかせながら飛んで行ってしまった。
「どうだ! 見たかオーエン!」
『おうおう。とても綺麗な造形ですことー』
「あははは! そうだろ! よぉーしっ、まだまだいくぞ!」
ここからじゃ高低差もあって、どれだけの成果を挙げられたかなんて、まるで見えていない。だけれども、それを口にすればまた躍起になること間違いなしだから、俺は敢えて魔法の造形美の方を褒めたのだ。
「フェンネルー! 後ろにも気を配りなさいねー!」
「分かってるって! 【風の隼】ッ!」
「ならいいわッ! 【風の一矢・燕】ッ!」
最後尾の≪エルフェン≫さえも活躍しているというのに、遠距離攻撃を持たぬ俺は退屈している。やはりその活躍を見る度に羨ましいと思う。
「女神様のお力を……【ファイアウルフ】」
「前からまだまだくっぞー! 【ストーンヘッジホッグ】」
「援護します――【デュレイバースト】」
「おぉ、素晴らしい。流石ユニークですな」
モンスターの姿が視界に入った途端に、誰かしらの魔法が飛んで行く。正直な所、今の俺は黒牢の鍵を運ぶことしかしていない。
俺も皆と一緒に高め合いつつ、戦闘に参加したいというのに、此処までモンスターが辿り着く気配も無い。そうなってしまうのも皆が優秀だからだろう。それに俺だけが戦闘に参加出来ていないという訳でも無く、これは近接主体の宿命である。
こうしている間にも、海と街エリアの48階層とされている城門が見えてきてしまった。
ペース的に言えばかなり順調だ。それは良いとして、今日は何処まで行くのだろうか。安全を期してこの付近で一泊するのか、はたまた、51階層から先のセーフティルームを目指すのだろうか。
ともあれ、どちらにしても俺がこのエリアで活躍することは無さそうだ。成長したギィ達のように駆け回りたいという願望も、ぐっと堪えて我慢しているほかないだろう。プラチナランクも数名在籍していることだし、4パーティからなるこの部隊であれば戦力も十分だ。
「――魔法飛来! 【ロックウォール】」
「風の守りを! 【ウィンドベール】」
「よし! いいぞ! 【アイスジャベリン】」
モンスターが放った魔法が飛んでこようがなんて事もない。手厚く防御魔法も張ってくれるし、すぐさま反撃に打って出てくれる。だからだろうか、呑気に別の事を考えてしまうのだ。
『なぁ、グインツー? やっぱり俺達がやってる取り組みを広めるべきじゃない?』
思い付き、いや、以前から微かに思っていたことを、すぐそこを歩くグインツへと質問を投げかけて見た。すると、グインツも退屈していたのか、こちらへと寄って来た。そして、
「……勉強会のことを言っているのであるか?」
『……そうそう、その方が良いと思うんだけど』
「……ふむ。何故その考えに至ったのである?」
どうやらグインツは興味を示してくれたようだ。ひそひそと隣り合って話している内に、肩がぶつかり合う程に近づいて来ている。
『だってさ。カノンの魔法がユニークだと思われてるまんまだしさ。それとこの世界の魔法は造形に拘り過ぎてるくない? だから、広めた方が良いと思ったんだよ』
「……なるほど。……それも一理ある。が、造形美は重要な要素でもあるぞ?」
『まぁ、それも分かる。でもさ、それ自体に意味があれば良いけど、形だけなら無駄なリソースを割いてるってことじゃん? 魔獣を模したり装飾に拘ったりしてさ?』
グインツは俺の言葉に頷きつつも、顎に手を当て、眼鏡を上げて、何やら考えているようだ。俺はグインツの反応を待っている間も、ただ思い付いたがままの考えを垂れ流すことにした。
その考えは思い付きであっても一貫している。聞こえ方は悪いかも知れないが、俺は何も、この世界の魔法の在り方を完全否定している訳ではない。知っているのと知らぬのとでは違うということを主張したいのだ。
そもそも、この考えは今に始まった事じゃない。自然と生活する上で違和感を覚え、そう思ったが故に至った考えだ。
この世界の住人は、形に囚われ過ぎている。それに、ただ形を成しただけで威力が増すと信じている。だからこそ、その風潮を変えたいのだ。
それは古い風習がそうさせたように思う。初めはそうじゃなかったにしろ、恐らくはどこかで捻じ曲がって伝わってしまったのではないかとも思う。
魔法を学ぶ場でもある学園での教えもそうだ。魔力操作が出来る者であれば、誰が使っても同じ魔法となる魔法陣を基にした基礎魔法を学ぶ。そして次に、特性に合った魔法を伸ばすらしいが、そこで魔力操作の鍛錬として造形を磨くみたいだ。
魔法で何かを模したり、形を作り、果ては綺麗な模様まであしらうようだ。
それが鍛錬で、尚且つ、為になるのであれば学びもあるだろう。だがしかし、そうしても、それがそのまま、実戦で意味を成すかは別の話だ。
俺はその考えを学ぶことは無かったが、魔法に長けた者が持て囃されるところを幾度と無く見て来た。だから、そう思うのかも知れないが、そのせいで古き良き教えが捻じ曲がって伝わってしまっているのではなかろうかと考えている。
特に氷魔法や土魔法などの形がはっきりと見える魔法が、その傾向を顕著に示していると言える。先ほど見た魔法の数々もそうだ。モンスターを倒す為に威力を高めたいのであれば、速度や重量、それに効率性や安定性を高める為の造形にした方がいいと思うのだ。
岩の壁や氷の槍に綺麗な模様は必要無い。それであれば厚く、鋭くした方が恩恵を得られる。それに魔力消費も抑えられるのは勿論のこと、発動までの時間も短縮される。
これは間違いない事実であり、グインツ自身も己が魔法で実証済みだ。形を成すのであれば、その理由の一つとして、それが効果的であるかが重要だ。
新たな可能性を求めて人間が持たぬ物から学ぶこともあるのは知っている。形を真似て知ることもあるだろう。それ自体は良いことだと思う。だがしかし、モンスターや魔獣、虫や草花が持つ器官を真似る為に形造るのは良いとしても、そっくりそのままの形である必要は無いだろう。
丸ごと真似るにしても相手を恐怖させる為にドラゴンを模すだとかの理由があれば納得も出来る。本人の意志で形を模す方が良いと思うのであればそれでもいい。浪漫を追い求めたり、気分向上のために形成すと決めたのであればそれでいい。
それでもいいが、まずは知るべきだと思うのだ。
そう思うのも、知ると知らぬのとでは違うからだ。何せ、命が掛かっている。だからこそ、知る機会位はあって欲しい。そうすべきだと思ったからこそ、グインツに相談することにしたのだ。
その話を聞いていたグインツも、難しい顔をしてはいるが、どうやら納得してくれているようだった。
「≪カノープス≫の子供達のように受け入れられるかどうかであるな」
そうだろうな。それが唯一の懸念点だ。今まで信じて培って来たからこそ、受け入れがたいと思う人達もいるだろう。だとしても、機会があると知れるだけでもいい。受け入れるかどうかは個人が決めることだ。
『今すぐ受け入れてくれるかどうかは分かんないけど、遅くなったとしても、いずれはあの子達が答えになってくれるはず。そしたらその内に広まると思ってる』
「うむ。そうであるな。ともあれ、皆と相談してみるべきであるな」
『あー……でも、そうなったら、また忙しいってアリアに怒られそうだなぁ』
「う、うむ。学園教師の傍ら、≪カノープス≫でも教師をしておるからな」
『……あぁ、それ含め、色々と話し合わないとなぁ。……あの話とかさ?』
首を傾げるグインツに目配せをした。すると、グインツは視線を辿った。そしてなんの話かを悟った後、気まずそうな表情を見せ、声を発することも無く頷いてくれた。
やりたいことが増えれば、やらなければならないことも増える。それは当然の事だ。思い付いただけでは何も事が進まないのだから時間なり金銭なり努力なりの代償は支払うべきであるとは思う。
だがしかし、それとは別に、考えるだけでも気が滅入り、憂鬱になるような問題も起こる。それは川を飛び越えるだとか、崖の向こう側へ飛び移るだとか、目的の為にしなければならないと分かっていても、リスクを想像して躊躇してしまうようなこと。
想像力を持って生まれたが故の悩みだ。
それは利巧だとかそういう話でも無い。人間であれど、動物であれど、自らよりも強い者に立ち向かうには勇気がいるという話だ。初めから負けると分かっていれば尚の事である。
アリアはまだいい。フォティアさんもなんだかんだ言って許してくれる。
だけど、カノンは駄目だ。怒らせたら一番怖い。俺はそう思っている。だからこそ、言い出すのを躊躇している。それ程、難しい問題なのだ。
正直、想像するだけで恐ろしい。いや、想像するのも恐ろしい。朝、目が覚めた時にそうなってくれていれば良いのにと何度考えたことか。
探検者ギルド所属の担当者を増やしたい。
たったこれだけのことだ。それが中々言い出せない。何度もシミュレーションをして、何度も練習をしたのにだ。それに皆にも相談して、意見を聞いて回ったりもした。だけども、機会を伺ってばかりいるままだ。
担当者としてのカノンは完璧だ。それはまごうことなき事実である。探検者としてダンジョンに同行するようになってからも、そのクオリティを維持し続けているのは驚きだ。それ自体、有難いと思っているし、常日頃から感謝している。
クランも、パーティも、探検者としての俺自身もカノン無しではここまでやってこれていないだろうし、これからもやっていく自信がない。それ程に重要な存在で、欠かせない存在だ。
だから勘違いしないで欲しい。最近は特に忙しいからカノンの負担を軽減する為の提案だ。ダンジョンだけで言っても長期遠征だけでなく、レベリングも、調査や採取もだし、それに帰って来てからも、クランにパーティ、孤児院のことやら、何かと頼むことが多い。
休みも碌に取ろうともせず、大変だろう。でも、カノンは常に俺達の期待に応えようとしてくれている。その気持ちは有難い。だけど、ダンジョンにいる間も、帰って来てからも、カノンは一人であることには変わりない。だからこその提案だ。分かって欲しい。だから、
「エン? 脈が上がってるけど、“どうかしたの”?」
『――ッ!? なッ、なんでもっ、ないよ!?』
「……そ、……なら、“後で”聞かせてもらうわ」
『……え、あ……、うん、……分かりました』
隣にいるグインツは目を見開いていた。俺が手を伸ばして助けを求めると、グインツは片手だけで合掌の形を取って目を伏せた。そして、
「頃合いであるらしい……」
肩を叩きながら、そう言って来た。遅かれ早かれ言わなければならないことだ。いつまでも誤魔化してもいられない。こうなれば腹を括るしかない。
もしカノンが嫌がろうとも、俺は屈することなく意見を通すしかない。それが俺達の為でもあり、カノンの為でもある。この先のことを考えれば通らざるをえない道なのだ。
「おいオーエン! 見てみろ!」
『ぉん? なんだよフェンネル?』
「だからあっちだって! あそこにパーティ!」
『おいおい! 報告ならそう言えよ! あー……あれか、――【ズーム】』
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