第92話


 ≪オーエンズパーティ≫は成長している。


 そりゃあ、組んだ当時から3年も経てば成長もするだろう。パーティとしても、それぞれ個人としても、成長し続けている。


 成人となった俺も、18歳となった皆も、20歳を迎えたカノンもだ。


 逞しくなったとか、色っぽくなったとか、皆それぞれ年相応に成長しているのは勿論の事。それに身なりや背格好だけでなく、探検者としても同じくだ。


 それぞれ度合いや尺度は違うが、昔と比べれば皆一様に成長したと言える。


「やめろガキんちょ共! ったく、成長しねーな! おめぇらは!」

「ほら、隊長も言ってるぞ! 成長が止まったガキクソオーエン!」

『あ゛ぁん!? てめぇいい加減にしとかねーと凹ませるぞボケ!』

「いいから離れろ! 離れろっつってんだろがよドングリ小僧共!」


 力づくで引き離される最中にも、ヤツは変顔で挑発してきやがる。


 ヤツは御自慢のエルフ耳を左右に引き伸ばして舌を出し、瞳は正面を捉えず明後日の方を見て、俺の事なんてまるで相手にしていないと言わんばかりの表情を作り、その反面、精々と馬鹿にすることに全力を尽していた。


『……ッ、ヘボがよぉ!』

「アホクソバカ!」

『もう黙れよ!』

「うっせー!」


 忌々しい顔と言えばいいか、憎たらしい顔と言えばいいか、なんとも腹立たしい表情だ。こちらが大人になって冷静に落ち着こうとしても、すぐに喧嘩を吹っ掛けて来たり、煽って来たりとしやがる。


「で、搬入は終わったのかよオーエン?」

『終わりました! ッ、もういいって! ヤメロよ、その顔!』

「そうか。ならいい。フェンネルんとこも終わってるんだよな?」

「とっくの昔に終わってます! そりゃもうコイツよりも早くに!」

「一々張り合わんでいい。それに、休憩の度にじゃれ合うなよなぁ」


 隊長にこう言われても尚、フェンネルは金髪を振り乱し、緑眼を見開いて、必死に歯向かうその姿勢を崩さない。相手にすればするほど、いや、相手にしなくてもそうだが、コイツは何故だか俺に突っかかってくる。


『フェンネル。もう、いいだろ』


 いい加減に勘弁して欲しい。付き合う身にもなってもらいたい。それにいつもコイツのせいで一纏めにガキ扱いされるのも勘弁してほしいものだ。


「なら俺の勝ちだ! フェンネルの後ろを歩く者っていう二つ名を名乗れよオーエン!」

『なんっでだよ、馬鹿たれ。ガキ臭いこと言ってんなよ』

「ハァ!? 誰がガキだバカ! 同い歳だろバカ! 俺より早く寿命迎える癖に! チビ!」

『誰がチビだボケ! はなたれ青二才の新芽がよぉ!?』

「やめろやめろ! コンプレックスほじり合うなっての」


 再び、戦いのゴングが鳴ってしまった。今度は隊長の身体を挟んだ攻防戦だ。これは如何に相手の顔を見ながら文句を言えるかの勝負だ。


 文句を言ったら引っ込んで、左右へと交わしながらも、相手の顔面へ向けて痛烈な言葉を浴びせかけられるかで勝敗が決まる。

 

 ぐうの音が出なくなった方の負け、そして当然、手が出たら負けである。


『――殺すぞボケッ!』

「オーエン、殺したらいかんだろ」

「へへーん。俺の勝ちー! そのまま俺の後ろを歩いてろー! 俺はお前なんかよりも早く、そんでずっと先に行くんだからな! きっとお前でも追い付いてこれないぜ! バーカ!」

「こらーフェンネルー。もうよしなさーい。言うこと聞けなかったら分かってるでしょ? どうなるの? お留守番していたいの? 分かったらオーエンと仲良くしなさいね?」

 

 ざまぁみろ。何やらの作業を終えてやっと戻って来てくれた。


 聞かん坊のフェンネルも、自信が所属するクラン≪エルフェン≫のマスターであり、実の姉でもあるアンゼリカさんには逆らえない。


 子ども扱いされるのが嫌だとも言い返せないでいる。そう、ありありと顔に出ているのが見えてこちらとしては気分がいい。ともあれ、これでようやく解放される。そろそろ、握りしめたままの拳を解いても良い頃合いだろう。


「オーエン、いつもこの子の相手してくれてありがとうね」

『アンゼリカさん。しゃーなしってやつですよ、ホントに』

「助かってるわ。ヘクトも色々任せちゃってごめんなさいね?」

「いい、いい。気にすんな。うっせぇだけでそれ以外の支障はねぇから」


 やはりヘクトさんは融通が利く人だ。今日もこれだけやり合ったのに咎められることもなかった。俺達が気楽にやれているのもこの人のお陰だ。探検者上がりだからか、他の王国直轄の兵と比べて堅苦しくも無いのが良い。


「そんじゃー、静かになったところで休憩も終いにするか。おーい、皆、集まってくれーい」


 隊長のヘクトさんは面倒見の良い兄貴分って雰囲気で、この部隊の皆ともすぐに馴染んだ。それに探検者だろうと兵だろうと一纏めに扱ってくれるのも、この人が好かれている理由だ。


 呼びかけに応じる声も気楽なもんだ。態度や礼儀にうるさすぎることも無く、質問しても怒られないし、意見にも耳を傾けてくれる。だからだろうか、寄せ集めの部隊であろうとも、それぞれのパーティーが団結しようとする意思を持てているのだと思う。


 それもあってか、イレギュラーが無い限り、作業が遅れることもない。


「おー……優秀、優秀。……ほんじゃあ、次ー」


 作業進捗の確認を終えた後は、いつも通り今回の任務と陣形編成などのお浚いだ。


 今回の任務も、輸送が主だ。いつもの同じように物資やらを届ける為にオーバーを目指す。それからはオーバーの攻略部隊、調査部隊の進捗次第だ。アンダーやミドルへと届ける為の物資が、どれだけ集まっているかによって滞在する日数が変動する。


 今回はどれだけの日数滞在するのかと、それに着いてからの配属先は行って見なければ分からない。不測の事態が起こることもしばしばあるし、そこは臨機応変に対応する必要があるからだ。


 この探検者ギルドの遠征準備室で、教えてもらえるのは凡その日数である。とは言え、それも、1か月程で戻って来られるんじゃないか、という位のものだ。早ければ2週間、長くても3か月位のものだろう。


 それまでは、王直属兵10名、女神教信徒10名、≪オーエンズパーティ≫7名、≪エルフェン≫6名、計33名からなる小隊で寝食を共にする。別部隊からの些細な頼み事か、遠征部隊全体に係わる大事でも起こらない限りは、部隊が分けられることも少ない。


「そんで今回の陣形は、≪オーエンズパーティ≫を中に入れた陣形にする」


 輸送部隊の要でもある黒牢の鍵を保持する≪オーエンズパーティ≫は陣形の中に配置されることが多い。それは致し方ないことだ。前もって聞いていた通り、変更はないようだ。


 最近では前を任せてもらえることも増えたが、今回ばかりは受け入れるしかないだろう。俺達を挟む形で、前に兵団、後ろに信団、最後尾に≪エルフェン≫。これが今回の陣形だ。


「――異議あり!」

「ダメだ。フェンネル」

「なっ! まだ何も言ってない!」

「お前のことだから、どうせオーエンの近くがいいってんだろ?」

「そうです! その方が良い! だからラトゥールさんとこと交代ー……」

「私共はそれでも構いませんが、隊長殿の御命令ですのでね?」

「フェンネル、声の届く範囲にいるんだぜ? それにどっちにせよ上だろ?」

「なるほど! 意味が分かりました! 任せてください!」

「おー……分かったなら、まぁいい。もういいな?」


 呆れるヘクトさんから、何かを読み取ったフェンネルは、目を輝かせてながら何度も頷いた。そして顔をこちらへ向けると、勝ち誇ったようにほくそ笑んでいた。


 俺は相手にするとまた話が拗れると思い、ムカつく顔を無視することにした。それは良いとして、何でコイツは自分のパーティーから一人だけ外れてまで、俺の隣で話を聞いてやがるんだ。


「……オーエン、……俺のが上、だ、上」


 こうして態々、ひそひそ声で喧嘩を売ってくる為に、俺の隣を陣取ったのだろうか。無視しても肩を突いてくるし、鬱陶しいことこの上ない。


「……ねぇ、……ねぇってば」


 構ってちゃんかよ。こっちが我慢してやってるというのを、まるで分かっていない様子だ。


「……楽しみだなって、言ってんの、……聞いてる?」

『……そうだな。……分かったから、今は静かにしとこう』

「……うん。……そうだね。……分かったぁ」


 素直でよろしい。いや、いつも素直か。言うことを聞いている内は可愛げもある。

こうやって楽しみにして、横でくすくすと笑っているままなら尚のこといい。そのままであれば、俺の調子が狂わされてしまうこともないはずだろうに。


 そう思えば、いつからこうなったんだっけ。初めて会った時は、もっと礼儀正しくて、出来の良さそうな男の子だったはずだ。


 それがどうしてこうなった。気が付けば、突っかかってくるようになって、張り合ってくるようになって、何かある度に寄って来るようになっていた。


「……以上。話は終わりだ。そしたら、とっととオーバー目指して出発するぞー」

「――行くぞオーエン! 待ちに待ったお待ちかねだ!」

『分かった分かった! 引っ張らなくてもいいから!』

「早く早く! あ、俺、荷物取ってくるから待ってて!」

『違う違う! お前はアンゼリカさんとこだろーが!』

「分かってるってー! 安心しろー! 俺が守ってやるからさー!」


 すぐそこの見える位置だというのに、手を挙げながらフェンネルは走って行った。


 そしてすぐさま荷物を抱えて、こちらへ戻ってこようとしたところを、アンゼリカさんに捕まってしまったようだ。あれではもうこちらへと戻って来れまい。


『なぁ、カノン。何でいつも俺の事助けてくんないの?』

「その“必要が無いから”かしら?」

『どう見てもそんなことないよね?』

「ふふ、“同い年同士”仲良くていいじゃない?」

『あ、へーぇ? へーえ? そんなこと言うんだ? んなら! 次は! 20歳のお姉ちゃんもっ、一緒に、遊ー……ごめんなさい。すみませんでした。調子こきまし……』


 やはり俺の調子は狂ってしまっていたのだろう。普段なら口にしないことが飛び出て来てしまった。


『……ガ、……ン?』


 微笑んだままのカノンは何も言わずに、そんな俺の調子を直そうとしているのだろうか。だけど、その鞭じゃ音も鳴らない程に壊れてしまうよ。だって、掲げている方の鞭は俺が上げた方の鞭じゃないんだもの。間違えてるよカノンさん。棘とげが付いた方は人間に使っちゃダメな方の鞭だよ。


 そう、教えてあげようとした時にはもう、声も、酸素も、塞き止められていた。


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