第95話




「おーし、ここらで良いだろう」


 ヘクト隊長の声により、海と街エリアの、街からも街道からも逸れた位置で部隊が止まった。そして、


「野営地の設営とー、その他もろもろ、いつものように頼む」


 ヘクト隊長が手に持った剣で地面をつつきながら、この場所が中心になるように、という指示を出す。そうすれば、皆が一斉に動き出す。


 まずは土魔法を操る者が中心となって、野営地の設営が始まる。盛土が出来たかと思えば、斜めに伸びる道になり、そしてあっという間にも洞穴とは言えぬ程の一室が地中に出来てしまう。


 これは毎度目にする度、その手際の良さもそうだが、やはりなんと言ってもクオリティの高さに驚いてしまう。いつも同じに決まった配置だからこそ、土魔法使いの職人等も慣れているらしい。


 外から見れば、まるでミーアキャットの巣の様な野営地。だが、中は広く、通気孔もある為、火も熾せる。それに地上の外敵から見つかりにくく、地中は防壁で守られている。だから、よほどの事が無い限りは崩れる心配はないらしい。


 俺は聞いたままに、そう信じるようにしている。今では眠ることも出来るようになったが、初めて経験した時は恐ろしくて寝付けなかった。生き埋めになる想像もしたし、壁からグレーターワームが飛び出て来る夢も見たっけか。


 それに埋葬に立ち会ったこともあるからか、どうしても地中で横たわるのが恐ろしかった。寝ている合間にダンジョンに吸収されてしまうのでないかと思っていた。それも死なぬ限りは、生き埋めになってしまったとしても吸収されない、と聞かされるまでは毎日が不安だった。


 今となっては怯えることも無くなったし、慣れてしまえば居心地が良いとさえ思えるようになった。構造上、雨が降ろうが強風が吹こうが問題ないように出来ているというのは素晴らしいことだ。


 それに、火の灯りも漏れないし、大人数で居たとしても、モンスターや他の探検者に見つかる心配が減るだけで大助かりだ。この海と街エリアでは、夜間にも街からモンスターが見回りに来ることがある。だからこそ、見つかりにくい構造であることも重要なのだそうだ。


「あぁ、エン? 早く中に入って“扉を”出して頂戴ね? 寝床の用意はいつもみたいにこっちでやっておくわ。ベットの上の段に、敷物を二枚重ね、でね?」

『ぁ、あぁ、うん、ありがとう。助かるよ』

「ほんまオーエンは寒がりやなぁー」

『ま、まぁね? 床が冷たいからさ?』

「入り口からの風は大丈夫なん?」

『ぁ、う、うん、風は大丈夫、かなぁ……』


 今は、もう、怖くない。だけども、以前は恐ろしかったのだ。それがバレてしまうのを恐れた俺は寒がりだと言って誤魔化していた。それ以来、誰かが寝床準備をしてくれる度に、気を遣ってくれるようになってしまった。


 入口付近が良いと言っていたのは、崩落の危険性を加味しての事だ。実際にそうなってしまった場合、奥には土魔法の使い手を配置されているから、問題無いらしいのだが、やはり不安に思うあまりに入り口付近を希望したのだ。


 今となっては崩落を恐れるよりも、この事がバレてしまう方が恐ろしい。その事実を知っているのはカノンだけであるが、もしバレてしまうような最悪の場合には《オーエンズパーティ》には打ち明けようと思う。


 そうすれば一番厄介であるフェンネルにはバレないだろうからだ。


「オーエン! そんなとこで止まってないで早く準備しろよ!」

『――ウッサイな!? 急に大きな声で話し掛けられたらビックリするだろ!』

「うん? そんな大きかったか? まぁそんな事より早くしろって!」

『分かった分かった。終わったら声掛けるから待っててくれ』


 突然、首元に冷や水をぶっかけられたかと思ったら、冷や汗が噴き出ていた。挙動不審になっていないかを意識し過ぎて余計に不自然な振る舞いを取ってしまった。ともあれ、俺の隠し事には気付いてはいないようだ。


 これ以降はあまり考え過ぎても墓穴を掘るだけだろう。だから、深く考えないように、気を取り直して、与えられた役割を全うしよう。


 まずは人の出入りが激しい洞穴の道を通り、最奥へと向かう。それから腰から黒牢の鍵を取り出し、壁に突き刺して扉を呼び出す。そして現れた扉を開け放ち、首だけを入れる。


『皆さーん! 海と街エリアの、野営地点に、到着しましたよー!』


 すると、其処に居た人達の喜びの声が返って来た。思っていたよりも早いだとか、酒と飯が待ち遠しいだとかを口にし、腰を叩いたり手を叩いたりと、それぞれの違った反応を見せながら、ゆっくりと扉を通っていく。


 地質やら、魔獣やら、それぞれ専門の学者先生達だそうだが、とても高齢とは思えぬ程に元気な様子だ。バイタリティに溢れているとは、こういう人達のことを言うのだろう。見送る横顔にも表れている。


 そんな風な事を思い乍ら、学者先生達が通り過ぎるのを待っていると、


「オーエン! まずは調理道具一式入った袋をくれ! 水樽、酒樽1ずつな!」

「こっちも、野営用具一式入ったのを頼む! おーい、他なんかいるか?」

「オーエーン! 寝道具は後で取りに行っから、表に出しておいてくれりゃー!」

『了解、了解ー! 一応、補修用品の入った袋も表に置いときますねー!』


 あちらこちらから届く指示に従って、黒牢に収納した物品を取り出す。必要な物は入り口付近に纏めているから、そう時間は掛からないものの、顔を出す度にあれやこれや頼まれる。


 取り急ぎ必要な物を取り出しては扉の前に並べるか、欲している人の元まで運んでいく。それが終われば、経験に従って後でこれも必要になるだろうと思うものを取り出して並べておく。最後に忘れている物が無いかの確認をしてから戸締りをし、黒牢の鍵をカノンへと託す。それまでが、一先ず俺が与えられた役割だ。


 そして、俺がふっと一息つく頃には、


「隊長! オーエンと一緒に、食糧確保に行ってもよろしいでしょうか!」

「おう、終わったか。なら、今日のお目付け役はー、誰にしようかなー」

「このエリアであれば必要ありません! 俺とオーエンの速さがあれば!」

「そういう訳にもいかんだろうフェンネルよ。……んーでも、確かになぁ……、二人共まだ暴れ足りなそうな顔してやがるし、それにすばしっこいからなぁ……」


 ヘクト隊長が悩む素振りを見せる。実際にはそれ程悩んではいないのだが、まるで困ったと言うように敢えて大袈裟にしているだけだ。


 近づいて見て見れば、やはりそうだ。口元に充てた手で、覆い隠してはいるが笑っている。ともあれ、俺達の性格や特性やらを加味した上で、寄り添った考え方をくれているのは間違いないのだが。


「ヘクト殿、そういうことでしたら、我等の者を同行させましょうか?」

「おっ、いいのか? いつも、わりぃねー? そうしてくれると大助かりだ」

「ははは、お気になさらず。……では、ヴァイス、お願いできますか?」

「えぇ、もちろん。わたくしでよろしければ、是非ともお任せください」


 ヴァイスは肩に掛かる長さの真っ白な髪を揺らしながら立ち上がった。


「サンキュー! こいつらが無茶し過ぎねぇように御守りを頼む!」


 そして、淡黄の瞳を細め、口元を抑えながら微笑んだ。


 こうして見れば、どこぞのお嬢様にしか見えない。常に良い匂いをさせてるし、白を基調とした装備も相まって余計にそう見える。


 虫も殺せない程のか弱き見た目で、上品なお嬢様のように見えて、探検者としてはミスリルランクなのだから、人は見た目には寄らないものだ。


 いや、白い装備が汚れているところなんて見たことも無いのだから、見た目通りと言えば見た目通り、その実力を兼ね備えていると言えるのだろう。


 それに、この人は隠してはいるが、かなり頭が良いはずだ。仕草や言葉遣いもそうだが、ふとそう思わせる何かがある。時折ではあるが間違いなく、随所から滲み出ているように思う。


 後は、少し意外だったのは、残虐性を持っているだろうという点か。


 だからこそ、実力者として認められているのだろう。フェンネルと同じ風魔法の使い手ではあるが、その使い方や扱い方、用い方までもが違うように思う。


 頭部や心臓などの分かりやすい弱点をフェンネルのように真っ直ぐに狙うのではなく、関節や動脈、健などの部位ごとの弱い箇所を状況に合わせ、見極めて魔法を放っている。


 一度だけ見たことがあるあの魔法も、その考えを結集させたものなのだろう。


 風で捉えたモンスターを、上下左右から、部位単位で挟み込み、切り刻み、貫いてしまう拘束魔法。あの魔法は、まるで考え抜かれた拷問器具の様だった。


 ともあれ、この人と一緒ならば、3人でも問題無いはずだ。


「ヘクト隊長っ、見ててくださいよ! なぁ、オーエン?」

『ん? あぁ、しっかりと羽を伸ばしてきますよ』

「は? なんの話してんだお前? そんなだから御守りって言われんだろ!」


 フェンネルが隊長へとその実力を訴えかけていたはずだ。それを話半分に聞いていたつもりだったが、どうやら求められた答えを間違えてしまったようだ。


「大体ッ、お前はいっつも、ボーッとし過ぎなんだっ! 全然、何考えてるか分かんないし、口を開けば訳の分かんないことばっか言い出すし!」

『ヴァイスさん。いつも通りウルサイですけど、今日もよろしくお願いします』

「おいッ無視すんな! それにうるさく無いからっ!」

「はいっ。わたくしも、お二方とご一緒出来て光栄です」

「ンン、……もう、いいや。……ほら、さっさと行こうぜ!」


 フェンネルは年上の女性に弱い。それは凡そ、姉の影響だろう。だから、これ以上のことを言う気が起きなくなってしまったのだ。やはり隊長は流石だ。フェンネルの性格も良く捉えている。


「オーエンさん?」


 果物のような甘い香りがこちらまで漂って来た。先に行ってしまったフェンネルを追いかけないのかと尋ねる為にヴァイスさんが近寄って来たからだ。


『……あ、はい、行きましょう』

「後ろはお任せくださいね?」

『はい、よろしくお願いします』

「何やってんだー! 行くぞー!」


 フェンネルの呼び声に向かって歩き出すと、ヴァイスさんは俺の少し後ろを着いて歩く。隊列とも言えぬこの並びが俺達三人の基本陣形だ。誰から言い出した訳でも無いが、気付けば自然とそうなっていた。


 そうしていつも通りに、先行くフェンネルを前にして、食糧調達へと向かうことにした。

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