青年期編
第90話
「強くなった?」
目を輝かせるは、現在の願望か、はたまた、未来への希望か。
どちらにしても、輝かしい眼をしている。頭を撫で、抱き寄せ、恥じらう子供等へと笑顔を送る。そして、どうかこのままでと未来を願い、手放す間際まで祈りを捧ぐ。
言の葉に乗せた想いを信じ、無形の者へと念を送るようになったのも、この子達と過ごすようになってからだ。例え僅かでも、些細なことであっても、この子達の為になるのならばと思えば、縋りたくもなるだろう。
過去があり、今がある。だが、未来は分からない。
誰に似たのか、そんな漠然とした不安が変えてしまったのだ。ふと思う過去を、今と照らし合わせてみても、塞ぎようのない穴と替えの利かぬ欠片があるせいだ。今を積み重ねた過去と未来。それらが形を保ち、個を作り成している。
そう、子供等が教えてくれる。
写し鏡を覗けば、時の経過を知り、己が成長をも思わせる。立って、話して、背が伸びた。ただ、それだけで同じ時の中で生きているのだと感じさせてくれる。等しく平等では無いとしても、只今は同じ数だけ、進んでいると思わせてくれるのだ。
強くなった?
そう聞いて来たシンフォニーも強さだけでなく、淑やかさに磨きがかかった。ソナタもそうだ。胸を張るようになってから、頼もしさが増したように思う。
そのソナの変化を、想い人であるリナは何とも思ってないようだが、何れ気付く時が来るのだろうか。傍から見ているだけで気を揉んでしまうが、俺達の入る余地は無い。結果どうなるかは当人等次第だ。
リナは、お上品なお嬢様を目指しているそうだ。今はゼルと張り合うよりも、シンフォニーを見習うことに執着している。お姉さんから得られるものは何でもと、飽くなき探究心に火を注いでいる。
相変わらず元気でやんちゃ坊主のゼルは、皆と一緒にいれば面倒見の良い兄貴肌へと転身する。そのお陰でシンとソナ、ゼルとリナの4人で組んだパーティが、上手く、円滑に回っているのだろう。
如何せん、俺達に意見を求めるから、この世界の中では一風変わったパーティとなってしまっているが、それもどうだろうか、上手く物にしているように思う。その内にも、俺達≪オーエンズパーティ≫と共に、ダンジョンへ着いてくると言い出しそうだ。
その為に、勉学と訓練に励み、仕事にも精を出しているんだっけか。休みの度に、引っ張り出されるのも、その為だ。今や学習塾だとか、訓練教室だとか、色んな呼ばれ方をしている俺達≪オーエンズパーティ≫の取り組みが、まさに結実のものとなろうとしているようだ。
「これからも変わっていくんだね」
変化を楽んでいるソナタは将来への期待を良く語る。そう言われて見れば、俺達はあれやこれやと手に掛けている。様変わりしていく内に、次は、今度は、と求められることも増えたように思う。これが慌ただしい日々、充実していたであろう毎日を過ごした結果だ。振り返ってみれば記憶に新しいことばかりだ。
まずはログの酒場が、≪カノープス≫のホームになり、それに加え、ゼル達の家でもある孤児院との合併を果たしたことによって、ログの飲食店へと店名が変わってしまった。
店名が変わったのは提供すメニューの豊富さから、それに周辺の変化による影響が大きい。貧民層の小さな区画を、ログの飲食店、俺達の家、≪オーエンズパーティ≫のホーム、孤児院で埋めてしまった。それによるところである。
そうしたのも近場で纏まれば、その分都合が良いことの方が多いからだ。安全であることもそうだし、仕事の能率も上がる。孤児院から仕事を手伝ってくれている子供達が通い時に襲われるリスクも減る。それだけでなく、食事の提供での健康管理もしやすくなるからだ。
つまり、大所帯となった訳だ。これは大きな変化と言える。今、振り返って見ても合併して良かったと思っている。多少、騒がしくなってしまったが、今のところは健やかな暮らしを過ごせている。だから、だろうか。
いつからだったか、その影響で始めることとなった取り組みもある。
初めは≪オーエンズパーティ≫の能力向上が目的だった。知識を得て、技能を習得し、不足分を補う為の武具や魔道具の開発を行い、更なる高みを目指す為の取り組みだった。
その目的は今も同じだが、変わりいく中で芽生えた想いもある。
知識を得る為の学習塾は、魔法や魔術に関する研究、その知見を広める為のものだ。グインツの知識と科学的な思考を取り入れたことで認識が改まった。それに学園で教わる方の勉強も、俺達でしか教えられないような知識を、パーティメンバーで手分けして行っている。
技能を習得する為の訓練教室は、身体の動かし方を基本とした運動クラブ、基、武術を学ぶ為の道場と化している。師範と言えばいいか、先生と言えばいいか、レオンがそれぞれに合わせた武器の使い方や体の動かし方、果ては戦闘における一切合切を指導している。
≪オーエンズパーティ≫から始まり、シン達4人が加わったのを皮切りに、今や≪カノープス≫のメンバー、それに孤児院の子供達までもが参加する取り組みとなってた。
そのせいか、グインツとレオンの二人は、魔道具作成や武具作成の依頼がひっきりなしに舞い込む。アイディアの捻出、構想を練ることなどの部分を含めて相談が寄せられることもしばしばある。だから、何れは鍛冶屋や錬金術屋などの店か商会との業務提携も考慮せねばならないだろうと考えている。
これもそれも、生存率が上がればとの想いからの取り組みだ。
「大人になったら、どうなるの?」
ゼルは素直だからだろうか、無垢な疑問をぶつけて来る。俺達でさえ、まだ大人になった自覚なんて無い。何が変わって、何が違うのか、その答えにいつ気付けるかさえも分からないというのに、率直であるが故にどう答えるべきかを迷ってしまう。
自立、責任、常識の構築、規律を守る、いいや、そんなことではないだろう。俺が思う大人とは、そんな言葉では言い表せない。それに第三者から見た評価も関係が無いようにも思う。だから、そうだな。
大人になると言うことは、己自身の覚悟を決めることだ。
そう思っていると言うのが近いだろうか。自然と大人になる人もいるだろう、大人になった人もいるだろう。だが、そのどれも気付けば大人として見られ、大人として求められる。それが当たり前なのだ。だから俺は、大人になると言う覚悟を持つことだと思うのだ。
歳や、経験、そんなものだけでなく、ただどう在りたいか、が重要なのだ。時には、どう在るべきかが重要視されることもあるだろう。そして気付けばそんな考えに流されてしまうこともあるはずだ。つまりは、そう成ればこそ、だろう。
「次は、いつ帰って来るの?」
リナが自然と膝の上に乗りかかる癖も、こうして懐いてくれているのも、いつまでのことだろうか。また次に帰ってきてからも、続けてくれるのだろうか。重くなったと言えば嫌がる年頃で、大きくなったと言うよりは、綺麗になったと言うほうが、喜ぶ年齢になってしまった。
甘えたで、負けん気強くて、いつもゼルの前を行こうと意地を張っていたというのに、今やパーティの中衛で、したたかに構えているとは驚きだ。
土魔法で守り、砂魔法で攪乱し、前衛に飛び出ては踊り子のように肩掛けストールを振り回し、後衛の補佐までもつつがなく熟してしまう。あんなに小さかったこの子が、今となってはクラン≪カノープス≫所属、≪ゼルズパーティ≫の要であるだなんて、出会った時には想像だにしていなかった。
それを言えば、皆、そうか。
ゼルも、パーティにおける雷魔法の扱いの難しさを憂いていたというのに、いつからか雷魔法の凄さを誇るようになっていたっけか。グインツに魔改造された手足の装甲具も気に入っているようだし、師匠と仰ぐレオンの教えの甲斐もあって前衛の遊撃手として板について来ている。それに同じ前衛であるソナタとの連携もバッチリだ。
ソナタは適性に上手く順応している。得意不得意を受け入れ、そして己が力とした。結晶を作り出す魔法は、発動までに多少の時間を要するから、と割り切ったからこそ、今の戦闘スタイルが生み出されたのだろう。近接主体で、土魔法と火魔法を混ぜ込み、必要であれば結晶魔法を用いるようにしたのも頷ける。
今思えば、竜の
身体と同じ位の結晶の塊。竜の咢という名称のままに、開閉する円形の
シンフォニーは要領が良く、利口である。皆の取りまとめ役でもあるシンフォニーが居るからこそ安心できる面もある。作戦指示は的確であるし、冷静沈着に物事を見ている。だから後衛を選んだのだろう。捕縛拘束が基本で、攻撃力の高くない魔法とされる水魔法であるが、その弱点を補いつつ立ち回れていた。
あの特殊加工の錫杖も上手く使いこなしている。それを言えば、兄さんのようには上手く扱えないと謙遜されてしまうのはどうしたものか。心配なのはそこだけだ。しっかりしてはいるけれど天然な節がある。槍と形状は似ているが、使い方も用い方もそれ自体が違うというのに、何と比べて上手く扱えないと謙遜しているのだろうか。
なんにせよ。≪ゼルズパーティ≫は順調だ。
武器も、装備もある程度は整った。それに連携や混合魔法も完成した。これであれば順調に上って行けるはずだ。無茶しなければ問題無いだろう。そうは思うが、やはり心配だ。だから俺がしてもらっていたように、陰ながら大人達に支えてもらっている。
ログの飲食店常連客。
隠密、退避、生存に長けている三人だ。全員が【ファスト】のような魔法を覚えるか、41階層を超えぬ限りは問題ないはずだ。41階層をもし超えることがあるとすれば、4人+3人のパーティで一先ずの様子見をしてもらう予定を、子供達には黙って勝手に決めさせてもらった。
そのことを子供達が知れば、どう思うだろう。子供達の想いは痛い位に分かる。それに気は引ける。だが、死ぬよりはマシだろう。俺も当時は一切気が付かなかったから、見つかる問題も無いだろう。だが、見付かったら見付かった時だ。その時になれば謝罪することにしようと決めている。
今度は1か月後か、3か月後か、それとも半年後か。
また見ぬ間にも皆は成長していることだろう。それが帰って来た時の、楽しみの一つでもある。励みにもなるし、理由の一つにもなっている。たまには早く帰って顔を見せておかなければ、いつか忘れられてしまうのではないかという風に、不安に思うこともある。
「あー、ぅ、うー……だっ、……にーぃ」
シンに抱きかかえられたこの子も、すぐに大きくなるのだろう。小さな手、真ん丸な瞳、あどけない表情、どれを取ってみても愛らしい。次に小指を握ってくれるのはいつになるだろうか。忘れられていなければいいな。
母親に似た柔らかな髪色、父親譲りの凛々しい目元を引き継いでいる。
この子は俺と似た笑い方をするらしい。それに、あちらこちら歩き回っては、皆を困らせているようだ。興味津々なのだろう。何やらじっくりと眺めている様を見ているだけで、母さんは俺の小さい頃を思い出すらしい。
母さんは思い出す度に、あの頃も幸せだったと言う。そして、その後には決まって今も幸せだと言う。前よりも、と言うよりは、今は今で幸せで、前は前で幸せだったということだ。もちろん俺も、そうだ。
この子を見る度に、そう思う。
初めて彼氏ができてしまいそうだと相談されてから、あっという間のようだった。ゴルド・アンマーという男性を紹介され、婚約から結婚、そして妊娠と出産と、とんとん拍子で物事が進んで行ったように思う。
どんな人か、初めて会う時は不安だったな。
でも、まさか、ゴルドさんがログの店の常連客で、更には俺が初めてダンジョンへと行った時、気に掛けてくれた憲兵さんだとは思わなかった。だから、初めましての挨拶が、改めてのものとなったっけ。いつも甲冑を着ていたから、まるで気付かなかったんだよな。
父さんと呼んだことはないが、ゴルドさんも俺の大事な家族だ。
母曰くは、俺のことを考えて、姓を変える必要は無いと言ってくれたことが結婚の決め手になったらしい。だから生まれて来たこの子、弟の名前も、プロヴ・スディと姓が同じだ。
血の繋がりが無くとも、皆、家族であることには変わりない。
この考えはスディ家だけのことでもない。ログさんもそうだ。それに今となっては≪カノープス≫、孤児院の子等も含め、皆がみんなのことを家族だと俺は思っている。そうして皆で助け合えているからこそ、健やかな毎日を過ごせているのだろう。
ここが俺の居場所で、皆の居場所だ。
そう思うからこそ、守りたい。帰る場所として在り続けていて欲しい。だからこうして、我武者羅に突き進んで来たっけ。そうしている内にも、強くなりたいという願望に、あらゆる目標や目的が付随していた。気が付けば、その意味が齎されていた。
俺は、強くなりたい。
世界の全てをなんて高望みはしない。今は、この小さな世界の小さな一角、それだけでいい。そう思いはするが、離れてばかりいる俺が言うのは、都合が良過ぎるだろうか。いいや、その為の努力を惜しむこと無く費やしている。だからこそ、今この光景を見られているのだろうと信じよう。だから、俺は今も、
守れるだけの力を、その為の強さを、追い求め続けている。
『……あれから、……もう、三年か』
俺は、強くなれただろうか。
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