第86話


 身体は正直だ。やけに喉が渇く。幾ら落ち着けと言い聞かせようとも手汗が染み出て来る。やはり俺は緊張しているのだろう。それにあのカノンでさえも緊張している。それを見てしまっては尚のことだ。


 そもそも。重々しい空気が漂うこの環境が良くない。顔見えぬ鎧を纏った憲兵が立ち並んでいるのもそうだし、その前に座る探検者の緊張が繋がって伝播しているのもよろしくはない。


 そわそわするだけならまだしも、俺なんかよりも雄々しい探検者が震えている様を見たくはなかった。顔を挙げれば憲兵が、横向けば誰かしらの緊張した顔が見えるこの環境は俺に取っては辛いものがあった。


 皆がそうなってしまうのは、王貴族が住まうこの階層だからだろうか。目に映る物全てが格式高いように思える。探検者ギルドの造り自体、そう違いないように思えるのだが、アンダーの上層に住まう者達、所謂、貧民街を拠点とする探検者に取ってはこの場に要る事自体、荷が重いのだろうか。


 いや、違う。面接とはそういうものなのだ。だから、そうなってしまっても無理はないのだ。とは言え、あの面接官はとても怖そうだった。それも緊張してしまう大きな要因の一つだろう。


「次のパーティ、どうぞ」


 感情の読み取れぬ声が聞こえると目の前の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは受付嬢さんだった。仄かに微笑み、そして奥へと手を向けている。


『……は、イ』


 俺が立ち上がるとそれを合図に、横に並んで座っていた皆も立ち上がった。そうして他の探検者の視線が俺達へと集まる中、一歩、一歩と足を進めた。


 開け放たれた扉の先には面接官である5名の人物が座っている。俺はその長いテーブルと椅子が並べられている一室、会議室と聞かされていた通りの部屋へと一番に足を踏み入れた。


『シ、失礼、します。……この度は――』

「はい。どうぞ。掛けて」

『ハイ。……失礼しま、す』

「じゃあ面接を始めます」

『よっ、ろしくお願いします』

「よろしくお願いします。ではまず……」


 頭の中で考えていた筋書きは全く役に立たなかった。そして流されるがままに面接が始まってしまった。まずは互いの自己紹介を兼ねて挨拶をした。


 5名の面接官は王直属の憲兵団、探検者ギルド、商業ギルド、治療院、学術研究院にそれぞれ所属する偉い人達だった。それ等所属から派遣されているらしい。


 面接は良くも悪くも淡々としていた。探検者ギルドからの資料を基にした簡単な質問に受け答えをするだけだった。そのほとんどが間違いないかの確認や、付け加えることはないかというものだ。


 それ等資料を見ての受け答えは高々、数分。もしかすると1分も掛かっていなかったのではないかとすら思う。一つのパーティにそれほど時間を取ってられないのだろうと思えば、それも当たり前かと納得してしまった。


 だが、そのお陰で、そんなことを考えられるまでに緊張は幾らか緩和していた。だから、


「では次、貴方のパーティが遠征部隊に加わったとして、利点は?」


 この問いに対しても臆することなく答えられる。所謂、アピールポイントだが、如何せん俺達のパーティが最上階層で戦える訳もない。


 実力不足だと言うことは元より、重々承知している。だからこそ、その為のアピールポイントを前もって用意していた。


『は、い。物資運搬、調達に長けており、水で70トン分の容量を一度に運べる魔道具を所持してます。その魔道具は、物自体だけでなく、人さえも運搬可能であり、更には拘束捕縛も可能としています。後は、収納バックも入れて持ち運べます』


 そう。この場で打ち出すべきポイントは、最上階層で活躍する攻略、調査をする各部隊の補佐が出来るかどうかと言う点だ。


 物資輸送の長い隊列を組むとリスクが上がるし、上層階層へ行けば行くほどに少数部隊になる。それならば荷車を引いて行くよりも、自由に動けるパーティを守りながら先行く方が安全なはずだ。そう考えた上での提案だ。


 しかしながら、もしそうなれば俺達のパーティはかなりの危険を伴うはず。だが、まだ51階層にも行けぬパーティを最上階層まで引き連れて行く訳が無いだろう。


 そう、高を括ったからこそ敢えて触れずに言い切った。だが、もし万が一そうなったとすれば魔道具だけを貸し出す方法もある。つまり、魔道具を使いたければ俺達を末席にでもいいから加えろと言う考えでもあり、提案でもある。


 戦闘能力が第一級の物でないとなれば、それくらいしか必要とされないだろう。後は俺達のユニークアビリティが唯一無二であることも活きるだろうかと言うところだ。


『それとユニークアビリティ持ちが6名在籍しており、それぞれ自身の力としております。詳細は控えますが、装備や道具の修復を瞬時に行える者が一名。魔道具や武具の使用方法を解き明かせる者が一名。7属性の魔法を操れる者が一名。魔力補充を行える者が一名。同時召喚魔法により、数十からなる部隊を独自に編成出来る者が一名。更には全方向長距離索敵が出来る者が一名。これは地中、水中も含みます。それ以外にも……』


 これも反応は良い。疑いの目を向けられるだけでも、その証明となった。


『後は成長性を見ていただければ幸いです。まだ俺達は最上層の攻略、調査、調達などに加われるほどの強さがないのは存じております。ですが遠征は長い期間を要するものだと聞いております。俺達のパーティはまだ歳も若く、パーティを組んだばかりです。現在の記録で言えば61階層未到達ですが、それも試験後の準備期間中にも到達出来ます。更には半年後、一年後はどうでしょう? その保証無いですが、きっと上まで辿り着きます』


 出来るかどうかの確証も無いことを自信満々に言い切った。それが面接で重要なことだと聞いたからだ。


 それを嘘だと思われてしまえば失敗であるが、もしかすると、とでも思わせられたのであれば成功なのだそうだ。それに信憑性を上げる為のものも都合よく揃っている。


 俺の年齢が12歳であることも、短期到達階層の記録も、ユニークアビリティ持ちが6名在籍していると言う記録も、カプノスに囲われていると言う事実も、それ等全てが良い方へと導いてくれる疑念を生むはずだ。


 現に面接官一人一人が俺に疑いの目を向けた。そして隣、隣り顔を見合わせた。資料と照らし合わせてもその疑念を晴らすことは出来ない。と、なれば。


「質問をよろしいか」


 そうなるのが必然だろう。これで興味を引くことは出来た。後は面接官が手を上げる度に上手く答えを返すだけだ。


『はい。……俺が答えられることであれば……』



◇◆◇◆



 王貴族が済むアンダーの街最下層は、ゲート周辺を大きな壁で囲われている。


 そして常に開かれている大門と呼ばれる扉を抜け、高い壁の間を通って行くと憲兵団が普段、実践訓練を行っているらしいアンダーの闘技場がある。


 そこが俺達の次の試験会場だった。


 その試験会場へと行く間、やはり考えずには居られないのはこの最下層の変わった造りだろうか。ゲート周りには幾つかの門がある。


 開け放たれた大門、それと小さな、とは言っても荷車が横並びに通れるほどの門が幾つも放射線状に置かれている。そこを抜けると市街地に繋がっているらしい。


 初めて最下層へと足を踏み入れた時はドーム状の空間に、迫っ苦しい高壁を見て、何とも窮屈な所だと思ってしまった。


 確か至る所に見られる高壁の囲いは街、教会、研究院、王の城と要所要所を区切って管理されているんだったか。学園時代の記憶を遡れば誰でも知っていることだ。


 そもそも用が無ければあまり足を運ぼうとも思わない場所だから、俺はこの最下層へとあまり来た事が無い。軒並み物価は高く、買える物なんて無かった。それに装いで人を見下す連中が多いって聞くだけでも気が向かない。


 だけれども年に幾度かある祭りの際に母に連れて来てもらったことがあるからか、そこまで毛嫌いするほどの悪い思い出は無い。むしろ良い思い出の方が先に浮かんでくる。


 アンダー貧民街の各所から始まる複数のパレード。その終着点がこの最下層だ。音楽と踊り、それに華やかなパレードを母に手を引かれながら見たのを今でも思い出す。


 そう言えば高壁も昔、賢王と呼ばれた人物が作らせたはずだ。そして高壁が出来たのを祝して祭りをするようになったのが切っ掛けだったか。


 それが無ければ、試験までの間にこうして母との思い出を手繰り寄せることも出来ず、気を静めることも無かっただろう。


 そう思えば、今では皮肉でしか賢王と呼ばれぬ人物にも感謝の気持ちが湧いてくる。だから俺は願掛け代わりに、ひっそりと賢き王に愚かしくも感謝を捧げることにした。


『……っし、落ち着いた』

「エン、今度も“お願い”ね」


 先ほどまで俯いて手帳を見返していたカノンが突然にそう言い始めた。だとすれば、恐らくはもうそろそろというところだろう。


 面談を乗り越えたのも束の間と言う気がしないでも無いが、次の試験に向けての準備は整っている。


『うん。頑張ろうね』

「おっしゃ! やっと実戦試験や!」


 気合満々のレオンは面接の時とは打って変わって伸び伸びとしている。旋刃を振り回しながら臆することも無く意気揚々と試験会場へと向かう姿はやはり頼もしい。


『ぉおー……闘技場、聞いてた通り、めっちゃ広いじゃん』


 開け放たれた扉を通れば、そこは野球場か、はたまたサッカーコートか、というように広い空間が広がっていた。目に付くのはそこかしこに存在する岩の障害物だ。


 人一人が隠れるのがやっとの小さいものから、聳え立つように高い岩の柱、小山のような大岩が設置されている。それらを前にして陣形配置するにはどこが良いだろうか。そんなことを考えていていると後ろの方からココの切羽詰まった声が聞こえて来た。


「シ、死ぬこたぁネェ、死ぬこたぁネェ、死ぬこたぁネェー……」

『ココ? 大丈夫だから自信もって! まさに死ぬこたぁねぇ、だよ』

「うむ。そうであるぞココよ。おぉッ見よッ! 観客まで居るでは無いか! ほっほー!」

「わわわわー! ……って、なぁーんだ。全然いないぢゃーん」

「可愛い子いるかなー? あ、ほらほらココちゃんも行くよー」

「戦闘となると皆元気ね……“リーダー”よりも先に行っちゃったわ」

「ははは、皆、逞しいですな。ささ、エン殿、お先にどうぞ」

『あ、はい。じゃあ俺達もッ、行こうッ』


 そうして緊張の面持ちのココを引っ張って行くウィーツの後に続いて、俺もカノンと共にだだっ広いフィールドへ飛び出した。すると、


「我等はッ! オーエン・スディ率いるクラン≪カノープス≫である! それに属するッ、筆頭パーティこそ、我等≪オーエンズパーティ≫でッ、あるぅッ!」


 グインツは何を想ったのか。聳え立った岩の上で疎らな観客、基、面接官や攻略組、調査班などの遠征部隊の一員であろう人達に向けて演説の真似事のような事を始めていた。


「そしてぇッ、≪オーエンズパーティ≫の天才と呼ばれているッ、我が名はッ! グッ、ィィイイイイインツッ! キャストッ! ゥゥウィッテェ! でッ、あるぅのでッ、あぁあああーるぅうッ!」


 大きく叫び声を上げたグインツは、さぞ気持ちよかったのだろう。反響の余韻までも楽しんでいた。


 それを見た俺は恥ずかしいという思いに駆られ、引き返したい一心だった。これ以上、何かやられてしまうと、見てるこっちが死んでしまいそうだった。


『……カノン、頼む。……お願いだ』

「え、ええ、ごめんなさい。呆気に取られてしまって“遅れた”わ」

「我が魔導のぅッ、真、髄、をぅ、とくと――――……」

「もう、遅いと思うけど……今“遮断”したわ」

『ありがとう。助かった……』


 グインツは遮断されたことに気付いていないようだ。無音だからそう見えるのだろうか奇妙に動き続けている。


 とりあえずはそっとしておいて、一先ずは中央で待っている試験官の元へと向かうことにしよう。


『あのー……すみません。クラン≪カノープス≫所属≪オーエンズパーティ≫です』

「お、おう。……えー、では、試験内容……は、聞いてるな?」

『はい。パーティと個人の戦闘能力を測るための模擬戦と聞いてます』

「そうだ。実力を見る。が、勝ち負けだけでは決まらない」

『はい。対応力や判断力、それに連携も取れるかどうかってところですね』

「ほー、分かってるようだな。……売名だけが目的ではないのか」

『あ、あれは、その……彼の趣味、みたいなものです……ははは』


 苦言を呈された拍子、俺は咄嗟に茶を濁して返した。すると試験官は何とも言えぬ表情をグインツに向けた。その時のグインツはようやく気が済んだのか、観客へ丁寧なお辞儀していた。


「ンン゛、えー……障害物は利用しても壊しても、それに新たに障害物を生み出してもいい。ここはダンジョンで、人形モンスターと戦闘をすると想定して戦え。だが、万が一にでも殺してくれるな。その可能性がある魔法の使用は禁止。別途機会を設けるので必要があれば申し出ろ」


 声色を落とした試験官は一息に説明を終えた。そしてこちらの反応を伺うことも無く、せかせかと次の案内へと進もうとしていた。だから俺は試験官が話し出す前に慌てて申し出ることにした。


『――すみませんっ。あの、2名っ、あ、いや、3名、お願いします』

「ん? 3名……申請? それは本気で言ってるのか? 相手はプラチナランク、それに万が一の為に観客席にもミスリルが控えている。何かあろうとも防御壁くらいは張ってくださるはずだ。お前達ゴールドランクの魔法であれば問題ないと思うのだが……」


 試験官は俺が冗談を言っていると勘違いしたのか、それとも心配のし過ぎだと思われているのか、なんにせよ真剣に取り合う必要は無いと判断しているようだった。だが、試験官はそれでも本当に必要であると言うのであればと、多少の余地を残して様子を伺っていた。


『プラチナって……そんなに強いの? でも、直撃すれば、死ぬ可能性は大いにあると思うんです』

「ふむ。それは中級魔法であってもそうだろうな。だが、上級魔法程度であれば問題ない」

『あ、えーと……上級魔法って言ってもあんま良く分かんないな……どれくらいだろ……』

「分からぬか。ならば問題なかろう。だが、念の為、ミスリルランクの者等にも伝えておく」

『あ、はい。ありがとうございます。是非ともよろしくお伝えください』

「……うむ。気が晴れたのであれば、向こう側へ。笛の音の合図と共に開始する」


 試験官はそう言い残すと俺の元から離れて行った。そして俺達は試験官に指示された場所へと向かった。その時だった。嬉々とした表情のグインツが俺の肩を叩いた。


「オーエン! オーエンよッ!」

『――ぅわっ、なになにッ!?』

「つい今しがた覚醒したのであるよ!」

『――今ぁ!? え、覚醒したの!?』

「そう、我は完全に……理解したのである」


 グインツはそう言って自信満々に胸を張る。つまり、何故、どうして、と聞いて欲しいのだろう。まさに質問を待っている状態だった。


 だがしかし、時間はあまり無い。だからグインツには申し訳ないが、少し待つようにと合図し、先に皆を集めて試験官からの説明をすることにした。そして、それから。


『それと、皆、グインツが覚醒した。グインツ、ごめんけど、時間があまりない。だから違いだけを端的に頼む』


 フィールドの奥の方で準備を進めている人達の動向を見ながら、俺はグインツへと覚醒後の変化の説明を求めた。するとグインツは、


「まず供給加速。それに遠隔供給が可能となった。そして我のこの結晶で遠隔通信による状況把握が可能となったのである。……見ておれ」


 そう言うとグインツは左手に紅い結晶を浮かべた。覚醒の影響によって一回り大きく成長していた。


 それを静かに眺めていれるとひび割れ、砕け、そして花咲くように幾つかの欠片を結晶本体の周辺に展開させた。


「――ゆけ」


 そして砕けた欠片の一片一片が、それぞれに俺達の前へと飛んでくると、浮遊した状態で止まった。


「触れるのである」

『……ぉ、う、うん』


 グインツにそう言われるがまま欠片に指先を添えて見る。すると、欠片は紅く光り、一筋の魔力の糸を俺の身体へと繋げた。


 そしてこれで良いのか、とグインツの方を見れば、手に持つ結晶の周りに半透明の小さなモニターが浮かび上がっていた。


『……ぉおお!? 皆の顔が、映ってる……』

「で、ある。これでコミュニケーションが取れるのだ」

「わわわっ、着いてくるぢゃん! 勝手にっ!」

「うむ。自動追従機能搭載である。その場合、三人称視点で映し出される」

『なるほど、スゲェー……、まるでオペレーター、いや、どこぞの司令みたいだな……』

「フッ、フハハハッ、流石オーエン、分かっておるではないかッ! ハーッハッハッハー!」


 声高らかに笑う姿を見ても、やはりグインツはアニメや漫画の世界のキャラクターを彷彿とさせる。


 グインツとしては良くアニメなどで見る、逆境の中での成長、を自身の覚醒時に望んでいたようだが、まるで違う展開であってもとても嬉しそうだ。


 ド派手な魔法好きのグインツには不釣り合いに思えた能力も、こう成長、変化すればまさにピッタリと言える。これであれば、好きこそ物の上手なれ、となるはずだ。


『後ろは頼んだ。……じゃ、作戦はそのままで、皆、行くよ』

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