第83話
俺が皆の足元まで駆け付けると、皆も続々と足場から降りて来た。
降りて来る面々と勝利の喜びを共有したいのは山々だったのだが、どうやらカノンは一人では降りられないほどに、そうするのも憚れるほどに消耗してしまっているようだった。
『カノン!? 大丈夫なの!? ほらっ座って休んで!』
「ありがとう……“大丈夫”よ。……怪我はないから」
「恐らく、我の魔力供給が追い付かぬほどに魔力を放出した影響であるな」
「ささ、一先ずこちらへどうぞ、直ぐに用意致します故……」
大した怪我は無いにせよカノンは魔力消耗による影響で辛そうにしていた。その様子を見たフーガさん気を利かせて敷物を広げてくれていた。
そこへカノンを寝かせ、グインツからの魔力補給を受けている間に有り合わせの布を広げただけの日陰を作って顔色の変化を眺めていた。
その間、手が空いた者は周囲の警戒と〈コレクター〉が落としたアイテムの回収、飲み物やらの用意を手分けして行ってくれていた。
こういう時の為に前もって役割を決めておいて良かったと思えた。そうしてしばらくしていると、カノンが身体を起こして水分補給できるまでに様子も落ち着いたようだった。
『カノン、正直、助かったけど……無理し過ぎじゃないかな? 心配だよ』
「貴方を失うよりは“マシ”よ。……どう? 分かったかしら私の気持ちは?」
『……ン、……ンン? それを、俺に、分からせるためにそうしたんじゃないよね?』
「どうかしら? ……貴方に理解してもらうにはこうするのが“手っ取り早い”でしょ」
『あ、ああー……、え、うん、え? ……え、どっち? え? どういうこと……?』
心配だからあまり無理をしてくれるなと諭すつもりであったはずなのだが、カノンは視線を細めたまましてやったりと言った様子だった。
俺はそのカノンの言った言葉をそのままの通りに受け取れば良いのか、はたまたもう一つ浮かび上がった解釈で受け止めればいいのか分からなかった。
それがどちらにしても考えれば考える程に難しい話だと思えた。俺は犠牲を払いたくない。その為に無理をしてしまう。だけどカノンはその考えが嫌いなようだ。
再三に渡って考え直すように言われても尚、咄嗟の時にはやはり俺が犠牲なりやすい位置に出向いてしまうのだ。だが、言わんとしていることは理解出来る。
だとしても、それが悪癖であるのだろうと分かっていても、そうしてしまうのだからどうしようもない。そう考えていた。
それは今も同じことだ。今回のカノンの行いによって更にその考えは強まったとも言える。でも、カノンや仲間が抱える心配や不安の気持ちが痛いほどに分かった気がする。
庇われた側の支払う代償の重さを、勘定に入れない身を挺す側の身勝手さをだ。残す側と残された側の食い違い。死ぬつもりが無くとも結果がどうあれ満足することはないのだろうと改めて知る事となった。
「“分かった”かしら?」
そう最後に聞いて来たカノンがどちらの事を聞いているのかは分からなかった。だとしても、どちらにせよカノンが答えを簡単にくれる訳もない。
だから俺は、その問いに頷かざるをえなかった。
それから皆が戻って束の間の休憩をしている間も、俺の頭の中はそのことで一杯だった。手も口も動きはするが、上の空と言ったような状態だ。それからしばらくして、
「32、33、34組ー……、おっしゃ、一揃え、これで終いや!」
拾い集めたタグの選別を終えたレオンが声を上げた。そうして一本の首紐に複数枚のタグを連ねた物を掲げながら仰向けに寝そべった。
「ふぅーお疲れー。探検者にクランに労働者のタグ、全部で結構な枚数だったねー」
「うむ。かなり古い物もあるな。これでこの者らもようやく浮かばれるであろう」
『そうだね。……街へ戻ったら一番に届け出ようか』
汚れや錆の具合からも、記された生年月日からも、そうと分かるタグの数々。その長い間の期間を経ても尚、まだ待っている人はいるのだろうか。
俺はそう考えながらもその反面、待つ人がいないことを願っていた。そんな時、横合いから肩を突つかれた。
「ねねねー、このレアドロップはカノンちゃんに渡していいよねー?」
横を見れば〈コレクター〉が残したアイテムを手に持ったヨウが訪ねてきた。ヨウがカノンへと、レアドロップと呼ばれたそのアイテムを渡すように尋ねたのは、形状からして見てそれが鞭の形をしていたからだろう。
『ん、あ、うん? えーと皆はそれでいいかな? おっけ、じゃあそうしよう』
俺達のパーティで定めた分配方法は、メンバーに即したアイテムが出れば、支払い無しで与えるというものだ。
一応、皆の同意を得る為に聞きはしたが、そのルールに則り、カノンへと受け渡されることとなった。
「はいっ、カノンちゃん! 元気になったぽいなら、ちょと振ってみてよー」
「ありがと。なんだかちょっと“気が引ける”んだけどー……一応、使ってみるわね?」
カノンは魔力補充が済んだばかりだが、ヨウの要求にも応えられる程度には調子も戻っているようだった。
先のタグ選別の様子を見ていたことも、ドロップしたモンスターがモンスターなこともあって多少気掛かりはあるようだったが、カノンは受け取った鞭の善し悪しを確かめるように見て、それからアイテムに罪はないと言い聞かせるように一息ついてからいつも通りの構えを取った。
それは斜に構えはするがしっかりとした筋の通った構えだった。
「じゃあ“試して見るわ”ね? ……ふッ」
射程距離は今まで使っていた鞭よりも明らかに長かった。だが、そんなことを気にするでもなくカノンは見事に空気を打って見せた。
その鞭が打ち鳴らした響きが空へと抜けていくような音をしていた。だが、それはそれで良いとして、勘違いで無ければ気になることが一つ目に付いた。
『……あの、反対! カノンにその鞭を与えるのは反対です!』
「えぇっ!? オー君なんで!? なんか良さそうだったぢゃん!」
『いや、マズイ。……あの鞭は凶悪過ぎる。……だからダメっ!』
「エン? もうこの鞭で縛られることを考えているの? “気が早いわね”」
『いやっ、絶対イヤだから! そんなので縛られたらズタボロになるだろっ!』
見た目は至って普通のように見える鞭を持って仄かに笑うカノンの目付が恐ろしかった。
ヨウは何がどういうことかと訳が分からない様子であったが、振るわれた時の黒鞭の変わり様を見れば笑ってなどいられなかった。如何に特殊な性癖を持つ者であったとしても遠慮するはずだ。
「えー、黒いだけのふつーの鞭ぢゃん?」
『いや、違うッ! 全ッ然、フツーじゃない!』
「ヨウ〈コレクター〉の蔓覚えとるか? 恐らくあれとよぉ似とるんや……」
「トゲトゲウネウネー? でも、その鞭は表面がデコボコっとしてるだけぢゃん?」
『良く見て! そのデコボコがッ、振った時に起き上がってッ、引っかかるようになってんの! 鱗の棘みたいな感じ!? それに先端ッ! ぶッとい黒い棘が出てた! 殺傷能力高すぎぃ! こんなので打たれたら死ぬッ!』
そうヨウへ、この鞭の危険性を伝えている間、頭の中では縛られた俺が悲鳴を上げている映像が流れ続けていた。
鬼に金棒を渡せばどうなるか、つまりはそういう想像をしてしまっていた。だから俺はカノンの手に渡らぬように必死になってしまっていた。
「んえ? モンスターと戦うんなら良いことぢゃん?」
『……あ、それはそう。だけど、えー……それだけで済む?』
「流石にカノンちゃんもその鞭でそこまではしないでしょー」
『なら、良いんだけど、ね。……なら、賛、……せい、かなーぁあ!?』
「エン? 安心してね? 貴方から貰った鞭を捨てたりなんてしないわよ? だってほら“まだ使える”じゃない? “使用用途があるのに”捨てるのは勿体ないわよね? それに私、こう見えても“物持ちいいの”よ?」
すっかりと元の調子を取り戻したカノンが悪戯に笑って言った。聞こえてくる言葉の意味が俺に取っては全て良くない方に聞こえるのも勘違いでは無いはずだ。
俺がプレゼントした方の鞭は、日頃から丁寧に手入れしている。だから草臥れた様子もないことは知っている。それを今後、長持ちさせてどう使用するかなんて聞くまでも無かった。
「ふふっ、……“お楽しみ”ね?」
『はは、は、……あっ、そうそう! おた、お楽しみと言えば! カノンが元気になったことだし、そろそろ遺跡の中を探索しようか! ハハハ、はは……は……ンッンン……ハハッハ……』
乾いた笑いが出るのはここが乾燥地帯だからだろうか。十分に水分を取ったはずだったが喉の奥が張り付いて上手く笑えなかった。
後ろで何やら言われている気もするが、丁度都合良く風が吹いていることだし、今は聞こえない振りをしよう。
それから俺達は簡易の休憩場所を急いで片付けてから、カノンの情報を元に遺跡の中へと入り、そしてヤツの住処へと向かうことにした。
遺跡の中は上下左右何処を見ても砂と同じような色をした壁に囲われていた。ピラミッドの内部へ入った記憶が無いにしても、凡そ似たようなものだろうと思えるようなものだった。
乾燥した風が吹き抜ける道を通り、狭く暗い通路へと入る。全員が光晶石を首から下げて先導するカノンの後ろへと連なるようにして着いて行った。
遺跡内部の構造もモンスターの有無も凡そカノンが把握できていたから慎重に進んでいても、そう時間は掛からなかった。
カノンが〈コレクター〉との戦闘前に言っていた通り、地下に空間が広がっていたのだ。そうして砂で埋もれた通路を通り、壁が欠け朽ちそうな部屋へと辿り着いた。
その場所はまさに棺でも置いて在りそうで、祭壇のような雰囲気を漂わせる一室だった。カノン曰くはこの場所に〈コレクター〉が居たらしい。
結局、俺はヤツの姿を見ることは無かったが、砂中に見えたヤツの姿は黒い茨で出来た玉のような塊だったみたいだ。
それもグインツの魔法に寄って大半が焼失してしまったらしいが、その痕跡はこの部屋の至る所に残されていた。
窪んだ床や傷だらけの壁、それにこの場所にもタグが散らばっていた。そして恐らくはそこが寝床だったであろう場所に宝箱が置かれていた。
それは目立つ装飾も無く、金銀財宝が詰まって居そうな見た目でも無い、ただの黒い箱だった。だが、俺達はそれを見付けた瞬間に宝箱だと思い至った。
それはまさにダンジョンからの報酬であるというように、黒い茨の模様が黒い箱に刻まれていたからだ。
皆その箱を見付けてからは何が入っているかと口々に話し、好き勝手に想像を膨らませていた。そして期待に胸を躍らせながら開けてみれば、俺達の期待に即さぬ内容物が視界へと映り込んだ。
開けた瞬間に聞こえて来たのは驚きや喜びの声ではなく、それが何かと疑問に問うような声だった。金銀財宝が目一杯詰まってことも無く、宝箱の中身は隙間の方が多かったが、だとしても宝箱の中には確かにアイテムが3つ入っていた。
それは透明の水晶の塊と、黒光りする短剣が一振り、後はビー玉のような色付きの玉が入った箱だ。
水晶は、六角柱が幾つも付き出したような結晶の塊。そうとしか表しようがないものだ。そして黒光りする短剣は、短剣の形をしているが切るにも突くのにも適していないような特殊な刃の形状をした一振りだ。
グインツが言うにはソードブレイカーと呼ばれる物らしい。峰の部分が不揃いで、凸凹の、欠けた櫛歯の様な、ギザギザした造りになったもので、その溝で剣を受け止めて折ることに特化しているようだ。
最後は長方形の木箱に入った物だ。その木箱の中には色違いのビー玉が6つと、ビー玉と同じ色のガラス指輪が6つ入っていた。ビー玉とガラス指輪は対になっているような色の組み合わせで並べられていた。
それ等を一つずつ取り出して皆で回し見しても、何に使用する物かは一つを除いては誰も分からず仕舞いだった。
結局、それらを何にどう使うのかも分からぬのだから、結果が伴なっていないとも、成果を上げたとも言えない。まさになんと言えぬというような微妙な空気感を漂わせながら俺達は遺跡を後にした。
とは言え、期待し過ぎたのが悪い。気を落とすことは無いはずだ。短剣以外の用途不明アイテム2つも価値ある可能性は大いにある。だから気を取り直して持ち帰ってからの楽しみとすることとなった。
ギルドであれば資料も備わっているから、それ等が何かくらいは分かるはずだろう。そう淡い期待を寄せて、俺達はその足でダンジョンを抜けることにした。
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