第81話


「まだよ。行かないで。……“砂の中”、……待って、……動き出した」

「流石にボク等のこと諦めたかなー? あ、地図の赤印を見ればいいよねー」

「ええ。もう居ないわ。印も動いて“元の場所の方へ”と向かってるみたい」

「ってことは、もう問題無いんか? ……んで、オーエンどうするん?」

『待って、カノン、大丈夫。まずはどうするにせよ話し合いをしよう』

「私は“反対”。討伐するにしてもギルドに戻って報告してからよ」

『カノン分かってる。言ってることは正しい。だけど、話し合おう』


 議題は勿論、あのネームドモンスターをどうするかということだ。まずどうするかではなく、どういったモンスターからの知識共有を行った。


 それは人知れず現れ、神隠しの様に人を攫っていくだとか、ゴールドタグのパーティが壊滅させられただとか、噂程度の話でも知っている情報は何でも聞き出した。


 出来れば勝てる見込みがあるかどうかを知りたかったのだが、何分戦って舞い戻った者からの情報が少ない。僅かな情報さえも見栄を張って嘘をついている可能性だってある。


 そもそも戦った者が皆、敗北しているから、情報が少ないのかどうかさえも分からない。出会うことが自体が珍しいということもあって判断材料が乏しいのだろう。


 ネームドモンスターがどれくらい強いのか、どれだけの実力があれば勝てるのかなんて結局、ヤツが現存している時点で誰も打倒出来ていないのだから分かる筈もない。


 情報提供を惜しむことの無いカノンは腕組みしたまま俄然として反対の姿勢を取ったままだ。少しでも乗り気だという雰囲気を見せれば鋭い視線が飛んでくる。


 だが、俺は幾ら話を聞いても、この状況を好機としてしか捉えることが出来なかった。だから皆へと相談する振りをして、カノンへと説き伏せられるように伝えることにした。


『俺達の予定は、1か月間で出来るだけ強くなること、だ。このエリアで経験を積み、そして次のエリアに向かう、そして更に経験を積む、という予定。……だけども、フォティアさんからのミッションは、名を挙げろ、だ。それで名を挙げる為に長期遠征部隊の末端に加われというフォティアさんが提示してくれた道筋に沿ったものだ』


 本来求められている結果、つまり俺達の目標を再確認しながら、順を追って説明していく。


『それ自体は曲げないし、長期遠征部隊の試験にも参加する。この1か月間の予定も変えることは無くていいと思う。ここまでは総意であるよね? ……うん。……でさ、まずは聞いて欲しい。こっからが俺の提案なんだけど、探検者の間で畏怖されているネームドモンスター、……つまり、ヤツを倒せば、一石二鳥……じゃない?』


 俺がそう提案すると皆は顔を見合わせたり、ある一方向を伺い見たり、と様々な反応を見せている。


『……うん、いや、分かってるよ? まだ、まだ、聞いて。……うん、だけど、それは今じゃなくていいと思う。皆それぞれ不安や心配もあるだろうし、さ? だから十分に強くなって、十分な準備をして、十分なゆとりがある時に挑戦してみない? ヤツは日中住処から出てこないし、夜間は俺達も出歩かない。なんなら51階層からのエリアに慣れた頃に狩りに戻ればいい。流石に俺達がそうしている間に狩られてるってこともないでしょ?』


 そこまで話してから、俺はカノンの顔色を伺った。するとカノンは渋々ではあるが、それならば納得できるというような表情を浮かべていた。


 皆にも意見を求めて見ても、俺の提案に兼ねがね同意してくれた。ココやヨウの不安も一先ずは解消されたようだし、勇む男達も不満は無さそうだった。


 それから日が昇るのにはまだ早い時間の内に、床へ就く者と見張りに就く者とに分かれた。


 見張り番を変わろうかという申し出もあったが、気持ちだけは有難く頂戴して折角の申し出を断ることにした。腹を割って話をするには持って来いの時間だ。夜はまだ長い。相方と二人で思う存分に語り明かすことにした。


 焚火に薪をくべるかの様に少しずつ。揺らめく度に表情を変える炎を眺めつつ。暖かくも熱く、燃える炎の気の向くままに。爆ぜた火の粉が舞い上がり、夜の闇の中へと消え去るまで。


 凝り固まった蟠わだかまりも、焦げ付いた不満も、地平線の先に太陽が顔を出した頃には何事も無かったかのように昇華してしまっていた。


 そうして起きて来たばかりのレオンとヨウと見張り番を交代し、眠気眼に涙目、濡れた睫毛、赤み差した目尻の彼女と共に、隣同士で眠りについた。


 微睡まどろみ、覚め、微睡まどろんで。熟睡できたとは言えぬ浅い眠りだったが肩を揺られて起きた時には頭は冴えていた。手早く朝支度を済ませ、皆で朝食を取り、そしてまた荒野と砂漠エリアへと繰り出した。


 何処からともなく沸くモンスターを幾ら狩れども狩れどもまるで満たされることは無かった。日暮れ前にはアンダーへと戻って来てはいたが、戻って来てもすぐにダンジョンへと繰り出すことばかり考えてしまう程には飢えていた。


 休日を1日挟んではまた荒野と砂漠エリアへ、そしてまた休日を挟み、荒野と砂漠エリアへを繰り返すこと二週間。


 そうしている間に積み重ねた経験は自信に変わった。潤い蓄えた資金を用いて各々の防具を一新したことも理由の一つであろうか。見栄えは差ほど変わりはしないが、内に秘めたものの質は大いに変化したと感じられた。物は試しにと胸を叩いてみれば、返って来る音さえも、そう裏付けているようだった。


 俺達はその自信を胸に、荒野と砂漠エリアのボスに挑むことにした。だがしかし、またも呆気ない決着になってしまった。グインツとウィーツの対大型討伐魔法の二枚積み、それに加えココの魔法、更には覚醒したカノンの魔法によって簡単に討伐出来てしまった。


 エリアボスの姿が見えたのは一瞬、それも僅かに鼻先を垣間見ただけだった。蟻地獄のような砂の渦を作り出す大型のモンスターであったのだが、渦の中心にそれ等魔法を同時に打ち込むのを唯々見守っていただけだ。


 そうだとしても俺達パーティの実績である。見事、荒野と砂漠エリアボス討伐の証を得た俺達パーティのランクは、累計実績も考慮され、ゴールドに昇格した。


 これで中級探検者としての証を首に掛ける事になった。クランとしてはブロンズからシルバーへの昇格だけだ。クラン設立から僅か数週間での昇格は順調であると言える。タグを交換して回る際に皆からもそう褒めてもらえた。


 かくして長期遠征部隊の試験前に次なるエリアへと進むこととなった。51階層からは海の街と呼ばれているエリアだ。凡そ半分が海に面していると言えばいいか、エリア半分を海が占めていると言えばいいか、そんなようなエリアだ。


 陸地続きの先を行けば、遠くの方に街がある。街の中には城が立っており、その城の中にあるというゲートを目指すようだ。


 そこへ辿り着くまでに街道を通り、関所や小さな集落を抜ける必要がある。見通しの良い道のりであるが故に、視線で街道を辿って見ればそれはかなりの道のりになるだろうということが分かる。


 ただ歩くだけでも数日、更にはモンスターの襲撃もあるとなると行くだけでも1週間以上は容易に掛かるだろうという道のりだ。それはゲートからゲートを繋ぐ道のりが一直線に通っていないせいでもある。


 スタート地点から見れば大きく曲がった先、海へと突き出したような陸地の先端に街があるからだ。海を渡れば半分以上の短縮になるだろう。だがしかし、そうも上手くはいかないようだ。


 スタート地点から見える海岸にはおあつらえ向きに小さな子船が数艘すうそう泊められてはいるが、それ自体が罠と言われている。よっぽど腕に自信があるか、相当の馬鹿でない限りは海を行くのは止めた方が良いらしい。


 小さな子船では海から来るモンスターに対処しずらいのもあるが、例えそれが大きな船であろうとも船底に穴を開けられればお終いだからだ。魔法のある世界で、尚且つ、人と同じようにモンスターも魔法を用いて来る。


 そう考えれば海へ出ることの危険性は理解出来る。それに海竜が襲ってくるだとかの噂があるようだし、何か特別な用でも無ければ外海の沖合へと態々出向く必要もないだろう。


 つまり海は危険であるということだ。とは言え、海の探索やら海産物の収集がしたい。そう思うのも探検者であればこそである。市場に海産物が流通しているのもそんな考えを持った探検者が数多くいるお陰なのだと思っていたが、話を聞けばそれはどうやら違うらしい。


 スタート地点からゲートと反対方向に見える浅い内海であれば資源調達も出来ると言う。流石にモンスターが出没する地帯で海水浴などは出来ないようだが海竜が出ることはないそうだ。そんなような知識を頼りに、俺達は新たなエリアでの探索と調査を行った。


 まずは昼の間に内海の浅瀬周辺で探索と狩りを行う。どのエリアでもそうだが、新たなエリアで初めてモンスターと対峙する時が特に緊張する。幾ら情報を得ていようがこればかりは結局、出たとこ勝負になる。


 これまでのエリアのモンスターと比べて素早いだとか小賢しいだとかの感想であればいいのだが、刃が通らないだとか攻撃が通じないだとかの不測の事態に陥ってしまう可能性だって考えられるからだ。


 内海のモンスターは大半が水魔法を放ってくる。半魚人の鱗は堅く、水魔法を巧みに操る。岩を背負ったヤドカリのようなバケモノは水魔法の他に土魔法をも得意とし、岩礁地帯で岩に擬態して生息しているようだが炎には弱い。


 毒針を射出するクラゲのようなモンスターは、スライムのような見た目をしているが切断してもくっ付いて再生することは無い。こういうように体感と経験は実際戦って見なければ得られない。


 街道から離れた地域の野生モンスターはどれも戦い応えのあるモンスターばかりだった。上層階であるが故に当然と言えば当然であるが、一戦一戦得られるものも先のエリアより多いように思えた。


 もし覚醒していなければ太刀打ちできないかも知れなかったと思う程だ。未だ覚醒には至ってはいないグインツやココがもし魔法を使えなかったすれば荒野と砂漠エリアに引き返していただろう。


 俺達はそれが分かった時点で、街道を通ることも、近づく行為も見送ることにした。戻りのゲートへと向かう際も清々せいせい滔々とうとうと夜空を流れる星を背にして夜の帳の中を進んだ。そうしなければならないのも、まだ俺達は自信を持ってこのエリアに立ち向かえると言えるだけの実力が無いと判断したからだ。


 51階層で最も危険なのは海だ。だがそれも近づかなければどうと言うことは無い。それとは別に気を付けなければならないことが、このエリアにはもう一つある。それは海の街の住人に見つからないことだ。ここへ至るまでのエリアの大半が夜が危険なエリアであった。だが、このエリアは昼が最も危険なエリアである。


 遠くに見える海の街はモンスターに占拠された街であり、住処となっているらしい。もし海の街に住み付いたモンスターに見つかれば大群で押し寄せて来るようだ。それも街へと近付けば近付くほどに数は多くなる。


 入り口のゲート付近であれば数十体のモンスターが徒党を組んで向かって来る程度らしいのだが、街の周辺や内部ではその何倍もの数、数百を超えるモンスターの群れが襲ってくるらしい。


 ただのモンスターであればまだ良い狩場になりそうだと言えるのだが、難儀なのはモンスターに知性が備わっていると言う点だ。このエリアのモンスター共は種族が違ったとしても争うことは無く、共に手を取り合って探検者を打ち倒す為に協力する。


 それだけじゃなく街の門を閉ざして戦うらしい。つまりは攻城戦となるようだ。これまでの階層とは一味も二味も違うのが、51階層からの海の街エリアだということだ。


 俺達は海の街エリアでの活動は危険だと分かりつつも探索を止めることは無かった。荒野と砂漠エリアへと引き返し、そしてまた挑戦するの繰り返しだ。


 そうしている内に日々が過ぎて行った。まだ2週間が、もう1週間になり、あっという間に残すところ後3日と、試験までの期日に近く迫ってしまっていた。


 振り返って見て、1か月間と比べれば、遥かに成長したと言えるだろう。だがしかし、これで良いのかという風にも思う。


 まだ海の街エリアをクリアできていないパーティが、更に上を目指す遠征部隊についていくことなど出来ようもない。


 このままではフォティアさんの期待に応えられそうにはない。だから、そう思ったからこそ俺は、再び例の件を打診することにしたのだ。


 荒野と砂漠エリアのネームドモンスター〈コレクター〉のことを。




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