第78話


 夜が明けて、朝を迎えた。


 このドーム状の空間の天井から幾つも突き出たクリスタルから光が途絶え、そして再び光が放たれたというだけのことだが、それがこの世界の一日の始まりである。


 丸一日以上起きていたせいか、それとも十分過ぎる程の睡眠を一度に取ったからか、目覚めるとすぐ眼球の奥から後頭部にかけて鈍い痛みを伴う頭痛に見舞われた。


 ただ話に聞いた二日酔いの朝みたく、頭痛による後悔が伴うことは無かった。起き抜けの頭に子供達の声が響く朝。そんな健全で純然たる日常を求めたからこそ代償だからだ。


 そんな普段通りの日常を過ごし、些細な幸せの余韻に少しだけ浸ってから、俺達は成すべきことを成す為に集った。そしてクラン設立の挨拶がてら方々ほうぼうを回り、一枚ずつ急ごしらえのクランタグを手渡した。


 毎度、初対面である者同士の挨拶と紹介に加え、この度の事情や経緯を説明をしていたからか回り終えた頃には夜になってしまっていた。


 身内であれど受け取るのを渋る人や、受け取らないと突っぱねられることなどもあった。そんな人たちを必死に説得したこともあって思いの外上手く回れずに時間を要した。


 それでも精一杯の気持ちを伝えて回った。今でなく、ゆくゆくは、と幾度も口にした。それが約束であると信じて持っていてくれる人がどれほどいるだろうか。それをいち早く証明しなければならないと思う一日だった。


 なにはともあれ。これで幾らかは溜飲が下がった。不安そのものの解消はされてはいないにしても、ダンジョンへ籠ることが出来る程度にはなった。子供でも入れるクランだと馬鹿にされようともそんなことは知った事か。


 他人に幾ら舐められようとも、毒牙に掛からねばそれで良い。それも狼に抱かれて育つまでの辛抱だ。それ位の代償は支払う。それで代えがたい者が守れるのならばそれで良かった。


 例え鬱憤が溜まろうとも、それを晴らす為の矛先は決まっている。虚空へと向けてむやみやたらと振り回すのではなく、ただ上に、上に、突き上げるのだ。


 そうすることで俺達≪カノープス≫の未来が決まる。破竹の勢いを持って駆け抜けてやる。そう皆で決めた。


 そうして俺達は強さを求めて41階層から始まる荒野と砂漠エリアへと足を踏み入れた。


「遺跡からッ――“3体ッ”」

『追加のミイラかッ! 先に潰しに行く!』

「後ろのサソリは任せぇ!」

「あっ、またギィ達が向こうから一杯連れて来てるよ!」

「私がっ、まとめて殲滅しまス!」

「グインツ、ボクのサポートいる?」

「人面獣如き、必要無いッ、のでッ、ある!」


 ありさそりを混ぜたような虫型に、人面ライオンの様な獣型、砂漠で干からびたような見た目のミイラに囲まれ、そして向こうの方からもモンスターの群れが迫っていた。


 既に俺達の周辺はモンスターの亡骸が散乱している。その亡骸がダンジョンへと還る間に、また次から次へと増え続けていた。


 尽きる気配の無いモンスターの群れを片っ端から、時には陣形を整え、編成を変え、連携を取って対処していく。


 俺達が新たに踏み入れたエリアでは、遠距離攻撃や魔法を放つモンスターも少なくは無い。ミイラであれど動きが鈍いだけのモンスターでもない。


 遠距離からの魔法に加え、呪いなどのデバフまでを用いて来る。だから、一番素早い俺が遊撃手となって危険なモンスターを先んじて討って回る。


 そしてヨウとフーガさんを中心とした陣を敷き、レオン、ウィーツがモンスターの引き受け役になってくれている。


 遠距離攻撃の要であるココとグインツは迫るモンスターの数を減らす役割だ。カノンは索敵や警戒とサポートに徹してくれている。そうしてギィ達が引き寄せたモンスターを倒し続けている。


 こうしているのも成長の為だ。俺達がこのエリアに足を踏み入れてすぐに、実力が通用することを悟った。そして早々とある一定の地点に留まり、狩場とすることにした。その読み通り、俺達は新天地においても狩りのペースを落とすことなく狩りを続けられていた。


「“黒点”が向かって来ているわ!」


 地図に目を落としたカノンが声を上げた。俺とカノンの二人で試練の間と呼ばれるボスフロアで得たあの地図だ。


 あの時は宝の地図だと思って疑いもしていなかったが、ある時カノンが赤い印が動いていることに気付いてからは、それが宝を示す地図では無いと分かった。


『黒点ってことは上位種か』

「おい、まさかアレかいな!?」

「ヤババっ、砂漠が動いてるみたいぢゃん!?」

「標的は“地中”ッ、恐らくはワーム種よ!」

「グインツー、間に合うかなー?」

「間に合う訳ッ、なかろうよッ!?」

「じゃあボクが代わりにグインツ出すねー」

『カノンッ、音を爆発させて引き摺り出せるかっ?』

「やって見るけど、……まだ“遠い”わ」


 そうして指示を飛ばしている間にも、モンスターは止まる事なく地中を突き進んで来ていた。未だ遠くではあるが、その身体の大きさも、その速度も尋常ではなかった。あの様子ならば、すぐさまこの狩場へと辿り着くだろう。


『ヤツが辿り着く前にッ、念の為ッ、周辺のモンスターを出来るだけ蹴散らすぞ!』


 遠くの方で小高い砂丘が崩れ落ちていく様をちらりちらりと見届けながら、それでいても手を休めることは無い。後ろの荒野側は粗方殲滅し終えている。そう時間は掛からないだろう。


 前方の砂漠側にいたモンスターの群れも、遠距離攻撃による集中砲火でこちらへと辿り着くことはないだろう。こうして状況把握においても、高度差の有利を取れるのも、この見晴らしの良い荒野地帯を狩場としたことが功を奏したと言える。


「“行きます”――【ソニックバースト】ッ!」


 カノンはその掛け声と共に鞭を打ち振るった。ただ全く音は聞こえない。無音のそれは、魔力で増幅し、凝縮された音の塊だ。そのカノンの魔法がこちらへと迫るモンスターの元へと途轍もない速度で飛んで行ったことだけが見えた。


 その行方を追ってみれば、モンスターが通過するであろう地点の少し前の砂漠の砂が弾け飛んだ。


 途端、モンスターが一瞬だけ黒光りする甲冑を纏ったような姿を見せた。眼前で衝撃波が爆発したことで驚いて跳ね上がったのだろう。だが、そのモンスターの全貌を見る間も無く、身体をくねらせるとすぐに地中へと戻ってしまった。


『カノンッ、アレを使っていい!』

「はいっ、……“集中します”、……【オーバーッ、ドライブッ】!!」


 カノンがそう叫んだ途端、身体からは先程と比べ物にならぬの魔力が湧き立った。魔力そのものが波打ち、小刻みに振動しているようだった。カノンの心臓が脈打つ度に、その鼓動がこちらへと伝わる様な感覚にさえ思えた。


 そうしてカノンは自らの身体と魔力を用いて振動を起こし、空間中の振動を更に増幅している。自ら五感の一部を閉ざして集中しているのも、神経を研ぎ澄ませる必要があるのだろう。とは言え、それも一時のことだ。カノンが目を開くと、 


「“からのっ”、――【ソニックバースト】ッ!」


 先ほどと同様の魔法を迫る地中のモンスターへと向けて放った。それは見た目も速度も変わらない。だがしかし、何倍にも増幅された魔法の威力は桁違いだった。


 巻き上った砂の量から見ても段違いだ。目を見張る程の成長を遂げていたカノンの魔法は、跳ね上がったモンスターの身体が大半が見えるほどの威力を備えていた。


「おぉー! じゃあーボクの番ー……【リプレイ】」


 そこに、まるで跳ねたクジラでも眺めるようにしていたウィーツが【クリムゾンレッド】を放つグインツの姿を再現した。すると再現されたグインツは間髪入れずに紅い光線を打ち放った。


 紅い光線が一直線にモンスターの体表へ着弾すると火花が跳ね散った。堅そうな甲殻を持つモンスターだとは思っていたが、針を突き刺すようにすんなりとはいかないみたいだ。


 とは言え、黒い甲殻が橙から赤へ、そして白へと変わるのにそう時間は掛からなかった。モンスターの身体の中へと光線が吸い込まれたように見えた次の瞬間には紅い彼岸花の様な炎が吹き上がった。


「見事命中ー! カノンちゃんとボクのファインプレーだねー!」


 呑気な声を上げるウィーツを何とも言えぬ顔でグインツが見ていた。狙いを定めるのにコツがいるからだろう。己が魔法であると主張することは出来ようとも、そんな言い方をされてしまえば言ったとて仕方ないと思ったのだろう。そう思わせるような表情でグインツがこちらを見ていた。


『二人共ナイスッ! グインツの魔法もやっぱ凄いな! あ、レオンそっち片付けてくれたんだ? じゃ、じゃあ、そろそろ休憩しよう? ヨウ、ギィ達を呼び寄せてくれる?』

「おけーぃ、皆-っ、戻っておいでーっ! 回収したら休憩だってさーぁ!」

「休憩場所の設営、段取りはお任せください。それと回収品はこちらへ」

『あ、フーガさんありがとうございます! 皆こっちのシートに回収品集めてー!』


 そうして紫外線対策の外套の隙間から覗くグインツの視線を交わしながらも、それぞれ散らばった魔石やアイテムを回収して、フーガさんが広げてくれたシートの元へと集った。


 それからは此処へ来るまでの間に目星を付けていた休憩に適しているだろう荒野の廃墟へと戻ることにした。


 砂を固めて作られたような家屋の天井は半分程崩れ落ちてしまっているが日除けするには十分だった。日陰に入り、紫外線や砂ぼこり対策として羽織っていた外套を脱ぐと砂漠の風が火照った身体を冷やしてくれるようだった。


 熱風とも取れる砂風を心地よく思うことなど今までは無かったが、これ程までに体中が汗ばんで衣服が湿り気を帯びていればそう感じてもおかしくは無いだろう。


 俺達は濡れた衣服を絞ったり、頭から水を被ったり、心地良い風を浴びたりと各々思い付いた方法で涼を取っていた。


 ここで飲む、冷えたスポーツドリンクは格別の味であった。甘さと冷たさが身体に染みるようだった。そんなように茹だるような暑さの中で些細な幸せを感じていると、


「……ウィーツに、レオン、それにオーエン、次こそは我かと思えば、カノン嬢……むぅぬぅんんんヌンッ!」


 突然、グインツが発狂した。まるで内側から未知の生物に意識を乗っ取られたみたいだ。いや、腹の中から何かが湧き出て来そうだと言う方が合っているだろうか。


 皆はまた始まったと相手にする様子もないみたいだが、このまま放って置けば後々面倒になる。だから俺は渋々声を掛けることにした。


『……どう、したの?』

「どうもッ、こうもッ、ないのでッ、――あるよッ!」


 一歩一歩と足を踏みしめながら近づいて来るグインツは相当暑苦しく思えた。気温の高さも相まって自然と身体が避けてしまう。それ程までにグインツは熱気を帯びているように見えた。


「かくせい、カクセイ、覚醒、覚醒、覚醒ッ、覚醒ィイイッ!!」

『――怖ッ!? 何なにナニ!? なんか食べちゃダメなのでも、食べちゃったッ!?』

「馬鹿を言えッ! 今まさに覚醒しようとしているのだろうよ!」

『……は? あ、あぁ、良かった。……おかしくなったのかと思ったよ』

「気が狂いそうではあるッ! 何故我はッ、覚醒出来ぬのだと憂いている!」


 グインツはそう言って空を見上げ、両手を広げ、まるで狂気を振りまくが如く振る舞いを見せた。


『きっ、も……ち、気持ちは分かる』

「ならばッ、その時に感じたことを皆が皆、今一度ッ、感じたままに教えるのである! 何を想いッ、何を感じッ、何故そう至ったのか、である!」


 そう言ってグインツは覚醒しているメンバーの顔を見て、指先をわなわなと動かして覚醒時の状況を教えろと催促した。だがそれも幾度と聞いた話である。


 ウィーツは直感的に覚醒し、レオンは感覚的に覚醒したと以前から答えていた。俺も覚醒した時のことを思い返してみるが、やはり何がトリガーとなっているかは良く分かっていなかった。


 だから俺は今もまた同じ質問に同じ答えが返り、やはり堂々巡りとなってしまうのだろうと思っていた。だがしかし、カノンだけが違う意味合いの答えを引き出した。


「……理解、で、あるか?」

「そう。“理解”したのだと思うわ」

「むん? ……理解するのは、覚醒後であろう?」

「私は自らの魔法を、その特性を理解したから“覚醒した”のだと思うわ」


 カノンの答えに衝撃を受けたのはグインツだけでは無かった。どちらかといえばグインツは更なる疑問が浮かび上がったせいで驚いていたようだが、覚醒組の俺達三人はまさにそれが真理を衝いた答えであると顔を見合わせたのだ。


「確かにそうかも知れん。……何でこない簡単な事、気付かんかったんやろ」

「後か先かで言えば後だと思ってたけど、ボクも今思えば違ったかもー」

『知ると理解は違うっていうようなことか……だから直感的にだとか、感覚的にってレオン達も答えてたんだね。……強さはあまり関係ないって言われてる意味も、そう考えればそうなのかも知れない』


 カノンが覚醒した時もそうだ。夕食を取っているふとした時だった。グラスを指で弾いて物憂げにしているかと思えば、突如覚醒したと呟いたのだ。


 あまりにも突然に、それも簡単に覚醒したことに驚いてしまったのを覚えている。あの時、冷静に深くまで質問して、良く良く聞いていれば今日グインツが発狂することも無かったかもしれない。


「へー、そーなんだー……、あっ! あの子達っ、また暴れ回ってー……、言うこと聞きなー! 休憩って言ってんでしょー! ほんとに、あの子達ってー……まるで、……まるで、ンン゛、……ウ゛ッ」


 横で聞いていたヨウが呑気に返事をしたかと思えば、外で好き勝手しているギィを見て何やらを例えようとした。


 そしてその時、突如、頭を抱えてうずくまってしまった。


『ヨウ? 大、……丈夫?』

「ん゛、大丈夫、大丈夫だけど……、ねぇ、オー君、……覚醒しちった」

「――はぁあああああああん!? ぷぁーどぅん!?」

『ちょ、グインツ待って! 落ち着いてって、ねぇ!』

「何故、今このタイミングなのだぁあ! 今ッ、覚醒するとなればッ、流れ的には我であろうよ!!」


 グインツは涙目になっていた。殴りつける訳でもないのに拳を突き出し、せめてもの抵抗を、いや、何処にいるかも存在するかも知れない何かへと向けた主張をしているようだった。


「なぁ! マジで覚醒したん!?」

「うん。なんか頭が、ぱぁーっ、てなった」

「パァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「ヨウちゃんおめでとー! 次はココちゃんかな?」

「ウィイイイイイイイイイイイイイイイイイツ!」

「ぇぇ、そんなことっ、ココよりも、きっと、早いと思ウ」

「ココォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「うっさいのぉおッ!? ちょっと落ち着けや!」


 レオンがそう言っても落ち着く様子の無いグインツを落ち着かせる為に、羽交い締めにして座らせようとした。だが、グインツは抵抗をし続ける。


 そうしている間にレオンも痺れを切らしたのか、まるで容疑者を取り押さえるように、地面へと押さえ付けて大人しくさせることにしたみたいだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る