第77話


 ログさんが店へと戻って来たのは、俺達が店に戻って少ししてのことだった。


 俺達があのレザーマスクの男と相対している間にも常連客の手で治療院へと運び込んでくれたようだ。


 傷の具合を聞けば、全治一か月程度の診断だそうだ。縫われた傷を見せて治療院に毎日通う必要は無いと強がりながら、明日には店を開けると言っていた。


 ログさんが戻って来た時には犯人の男は憲兵に連れられていなくなってしまっていた。だから俺はログさんに何故襲われたのか、その理由を話した。


 憲兵に連れて行かれる前の僅かな時間に常連客等が犯人の男を詰問して話させた理由とレザーマスクの男が言っていた理由は同じだった。だが、違ったのは犯人の男が勘違いしたという点だ。


 男はログさんが【鑑定】のスキルで、抜き身のナイフを忍ばせていたことを見抜かれたと思ったようだ。


 そして【鑑定】スキルを持つログさんを始末出来れば、暗殺などの裏方の仕事を生業とするクランに入れてやるという条件のもとに行動したらしい。だが、実際はクランの採用試験における判断基準はそこではなかったはずだ。


 つまり、結局のところ犯人の男は、囮にもなれないと判断され見捨てられたのだ。犯罪者である犯人の男とレザーマスクの男は共々、店にいた。だが、ログさんは犯罪者である危険人物の二人を見抜けなかった。


 【鑑定】スキルがどれほどの物かは分からないが、もし犯罪歴やそれに繋がるであろう証拠を見抜けるスキルだとするならば、見つけ次第早々に店から追い出していたはずだ。


 でなくとも魔力消費の問題で店に来る客全てを【鑑定】しなかっただとか、そもそも個人情報をそれ程深くは見れないスキルだとか、考えられることはあるにはある。そうだとしてもレザーマスクの男は問題ないと判断した。それが全ての答えだろう。


 俺達が追いかけていなければそのまま逃げていた筈だ。あの男の言葉を鵜呑みにする訳では無いが、現状すぐにログさんが再び襲われることは無いだろう。そう、ログさんへは必要なことだけを掻い摘んで説明をした。


 母やシンとソナ、店の従業員、常連客においても、ログさんと同じ説明をした。そうして店の後片付けを皆で手伝い、母とシンとソナを家まで送ってから俺達オーエンズパーティは夜が遅くとも灯りが消えることの無いギルドの会議室に集まって話し合うことにした。


 何故、誰、何処から始まり、もし、仮に、万が一、があるとすればという話だ。レオンとは衝突することはなかった。それどころか真摯に受け止めてくれた。感謝の言葉を口にし、歯噛んでいた。だが、それは皆同じだった。俺達はまだ駆け出しで、実力を過信すべきではないと思い知らされたのだから。


 そうして俺達は自らの矮小さを感じつつも、アンダーの街に明かりが灯るまで話を続けた。話し合いの結果は、恥も外聞も、誇りさえも代償に、取れる手段を取るということで決まった。


 頭を下げて落ちる首が無くなるのならばそれで良い。後ろ指差されること位は甘んじて受け入れる。誰も悲しみたくないし、悲しませたくもないからこその決定だった。


 そうと決まってからはギルドで必要な各種手続きを取り急ぎ済ませた。


 そして済ませることを済ましてから、俺達オーエンズパーティ一同は充血した目を見開き、縋る思いと共に、数日振りに訪れたクラン≪カプノス≫の扉を叩いた。


「なるほどな。……坊主の言いてぇことは――」

「――駄目だ」


 話を終えるや否や、クラン≪カプノス≫の現団長のウエストさんを差し置いて、元団長であるフォティアさんが横から割って入って来た。


「どの口で言ってんだい? クランにゃ入らねーけど庇護は受けたいって虫が良過ぎるだろーよ」


 フォティアさんは怒気を孕んだ口調で、脅しを掛けて来た。睨みを利かせる目には俺達の申し出をおいそれと飲むわけにはいかないという意思を感じる。だが、そんなことで諦める訳にはいかない。元よりそう突っぱねられることなど分かっていた。


 大手クランであるが故の沽券に関わることなのだから仕方ない。現メンバーに対する配慮も必要だろうし、首脳陣だけ納得させればいいという訳でもないということは重々承知している。


『分かってます』


 現状を理解しているからこその頼みである。情けない話だがまだ俺達は目の届く範囲でさえも守り切れない。それだけの力が無いと言うことも理解している。でも、現状差し迫った危険が無いとしても、不安に目を瞑って放り置いて、誰かを失うことなんてことを許容できる訳がない。


『……上納金のお支払はもちろんのこと、俺達が持つ権利の一部、先ほど興味を示されていた酒や料理のレシピの全てを提供します。それにクラン≪カプノス≫の一端として随行ずいこうを希望なさるのならばそれにも従います』


 俺が交渉材料となるだろう条件を積み上げていく内に、フォティアさんは苛立ちを募らせているようだった。貧乏揺すりが大きくなっていくだけでなく、相槌の代わりに舌打ちを返して来た。


「ウチ等を舐めてんのか? 何が上納金だ? 月々幾ら支払えるってんだ? 百や二百で足りると思うのか? それにレシピが何だ? ウチは料理屋でも酒屋でもねぇんだぞ? ガキが気取ってんなよ?」

「おいおい姐さんそこらにしとけよ。……それに自分で目を掛けてやるつってたじゃねーかよ」

「アンタは黙ってな。……オーエン、なんだい、その可愛げのない、憎たらしい、大人ぶった様は。こないだみたいに甘えに来たかと思えば、いっちょ前になっちまってよぉ? ってことは、大人として相手して欲しいってことだろーよ?」

「いいじゃねーか、別に。そんくらいのことで怒んなよな。それに≪カプノス≫がどうするって決めたとして、ボウズからしてみればどっちでもいいんじゃねーの? なぁ、クラン名からしてもそう言うこったろ?」

「チッ、それもこれも気に食わねー理由の一つだっつってんだろ……ったくよぉ」


 フォティアさんは苛立ちを抑える為か、胸のポケットから取り出した煙草に火を点けて一吸い、そして不満と共に煙を吐き出した。その様子を見たウエストさんは愛想笑いを浮かべながら俺達の方へを見た。


「まぁ、もう既にクランは作っちまった見てーだし仕方ねーよな。……ってーことは、明日も明後日も顔を出しに来るつもりか? 何はどうあれレオンの来歴のこともあるし、ボウズ等のクランは≪カプノス≫との交流があるってー噂も情報屋の間で流れるだろ? 今日だってそうだ。……事件の翌日に報告しに来たみてーだわな?」


 ウエストさんは面白がっている様を隠しもせず、まるで謎解きを楽しむかのように俺達が考えた通りのことを読み当てて見せた。


 どうやら打算的な考えを読むのは得意なようだ。腕っぷしの強さだけを取り上げて一団の長を任せられているだけではないみたいだ。どちらかと言えばフォティアさんよりも油断ならない相手のように思えた。


 俺達はそこまでのことを話すつもりはなかった。だがウエストさんは敢えて面と向かって言って来た。と、いうことは隠し事をしても無駄だと言われているのと同義だろう。さりとて脅されている訳でも無い。


 裏を返せば腹を割って話す機会を与えてくれたとも捉えられる。そう俺が感じるのもウエストさんが優しき笑みを浮かべていてくれているからだろうか。どちらかと言えば訳を聞こうとしてくれているようにも思えた。そうであるのならば、後のことは考えないことにしよう。


『……相談も無く勝手に決めたことはお詫びします。……ウエストさんの言う通り、俺達は、なにがどうなったとしても≪カプノス≫の名を勝手に利用しようとしていました。……と言うのも≪カプノス≫に近しい者だと知れ渡ることで、俺達の身の回りの家族や知り合いを守れると思ったからです』


 クラン≪カプノス≫の面々がそう聞いて良く思うはずがないだろう。だけれども、吐露すると決めたからには、例え胸倉を掴まれようとも、胸の内に秘めた一切合切を吐き出すまでは止まることなど出来ない。


『……恥ずかしいことだと思います。……情けないことだとも思います。……でも、それでも家族を、仲間を、知り合いを、傷つけたくも、失いたくもない。……でも、今の俺は、目の届く範囲さえも守れない弱者です。……分かっています。……でも、守りたいッ。……そんな俺でも、頼りにしてくれる人や、守ってやらなければならないと思わせてくれる子供達もいるんですッ』


 シンフォニーやソナタ、ゼルやリナはもちろん。会った事もない孤児院の子供達のことも含め、絶対に危害が及んではならない存在という者もいる。


 ログさんの身に起こった先の事態のような事がこの先ないと言い切れない。傍から見れば心配性だと思われるかもしれないが、そんな悲劇を想像してしまうとどうしようもない感情に襲われてしまったのだ。


『そう思うなら、何故≪カプノス≫に入らないのかと思うかも知れません。でも、もう、その理由は変わってしまいました。俺達はクラン章を皆に与えようと考えています。まだダンジョンゲートにさえも乗れぬ子供達にも分け隔てなく、です』

「なるほどな。守りつつ、≪カプノス≫が笑われないようにするために、か」

『……そうです。正直、言って現状そこまでする必要は無いのかも知れません。だけど不安なんです。探検者稼業において犠牲があることは重々承知してますが、そんな犠牲を払いたく無いんです。……俺達が居ない間に止めることの出来ない悲劇が生まれて欲しくないんです』

「なぁ坊や。アンタの考えは、おくるみに包んで安らぎを与えてっつー慈愛の女神様みてぇな考えだ。それがまかり通ると思うのかい?」

『……いずれ、必ず、そう在れるように、強く、なります。……今は、そうとしか言えません』


 フォティアさんが慈愛の女神を引き合いに出したのは、己が身を捧げることになった女神の皮肉を説いているのだろう。だとしても、誰も俺の代わりになって欲しくは無い。犠牲も代償も払えるだけの強さが欲しい。その為の時間を今は食いしばってでも作る必要があったのだ。


「んーぁーあ゛、ふぃー……姐さん、どうすんだ? 軒先にちっせぇ旗掲げるだけだぜ」

「チッ、舐めてるかと思えば舐めてもねぇし、なんだよこの食えねぇガキは……」

「姐さんも焼きが回ったようだなー、まぁ好いたもん負けってとこだろ?」

「うるせぇよ、子供好きで何が悪い。……わぁったよ、認めてやる」


 フォティアさんがそう、不服そうに言ったからか、その言葉が耳から耳へと抜けて行った。聞けるとは思っていなかった言葉に一瞬、理解が及ばなかった。


 こうもあっさりと許しを得られたことによる驚きの方が強く、喜びの感情さえも遅れてしまった。


「文句ある奴はーいるか? あるなら今言っとけよー……、後はめんどくせぇからなー……」

「――ただしッ! 一つだけ言っておかなきゃならないことがある!」

「姐さんが言うのかよ……、はぁ……」

「あ? ……いいか? アンタ等の力で名を挙げろ。……つまりは、名前だけじゃなく、内外から認められるようになれ。……三か月後の長期遠征、その攻略、調査部隊に加われねーにしても、補給部隊には加われるようにしろ」

『補給部隊……、先日の活性化の影響でダンジョンが変化していないかの調査と攻略を兼ねた遠征部隊の募集があるってのは聞いたことがありますが、それの、ですか?』


 そうらしい。それ以外の何があると言うように頷き返すフォティアさんだった。


『分かりました。……ありがとうござます』

「だから、一か月後の試験を通過しろ。そんで≪カプノス≫率いる連盟に加われ。実績さえ残しゃ下手に手ぇ出してくる輩も減るだろうよ。……わぁったな?」

『はい。期待に応えられるように、……いや、絶対に応えます』

「おん、それでいい。それまでは仕方ねーから都合付けてやる。……あ、後、上納金は要らねー。けど、レシピは教えてやってくれ。……新しいメニューが増えたら皆、喜ぶだろーからな」


 そう言ってフォティアさんはそっぽを向いた。そうして燻らす煙の先を見て何やら耽って呟いていた。


 その様子を見てウエストさんも一件落着というように背伸びをして背もたれへともたれ掛かった。そうして、俺の周りからパーティメンバーの喜びの声が聞こえた。


「ねぇフォティもういいよね? ん、オーエンオーエン、なんで≪カノープス≫って名前にしたの?」


 俺が皆と喜びを分かち合っていると、ポルカが横から問意を飛ばして来た。その疑問は俺達が新たに設立したクラン名称におけるものであった。


『あ、ま、まあ、≪カプノス≫と似た名前なら関係性を連想しやすいかなってのとー、それと、≪カノープス≫って言う竜の一部を見ると、長寿になるって言う伝承があるらしくてー、皆が長生きできるようにーって言う願掛け? てきなー意味合いもあったからー……かな?』


 クラン名の提案者であるグインツからの受け売りだが、名前の意味を多少誤魔化して話すと困ったことにポルカは興味を示してしまった。


 どんな見た目で、何処の階層にいるか、見たことが在るかなどと言ったように質問の嵐に襲われた。だから俺は距離感の近いポルカに人見知りしていたグインツを無理矢理に会話に引き込んで難を逃れることにした。


 助け舟を出してもらえないかと期待して待っていると、いつになる事か分からなかったからだ。


 それからポルカの興味に付き合いながら食事を取り、クランの団章が出来上がり次第持参するなどの細かなやり取りを進めた。


 その話の中で、あのレザーマスクの男のことを聞いてみたが≪カプノス≫の面々であれど、噂程度の情報しか持ち合わせていなかった。どのクランだとかの情報は皆無だ。


 ただ分かったのは、首無し死体は見つかれど失った首が見つかったことは無いという話だけだ。


 この狭い世界の中で情報が見つからないということは、それだけあのレザーマスクの男が手練れだと言うことだろう。でなければ上位クランである≪カプノス≫が知らぬわけが無いのだから。


 次にいつどこで、出会うかさえも分からないレザーマスクの男のことだが、それまでの間に俺達は出来得る限りの力を蓄えるという対策を取るしかない。


 そう、皆で決めたのはクラン≪カプノス≫からの帰り道だった。一服の満腹感と一先ずの安心感のせいもあるだろうが、寝不足による眠気で上手く回らない頭を寄せ集めて、明日から少しずつでもと、皆でそう成れるようにと決意してから別れた。


 そうして俺が家に帰ると母が待っていた。ログさんは店を開けると言っていたが、せめて今日位はと、大事を取って休む事となったらしい。


 母は朝帰りならぬ昼帰りの俺を叱りつけることも無く、ただ心配そうにしながらも、俺が訳を話すとすぐに床へ就くように勧めてくれた。


 母に連れられるままに床へと就き、瞼が勝手に閉じようとする中で、明日以降は帰りが遅くなることと外泊になることを告げた。


 俺はまた心配させてしまうのだろうなと思いながらも、眠気に抗えず瞼が下がるままに従った。


 そうして優しい手つきで頭を撫でられたのを最後に、白んだ意識の世界へと入り込んだ。

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