第35話


 俺が戦いたいと、そう伝えると、エルフの女性は目を見開いて俺へと向き直った。


「ちょっと何言ってるのよっ! アナタは分かってないわ! 黙ってなさいっ」

『分からないから、戦いたい、です』

「はぁ!? 何を言ってるの!?」

「……プハッ、そうだっボウズ、それで良い」


 そう俺が伝えるとウエストは笑って見せた。何も分からない俺に向けたウエストの優しさ、その意図を汲み取ることが出来たようだ。もちろん好奇心や興味はある。だけど、感情に揺さぶられて出した答えでは無かった。ダンジョンで生きていく上で必要な事を教えてくれると言うのだ。俺は、俺の実力を知りたい。その為に、この申し出を受けたい。そう思ったからだ。


「良ーい僕? 良ーく、聞きなさい。ポルカはね? ――なっ!? ちょっと、ウエストッ、離しなさいっ!」


 答えが纏まったと言う雰囲気の中、それでもまだエルフの女性は俺の肩を掴み、揺さぶりながら説得しようとしていた。だが、後ろからウエストが強引に担ぎ上げて話を遮った。


「アウラもういいだろっ、決まりだ決まりっ、話は終わりだ」

「せめてウエストが相手なさいよっ! ポルカは駄目よっ!」

「それじゃ意味ねーよ。安心しろ、絶対死ぬなせねーから団長の俺を信じろって」

「んんんー……、もー……サイテー、……ほんとに絶対よ?」


 エルフの女性はアウラというらしい。その彼女も肩の上で足掻いていたが、ウエストの押しの言葉を聞くと大人しくなった。それを合図に、ウエストが一団に向けて号令を掛けると皆、壁際へと向かって離れていく。そして俺とポルカの両者の間に立ったままのウエストが決闘のルールを説明し始める。


「そんじゃまあ、ポルカは鞘を付けたままで、デカい魔法は無しだ。手加減しろよ。本気で打ち込むな。急所は避けるか、抑える程度で、そんで絶対殺すなよ」

「わかったー! 訓練とおんなじでしょ? 任せといてっ」

「ボウズは武器はそのまんまで、魔法でも何でもありだ。命の危機があると思えば俺達が全力で止める」

『分かりました』


 決闘のルールは飛車角落ちといったところだろうか。それでも尚、余裕を垣間見せるポルカは相当の実力者なのだろう。団長であるウエストが念入りに注意を促していた。


 その様子を見ている間も、俺は能力を隠すべきかどうか迷っていた。ユニークアビリティ持ちだということもそうだが、【遊戯者プレイヤー再生機能プレイヤー】の能力を見せびらかしてしまって良いものかと思っていた。


「どうしたボウズ、心配事か?」

『あー……いえっ、大丈夫です。……え、何です?』


 緊張しているのかと思ったのか、ウエストが声を掛けてくれた。そして前から俺の肩を掴み、緊張をほぐそうとしてくれたのか、肩を揉み始めた。


 そのウエストの行動に一瞬、驚きはした。だけれど馴れ馴れしいとも思わないし、不快だとも思わなかった。何だかこの距離感はログの酒場の連中に似ているようにも思えた。


『ウエストさんありがとうございます。それと、俺、オーエンって言います』


 俺はこの時、簡単な自己紹介を済ましたのもそうだが、能力がバレてしまってもいいと思った。折角、胸を貸してくれると言うのだから、手を抜かず存分に甘えさせてもらうことにする。


「そうか、オーエン、宜しくな。……アイツはああ見えて強いぞ。うっし、漢を見せろよ」


 そう言ってウエストが俺の肩を叩いてから離れる。まるで兄のような雰囲気、いや、この年の差だと父か。逞しい背中を目で追って見ていれば、一団のメンバーに慕われているのが良く分かる。


「もう、いーのー?」

『はいっ、宜しくお願いしますッ』


――【ファスト】【スロウ】


 宣言を終えてすぐ魔法発動、そして魔槍を構える。魔槍を突き出す形ではなく、穂先を下にし、石突を上げ、正中線と呼ばれる身体の急所を守る形の構えだ。


 彼女は細身の直剣を縦にし、へその上に持ち手が来る構えを取っている。それは精神統一だろうか、まるで祈りを捧げているようにも見える。


 武器を見るにスピードタイプだろう。細身のショートソードだが、柄はレイピアのようにも見える。刺突攻撃を基軸として戦うことを考えられた造りになっているようだ。そうして俺はポルカが攻めて来ぬ間を使い、推察による戦術考察をしていた。すると、


「じゃあ、いくよー」


 ポルカは、その言葉と共に駆け出した。反射的に魔槍を持つ手に力が入り、掌が汗ばんでいるのを感じる。


『……ン?』


 手汗を感じる位に余裕があった。それは俺が違和感を覚えるまでに、彼女が迫るのを待っていたからだ。前のめりになり、髪を靡かせて疾走しているが、思っていたよりも遅い。


 微動だにすること無く待ち構え、振り下ろされる直線的な軌道を目で追う。


 避けることも、弾くことも容易いと思わせる動き、それを敢えて受けると同時に、カウンターの足蹴りを見舞う。


『……ふんッ』

「おぉっ、とー」


 身体を捻りながら繰り出した足蹴りを跳ねるように仰け反って避けられてしまった。的中すると思った瞬間、ポルカの身体が加速した。それはまるで体重移動の負荷が無いかのように方向性が切り替わった。


「まだまだいけそうだねー。なら、もうちょっといいよねー?」


 ポルカが感心するように言う。やはり、かなりの手加減をしてくれていたのだろう。飛車角落ちどころではなく、六枚落ち位のハンディキャップだったようだ。


 再び、駆けだしたポルカのスピードは段違いだった。右へ左へとフェイントを入れつつ、飛び込むタイミングを伺っているような動きをしている。だが、それでもまだ目で追える。


「これはー……どうっ?」


 素早く詰め寄ったポルカの剣戟を魔槍の柄で受けると白い煙のような物が飛び散る。その華奢な体付きから想像できぬほどの重い一撃が腕に圧し掛かる。


『……ぐ、ぐ』

「おー、すごーい。じゃあ、まだまだーいくね?」


 ポルカの剣戟を受ける度に速度が増していく。もはや油断など許される程の速度まで乗っている。まるで【スロウ】が十分に機能していないみたいだ。


 ポルカの金色の髪が揺らぎ、毛先に着けた重みを感じさせる銀のアクセサリーが跳ねる。その間に幾度となく突き込まれるショートソードを、受けるだけでは間に合わなくなってきていた。


『くっ、おォ!? ……アッ、ブねぇ』


 突き込まれた一撃を辛うじて避け、苦し紛れに魔槍を振るい、距離を取る。頬に熱と脈動を感じ、袖で拭って見れば赤い染みが出来ていた。それに気付けば、遅れて痛みと血が滲む感覚がやってくる。


 受ければいいものの間合いを放したいと躍起になり、無理に避けてしまったからか、危うく喉元を狙った一撃を貰いかけた。動き出しを見てからの判断では遅い。身体の動作から予測せねばならない。そして防戦一方では勝てはしない。


『……こっちも、行かせてもらいますッ』


 反転攻勢の意気込みと共に、今度は此方から打って出る。敢えて防戦に徹していたが、もういいだろう。ポルカの手加減の具合も俺の実力との帳尻があって来て居る。願わくば、本気を引き出したい。


「どこからでも、いいよー」


 余裕綽綽しゃくしゃくのポルカは寝ぐせの様に、はねた髪の毛を気にしていた。まずは、その余裕を突くことから始めよう。


 切った手札は【ファスト】と【スロウ】のみだ。【ネクスト】と【バック】それに【ポーズ】をまだ見せても居ない。【ネクスト】は兎も角、【バック】と【ポーズ】は対人戦において役に立つだろう。不意を打てさえすれば勝機はある。


『これが俺の全力ッ――』


 魔槍最長の間合いで、身体ごと前に右手を突き出す。体勢が崩れようとも力よりも速さを優先した一撃だ。


「――もーらいっ」


 半身になり、魔槍を避けたポルカはその勢いのまま回転、宙を舞うように遠心力を乗せた横一線の攻撃を返す。


 それは崩れた体勢では避けられぬ一撃。魔槍を持つ右側で無く左側から、見事に隙を突くように繰り出されたカウンターだった。だがしかし、それは突かせるように敢えて作った隙であり、誘う為の餌だ。


 左手で腰からダガーを抜き、宙に投げ飛ばし、静止させる。


『【ポーズ】』


 ダガーが静止した位置は、ポルカのシートソードの軌道上だ。


「えっ!?」


 金属が砕ける音に、ポルカの驚きの声が続く。ポルカはダガーを弾き飛ばし、そのまま攻撃しようとしたところ、手応えに違和感を覚え、驚いたのだろう。


 その一瞬の遅れが、空振りに繋がる。そして有り得ぬと意識付けしている潜在的思考により、更なる隙を生む。


 静止させたのは、ダガーだけじゃない。魔槍ごと静止させたのだ。だからこそ、この動きが出来る。静止した魔槍を支えに、右手で引き寄せ、体勢を立て直し、無理矢理に移動する。


 そして隙だらけの腹に、蹴りを捻じ込む。


『そこッ、だァアア!』

「かッ、ふっ!?」


 ポルカの表情が、まさかというような動揺のものから、苦痛の表情に変化する。


『まずは、一撃』


 ポルカの浮き上がった身体は仰け反る。だがしかし、身のこなしは流石と言える。衝撃を利用して宙返りし、勢いを殺しながら見事に着地した。


 沸く立つ歓声に後押しされるように俺の興奮も増す。その歓声から察するに、俺が一矢報いることも無いと思われていたようだ。


「すごいすごい! ……なら、もう少しだけ、いいよね?」


 立ち上がり微笑むポルカが首を傾げて問う。それはまだ見せぬ実力を引き出すという宣言だ。望む所と頷き返すのを待たずに、彼女を荒々しい光を纏った。


『……雷、の、魔法』


 金色の髪が波打ち、青白い電撃がポルカの身体から発せられる。それはまるで、八首の蛇が自由気ままな意思を持っているかのように荒ぶり、火花を散らして地面を焦がしている。


 ボスモンスターを横から分捕られた時に、見せた発光はこの雷撃によるものだろう。炎を操るボスを焦がしてしまうほどの雷撃、それは途轍もない電圧だと予想できる。 


 何とも相性の悪い相手だ。近寄られるだけでも危ういと言うのに、攻撃を受けるだけでも魔槍を介して電撃が流れ込んでくるだろう。防御不能と言っても過言では無い最悪の魔法だ。


「避けられる、……かな?」

『――ッ!?』


 ポルカの指先から迸る電流は、緩慢とした視界の中でも驚くほどの速度だった。放たれた瞬間に飛んで避けようとしたが、間に合いもしなかった。足元を見れば地面から煙が立っている。ポルカは敢えて俺を狙わずに、当たらぬように外して、雷魔法を放ってきた。


「んー……これは無しかな?」

『……くッ、……そ』


 俺は、一度、ポルカの背中が見えたような気がしていた。だが、再び、突き放された。


 あの避けられも反応も出来ぬ雷魔法を、たった一度見せつけられただけで、敵わないと認識させられてしまった。直撃していれば否応なしに終わっていただろう。それも、実力の至らなさも、認める。だがしかし、悔しかった。


「じゃあこれ以外で、続き、しよっか!」

『――速ッ!? ……がッ、……はッ』


 雷を纏ったポルカの動きは、雷そのものと言って差し支えない程に俊敏だった。


 防御態勢を取るのも間に合わず、差し込まれたショートソードの感触を認識すると、続いて内臓の揺れ、肋骨の軋み、そして痛みが伴う。


『ゲボッ……ゴッ、ホッ』


 喉の奥から込み上げる不快な音、口の中に広がる酸味、苦痛が押し寄せる。


「終わりにする?」


 蹲る俺の背中を撫でられながらポルカが言う。情けない姿だと分かっていても、立ち上がることも出来ない。呼吸をするのが、今の俺にはやっとだった。


 声援の中に混じる落胆の声が聞こえる。それまでもを利用して、消えてしまいそうな程に小さくなっていく火種、俺の闘争心を焚きつけていた。


 何度も悔しいと念じ、幾度も情けないと嘲あざけり、心を揺さぶる。そうでもしなければポルカの優しい声の囁きに甘えてしまいそうだった。魔槍を杖の様にし、震える膝を手支え、痛みなんか知ったこっちゃないと、深く、深く、息を吸う。


『……ゴッハッ、ゴホ、ゴホッ、……ンン゛、……まだ、……後、一回』

「後、一回、するの?」

『ハァ、ハァ、……お願い、します』

「じゃあ、次、膝をついたらお終いね?」


 苦痛が緩和されても尚、それでいいと言う返事も煩わしく思え、俺はポルカに頷きを返した。


 ポルカは、ゆったりとした歩みで俺から離れ、そして、くるりと振り返る。


『あ、……少しだけ、待ってください』


 振り返ったポルカに手を向けた俺は、先ほど砕け散ったダガーを拾い集めてポーチにしまう。母から貰った物を打ち捨てていくことなんて出来やしない。だけど、これで憂いは無い。


『お待たせしました』


 背筋を伸ばしてから、腰を落として、魔槍を構える。


 途切れた魔法を掛け直し、腰のポーチから水晶石を取り出し、左手に忍ばせる。


 そしてあの瞬間の映像を思い出し、繰り返す。実戦であればショートソードの一撃を貰った時に電撃を流されているはずだ。


 本来なら試合にも勝負にもならない程の実力差があるのは分かっている。届かないからと言って手を抜きたくはないし、諦めたくもない。


 どうせ勝てぬとしても、悔しいと感じてしまっている。だから全力で、本気で、死ぬ気で、戦いたいと思った。


『……ぜってぇ、もう一撃、入れる』


 恨み節にも聞こえる心情の言葉が洩れる。これは高みを目指す為の足掛かりであり、希望への糸口を掴む為の挑戦だ。


 僅か一撃、魔槍の刃が届くかどうかの勝負だ。相手が油断していようがいまいが関係ない。難癖をつけようとも、後ろ指差されようとも、持ちうる手段を講じて僅か一撃、届きうると証明できさえすればそれでいい。


 仕切り直した俺達二人は見合っている。


 試合開始の鐘の音も無いから、耳に届く脈動を代わりにする。


『じゃあ、……お願いしますッ』


 開始の宣言をした後すぐに、左手に持った水晶石から水を垂れ流す。ただ垂れ流すだけでなく、出来るだけわざとらしく、忍びが印を結ぶ時のように指先を立てながら、水を滴らせる。そして、


『……水よッ、力を貸せッ!』


 これも同様に、水魔法を連想させるように、叫びながら辺りへと水飛沫を撒き散らす。属性魔法を使えぬ俺からしてみれば道化師になった気分だ。俺を知る者が見ているとすれば噴き出してしまうかも知れない。


――【ポーズ】


 だがしかし、ここに居る一団の誰もが、その事実を知らない。学園で習う程度の呪文の一つも知りはしないが、目の前に現象として存在してしまえば、それはもう、魔法と同義だ。そして、この空中で静止した水飛沫を目の当たりにすれば、水魔法を使えるものとして誤認させられるはずだ。


「ワタシの魔法対策してるのかなー?」


 半円状に撒き散らした水の線や点を見たポルカが言う。狙い通り、少しばかりの警戒心を引き出せたようだ。先ほどの様に真正面から飛び込めば、嫌でも水に触れてしまうと考えているだろう。


『さぁ、どっからでも来いッ!』


 訝し気にするポルカへと、挑発するように手を招く。この際、甘えてしまっても仕方ないと割り切ったからこそ、この方法が通用する。ポルカは雷撃による遠距離攻撃を使って来ないはずだからだ。


「ふーん、でも、こんなのすぐ消えちゃうよ?」


 歩みを止めぬポルカの、その言葉の通り、彼女が近付けば水は簡単に蒸発して消える。それは防御どころか、何の意味も為さないように見える。線を流れ、点と点の間を迸り、イルミネーションの電極みたく、光を放った後に水蒸気と化す。


『……やっぱダメか』


 悔しがる言葉と表情とは裏腹に、心中でほくそ笑む。水如きで止められるとは思っても居ないし、そんなことは分かりきっていた事だ。ただの水がポルカに取って、脅威になる筈もない。


『クッソ、……まだまだッ!』


 例えそうだとしても、彼女が近づいて来るその間にも、俺は自らの足元に水を流し続けている。後ろへ飛んで下がる振りをして、空中に水を撒き散らす振りをして、足元の地面に小さな水溜まりを作り出した。


「なぁーんだ、ちょっと期待したんだけどなーっ」


 俺の子供のような足掻きに、ポルカは落胆を見せた。それを見る俺も同じ思いをしている。


 俺だって、鍔迫り合い、跳ね上げ、弾き飛ばし、息つく間のない程の剣戟の応酬を繰り返し、火花散らして鎬を削る程の戦いをしたかった。そう思いながら、一時停止の魔法を掛け続けていた。


『今はまだ、こんな事しか出来ないけど、……いつか必ず』


 俺は向かってくるポルカへ、詫びの言葉を掛ける。そうして俺は、不甲斐ないと思いながらも後退りし、水晶石をベルトポーチにしまい、代わりに別の晶石を左手に忍ばせ、魔槍を脇に抱える。


 そして投げナイフのホルダーに右手を掛けて、その時を待つ。


「そっかー……じゃ、もういいよね?」


 電流を身体に這わせたポルカが、俺の作り出した領域へと踏み込んだ。その瞬間、足元の水溜まりが蒸発する。それを合図に、手に納まる限りの投げナイフを当てずっぽうに、掌に収めた物を真っ直ぐに投げ放つ。


『――食らえッ!』


 回転して飛ぶ複数のナイフと、赤色の晶石が舞う。


「効かないッ――」


 ポルカの言う通り、そのままの状態であれば、何の脅威も無いだろう。


 どれか一つでも、切っ掛けになりさえすれば、それで良かった。


 その俺の願い通り、小さな希望の光がポルカの目の前に届いた瞬間、金色の髪が翻る。


 そして、緩やかな視界が、朱に染まった。


『ブッ飛ッ、――ぅぉあ!?』


 爆発による衝撃波に、身体が押され、よろめいてしまう。


 それはポルカの電気で、水を分解させて作り出した爆発だった。


 それが上手く行くかどうかも、俺の一時停止が効くかどうかも、定かでは無かった。だが、試してみれば、見事なまでの威力に驚愕してしまう。ポルカの発生させた水蒸気の周囲の空間ごと一時停止したせいか、その威力は予想以上だった。


『……だ、大丈夫ッ、ですか!?』

「びッ、くりしたー! あぁ、だいじょぶだいじょぶ!」


 やり過ぎてしまったと後悔し、心配を投げかけた先とは、別の方からポルカの声が聞こえて来た。その方へと振り向いて見れば、想像だにしない姿のポルカが手を振って立っていた。


『……無、傷?』

「うーん、ちょっと焦げちゃったよ?」


 ポルカはそう言って、はねた寝ぐせを気にするように、髪の毛を摘まみ上げて見せる。それを見た俺は、たったそれだけ、ああまでしても、と髪の毛を焦がす程度だったことに、愕然とした思いに駆られてしまう。


『雲泥の、差、……あっ、……髪の毛、ごめんなさい』

「ううん、気にしないでー」


 髪の毛を気にする素振りを見せるポルカに謝罪すると、ポルカは何事も無かったかのように髪の毛を払い、そして再び、構え直した。


『思ってよりもスゲェな。……絶対、敵わねぇじゃん。……ポルカさん、ありがとうございます。……これで、最後にします』


 余りにも短い時間だが、間延びさせ過ぎた時間でもあった。だけれど、これで、必死に足掻いた時間を終わらせる決心が出来た。


『……行きますッ』


 決心の付いた俺は、魔槍を構え、全速力で走り出す。


『……ぅぉおおおおおおおおおおおおおッ!』


 腹の奥底から衝いて出た声は、胸の奥の震えを誤魔化してくれていた。


『止まれぇえええッ! 【ポーズ】ッ!』


 眼前で身構えていたポルカの身体へ向け、突き出した左手を握りしめるようにして、一時停止の魔法を放つ。


 ポルカの身に纏った軽鎧や服、剣、毛先のアクセサリー、目に付くもの全てを静止させる。これが最後の奥の手だった。


「――なにこれっ!?」


 猛り叫んだ俺は、硬直したポルカ目掛けて、飛んだ。


『ぅッらぁあああああアアアアア゛ッ!!』


 そして、魔槍を一直線に、突き出す。


「……くッ」


 歪むポルカ表情、その口元が動いた。


 何を言ったのかは分からなかった。


 彼女が光り輝いた瞬間、俺の耳には電撃が身体を流れる音しか聞こえなかった。鼓膜が震えているのか、脳が震えているのかも分からない。それはまるで、テレビで聞いたあの電流の音を、ヘッドホンで直接、聞かされているようだった。


 そう、ぼんやりと、遠のく意識の中、呑気に考えていた。


 そして視界は、真っ白になった。


「……ネ」




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