第33話
幾度も通り過ぎたボスフロアの入り口へと向き直る。
通路は暗く、一本道が続く、その奥に待ち受けているボスは、オーガと呼ばれるモンスターだ。鬼と混同されがちなモンスターだが、悪魔寄りの見た目をしている。だがしかし、似て非なる物とまでは言いきれない。カノンのイラストを見た時に俺は洋風の鬼だと思い、納得したのを覚えている。
そのイラストを頭に思い浮かべながら通路を進んで行くと、赤い灯りがボスフロアから見えて来た。洞窟内で発光している苔やクリスタルとは違う色味、暖色の灯りだった。恐る恐るボスフロアを覗いて見ると、
『うぉ、……実際見ると、……邪悪な見た目だな』
真正面にボスモンスターのオーガが佇んでいた。赤い瞳に二つの角、黒い肌と獣のような毛並み、その姿は見たイラストの通りだ。だが、想像していた佇まいとは違った。オーガはダンジョンの床や岸壁から伸びる鎖に繋がれていた。
『なんで繋がれ、……ッ!? なっ、なんだッ?』
俺が呑気に疑問符を浮かべていると、腹の底が揺さぶられるような唸り声をあげてオーガが暴れ始めた。それを見れいれば、オーガの繋がれた両手が燃え始めた。苦し気に暴れ回っているオーガの鎖が一本、また一本と千切れていく。
『……燃えっ、……燃やして……んのか?』
オーガは自由になった燃え盛る両手で、鎖を引き千切っているが熱がる素振りは見せていない。千切れた鎖は役目を終えたのか、まるでモンスターがダンジョンに吸収されるかの如く、見る影も無く塵と化して消えた。
『なるほど……炎魔法と近接戦を得意とするってのは、こういう事か』
猛るオーガを見て、話しに聞いていた情報を完全に理解した。始めは燃えて苦しんでいるのかと思っていたがそうではなかった。オーガ自身の特性か魔法か、その力によって自ら燃え盛っていたのだ。
『やる気ッ、満々だなッ!? 【スロウ】【ファスト】』
完全に鎖から解き放たれるや否や、オーガが向かってくる。その両手の炎で近接戦を仕掛けようとしているのだろうか、烈火の如き勢いだ。腕を振り回すと炎の帯が残る。触れていないのにも関わらず、肌を焦がすような熱が迫る。
『――アッ、ツッ!?』
ただ避けて掻い潜るだけでは残る炎に燃やされてしまう。早過ぎては駄目だ。格闘ゲームで言うところの置き技だ。グレーターワームほど苦戦はせず、ヤツよりは相性が良いと聞いてはいたが、それは人型二足歩行の近接戦闘タイプであるというだけだった。
『それならッ、……上等ッ、やってやるッ!』
炎の間合いは魔槍と、どっこいどっこい。だがダメージ判定が強い。下手に懐へと飛び込むのは悪手だろう。羽交い締めにされてしまえばお終いだ。動きは見える。合わせられる。狙うは、弾き――
『――今ッ!』
振り下ろされるオーガの右腕に合わせ、魔槍を振り抜いて弾き返す。
『ッ――、ぐ、ぁおっ、……く、っそ、……逆に、弾かれちまった』
衝撃が腕を伝った瞬間、身体を後ろへと押し退けられた。腕は痺れる程度で済みはしたが、魔槍の柄が弧を描いてしまった。間合いを放しつつ、修復を急ぐ。
『……【バック】』
ひん曲がった柄は何事も無かったように真っ直ぐに戻る。その間もオーガの様子を見逃さない。打ち合った時に、こちらは魔槍の柄を曲げられてしまったが、ヤツもまた右手に傷を負っているはず。
『……ぉぃおいおい、……斬撃耐性持ちかよ、……チッ』
堪らず舌打ちをしてしまう。傷を負った筈の右手、それは炎に包まれ見えていなかったのだが、そこから血が滴っていたのは確かだ。だがしかし、肉の焼ける音が聞こえてからほんの少し。滴っていた血は途絶え、肉の焼ける音も聞こえなくなってしまった。
オーガが傷口を焼き血を止めただけなのか、傷その物を無くし再生してしまったのかは燃え盛る炎のせいで分からない。けれども、ヤツは多少の傷が増えたところで、失血によって死なぬということが分かった。
一合、また一合、切り結ぶ度に痛み分けが続く。俺は魔力を消耗させられている程度で済んではいるが、傷を負っているオーガの方が勢いが増している。それは燃え盛るヤツの両手の炎を見れば明らかだ。
『カノン、これを相性が良いとは言わねーよ。……でも、……デカミミズよりはましか』
カノンは俺を高く買い被り過ぎている。その事に不満を零しても仕方のないことなのだが、ここには居ない彼女へ向けて語り掛けるように呟いてしまう。
勿論ここで負けるつもりなんて無いし、その期待に応えるつもりではあるが、今後は色眼鏡は外してもらわねばならない。その為にも文句を言いに帰ろう。
『デカいのくれてやる……』
仕方ないと言うようにオーガに魔槍を向けて宣言する。それは俺に取って切り札であり、魔力消費の大きい一撃である。グレーターワームにやったように内部破壊を狙うほかないだろう。俺はそう考え、踏み込む体制を取った。
『……ぉぃ、……張り合ってんのか?』
俺と見合っているかと思えば、オーガが両手を掲げるようにして頭上で炎を纏め始めた。
『……おまっ、それは……デカ過ぎないか?』
燃え盛る炎が丸みを帯び、膨らんで火球となり、まるで小さな太陽のように光を発していた。
それを見た俺は慌てて投げナイフを腹や胸に向けて投げ放った。だがしかし、オーガは身じろぎはしたのものの、頭の上に掲げた火球を取りこぼすことも、爆散させることも無い。俺の攻撃はただオーガの怒りを募らせるだけとなった。
雄叫びを上げるオーガは、怒りに身を任せるようにして灼熱の火球を投げ放った。
『逃げッ、……いやッ』
迫る火球の進行方向に違和感覚える。着弾位置を予測するに前方の位置。俺が既に回避行動を取っているにしても狙いがおかしい。前過ぎる。あれじゃ届かない。なんで直接狙わないんだ。
あまりにも的外れな狙いから、不可解な進行方向の謎、オーガの思惑を察する。
『くッ、一か八かッ――【ポーズ】ッ!』
横っ飛びに回避したまま手だけを伸ばし、一時停止の魔法を放つ。これまで試したことも無かった魔法に対する能力行使だが、水や砂煙にでも効果があるのであれば、可能性はある筈だと希望的予測に縋った。
『……ん゛ッ』
回避に専念するあまり受け身も取らず、肩から地面に落ちたことで声が漏れる。だがしかし、そんなことはどうだっていい。目を離すべきではないと見つめていた火球は、空中で静止していたのだから。
『っしゃあッ! ……こうなりゃ魔法は無駄だァ!』
訝しむオーガは何が起こったのか分からないというように立ち尽くしていた。それに向け鼻高々、見栄混じりの啖呵を切る。そうしながらも俺は円を描くようにオーガからも火球からも離れる。
『……んじゃ解除ッ』
一時停止を解除した火球は、元通りの速度で、俺が予想した進行方向、着弾位置へ向けて動き出す。俺が居た位置よりも手前側の地面に火球が触れた瞬間――
『――ぅおッ?!』
猛り狂う炎の波が、爆炎を上げながら扇状に広がり、その方向一面を火の海へと変えた。
『なんて……火力、してんだよ』
その光景を見て喉が鳴る。もし【ポーズ】で止めていなかったら、もし【ポーズ】が効かなかったら、そう考えるだけでも恐ろしい光景が広がっていた。あわや消し炭。もし、そうはならかたったとしても、避けていなければひとたまりも無かっただろう。
『……アブねーよ、お前。……でも、らしくなってきた。……なら、使える手は全部使ってでも勝つ』
そう宣言し、再び、ダンジョンモンスターと相まみえる。対するオーガは、それがモンスターなりの異議申し立てか、不満が故の行動か、はたまた自慢の魔法をスカされた悔しさが溢れてか、炎を纏った拳を地面に打ち下ろしている。
その様子を、ヤツが檻の中の猛獣であれば笑って見ていられるが、俺は悠長に待つことはしない。僅かな時間でも、そうしている間に準備を整えさせてもらう。
『【ポーズ】、【ポーズ】、【ポーズ】ッ』
手始めに腰のポーチから水晶石を取り出し、水を撒き散らす。そして水飛沫に向けて一時停止を掛ける。その水飛沫は、歪なガラスの玉、ヘタクソな飴細工のように空中で留まる。
そんな小細工を俺が仕掛けている間に、オーガが駆け出し、迫る。それでも俺は距離を取りつつ、手当たり次第、あちらこちらに同じ物を仕掛けていく。だがしかし、オーガは俺の仕掛けた罠を意に介ぬ様子で突き進んでくる。
『くそッ、やっぱダメかッ』
オーガの炎に触れた水の玉は否応なしに蒸発する。あわよくばミノタウルスの如く、向かって来たオーガの身体に穴でもあけてくれれば、と期待していたのだが、それは期待し過ぎていたようだ。
炎属性で無く、それも無防備に、都合良く、真っ直ぐ力のままに突き進んでくれれば可能性はあるのかも知れないが、このオーガを相手にしては攻撃手段足りえなかった。だとしても、期待が叶わなかったとしても、俺がそんなことで落胆するなんてない。
『まぁ、いい』
それは予想の範疇であったからだ。むしろ、こう易々と水の玉が蒸発してくれる方が都合が良い。その方が警戒心を解ける。この防戦一方の状況において、ヤツに有利を取っていると思わせられれば思う壺だ。
『こっちだッ、ほらっ、来いよッ』
間合いの外から当たる筈もない距離で、挑発の言葉と共に魔槍を振り回す。
そうしながらも俺の頭の中では、最初に水の玉を設置した場所を思い返していた。後は誘導するだけだ、と逸る気持ちと、中々上手く釣られてくれない焦りを抱えながらも、必死にその熱から逃げていた。
水を撒き散らして空中で固めた足場へ向けて、少しずつ、少しずつ寄っていく。
その足場でオーガを取り囲み、そして立体的に動き、隙を突く算段だ。動きの予想を外して安全な間合いから不意を打つ手段であり、飛び上がったと思わせた瞬間、軌道を変えるために設置した。
『ぐっ、アッチィ……、もうすぐ、もうすぐだ……』
額に汗を掻けども、その拳の炎が通り過ぎる度に飛ばされる。その光に目を眩ませれば、ヤツの姿が残像に消える。息を吸い込めば、舌や喉が渇き、狭窄きょうさく音が鳴る。
『……ひゅー、……ぜぇ、んっく、……ぜぇ』
オーガを攪ほだてる程に熱さが増す。
顔を歪ませて堪え、歯を食いしばり耐え、ひたすらに我慢、我慢、我慢と念じる。
そして、その時が来た。
『……やっと、だ。……行くッ――』
「――はぁあァァアアア゛ッ!」
『……ぞ?』
閃光が瞬いた。
その瞬間にはもう、突如現れた少女がオーガの横合いから細身の剣を脇腹に突き刺していた。
俺は何が起こったのか訳も分からず、その一瞬の出来事に呆気を取られてしまっていた。
そうしていると、その少女が再び、輝いた。
『――眩っ、しッ……』
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