第32話
緊張が解けた瞬間、その安堵からかログ酒場での風景が過る。いつものように、ただいまと挨拶をしながら扉を開いて、駆け寄る母を抱きしめ、ログさんに肩を叩かれ、髭面に悪態を付く、そんな日常の風景だ。
命のやり取りをしていればこそ、終わった後に考えてしまう。知り合いの顔や約束事が思い浮かぶこともある。どうなっていたかなんて、考えても仕方ないことだが、切って離して考えられるほどに、俺は器用ではない。
『ふぅー……、生きてる』
生を確かめるには、死と向き合うのが手っ取り早い。痛みも、疲労も、感情も、それら全て生きている証拠であるが、だと言えど、分かっていても尚、拳を握りしめて確かめてしまう。充実している、満足している、と確かめてしまうのだ。
死闘を繰り広げたヤツの虚ろな目は何処を見ているのか、最後に何を思ったのか、そんな余計な事まで考えてしまう。深い思考の沼に引き込まれてしまう前に、魔槍を引き抜き、吸収させる。
『……ッ、ぉ……来たッ、また……新しい魔法だ』
束の間、死を考えていた俺の頭に思い浮かんだ魔法の図形は、何の因果か【❙❙】一時停止を示すマークだった。
『一時停止……、試してみるか、……【ポーズ】』
足元の石ころに手を伸ばし、恐らくそうであろう魔法の名前を呟く。
『……発動した。けどー……ん、……おッ!? ……おぉっ!?』
重くも無いはずの小さな石の粒を指先で摘まんで持ち上げようとして見ても微動だにしない。魔槍の石突部分で軽く突いても、叩いても、動く気配は無かった。
『……止まってるってことか、……じゃあ』
【ポーズ】を解除して見れば、当たり前のように持ち上げられる。次は手のひらに石を乗せてから再び【ポーズ】を掛けてみる。すると、
『……止まった。……空中に浮いてるぞ。……なら、よいっしょ、……おぉぉーこれはすげぇ』
石に両手を乗せて身体を持ち上げて見れば身体が浮いた。その瞬間、脳が活性化するように思考が巡る。疲れは何処へやら、そんな事すらもそっちのけで、与えれた玩具を前にした子供のように
あれやこれや試すのは、新しい魔法を覚えた時の恒例となっているが、知れば知る程に思う。これもまた想像していた魔法というよりも超能力じみた魔法であった。
まず手始めに複数の対象物に対しての同時発動をした。的を絞って、範囲を指定して、そのどちらも可能だった。
次に石の足場で階段を作ろうとしたが、そんな面倒なことをする必要も無いと思い至り、腰のポーチからロープを取り出して空中で停止させて見れば、昇ることも出来るし、足場にすることもできた。
それが出来るならばと思い付いたのが、ジャンプしてから今履いているブーツを停止して見ることだ。これが成功すれば空中での機動力が更に増すと期待したのだが、解除したと同時に落下してしまった。もちろん空中に浮くことは出来た。だが、これにより改めて理解させられたのは、一時停止しているだけということだった。
駄目元で試した検証も、そう物語っていた。空中で停止させた小石に横へ向けた一方方向からの力を加え続け、ある程度してから解除すると小石は横に飛んでいくことも無く、真下に向かって落ちた。つまりは停止時に力の影響を受けないと言うことだ。
漫画などの創作物で登場する時間停止系の能力者が見せるような、停止させたものに力を加え続け、停止能力を解除した時に加えた力を解き放ち、何倍もの力で飛ばすというようなことは出来なかった。つまり俺の魔法【ポーズ】は保つ能力だと言うことだろう。小石を投げて停止させ、改めて解除をしても放物線の続きを描くから、その通りで間違いないだろう。
何の影響も受けないのであれば、最強の盾を手に入れたことになる。だが、そこまで甘いことは無かった。ある一定以上の負荷、その対象物が壊れてしまうほどの威力が加われば、一時停止諸共砕け散った。残念ではあるが水や火は停止させられるし、恐らくは魔法まで停止させてしまえるだけでも十分だと思えた。
ある程度の検証を済ませた俺は、束の間の休憩を取りながら考える。
俺のユニークアビリティ、プレイヤー(遊び手)のプレイヤー(再生機能)は派手さは無いが有用性の高い魔法ばかりだ。【スロウ】と【ファスト】のバフ二種、【ネクスト】と【バック】の対象指定魔法二種に、また一つ増えた【ポーズ】もかなり使える。
相変わらず【▶】の恐らく【プレイ】という呼び名の魔法だけ、その使い方が分からないが、それを抜いても【
『憧れの時間停止魔法じゃなかったけど……これはこれで、良い』
地べたに座ったまま上向きながら呟く。そして次はどんな魔法が得られるのだろうと考えていた。【スロウ】に【ファスト】、【ネクスト】と【バック】に続き、流石に何れ停止や巻き戻しの魔法を覚えるだろうと推測していた。その通り、今回は一時停止の魔法を覚えられた訳だが、思っていたようにはならず的を外れてしまった。
次に停止や一時停止が来た時にはチート中のチート。空間自体の時間停止能力を覚えるものだと思い描いていたのだ。在り来たりと言えば在り来たりだが、誰しもが一度は憧れるだろう。だけど、もし本当に覚えてしまったとすれば、それはそれで寂しくも思う。覚えなくて良かったと何処か安心している自分もいる。
『俺らしいっちゃ、俺らしー……い? ……いや、なんで、……そう思ったんだろ』
腑に落ちた。満足していた。自己完結していた。だが、それは何故だと疑問が過る。俺らしいと自然と呟いたのに違和感が残る。深堀して考えてみても、多分それは前世の記憶からなる物なのだろうということしか分からなかった。だから俺は考えることを放棄した。
『……まぁーいいやっ、……そろそろ試し打ちしに行くかっ、雑魚モンスター……で、まずは試してー……行っちゃうか?』
新しい魔法をモンスターとの戦闘で試したいと気持ちが逸る。身体の調子は問題ない。体力と魔力はそこそこ、戦闘に響くほどの傷は無い。投げナイフの幾つかは紛失してしまったが、回収できた分を含めれば十分にある。魔晶石に貯めた補充用の魔力もまだ使っていない。
『うっし、おっけー! グレーターワームよりは相性も良いらしいし……行けるだろっ!』
そうと決まれば立ち上がり、汚れを払うこともせず歩き出す。目指すはボスが待ち受ける広場だ。大穴を探検するかどうか迷いはしたが今は止めておくことにした。
覚えたての【ポーズ】を駆使すれば降りることはできるだろうが、覗き込んで見ても底知れぬ暗闇が広がるだけで、何処に繋がって居るかも分からないし、何が待ち受けているかすらも分からないからだ。付け焼き刃の技術ではあの縦穴を降りるのは危うい。
もしかしたら宝や貴重な素材類が入手できるかもしれないけれど、それこそまたここに来ればいいだけである。それよりも目先の利益だ。カノンからの情報を得ているボスモンスターを優先したい。
『どんなだろーなぁ……バーサクオーガ。……お、ミノちゃんはっけーん』
ボスの姿を聞いた情報から想像していれば、通路の向こう側からミノタウルスが現れた。鼻息荒くするのは互いに同じだ。戦斧を腰だめに突進の姿勢を取るミノタウルスを前に【スロウ】と【ファスト】を発動させる。
『よーしっ、来いっ! ……【ポーズ】ッ!』
一直線に突き進んでくるミノタウルスに左手を向け、射程距離まで引き込んでから【ポーズ】を放つ。
『……ぅおッ、……やっぱ不発か』
対象はミノタウルスを指定した。だがしかし、何も起こらない。【ネクスト】【バック】と同じように生物に対しては直接効果を発揮することはないようだ。考察しながらも大振りの戦斧を躱し、ミノタウルスとすれ違う。
『じゃあこれはどうだ……【ポーズ】』
振り向き様にミノタウルスの戦斧に向けてポーズを放つ。すると空中で静止した戦斧にミノタウルスがつっかえた。
『ぉおー……、これはー……ヤベーな』
ミノタウルスは何が起こったのか、突然、空中に張り付いてしまった戦斧に疑問を浮かべている。俺はその様子を見ながら【ポーズ】の有用性に感心していた。
『ミノでも、無理なのか……?』
ミノタウルスは戦斧を引き剥がそうと柄を持ち、押したり、引っ張ったりとしているが、戦斧が自由を取り戻す様子はない。ミノタウルスの腕は俺の胴回り程もあり、力だけで言えばかなりのものだ。それに足腰も強く、それなりのパワーがあるはずなのに、押しても引いてもビクともしていない。
悪戦苦闘している姿を眺めていればミノタウルスは苛立ちが勝ったのか、焦りと怒りが入り混じったような声を上げ、戦斧の柄を力任せに殴り飛ばした。
すると柄の折れる音が聞こえ、次に地面へと落ちた戦斧が金属音を響かせた。
『あっ、……なるほどなー、衝撃には弱いのかも知れないな』
小石で確かめた通り、やはり過度な衝撃が加われば【ポーズ】は解除されてしまうようだ。ここまで分かればいいだろう。此処まで付き合ってくれたミノタウルスに、礼を言ってから別れを告げることにした。
『……サンキュー! そんじゃあなッ』
自慢の戦斧を駄目にしてしまったミノタウルスはお得意の突進に賭けたようだ。だが、槍を相手にしては分が悪い。真正面から向かってくるミノタウルスの額に魔槍の矛先を向ける。二本の角で魔槍が弾かれてしまわぬ間合いまで引き付けてから突き出し、そして魔法を発動させる。
『【ポーズ】』
一時停止した魔槍の穂先が見る見るうちに飲み込まれていく。念の為、踏ん張る準備もしていたが、それは別の形で必要になった。突き進んでくる巨体、その肩を足の裏で受け止める。
『ぅぉッ、っとと……』
俺の身体は後ろへと多少、飛ばされてしまったが追撃はない。ミノタウルスは空中に静止したままの魔槍にぶら下がるようにして絶命していた。
『……物体の耐久力依存か? それとも衝撃が足りなかった、か……だな』
血濡れの柄を持ち【ポーズ】を解除すれば、ミノタウルスの巨体が音を立てて地に落ちる。頭を回しながら魔槍に餌を与え、アイテムを回収し、ポーチから取り出した布で柄を拭う。
『やっぱ、ヤベェ魔法だわ』
利便性の高い魔法であることは分かっていたが、戦闘においても十分な可能性を秘めている。攻守、それに補助含め、使い様によって大きなアドバンテージを得られる魔法だろう。戦闘における起点作りに持って来いだ。
『……モンスターより、対人向きかもなぁ。……色々使えそうだし、まぁ、のんびり試しながら向かうか』
そう一人呟き、モンスターも人の姿も無い道を行く。頭の中では自分なりに考えた魔法の使い方を、ああでもないこうでもないと試行錯誤していた。それが小技にしかなりえなくとも、どうでも良かった。
あらゆる状況や事態を想定するという建前を掲げて遊んでいたという方が近いかも知れないが、小一時間程度、ボスフロアの周りを右往左往していた。
雑魚モンスターと戯れて、気が付くことも多い。思い付きの小技が、技となり、必殺技として昇華することなんて無かったが、付け焼刃から打ち直し位にはなっただろう。業物や真打となるまでは、多少の磨きだけでは事足りんということだ。
『まぁこんなとこで、いいだろ。……さぁ、お待ちかねのボスだ』
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